<美味しい生活>
『展開、「ラベンデッタ」』
綱吉がそう唱えると、彼の額に炎が点る。
照らされた髪の色はさらに薄く、瞳はファイアオレンジへと鮮やかに。
ゆっくりと瞼を押し上げたその表情はXANXUSに唾を飲み込ませるものだった。
両手に炎をまとわせて、綱吉はリボーンに殴りかかる。
ひょいひょいとそれを避けながら、リボーンはくるりと空中で方向を変えた。
『…………』
リボーンの口が動いたが、XANXUSには音声が聞き取れなかった。
モニターを見るのをやめて、足元によってきたベスターへ視線を向ける。
見上げてきた展開型からまたモニターへ目を戻したが、その時はもう憑依型を解除した綱吉が手を振っているところだった。
手早くオフラインの作業を行うと電脳をモニターから消す。
ソファーにくったり横たわっていた綱吉が目を開けた。ただ焦点はあわずにぼんやりとしている。
「どうした」
「ん〜……ん、平気。あ、ベスター」
大型獣は大口を開ける。綱吉はそれに微笑んだ。
用意しておいたカップを持ってくると、笑顔で手を伸ばす。
「わーい、ありがと」
「飲んだら飯もある。今日はずいぶんと長くオンラインだったな」
砂糖たっぷりのカフェオレを飲みながら、綱吉はううーと唸る。
同調するようにベスターが唸り、けらけらと彼を笑わせた。
手を伸ばして触る真似事をしていた綱吉は、じっと自分を見ているXANXUSの視線に気がついたのか、ばつが悪そうに視線を逸らす。
「ん、なんかね……上手くいかないっていうか……」
「あのプログラムは優秀だ。問題があるとは思えねーが」
「そうじゃなくて……なんてゆか……憑依型展開してるしたときのオレってちょっと違うよな?」
「……」
XANXUSは黙る。あまり認めたくない事実であったが、憑依型を展開してるときの綱吉は。
感嘆するほど。息を飲ませるほど。
あのクソジョットにそっくりだった。
「感覚が鮮明で、決断が早くて――ちょっとのズレだけど。すごく感じる」
「てめぇはてめぇだ。問題はねぇよ」
「そう、かな。XANXUSが言うならそうかなぁ……」
納得はしていないような顔だったが、XANXUSが皿をダイニングテーブルにに置くと顔を輝かせて、飛んでくる。もう思い悩んでいた様子は影も形もない。
「うわあい、カルボナーラ! チーズたっぷり!」
とっとと座りフォークを手に取り、早速口に運んでいる。
XANXUSが飲み物と自分の分を持って座る頃には、すでに三分の一ほどが消えていた。
「美味しい! XANXUSの料理ってほんっとに美味しい!!」
「……そうか」
「うん! あ、明日は肉じゃが食べたい」
「……テメェ……」
思いっきりコックか何かと勘違いされている気がしたが、ぺかぺか光る笑顔でスパゲッティをかきこんでいる綱吉を見ると、なんだかどうでもよくなってくる。
XANXUSも食事をはじめたが、自分の分を半分ほど食べたところで綱吉の皿は終了した。
終了しても彼の視線はじっとXANXUS――の手元に注がれている。
「XANXUS……」
「パンがあるぞ」
「食べるー!!」
欠食児童状態の綱吉は、ぱっと立ち上がるとダッシュでキッチンへと向かう。
ばったんと扉を開く音がして、すぐにたたたたと駆け戻ってくる音がする。
「XANXUS! なにあれ!」
「ああ?」
「冷蔵庫! あのタルトなに? デザート? デザート?」
目をきらきらさせて聞いてくる綱吉に、XANXUSは軽く肩をすくめる。
「ああ、そうだが……」
「食べたい! 食べるー! 取ってきていい? いい?」
かまわんが、という旨の返事を返すと満面の笑顔になった。
「やたー!」
両手を挙げて叫んで綱吉はキッチンへとダッシュバックする。
すぐに包丁片手に戻ってくると、片手には苺タルトののった皿を持っていた。
「苺ー♪ 苺ー♪ いちごた〜るとっ」
デタラメな歌を歌いながら、綱吉はタルトを切り分け始める。
