<アルコバレーノ>


 


「三日後、共通時間で午前十時から「戦争」だ。XANXUSとツナの参加は初代の俺の権限で決定した。残りの人選は自由にしろ。詳しい情報は明日送る」

ジョットはそう言った。逆らえないと思った。覆せない決定だった。
けれども綱吉は唇を噛んで抗おうとした。

「戦争」は人を殺す。
もちろん、それは電脳の話だ。
だが、電脳で体験したことはほとんど現実になる。
綱吉はここしばらくの修行で学んでいた。
全身砂まみれになってもそれはもちろん問題ない。
現実世界には持ち込まれない。
だが小石でついた傷は、殴られて得た内臓の痛みは、確実に現実世界にも持ちこまれるのだ。

「オレ――オレは、「戦争」なんてっ」
「ツナ。ではどうやってこの国を守れと?」
静かにジョットが尋ねる。綱吉は黙るしかなかった。


リボーンは訓練の合間に綱吉に語った。
実際には戦争がなくったって、電脳で「戦争」が続いていること。
「ボンゴレ」はその「戦争」を行う傭兵派遣組織であること。
初代が今の「戦争」の形態を作った本人であること。
その前はもっと悲惨な「戦争」であったということ。
どう悲惨だったのかリボーンは語らなかった。
だから綱吉は知らない。


「だって……人を殺すなんて、そんなのおかしい!」
「セコーンド」
一言の命令にセコーンドは従う。ポケットから取り出した箱の中に収められているディスクの一つを取り出す。
「XANXUS」
投げられたディスクを受け取って、XANXUSはそれを端末に押し込んだ。
「来い」
「え」
「この家の専用電脳にオンラインすればいい」
有無を言わさぬ初代に従うことにして、綱吉は体をソファーに沈めると目を閉じた。



小さな点がうごめいている。それが波となって動き出す。
あまりに小さくて一瞬わからなかったが、それは人型をしている。
でも、人じゃない。
「な……なに、あれ」
兵隊人形がうごめく足元を見ながら呟いた綱吉に、横で見下ろしていたジョットが冷ややかに答えた。
「アレはヒトだ。戦争をする、兵士だ」
反対側からも兵隊人形がやってくる。うねりのように波のように。そして二つがぶつかった。
「あ……」
綱吉は声を漏らして、口を塞ぐ。
これは戦争だ。間違いなく戦争。
でも、これは――?

「アレはヒトだ」
「で、でもあれは人じゃっ」
「見ていろ」
足元の景色が切り替わる。スライドを差し替えるように。
荒野に人形が密集していた光景から、寝台に横たわった人がいる光景へと。
誰かが横たわっている。髪は短く切られていて、がっしりとした肩や長身などの体格から男だとはわかった。

映像の中で誰かが寝台に近づく。
よく見ればその横にはスクリーンがあった。
そこに触れて何かを操作する。
寝台の男が目を開けた。

『……チャオッス』
寝台の男が口を開いて何か言う。傍らに立っていたのはまだ少年という年頃の子供だった。髪はつんつんとがっている。
それが誰かわかって綱吉は思わず隣を見た。
だがジョットは黙ったままだ。

ジョットそっくりの少年は男に何か言う。
その言葉は綱吉には理解できない。
ザザザとノイズがかかっていて、かつ途切れ途切れの音は意味をなさい。
電脳には自動翻訳機能がついているはずだったが。
そう思っているとふいにノイズがとれて言葉がしみこんできた。

『ったく、そんな顔してんじゃねえ』
男が笑う。着ている服は入院服みたいなものだったけれど、彼は病気のようには見えない。
『しかたがないことだ。こんなの最初からわかってた』
男はそう言って少年の頭に手を乗せる。彼はうつむいて何か呟いた。
『ああ? んなこと言ってんな。もう――長そうじゃないがな』
少年が顔を上げる。何だか泣きそうな顔で綱吉は胸を締め付けられるのを感じた。
男はまた笑って、少年の肩を引き寄せて抱きしめた。

