<はねうま来る!>


 



「リボーン……あのさ」
「なんだ。もう今日は終いだぞ」
振り返った赤ん坊に綱吉は何か言いたかった。だけど何も言えなかった。
なんて言えば良かったのだろう。結局何も言えないまま訓練が終わる。
「オレ……「戦争」に行くんだ」

リボーンはくるっとした目で綱吉を見上げる。
何も言わない彼に、綱吉は言葉を選ぼうとしたけれど何も出てこなくて、結局思ったままを言ってしまう。
「……リボーンは、「戦争」のこと、どう思う?」
「必然だな」
案外あっさりと答えは返ってきて、綱吉は言葉を呑んだ。
けれど返った言葉は予想外。
「ひつ、ぜん?」
「やめれりゃしねえ。なら一番被害の少ないカタチでやろうってジョットの案は正しいぜ」
「……だから、なの? だからジョットはこんなことを?」
リボーンは肩をすくめる。赤ん坊がそんなことをするのは酷く滑稽にみえるけど。
「ああ、聞いてるぞ」
「明日だよ」
「……聞いてねーな」
苦々しげ呟いて、リボーンはあの嘘つきめとか呟きだす。

ぶつぶつ言っている間は口を挟まなかったけれど、言葉がとぎれてからそっと尋ねた。
「なあ……その、なんて、思ってる?」
「どんな返事が聞きたいんだお前は」
呆れたように返されて、綱吉は何もいえなくなった。
いえなくなった綱吉をリボーンは笑う。
何処となく寂しげなその笑いに、綱吉はしゃがみこんでリボーンと視線を合わせる。
「……リボーン」
「なんだダメツナ」
「オレ、ほんと、ダメでごめん」

涙が落ちる。足元の乾いた砂にしみこんだ。
こんなところまで現実だ。

「戦争、ヤだとか言って、ごめん」
「泣いてんじゃねーぞ」
「い、いいじゃないか、電脳だし」
「バカ言うなダメツナが」
思いっきり蹴りを食らって、綱吉は地面と仲良しになる。
うつぶせに倒れたままの綱吉を見下ろしたリボーンはこう言った。
「気にすんな」
「う……」
「今まで何十万人が戦争で死んでるんだぜ。オレのことなんか気にすんな」
「でも」

何十万人のことを綱吉は知らない。
だけどリボーンのことは知っている。だから悲しい。
「オレ、戦おうと思った……けど。それは」
たぶん凄く身勝手な理由で、口に出すこともしたくない。
リボーンのためじゃない。両親のためじゃない。この国の人のためじゃない。
「言ってみろ。くだらねぇかはオレが判断するぞ」
命令されて、綱吉は唇に指を当てる。

言葉が出ない。なんて言えば。どういえば。
どう言えば彼を傷つけるに済む? どうごまかせば。
「カッコつけんな」
ドつかれた。
「お前はヒーローなんてなれねー男なんだぞ」
「え?」
「オレのためとか国のためとかそういう理屈はお前らしくねーんだ」
綱吉は何か言おうとしたけど、言葉が出てこない。
「知った口聞くなって思うなよ? ここじゃお前の思考回路はだだ見えで十分お前を知る機会なんかあったんだ」

目の前の赤ん坊を見た。
綱吉が地面に突っ伏しているから、今は見上げる形になっている。
真黒の目は、何か言いたげで、だけど綱吉はわからない。

「……オレは」
「なんだ」
しっかり帰ってきた相槌に、心の何処がさあっと溶ける。
「オレが、いらなくなるのが、嫌で」
ボンゴレに所属しないということは、この住処を失うということだ。
それは嫌だった。だってどこにいけばいい。
「あんなのを、見るのが、嫌で」
目の前以外でも起こっているのだろうけど、起こっていたのだろうけど。
そんなのを見たくなかった。あんな悲しいもの。

