<炎の価値>
 



台風はすべてを破壊して去っていく。
台風=人の比喩が正しいこともあるのだと、床に散在したガラスの破片を集めながら改めて実感した。

「カス鮫」
「終わったぜぇええ……なんでこんなことになってんだぁあ」
「……」
聞くな、という表情をされてスクアーロは無言で作業に戻る。
誰かが何かを投げつけてスタンドのガラスの部分を壊した。
確かこれはルッスーリアが気に入って買ってきたものでは。
……あとでがっかりするオカマの相手はしたくないのでレヴィあたりに押し付けよう。

最後の欠片(推定)を回収し終え、スクアーロは背筋を伸ばす。
背後にあった気配に振り返ると、先日スクアーロが連れてきた少年がそこに立っていた。
「なんだぁああ」
「スクアーロさん、ありがとうございます」
「ああ、気にするこたぁねー……どーせジョットのせいだしなあ」
へにゃりと困ったような顔をして、綱吉は少しスクアーロに近づく。
声を潜めて、ひそひそと尋ねてきた。
「あの、ジョットさんって、誰なんですか?」
「……それは……」

昨晩ジョットの襲撃があったであろうことはXANXUSの態度で容易にわかった。
綱吉の様子を見に来て大事なことを伝えに来たはずだ、しかし綱吉のこの態度を見るにつけ、ろくすっぽ話していないような気がした。
「ボスに聞けぇ」
「XANXUS、教えてくれなくて」
綱吉はますます困ったような顔をする。
考え込むように軽く首を傾げて、独り言のように呟いた。
「セコーンドはきっと親戚だと思うんだけど。ジョットさんはわかんないけどさ」
「……セコーンドはジョットの弟だぜえ」
「…………え?」
間抜けた声が上がる。気持ちはよくわかったのでスクアーロは肩をすくめておいた。

ジョットはセコーンドの兄で、XANXUSはその親戚だ。
セコーンドとXANXUSの血縁関係は目に明らかだが、どう考えてもジョットはセコーンドの兄には見えない。
オチを言ってしまえばあの二人は異母兄弟なのだが、それにしたってどう遺伝子を配合したのだか。
セコーンドは強面のわりには真っ当な常識人であり、反対にジョットは脅威の童顔中年の癖して悪魔のような中身だ。
何から何まで対照的な彼らは、しかし兄弟なわけで。

「うそ!? 似てない、似てないよっ!!」
綱吉が思わず大声を上げて、そこでスクアーロと彼の内緒話は終了した。
「うるせぇ。テメェとあのクソジョットは顔だけそっくりじゃねぇか」
吐き捨てるように言ったXANXUSは、綱吉の頭をぐしゃりと撫でる。
「恐怖の童顔遺伝子もセットでな」
「え、似てる?」
きょとんとした綱吉の顔にあの悪魔の面影はない。
けれども、とっくりと見れば共通点もいくつかあった。
まず第一に確実に実年齢より下にしか見えない童顔とか。

「でも他人の空似だよ」
「……違う。テメーの父親の母親はジョットの父の妹だ」
「??」
目をぱちくりとさせた、綱吉は、ないないと首を横に振る。
「んなわけないじゃん」
「あるんだ」
「うっそだー」
オレたしかにばーちゃんのこと覚えてねーけど、嘘ゆーなよな! と綱吉はXANXUSを見上げて口を尖らせる。
嘘じゃねーよと返したXANXUSは、赤い目をスクアーロへ向ける。
「説明しておけ」
「……うぉおい」

そういうとXANXUSは部屋を出てどこかへ行ってしまう。
当然、綱吉の視線はスクアーロへと向けられることとなった。
「まあ、そういうことだぁ」
適当に片づけようとしたら、わかんないと文句を言われる。
ため息をついて肝心のことを何にも説明していないジョットとXANXUSに文句を言った、心の中だけで。



腹をくくってソファーに座る。
綱吉も隣に座ってきた。話を聞く気が満々らしい。
「……ドコから説明するかな。そうだなぁ……」
落ちてきた中途半端な長さの前髪をかき上げる、それから足を組んで背中を背もたれに預けた。
何から言えば彼を混乱させずに済むのか――もっとも「拒絶」という選択権はジョットが彼を引き込んだ以上、すでにないのだろうけれど。