『泣くんじゃねよジョット。わかってたことだろうが』
『でも――でも』
少年はやはりジョットだ。男の胸に顔を埋めて泣く。
『ヤだよ、お前がいなくなるなんてイヤだよ……ここにいてくれ』
『そう言うんじゃねーよ。しょうがねぇお子様だな』
男の唇が弧を描く。切れ長の目が細められて、優しくジョットの背中を叩く。

その表情を、綱吉は知っている。

「……これ、は」
声が震える。わかってしまった。
なぜ? どうして? これはいったい?
そんなの意味のある言葉ではない。でもわかってしまった。

「ジョットっ……」
隣の存在にしがみつく。否定してほしかった。
「あれ……あれは、あれは」
あの男。
綱吉は彼を知っている。違う姿で、知っている。
「リボーンだっ……!」
あの表情をあの言葉を知っている。

どうしてだろう。涙が出る。
ぼろぼろこぼれて、綱吉の頬を伝ってどこにもない空間に落ちていく。
腕を握られたジョットと言えば、無機質な横顔で幻影を見ていた。
「ジョット……なんで? リボーンはプログラムじゃ、なかったの」
「……今はな」
「じゃあ」
「もう少し見ていろ」
静かに命じられて綱吉は視線を下へと向ける。
すでにリボーンとジョットはそこにいなかった。代わりに金髪の男がいた。
その横には黒髪の女がいる。二人は寝台に腰掛手を握り合っていた。


『……そうか。もう……時間切れか』
『コロネロ』
金髪の男は笑う。そして女の頬に手を当てる。
『泣くんじゃねぇぞコラ。オレは泣いてねーぞコラ』
そういいながら男の青い瞳から涙がこぼれる。女は優しく笑った。
『もともと、オレは失敗作だ。これまで生かしてもらえたのはジョットのおかげだろう』
『でも、ラル……』
女は男の濡れた頬に口付ける。

『いいんだ、コロネロ。オレは精一杯生きて――……お前といて、楽しかった』
女はそう言って、男の手を離す。それから寝台から降りた。
たぶんそこは部屋なのだろう。
少し歩いてカーテンを引いた。
窓にかかっているカーテンではなく、部屋を仕切っているカーテンだ。
『ジョット』
女が名前を呼ぶ。すると少年がそこにいた。
『もう、いいの。ラル・ミルチ』
『ああ。悪かったな。お前の手を煩わせて』
ジョットは無言で女に抱きつく。
まだ女の胸ほどの高さにしかない頭を撫でて、彼女は微笑む。
『コロネロを頼んだぞ』
『ごめん……ごめん』
『何を言う。お前のせいではない。もともとオレたちはこうなる運命だったんだ』
『いやだ……イヤだよ! リボーンも、ヴェルデももういない! ラルも居なくなって……そんなの、そんなの!』

いいんだよ、と女は呟いた。それからジョットを自分の体から離す。
それから真っ直ぐに前を見て歩いて行く。

ジョットはそこに立ちつくして泣いていた。
男も寝台の上に蹲って泣いていた。




「なに……これ、なに、これ!」
叫んで綱吉はジョットを見る。静かな瞳を伏せて、ジョットは答えた。
「アルコバレーノだ」
「なに、それ」
「……貴様がみた先ほどの争い。あれは二十年前までの「戦争」だ」
意味がわからなかった。綱吉は拳を握りこむ。
「特殊なプログラムで量産した擬似兵隊を動かす。一人が何千何万の兵士を動かすと考えればいい」
「……うん」

ぼんやりとだったがなんとなく感覚は掴め、綱吉はとりあえず頷く。
だが先日の話が正しければ「戦争」とは、個人個人が電脳で戦うことだ。
あんな出来損ないの人形を動かすものではない。
昔は……そうだったとでもいうのだろうか。

「それは、特殊な人間にしかできなかった。今の電脳での戦闘はある程度誰にでもできるようになっているが、当時は本当に一握りの特殊な人間にしか「戦争」はできなかった」
話の輪郭が見えてくる。
綱吉は眉を寄せてジョットの次の説明を待った。
「同時に何千何万の兵士を動かす。その行為は当然負担だ。――簡潔に言うと短命化を引き起こす」
「……うん」
足元の映像は消えている。
ただ寂寥とした荒野が広がっている。
その上に二人で浮いて、綱吉は彼の言葉に頷いた。
「我が一族は、俺の祖父や父はその手の人間を集め戦争をさせていた」
ジョットの目が暗く煌く。

