<XANXUSの決意>

 



あの日、ぼんやりと空を見つめる綱吉を放置し、ジョットとセコーンドはとっとと帰った。
二度と来るなと吐き捨てておいたが、あの男にそれが届いたとは思えない。


XANXUSは片手で卵をボウルに割り入れる。黄身と卵白を分けて、分量を量っておいた砂糖を黄身に入れるとかしゃかしゃとかき混ぜる。
「……くそっ」
すさまじい速度で混ぜていた手を舌打ちして止めた。
レモン汁をいれ蜂蜜を垂らす。
その後で油と水をいれ、軽く混ぜてから粉振るいで粉をふるうと、もう一度混ぜた。
均一に混ざったところでいったんボウルを横に置き、今度は卵白の入ったボウルにも砂糖を入れると今度はハンドミキサーで混ぜだす。

ウィインという特有の音共に泡立って行くメレンゲを見ながら、XANXUSは深く息を吐た。

あの夜。綱吉は何も言わずにソファーに倒れこむとそのまま眠った。
片手で何とか抱えて彼の寝室へと運び寝かせたが、翌朝になっても目を覚まさない彼を放置して病院へと行く気はしなかったので鮫を呼びつけ傍にいさせた。
治療を終えて帰ってきても、綱吉は寝ていた。

「ボス」
キッチンの入口に立っているスクアーロは怪訝な視線を送ってくる。
「なんだ」
「いや……なに作ってるんだぁあ」
「カス鮫には関係ねえ」
「……そーかい」
もともと聞きだせるとは思っていなかったのか、鮫は肩をすくめると顔を引っ込める。
余分なのがいなくなったところで、XANXUSはハンドミキサーを動かして、メレンゲをさらに固くした。
泡立てられたメレンゲがぴんと角立つようになったら、まずオーブンを操作して設定温度170度で余熱を始める。
その操作をした後に、黄身の方の生地の中にメレンゲの1/3を入れてハンドミキサーで混ぜる。
生地が混ざったら、残りのメレンゲを入れ、さっくりと全体をゴム製のヘラで切るようにして混ぜていく。ココでメレンゲの泡を潰さないのがポイントだ。
クリーム色の生地が出来上がったところで、出してあった型に生地を流しいれていく。
きっちり流しいれたら、軽くトントンと上から落とすようにして気泡を抜く。

ピーっとオーブンが余熱完了の合図を出し、XANXUSは生地を入れた型をもって、オーブンを開けると型を突っ込んだ。
そのままの温度で45分ほど焼く。

すべての行程を終えてから、漸く息をつくと手を洗い、器具をそのままにしてキッチンを出た。
「カス鮫、綱吉は――」
「XANXUS……?」
ソファーには綱吉が起き上がっている。
なにか言いたそうな目に視線を合わせるが、彼は何も言わない。
「……綱吉」
「あの……オレ……」
「メレンゲがボウルにくっついてるが」
「舐める!!」
目を輝かせて綱吉は立ち上がる。
そのままザンザスの横を通り抜けてキッチンに入った。

「わーい、あ、コレもいい?」
「勝手にしろ」
事実上の許可の言葉を投げると、顔を輝かせてハンドミキサーの混ぜる部分も取り外す。
それをボウルの中に入れて、笑顔でダイニングへと向かった。
「うぉお゛お゛い、綱吉!?」
スクアーロの驚きももっともだ。
生地を泡立てた方のボウルも持って、XANXUSはダイニングへと向かう。

まさか、思いもしなかったのだ。
初めてケーキを作った時、キッチンを覗きに来た綱吉は。
ケーキが焼きあがるのを待たず、生地の入っていたボウルを横取りして舐めだした。
メレンゲでも生地でもやるのだ、当然生クリームでもやっている。

――案の定、彼はテーブルの上にボウルを乗せて、椅子に座って。
ご機嫌に鼻歌まで歌いながら、ボウルのメレンゲを掬った指先を舐めていた。
「ん〜っ、甘い美味しいっ! XANXUS、何作ったの?」
「蜂蜜レモンケーキ」
「わーい!!」
ばんざーい、と喜ぶ綱吉には先ほどまでのあの憔悴しきった様子はない。
横に生地のボウルも置いてやると、歓喜の声をあげた。
「いいのいいのっ?」
「ああ」
「ヤッター!」
笑顔でXANXUSを見上げて、それからふっと目の色が変わる。
どうした、と視線で問いかけると、手招きをされる。
腰をかがめる気はなかったので、椅子を引いて近くに座った。