危なっかしい手つきではあったが、確かに思いっきり切り分けた。1/8ほど。
「いっただっきまーす♪」
「おいフォークで……」
XANXUSが制すも間に合わず、綱吉はあぐりとそのままタルトにかぶりつく。
上にかかっていたナパージュがとろりと落ちるのにも構わず、満面の笑みで二口目に取りかかった。
「おいひー」
「そりゃよかった」
もう色々諦めて、XANXUSは自分の食事を続ける。
はむはむとあっという間に一切れ食べた綱吉は、二切れ目に手を伸ばす。止めやしないが。
「むふー! おいしー! XANXUSが料理上手で嬉しい!」
「たれてんぞ」
頬から顎に垂れた透明の液体を指で掬う。その後どうするかしばし躊躇してから、馬鹿みたいに開けられた綱吉の口の中に突っ込んだ。
「んふっ」
突然のことに目を丸くした綱吉だったが、指先についているナパージュが甘いため、ぺろぺろと舐め取る。
爪の間に入ったわずかな甘味まで追いかけて、しつこく指先に舌を這わせた。
「……っ」
ぞくりとした。一心不乱にXANXUSの指を舐める綱吉の視線の先が指からふいと上に動いてXANXUSの目とかち合う。
ざわりと肌が疼き、慌てて指を引っ込める。
「貧乏性。んなとこまで舐めんじゃねぇよ」
「XANXUSが突っ込んだんじゃん」
唇を尖らせて綱吉は残りのタルトを片づける。
それからいったん手を伸ばして、窺うような視線を向けた。
「好きにしろ」
「やたー!」
容赦なく三切れ目に手を運び食べる綱吉を見ながら、XANXUSは食事を再開する。
先ほどのあれそれは深く考えないようにすることにしたかったが、生憎とXANXUSは自分のことでも曖昧なことは許せないたちだ。
欲情した? こんなガキに? バリバリ東洋人遺伝子の所為で憐れなほど童顔+貧弱だ。そもそも細っこくても性別が男な時点で好みではない。よく考えなくても完全アウト。
顔立ちは綺麗というよりはよく言えば可愛い。悪く言えば貧相。綺麗というならあのジョットのほうがよっぽど綺麗だ。不本意なことに。
だがさっきの色気はなんだったのか。XANXUSの肌を粟立たせたほどの。それともそれは指からの刺激でおこった錯覚か? それとも――
「XANXUS、どうしたの?」
声をかけられて現実に戻って、残り少ない食事を終わらせた。最後のサラダを口に運び終えると、すでに半分がなくなったタルトを前にして綱吉が止まっていた。
「どうした」
いい加減に腹が膨らんだかと思って声をかけると、綱吉はじっと見上げて小さな声で尋ねた。
「あの……も、もう一切れ、ダメ?」
「……まだ食べるのか」
そんなに小さいタルトではない。カスタードも苺もたんまり詰め込んだ。
それを半分たべてもっと欲しい?
いい加減底なしの腹が心配になって突っ込んだが、綱吉はへにゃりと眉を下ろす。
「あの……XANXUSも食べたいだろ? だから半分残そうと思ってたんだけど……も、もう一つ、いい?」
「……好きなだけ食え」
呆れてため息をつく。だが綱吉はぶんぶんと首を横に振った。
「それはダメ! XANXUSの分は残しておきたいの!」
「食いたいんだろうが」
「ううー! だってだって美味しいんだもん! ケーキ屋さんよりよっぽど美味しいよ! ってかXANXUSケーキまで作れたんだね!」
それに無言でXANXUSは立ち上がると皿を片づけだす。
慌てて綱吉が自分の分のコップと皿を持って後をついてきた。
ケーキなど作ったことは、無論ない。
XANXUSは甘いものをそこそこ好みはするが、自分で作って自分で全て消費するほど甘党ではなかった。
だからと言って鮫や他の部下に恵むと後が面倒なので、したくない。
だから綱吉が来てから初めてケーキを作った。彼が食べたいと言った苺で。
「XANXUS……あの、お願いいい?」
「あ?」
「あ、明日もケーキ欲しいな……ダメ?」
ドラ焼きとかシュークリームとかダメなら生クリームだけでもいい!