自分の目より明るい色の彼の瞳が危険な瞬きを見せたのに、綱吉は思わず見入った。
「今と同じ傭兵派遣というわけだな。一個軍と言ったほうがいいだろうが」
「うん」
話が、うっすらと見えてくる。
「さらにそれでは飽き足りず、限りなく人間を模した生物を作った」
「……!」
息を呑んだ綱吉にジョットの口元が歪む。
そして彼は嗤った。

「そう、アルコバレーノ! 呪われし存在! 人間の十倍の速さで成熟し一万が限界の人間を容易く超え、彼らは十万の兵を操った!」

ジョットの指先が動く。彼の指が彼らの名前を綴る。
「リボーン。コロネロ。ヴェルデ。スカル。ルーチェ。風。バイパー……そしてラル・ミルチ」
綴られた名前は光って、瞬いて、消えた。
「……リボーンは死ぬ寸前に自分のメモリーを厳重パスワードの下に保存していた。教育プログラムとして残ったのは本人の意思だ」
「コロネロと……ラル・ミルチは。ほかの、人は」
小さくジョットは笑って。
そしてゆっくりと首を振った。
「十倍の速度で成長した彼らは、その短命な寿命が尽きる前に、死んだ」
「っ……!」


世界が闇に包まれた。
荒野もない。空もない。何もない空間。
前後左右には闇しかない中、綱吉の正面にジョットは浮かぶ。
彼の瞳にそして額に。炎が灯り闇を切裂く。
「……綱吉」
静かに尋ねる。
確かめられているのだと綱吉にはわかった。
「「戦争」をしたくないそうだが。では、大昔のように、人同士で殺しあえというか?」
「それは――それはダメだよ!」
「ならば、少し前のように一部の特殊能力者に戦わせろと? 一族が囲った能力者の数は少なくないが、ほぼ全員が五年ほどで――死んでいる」
違うけど、と呟いた綱吉はぼろぼろ泣いていた。
だけどジョットは容赦なく、うつむいた彼の顎に指を当てて上に引き上げる。

見下ろしてくるのはファイアレッド。
見上げている綱吉をも燃やしつくしそうな激情の色。
「では、どうすればいい」
「でも――オレは人を殺したくなんかない!」
綱吉の答えはこれしかなかった。認めることは出来なかった。
そしてジョットはこう返した。静かに、けれど怒りをこめて。

「貴様のそのふぬけた思考を成立させたのがこの「戦争」だ。貴様以外のヤツにそう信じたまま生きてほしいなら戦え」
綱吉は唇を噛み締める。きっとジョットも言葉は現実なのだろう。
彼の言葉は「現実」だけど綱吉は、あえて叫んだ。
「ジョットにも、XANXUSにも、ヴァリアーの皆にもセコーンドにだって誰かを殺してほしくない!」
すう、とジョットの目が細まった。
額の炎がゆっくりと消える。

ジョットは綱吉の襟元を掴むと引き寄せる。
鼻がくっつきそうなほど近づいて、端整な造りの顔を歪ませてささやいた。
「ならば貴様の大事なものをさらに失え。甘ちゃんが」
「な、っ……」
「俺は何もかもなくした。残っているのはセコーンドだけだ」
ジョットは綱吉を突き放す。何もない空間をふわりと漂う。
押された胸が少し痛い。心はもっと痛い。
「ジョット――」


「貴様に俺の気持ちを理解しろとは言わぬ。だが――忘れるな」
目の前からジョットの姿が消える。
綱吉は思わず両手足をばたつかせたが、何もない空間でどうにもなることではない。

見えない彼の声だけ聞こえた。

「戦わねば必ず後悔する」


 

 

 

 



***
初代とツナだけは疲れます。
アルコs登場! やったコロネロ&ラルだせた!!