「いい理由じゃねーか」
それを聞いてリボーンは笑った。
「それがお前の理由なら、ちゃんと胸に抱いていって来い」
「こんな……」
こんな理由でいいのだろうか。あまりに自己本位な理由で。
問いかけた言葉はリボーン手で中断された。

「当たり前だ」
「……っ……」
「ご大層な理由で戦ってる奴なんて、いないぜ。だからお前は戦争が嫌いなんだろ?」
「――うん」
うん、と呟いて。
リボーンがじゃあな、と言った。










綱吉は目を開ける。
どっと襲う倦怠感にはもう慣れていたけれど、いつもより疲労が強かった。
「……ん」
唇に何か当てられる。
口を開けると、チョコレートが押し込まれる。
一つ目を咀嚼してから、やっと目を開けた。
「……う?」
目の前に金色が見える。ベル? と思ったが振り向いた男の表情をみて違うとわかった。
「おおー! おきたか? 俺、ディーノってんだ」
笑顔で綱吉の手を握ってきたのは、陽気な知らない人だった。
説明を求めて向かい側に座っていたスクアーロに視線を向けると、疲れたような顔でため息をつかれた。

「なあ、お前リボーンにシゴかれてんだろ?」
「あ、は、ええ……」
「俺もリボーンが先生だったんだよ。だからお前の兄弟子なー」
人懐っこく笑ってきたディーノに、綱吉の表情も少し緩む。
それを見たのかさらにディーノは楽しそうに笑った。
それからいきなり飛びつかれ、綱吉はひゃあと声をあげる。
「かっわいー! スペルビスペルビっ、ツナってすっげー笑うとかわいいー」
そう言ってぐしゃぐしゃ髪を撫でられて抱きしめられる。
ぎゅうぎゅうとした抱擁が痛かったけど、不快にはならなかった。

ぐいと襟首を引っ張られて、グエと声を出す。
引っ張ってきたのはもちろんXANXUSで、引っ張るついでに腰に腕を回してさらに引っ張られた。
「ちょ、XANXUS」
「跳ね馬。家に来てもいいとは言ったが、それ以外は許してねぇ」
耳元で声が聞こえて息がかかって、くすぐったさに少し笑う。
腰にまわされているXANXUSの腕に触ると、もっと引っ張られた。
「ちぇー、いーじゃん。だってツナってここから出てないんだろ?」
「てめっ」
「あ、そういえばそーかも」
ディーノの言葉に頷く。そういえばここに来てから一度も外に出ていない。
もともとそんなに外に遊びにいくタイプではないから気にはならなかったし、電脳でたんまり修行してるから運動不足も感じなかったけど。

体をひねって綱吉を引っ張っているXANXUSを見上げる。
「なーXANXUS」
「何だ」
「外には出ちゃいけないの? それとも今まで出てないだけ?」
「……半々だな。お前を外になるべく出すなとジョットが言っていた。出たけりゃ出てもいいが、俺が一緒に行く」
ふーん、と頷いて気にしない事にした。
別に出なくてはいけない理由は学校ぐらいしかない。
「え、でもいーのか? 学校は?」
思いっきり綱吉の考えていたことに突っ込んだディーノは、つかつかと歩いてきたスクアーロに蹴り飛ばされるところだった……痛そう。

「ココに来る前にあんだけ言っただろうがぁああ!! このダメ馬!!」
「いったぁーい、スペルビ痛いー」
蹴り飛ばされた左肩を抑えて嘆いたディーノを、スクアーロは叱り飛ばす。
「泣くな!!」
「XANXUSー」
「……カス鮫、つまみ出せ」
「おうよぉ!」