「XANXUS……腕、大丈夫?」
「ああ、この程度なら病院で治る」
「よかった。えっと……ジョットは、帰った?」
「……お前、本気で全部ケーキでぶっ飛ばしやがったな?」
溜息をつくと、頬を染めてしょうがないじゃんと唇を尖らせる。
なんだその表情。年齢と性別を考えてくれ。
「……他に言うことはねぇのか」
生地を掬っていた指を舐めていたのをやめて、綱吉はXANXUSを真っ直ぐ見た。
「ごめん」
「……」
あまりにあっさりと謝る。

「何に謝ってるのかわかってんだろうな」
「うん……わかってる。オレ、我侭だった」
わかっているらしい綱吉にそれ以上を強いるべきかは悩んだ。
だが、ここはいい加減にしていい所ではない。
XANXUSはともかく――今度こそジョットが怒り狂う可能性も高い。
「何についてだ」
「……せん、そう、したくないって……オレ、知らなくて」
途切れ途切れに呟いてうつむいた綱吉の顎に指をかけ、上を向かせる。
見上げてくる目には涙が浮かび、一筋つうと伝っていく。
「何を見せられた?」
「リボーン……オレ、リボーンになんて言えば」

どうしよう、と繰り返す彼に、何を見たかの想像はついた。
アレは、二十年以上も――前のことだ。
XANXUSとて、自分自身の記憶は皆無だ。大抵の知識は記録媒体から仕入れている。
「気にするこたぁねえ」
「でも!」
「お前は生まれてすらないんだ。お前の父親も祖母も無関係だ。気に病むこたぁねえよ」
「でも……」
綱吉の目から別の涙がこぼれる。
XANXUSはそれを拭って、だけれども彼は泣きやまない。
「綱吉」
「でもオレ、リボーンに戦いたくないなんて言った。戦争はしちゃだめだって……リボーンはソレを強制されて……それで死んだのに!」

リボーンはプログラムだ。もう生きてなどいない。
さらに彼がどれだけ生前の記憶を持っているかもわからない。あるいは全て消えているのかもしれない。
彼の胸のうちなどわからない。だけど綱吉は泣く。
「なんて、言えばいいんだよ。なんて――」
「綱吉」
宥めるように頭をなでる。
それにますます表情をゆがめて、綱吉はぎゅうと頭を撫でているXANXUSの腕にすがりついた。
「オレ……戦いたくない」
「そうか」
「戦争なんて、キライだ」
「ああ」
そんなのは態度を見ていれば十分に知れる。
綱吉は――ボンゴレに入れない。

たとえジョットがその気になっていても、本人が拒否すればそもそも電脳空間へ入ることすら難しい。
そこまで綱吉にかまけていられるほどジョットもヒマではあるまい。
「戦わなくてもいい」
「XANXUS……」
「お前がやる必要はねぇ。最初に言っただろうが。断わればいい」
頭を撫でていた手に力をこめると、綱吉の頭がくいとXANXUS側に引き寄せられる。
よってきた顔にXANXUSも自分の顔を寄せて、言った。
「聞かなかったことにしていい」
「でも――」
「ジョットが反対しようと、俺が守ってやる」
ふえ、と綱吉の顔が歪む。ただでさえ泣いてみっともない顔がますますみっともなくなった。
そんな顔のまま、綱吉はXANXUSの顔の近くに頭を固定されたままで、こう言った。
静かに、だけどきちんと。

「オレは……戦うよ」
「綱吉……」
「戦う、だけど、誰かを殺すことなんてできない……それじゃ、ダメ?」
ため息をついた。戦うのは結構だがこれは戦争だ。
「殺せねぇなら話にならねぇよ。お前が殺されて終わりだ」
「そんなの――」
いいか綱吉。
XANXUSは甘っちょろいことを呟く少年の頭を押さえつけたまま、彼の耳元でこう言い放った。