「電脳空間は使うなぁ」
「うん。買い物とか映画とかスポーツとか授業とか」
「入れないエリアがあんのも知ってるなぁ」
うん、と綱吉は頷いた。
電脳空間はさまざまなニーズに応えるために構築され運営されている。
そのほとんどは互いにつながりあっていて、自由に行き来が出来た。

しかし中に入るのに一定の資格や手順を必要とする場所もあった。
例えば未成年は入れない場所や女性のみの場所、子供だけが入る空間。

例えば一般の人は入れない場所。

「……最後に戦争があったのはいつか知ってるかぁ」
唐突な問いに、綱吉は視線をさ迷わせた。悩んでいるので答えが思い出せないのだろう。
気にせずスクアーロは続けた。これは学校の授業ではない。
「二十四年前だぁ。世界から一切合財の紛争が消えて二十四年だぁ」
それはスクアーロの年齢とほぼ同じだ。
だからスクアーロや綱吉は当然「戦争」を知らない世代だろう。
「今は史上初めての平和な時代だって。戦争が一切ない世界は人類の悲願だった……って習った」
「一千万年以上も戦争してきたんだぜえ。やめられるわけねぇだろ」

スクアーロのその言葉に、綱吉は表情を固める。
反論したそうで、けれどうかつに口を開いてはいけないとも思っているようだった。
「な、んで? 戦争はもうないよ、紛争もなくなったよ」
「ある」
キッパリと断言すると、困惑していた雰囲気が悲しげになってくる。
「ないって……ないって習った」
「現実にはな」

また表情は困惑に戻る。
しばらく問いかけることなく自分で考えていたようだったが、余計に混乱したのか助けを求めるようにスクアーロを見上げてきた。
「意味がわからない」
「戦争は続いてるってことだぁ。電脳空間でな」
え、と綱吉は小さな声で呟いた。
それから何かを堪えるようにうつむいた。
あることに思い当たったからだろう。

電脳空間で負傷した場合、その怪我は現実にも反映される。
電脳空間で死んだ場合。

「ボンゴレ機関は「戦争」で戦う戦士を派遣する機関だ」
「……どう、いうこと?」
「「戦争」は三十年前から電脳化し出した。コストパフォーマンスの問題だなぁ」
「……いまも、している?」
「戦闘用電脳があるからなぁあ……なんも聞いてないのか」
こく、と綱吉は頷いた。
「オレが……ここに来て泣いたから。XANXUS、何も話さなかった」
あのボスが気を遣ったのは意外すぎる、たぶん面倒だったのだろう。
今回の説明もスクアーロに丸投げしやがったわけだし……もっとも本来説明するべきはジョットなのだが。
「ただ、昨日寝る前に、XANXUSが一つだけ教えてくれた」
「なんだあ」

何気ない問いかけのつもりだったが、その時綱吉は鮮やかな笑みを浮かべた。
一瞬見惚れた。そしてすぐに彼は口元を動かしただけなのだと気がついた。
けれどそれは本当の笑顔だった。本当の笑みだった。
「断わっていいって。全部拒絶して聞かなかったことにしても、いいって」
「……それはぁ……」
それは無理だ。
綱吉に関することは細部までジョットが決定している。
だからこそ彼はヴァリアーの保護下にあるのに。

「気にしなくていいって。反対する奴は無視してればいいって」
そう言ってくれたんだよ。言ってくれたんだ。
嬉しそうに繰り返した。

だから本当にXANXUSがそう言ったのか、とか。
そもそもそんなことは不可能としか思えない、とか。
そんなことは何も言えずに、ただスクアーロは曖昧な相槌を打つしかない。



「で、どうするんだぁ」
形式だけ尋ねることにした。
答えがどうであってもスクアーロは決行するしかないのだが。
「……話は聞く。オレの両親が……殺されたって、ジョットが言ってたから」
綱吉はそう言った。意外にも、と言ったら侮辱になるかもしれないが。
だが意外ではあった。昨日の態度からきっと彼は拒絶すると思いこんでいた。
「どうしてそう思ったんだぁ」
軽く水を向けてみると、綱吉は答えた。
「嫌になったらすぐ辞めるって我侭言うから」
だから、と。
そう言った彼の本心はスクアーロにはわかりかねたし、わかろうとも思わなかった。それが綱吉の決意ならそれでいい。
ただこれだけは聞いておこうと思った。
「……XANXUSを信じてんのかぁあ」
答えはシンプルに返って来た。
「うん」
「そうかあ」