威勢のいいやり取りが終わった瞬間、ディーノはスクアーロに引っ掴まれている。
そのまま玄関へと連衡されかけたディーノは泣き目で綱吉に手を伸ばした。
「ツナー! お前は俺を見捨てないよな?」
「……あ、あの、放してあげていいんじゃ……」
おそるおそるかけた声にスクアーロが振り向く。
「いいのかぁ」
「え、別に……と、いうかいてほしい……かな?」
その言葉にぱあっとディーノの顔が輝いて、スクアーロの手が離れると一直線に綱吉へ向かってくる。

捕まえていたXANXUSの手から軽々と奪って、正面から思い切り抱きつかれた。
「ありがとなーツナ!」
「離れろつってんだろうが」
今度は思い切りXANXUSに殴られても、ディーノはあまり動じた様子はない。
もしかしてこの人は凄い人なのでは? 綱吉はうっすらそう思い出した。

「あの……そういえば、どういう知り合いなの?」
直接聞くのはどうかと思ったのでぼそぼそろスクアーロに尋ねると、事無げに答えられた。
「ああ、ディーノはジョットの直属の部下の一人だあ」
「ん?」
「ボンゴレの幹部っつーのが正しいかぁ。ボスがヴァリアーを率いるみたいにキャバッローネっつー隊を率いてんだなあ」
「……うん?」

なんとなく飲み込めたような飲み込めなかったような。
首をひねる綱吉の目に、XANXUSと攻防を繰り返すディーノの姿が入ってくる。
「っ、いきなり殴りつけてくるなよ!」
「るせえ」
「って、わっ。お前相変わらず酷いな! スペルビ助けて!」
綱吉の横に居たスクアーロに助けを求める。
いや、無駄だろ、スクアーロはXANXUSの副官であってディーノを助けるとは……
「……しゃーねーな……」
「え、助けるの!?」
思わず突っ込んだ綱吉に、スクアーロは肩をすくめた。
「ボスも本気じゃないだろうが」
「……本気じゃないの?」
殴り合いは本気にしか見えなかったが、スクアーロはため息をついた。
「ありゃあじゃれあいだ。おいボス、いい加減暴れるのやめねーと家具が……」

スクアーロが割って入ろうとした瞬間、ディーノがXANXUSの蹴りを避けながら叫ぶ。
先ほどからお互いを罵倒しあっていたらしい。なんとも大人気ない。

「XANXUSの主婦ー!」
「それはイヤミか? この貧弱」
「綺麗好き! 潔癖症!」
「それじゃあテメェは腐敗部屋だ」
「横暴者!」
「へなちょこ」

ううー、と唸ったディーノは唇を噛んだ。
どうやらネタに尽きたらしい――と思ったら息を吸う。

「XANXUSのブラコン!」
「俺に兄弟はいねえ!」
「じゃあセコンドコン! グレたのだってセコーンドのせいだろ!」
「てんめぇ……このアホカスバカ馬がぁああ!!」
XANXUSが叫んでフックをかまそうとする。
それをひょいっと華麗に避けて、ディーノは……尻餅をついた。

「…………」
「…………」
「……だ、大丈夫です、か?」
恐る恐る声をかける。ディーノはツナぁああーと叫んで抱きついてくる。
「あの……ええと」
さっきまで目の前で展開していたことを思い出して、それから綱吉は笑った。
「うん、ディーノさん凄いですね」
「え?」
何が? という空気が全員に流れる。
綱吉は自分から離れたディーノと離したXANXUSと、一部始終を苦い顔で見守っていたスクアーロに笑顔で言った。

「オレ、XANXUSがあんなに楽しそうなのはじめて見ました!」

「いや違……」
「……」
脱力したような顔をされたが、綱吉は気にしなかった。
だって、怒鳴っている時のXANXUSはやっぱり楽しそうに見えたから。




















「でさー、俺ってばもうよれよれのへとへとなのに今度は蹴るの!」
「あー、ありましたありました! それで不満言うと銃を向けてくるんですよ!」
夕食(当然XANXUSの手作り)を食べながらリボーン横暴話で盛り上がること盛り上がること。
「そーそー、あいつほんっとにサドだから気をつけろよ? あ、XANXUSおかわりー」