そう言われて思わずそこまで好きなのかと突っ込みたくなったが、明らかに愚問だったのでやめた。そこまで好きらしい。
「クッキーとか……ううん、我侭言わないからお願いします!」
その時点で十分我侭なのだが。だいたい明日の夕食まで指定してきて今更だ。
「……何がいい」
「え」
「だいたいはなんとかなる」
気まぐれで聞いてみればそれは嬉しそうな顔をして。
「XANXUS大好きー!!」
思いっきり腰に抱きつかれて、頭をぐりぐり押し付けられる。
その様子は甘えてくるベスターのようでもあり、なんとなく頭を撫でた。
「オレ、あんみつ食べたい!」
「……あんみつ」
冷蔵庫の中のものではたぶん無理だろう。今晩中に注文しておくか、と考えつつXANXUSはふわふわしている綱吉の髪に戯れに指を絡め続けた。
ソファーに座っている小さな赤ん坊に、綱吉は笑顔で話しかけている。
とんでもないところに合いの手を入れてしししと笑っているのは、同じぐらいの年頃の少年だ。
……と言ってしまうと和む風景かもしれないが、生憎とその二名はXANXUSの部下だった。
和むもクソもない。
「聞いてよー! それでXANXUSがあんみつ作ってくれたんだー」
「……へえ? ボス、料理したんだ」
意味ありげな視線が送られてきたが、XANXUSは丸無視することに決め込んだ。ハーフラインになりつつ、必要な資料を読み飛ばす。
「ししし、取り寄せたのかもよ?」
「違うよ。オレちゃんと横で見てたもん。くるくるっと白玉丸めてたんだよ、すごいよね」
笑顔で話す綱吉の前で足を組んだベルフェゴールが話題を変える。
「しし、それで綱吉。修行はどーなわけ?」
「うーん、リボーンがとりあえず鬼畜。なんでプログラムがあんなに鬼畜なのさ」
そういえばマーモンに似てるね、と言って綱吉はマーモンを抱き上げる。
赤ん坊の体躯の彼は軽々と抱き上げられて不満を漏らした。
「ちょっと、気安く抱き上げないでよ」
「マーモンかわいいなー。ウチにずっといればいいのに」
「綱吉、オレはだめなの? 王子なのに」
「ベルもいいよ。楽しいし」
きゃっきゃと笑う三人がやかましくてXANXUSはちらりと睨む。
ハーフラインになる必要がなければ部屋でやれる仕事だったが、生憎とこの部屋にしか電脳に接続できる端末は置いていなかった。
「……ボスに殺されそうだから謹んで事態するよ」
「ししし、オレも〜。ま、王子だし別にいいんだけど」
「うーん、そうだね。XANXUSはうるさいの嫌がるしね」
少し声を落とした綱吉が、マーモンをソファーに戻す。
手の届かないところにおいてあったジュースを綱吉に取らせたマーモンは、ずずとそれを飲みながら意見した。
「ま、気長にやればいいと思うよ」
「そうかな……」
浮かない声を出した綱吉に、マーモンは見上げる。
「そんなにできないって。王子でもないのに」
ベルフェゴールの言葉に、「だって……」と呟いた。
「オレがここに来てから、XANXUS一回オフラインになった。四時間ぐらい」
綱吉はずっと訓練に入っていたので、戻ってきたときにはもうXANXUSも戻っていたが、オンラインになった時間の記録は消されていなかった。けれど記録されていたのは時間だけで、オンライン先は記録されていなかった。
厳密に言えば、そこには「 」と空欄があるばかりだった。
「……あれは、「戦争」だったんだよ、ね。XANXUSは「戦争」をしてた」
「僕らもしてるよ。それがなんなのさ」
ばっさりとマーモンに切られて、綱吉の声はますます沈む。
「「戦争」って言われてもオレにはわからない。だけど、何をしているか見たいって思う」
ベルフェゴールは楽しそうに笑い、マーモンは何も言わなかった。
XANXUSも電脳のほうに集中しているように見せて、何もその言葉には返さなかった。しかし驚いてはいた。
鮫による沢田綱吉の評価は、日和見で怖がりで責任を負うことを嫌い何かを自ら為すことを厭う、ということだった。鮫の評価というよりはこれまでに綱吉に関わった人間の評価をまとめたものなので信憑性は高い。
その綱吉が自ら「「戦争」を見たい」と言った。その理由はわからないが、大きい意味を持っているのかもしれない。
「なんで? 別に見なくったっていいじゃん?」
「ベル」
ベルフェゴールが笑いながら尋ねる。マーモンはそれを止めようとして溜息をついた。
綱吉はしばらく黙ってから、小さな声で答えた。
「……XANXUSがしてるから」
XANXUSは顔を彼らから逸らすと、肘をついて手で隠す。
その動きにベルフェゴールとマーモンは気がついただろうが、表情を見られるよりマシだった。
(……くっそ……何だアイツは……)
自分がどんな表情をしているかは知りたくない。
***
ナパージュはケーキの上の果物を光り輝かせているアレです。
……冷やしたら垂れないけどねあんまり。
XANXUSをデレさせるのもまた醍醐味。
今回、ツナは始終デレてると思います。XANXUSの料理に。
美味しい生活。いろいろな意味で。