綱吉をここに投げ入れたのは昨日のことだ。
まだ丸一日たったともいえないのに、どうやってあの優しくもなければ穏やかでもないボスに懐いたのかはわからない。
けれどそれはスクアーロには関係のないことなのだ、たぶん。
「……しかし、ずいぶん懐いてんだなぁ」
「え?」
「カス鮫、無駄口叩いてるヒマがあったら準備しろ」
ぼそと呟いた言葉は綱吉には理解できずとも、XANXUSにはばっちり聞こえていた上に理解もされたらしい。
いつから会話を聞いていたんだろうと思いながら、スクアーロは立ち上がる。
XANXUSの声に振り返った綱吉も、続いて立ち上がる。

「XANXUS、なに?」
「昨日話した育成プログラムを設置した。ここの端末から固有電脳にオンラインして使え」
「はーい」
間の抜けた返事をした綱吉は、XANXUSが投げて寄こした携帯電話を受け取る。
すっぽりと彼の手の中に納まったそれは、スクアーロの持っているものとよく似ている。
「その前に軽いテストがある。とっととアクセスして受けて来い」

早く行けと命令したXANXUSを見上げて、綱吉は眉をハの字にする。
「い、痛い?」
「……とっととしろ」
怒りをにじませたXANXUSの言葉に、綱吉ははいっ! と慌てて返事をすると携帯電話をいじった。
いくつかのボタンをプッシュし暗証番号を打ち込む。

「ハーフライン? オンライン?」
「オンラインだ」
「……いってきまーす」
呟いて綱吉はソファーに沈み込むと目を閉じた。
現実世界の視覚感覚の一部のみを電脳に飛ばすハーフラインとは違い、オンラインでは全感覚を電脳へと接続する。
そのため現実世界での感覚は全て断たれる。
よって今の綱吉は傍目には眠っているように見える。

「テストってあれかぁ、ボス」
無言でXANXUSは手のひらに乗る程度の端末をスクアーロにぶん投げる。
小さい画面を見て、つまるところこの先の操作をしろと言われているのだと悟った。
「結果によっちゃあ、ボンゴレ機関に属せなくなるんじゃねぇのかあ」
操作の続きをしながら、スクアーロは何の気なしに尋ねた。
しかし聞き流される予定の軽口のつもりだったその言葉に、XANXUSは真面目に返す。
「それはねぇ。クソジョットの勘は本物だ」
「けどよ、こんなガキが……」
「やっほぅクソXANXUS。とっととくたばれ」
調整の最終工程に入ろうとした瞬間、聞きなれたくない声が響き渡る。

「第一声がそれかクソジョット。てめぇこそとっととくたばれ」
来るなり相変わらずの言い合いとなった二人に頭痛を覚えた。
どうしてこんなに決定的に仲が悪いのかは知っている、知ってはいるのだがどうにかならないものだろうか。

「スックー。久しぶりだな」
「……ジョット、そのふざけた呼び方はやめろといってんだろうがぁ……」
声が尻すぼみになるのは、ジョットがきれいな笑顔を向けたからだ。
ああ、またいつもの口上を言われる。
「鮫ごときが俺に意見をするのか」
もはや言い返す気力も失っているスクアーロは、最後のコマンドを打ち込んで操作を完了させた。
ぶぅん、と小さく作動音が聞こえてリビングのど真ん中にきょろきょろしている綱吉が出現する。
もちろんこれは映像だ。綱吉が現在いる電脳空間をここに映し出しているわけである。

ジョットが軽く頷く。
セコーンドはXANXUSを視線で促した。
XANXUSはその視線をスクアーロへと向ける。お前ら自分で仕事しろ。

スクアーロは端末に話しかけた。
「聞こえるか」
『うん』
立体映像として映し出された綱吉の音声が聞こえる。通信は良好。
「目の前にパネルがあるだろ、そこに両手を当てろぉ」
『これでいい?』
見られていることを綱吉も自覚しているのだろう。
両手を当てて、視線を空にさ迷わし了承を求める。
「ああ、そうだあ」
先の指令を出そうとしたところ、横からジョットに端末を奪われた。