ディーノの言葉に、口の中のものを飲み込んだ綱吉は負けじと自分の皿を空にする。
早く食べないと無くなってしまう。XANXUSの料理は美味しいのに。
「あ、ディーノさんずるい! オレも食べるー」
「貸せ」
XANXUSがさっと手を出してくれたので、その手に皿を渡すと向かいに座っていたディーノが不平を述べた。
「ちょっとXANXUS! 俺には取ってくれなかったのになんでツナだけ!」
「うるせー」
夕食前のやり取りを再開しそうだった二人だが、XANXUSが一旦綱吉に皿を渡すことで途切れる。
「ほら。サラダも食え」
「食べる。トマトがほしい」
「わかった」
ラザニアを乗せた皿とサラダの皿を交換する。
綱吉のリクエスト通りにサラダとトマトを幾つかとったXANXUSは皿を綱吉のところに戻す。

「XANXUS……ツナにだけ優しい……」
唇を尖らせたディーノにXANXUSは鼻で笑った。
「テメェに優しくする義理がねーからな」
「じゃあスペルビは俺に優しくしてー♪」
ディーノが隣に座っているスクアーロに笑顔で言うと嫌そうな顔をしてから溜息をつく。
気のせいかディーノと一緒にいるスクアーロは溜息が多い。
「あ、ワイン注いでワイン」
「……ほらよぉ」
差し出したグラスに並々とワインが注がれていくのを、ディーノは楽しそうに見ている。

注ぎきったスクアーロがワインをテーブルに戻そうとすると、俺も俺もーと言いながら瓶を奪って、ちょうど空だったスクアーロのグラスに注ぐ。
それを終えてから綱吉を見て、尋ねた。
「ツナも飲む?」
「あ、オレ未成年だし……」

渋くてあまり美味しくないので、綱吉は遠慮しておいた。
そっかーと言ってディーノは瓶を置く。
その振動でテーブルが揺れて、端の方に置かれてたディーノのナイフが床に落ちる。
「うぉおい! もっと丁寧にやれえ!」
「あ……ごめん」
「ったく、お前はもう余計なことすんなよぉ」
ため息をついたスクアーロがさっとナイフを拾って台所の方へ行く。
「待って、俺やるって」
ディーノが慌てて席を立って、スクアーロを追いかける。

「ねえ、XANXUS」
まったく反応せずに食事をしていた隣の彼に声をかけた。
「スクアーロとディーノさん、仲良いんだね」
「結構昔からの付き合いらしいしな」
「XANXUSとも、仲いいね」
「……そうか?」
そうは思わんが、と言いたげに呟かれたけれど、綱吉は首を横に振る。
「ううん、仲いいよ」

ちょっとだけ。
くだらないことで思いっきりXANXUSの感情をぶつけられたディーノがうらやましいな、とか思ったりもした。
ちょっとだけ、同じぐらいの年だったら違ったのかな、と思ったりもした。

「綱吉」
もしかして暗い思考になってたのバレた? と焦るぐらい絶妙なタイミングで声をかけられて綱吉は思わず背筋を伸ばす。
「な、なに?」
「デザートは桃のババロアな」
「ババロア!」
現金に気分が浮上する。
ふと見上げると、綱吉を見下ろしているXANXUSの目尻が少し下がった気がした。
「なに?」
「いや。機嫌が治ったならいい」
「べ、別に機嫌は悪くなかったよ?」
慌てて弁解すると、小さく笑われて、綱吉は少しだけ嬉しくなった。

こんなのも別に悪くはないんだけど。
(ちょっとだけ。XANXUSに近くなりたかったと思ってる)







***
どこかで見たサブタイと
どこかで見たセリフと
どこかで見た初対面。

料理の描写は間延びしたので切りました。
そして砂を吐きました。ドザー。