「誰も戦争なんざ止めねぇ。殺し合いはな」

人間の原始の快楽だ。










焼きあがったシフォンケーキを思いっきりいきなり半分食べ、夕食を食べた後ぺろりと残りを食べた綱吉は、満足そうな顔をしてソファーで丸まって寝ている。XANXUSの身体に寄りかかって。
一緒に映画を見せられていた鮫がげんなりとした顔で、ソファーに座ったまま仕事をしていたXANXUSを見やった。
「おぉい……いつまでこーやってればいいんだあ」
「出動まではここにいろ」
「なんでだあ!」
愚問を吠えた鮫は、怪訝そうな目を向けてきた。
「……ボス、そんなにこいつのこと……」
「なんだ」
「いや……」

何か言いたげだったが、無視した。鮫ならば問題はないとの判断だ。
かわりに少し身を乗り出して、すぴすぴ寝ている綱吉の寝顔を見る。
「マヌケな顔だなあ」
「ああ」
「……だが、展開したときのこいつは」
何をいいかけたか悟って、XANXUSは眉を上げて鮫をにらみつけた。
そうだ、展開したときの綱吉は酷くジョットに似ている。
少しだけ乱暴になる言葉遣いも、その眼差しも。

何度目かの自己嫌悪に陥る。
XANXUSはセコーンドを許してなどいない。もちろんジョットも許していない。許さない。
男同士で惹かれあうなどぞおぞましい。ましてや兄弟だ。
そう思っていたのに。
「んぅ……」
小さく綱吉が呻いてもぞもぞと頭を動かす。
XANXUSの腕に上手く頭を当てて、また眠りに落ちていく。


「ボス」

スクアーロが小さく呼ぶ。
映画の主人公が何か叫んでいるところだった。

「綱吉を守るというのは本気か」
XANXUSは答えない。鮫は少しだけ語気を強くする。
「ジョットに刃向かう気か」
仕事を片づけて、XANXUSは寄りかかってくる綱吉の体重を感じる。
泣いて、戦いたくないと言ったら如何するべきかを考える――さほど考えるまでもない。
「だったら?」
口元をゆがめて尋ねると、鮫はゆるく首を横に振った。
「俺はボスの部下だ。決定には従う」
「跳ね馬んトコにいってもいいぜ」
相手の旧友の通称を出すと、眉をしかめた。
「ボス……」
「下手にジョットに関わると、死ぬぞ」
「ボス、ちょっとヘンだぜ」
ざっくり突っ込んだ鮫は、じろじろと綱吉を見て、XANXUSを見る。
それから納得したのかしてないのか、微妙な声を出した。

「ボス」
「あぁ?」
「……綱吉を守るんだな」
無言でXANXUSは眠りこける綱吉を見下ろすと、寄りかかられていない方の手を伸ばして、体を少し動かす。
そのままXANXUSの腕の中に倒れこんだ綱吉を受け止めて、膝の上に抱き上げた。
「ああ」
恋情ではないかもしれない。それどころか愛と名のつくものではないかも。
だけれども、ジョットが理不尽な暴力を働いた時に反射的に綱吉をかばった。
そして守れたことに何より満足した。だけど彼を泣かせたことを悔やんだ。

「……そうか」
鮫が深く座りなおす。
その目はXANXUSの知らない色だった。
「てめぇ……」
何を思っているのかわからなかったXANXUSは怪訝に思って尋ねるが、鮫が口を開く前にぱちりとXANXUSの腕の中にいた綱吉が目を開ける。
二人の視線は当然彼に行く。
「あ……XANXUS……」
何故だか男の腕の中にいることは疑問に思わなかったのか。
綱吉はにっこりと微笑んで、男の名前を呼ぶ。
「綱吉、寝ててかまわんぞ」
そう言いながら頬をなでると、嬉しそうに目を細める。

うっとりとした表情のまま綱吉は。
「XANXUS」
「ああ?」
「作り置いてたチョコレート食べたい!」
ブッ、と鮫が噴出し、XANXUSは苦々しい顔になった。
そんな顔でチョコか。
「ちょ……チョコ! この状況でチョコかお前は! あははははは」
珍しく爆笑した鮫を睨みつけておいて、XANXUSはまだ腕の中に納まっている綱吉を少し抱きしめる。
「第一声がそれかお前は……」
「まだあるよね?」
「……ある」

その言葉を聞いて綱吉は立ち上がると、爆笑するスクアーロと憮然としているXANXUSを置いてキッチンへ駆けていく。
「は……ははは、傑作だぜえボス!」
身をよじって笑っているカス鮫に、XANXUSはなんとも言えなかった。
とりあえず、今の状況は「餌付け」そのものでしかない。







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ギャグってみました。