「綱吉」
晴れやかな彼の声に、綱吉の顔がややこわばる。やはり昨日アレなことがあったらしい。まあ彼が関わってアレじゃないことになるほうがありえないが。
「よく聞け。貴様の両親は殺された」
『……知ってる』
「その犯人とボンゴレ機関は戦っている。俺はお前の親が殺された場合、貴様をボンゴレ機関に入れると貴様の父親と約束している。保護もかねて」
『保護……約束?』
「綱吉。両親を殺した犯人が憎いか」
『……うん』

わずかに綱吉の声の調子が変わる。
ジョットは楽しげに続けた。

「では、その犯人を捕らえたいと思うか?」
『うん』
「危険でも? 死ぬかもしれなくとも? 貴様にその覚悟はあるか」
その声色はいっそ甘い。
何時だったか誰かが称した、ジョットは毒の砂糖菓子。
舌に乗せたときは甘く、気がついたら毒されて死んでいる。
「親の無念を晴らす覚悟はあるか」
『…………』

綱吉は動かない。内心の葛藤でそれどころではないのだ。
彼は迷っている、嫌だと即答できぬ程度には。
だからジョットは毒の言葉を続ける。陥落させるために。

「ならどうして貴様の両親が殺されたか教えてやる」
『……や……』
声が震える。

XANXUSは綱吉とジョットから視線をそむけていた。
セコーンドは表情を歪めていた。
スクアーロはわかる、これはジョットの常套手段。
しかしこれから彼が告げることは――それは真実ではあるけれど。
あまりに、むごい。


「貴様のせいだ」
『え……』
「貴様のせいだ、沢田綱吉。だから我等が貴様を保護している。貴様の両親は」
『うそ……嘘だ』
「偽りなものか。貴様の両親は貴様のせいで殺された。母は脳漿を零し父は胴を蜂の巣にして!」
『うそ……そんな、オレ……オレの、うそ』

偽りのわけがない。
ジョットはそう繰り返しそして嗤った。
彼の言葉には「絶対」が宿る。
そして誰もが信じるしかないのだ。
たとえそれがどれほどの絶望を連れてこようとも。

「貴様の両親は貴様のせいで殺された」
『あ……あぁ』
綱吉の足が震えていた。
彼は認め始めているのだ、ジョットの言葉を。それが真実だと。
『そ、そんな……オレの……オレの……っ!!』

アラームが鳴った。
弾かれたようにXANXUSが顔を上げる。
彼の視線の先へスクアーロも視線を向けた。

この「テスト」は綱吉の器を計るものだった。
戦闘電脳で必須の能力、その力が余りに劣っていれば綱吉はボンゴレ機関へ所属しなくとも済んだ。
スクアーロは心の中のどこかでそれを望んでいた。
こんな少年が属する必要はないと。

しかしそれは絶望的だった。
「さすがだ。素晴らしい!」
ジョットの目は輝き、セコーンドの顔のゆがみは酷くなる。
XANXUSは驚愕しているとしか思えない顔で、跳ね上がっていく計測値を見ていた。

「……は、はは……」
もはや笑うしかない。
ジョットの言葉によって強く感情を揺り動かされた綱吉の潜在能力値は、8、9、10、11……13万FV。
あくまで今彼が出している力からの予想でしかないが、誤差を見積もっても10万FVを出す能力があるのは確かだ。

「さすがだ」
泣き崩れた綱吉を身ながら、ジョットは満足げに頷いた。
「……スクアーロ、綱吉を戻してやれ」
静かにセコーンドに言われ、スクアーロは慌てて綱吉をオフラインにする作業にはいる。
幾つか目のコマンドを入れている時、ジョットは満足げに呟いた。

「bravo, tu es Decimo」




 

 

 


***
初代が出ると話が壊れますね。
まあわかっていたことなのでいいのですが。

世界設定説明はちょこちょこと。ツナな気分で流すのもヨシ。