<襲撃者>
 


親の死に絶叫し泣きじゃくり感情を爆発させた沢田綱吉は、その後は呆けてずっとソファーに座り込んでいた。
XANXUSは彼が知りたがっているはずのことをいくつか知っていたが、ソレを自分の口から言う気はしなかった。
きっとまたあの子供は泣き喚く、泣いて壊れてぼろぼろになるのだろう。
そしてまたあの手ですがってくる、XANXUSはどうしたらいいかわからないのに。

「…………」
昼来た少年は、泣いて喚いてXANXUSにすがってそのまま眠りに落ちた。
握った服を放さなかったため、こじ開けようとしたのだが、ちょうど様子を見に来たルッスーリアに止められたので、仕方なく彼の体を床に投げてXANXUSはソファーで寝た。
一度彼は中途半端な時間に目を覚ましたが、面倒なので寝たふりをしていたらそのまま手を放すことなく再び眠った。
またああなって、今夜もソファーで寝ることになるのは望ましくはない。


目だけ開けて体はまだ横にしたまま、XANXUSは天井からソファーの下で寝ている少年へと視線を移す。
すやすやと寝ているその顔に、いい加減限界となって足を下ろすと小突いた。
「おい、起きろ」
「ぅう……」
「起きろカス。とっくに夜だ」
今度はもう少し強く蹴ると、ぃたいと不満を言って目を薄く開ける。
ぼんやりと焦点を結ばない目がそのままXANXUSへ向き、それからはっと大きく見開かれた。
「あ……」
「とっととその手を放せ」
舌打ちと共に命じると、びくりと怯えるようにして手を引っ込めた。
ずっと握られていたその部分は完全に皺になっていたが、一瞥だけして気に止めることはしなかった。皺を伸ばすのはXANXUSの仕事ではない。

立ち上がって漸く離れる。
今日の予定がふいになったことで明日をどうするかと考えつつキッチンへ向かった。
一人で暮らすにはあまりに大きな冷蔵庫の中には、ラップをかけられた料理が入っている。
取り出して電子レンジにいれ、ボタンを押して温め始めた。

――XANXUSを知る人がこの光景をみたら驚くだろうが、くだらない行為を自分で行う手間と、鮫を呼びつけてやらせる手間を考えると自分で動いた方がはるかに良かった。
この箱で相当いろいろなことができると気がついてからは、二の次だった食事にも関心が出たわけで。

「……ざ、XANXUS……さん」
キッチンの影から綱吉の顔が覗いている。
片手は腹の上、眉はハの字のその様子で彼が何を言いたいかはわかった。
「座って待ってろ」
「あ……は、はい」

チン、と温めの工程が終了したことを示す音が鳴る。
熱い皿を取り出すと、食器棚からグラスを出し蛇口をひねって水を注ぐ。
ついでに取り出しておいたフォークを持って、皿を片手にダイニングへと入った。

座っていた綱吉の前に皿を置く。
立ち上る湯気と香りに、彼の喉がごくりと鳴った。
「おら」
差し出したフォークを恐る恐る受けとった彼の視線は、戸惑うようにXANXUSと皿を往復する。
手をつけない彼に苛立って、XANXUSは正面の椅子を引くと音を立てて水の入ったグラスを置いた。
「とっとと食え」
「あ、はい……えと、いただき、ます」

律儀に両手を合わせてから、綱吉はフォークを皿に突き刺す。
くわと大きく口を開いて、最初の一口を突っ込んだ。
「むぐ……む、う、っ」
もぐもぐと顎を動かしていた綱吉の顔が、だんだん緩む。
最後の一口を飲み込むころには恍惚とした顔をして、二口目を取りにいった。
三口四口と進むにつれ、青白かった頬に赤みが差し、手の動きはますます早くなる。
漸く彼が手を止めたのは残りがわずかになった時だった。

無言で見ていたXANXUSにおそるおそる視線をむけて、あの、と呟く。
「あ、ありがとう……ございました」
「ああ」
「え、えっと、その、昼はすみません」
「ああ」
「……え、えっと、その、オレ……の両親って、ほ、ホントに」
「ああ」
へにゃりと綱吉の眉が下がった。
また泣くのかと思って、XANXUSはわずかに手を動かす。
だが綱吉は泣くわけでなくて、困ったように押し黙っただけだった。
「あの……えっと、オレ、め、迷惑ですか」
「ああ」

正直に答えると、綱吉はフォークを置いてゆっくりと顔を上げた。
真っ直ぐにXANXUSを見上げる瞳には怯えも恐怖も色々あったけれど、一つ強い意思があった。
「……なんで、オレの両親は死んだん、ですか」
「……」

教えるべきだろうか。
隠したって意味はない、近々彼はそれを知る。
そして今知っても後で知っても結果は変わらぬ、苦しみは変わらぬ。
それならば早い方が対処しやすいだろう、彼が使い物にならぬ時期は短くていいのだ。

しかしXANXUSは躊躇った。
彼の両親の死の真相を伝えることを躊躇った。
なぜ? それはわからない。
「あの、えっと……」
「……後でわかる」
「そうですか」

うつむいた綱吉にXANXUSは何か言おうと口を開いたけれど、なんて続ければいいかわからず間抜けな間が開く。
「敬語はいらん」
迷った挙句その一言を放つと、綱吉は困ったような顔をしてから、はにかんだような笑みになる。
「えっと、うん、XANXUS」
「……」
それ以上の会話を続けることを放棄し、XANXUSは食事の残りを食べる綱吉を眺めていた。

時刻はすでに夜と言って差し支えない。
後で鮫なりルッスーリアなり来るだろう、そこで彼の世話をさせればいい。
結論付けて自分は関与しないことを決める。決めて立ち上がった。


――部屋にけたたましい声が響き渡ったのはその瞬間だ。

「あはははは、ヤッホーXANXUS! まだ生きているか!」
胸の中にあったどことなく落ち着かないふわふわした気分が、ぎゅうと捻られひねり潰され、胃の中に急降下し暴れまわる。
姿は見えずともその声だけでXANXUSは速攻部屋から出たくなった。
この国からでも構わない。 

「なんだ残念、死んでないではないか。いい加減オレはお前の腐乱死体が見たいのだが」
あいもかわらず、この男はXANXUSを心底呆れさせてくれる。
すでに真っ当に相手をして怒り狂うのに疲れていたので、彼の言葉は聞こえないふりをした。
XANXUSがそう無関係を決め込めるのも、エレベーターから殴りこんできたのは一人ではないからだ。
一人だったらこの窓から飛び降りた方がマシだ、気分的に。

完全無欠に嫌悪している相手が部屋に入ってくるのに萎えた気分になってから、漸く目の前にまったく事態を把握していない人物がいたことに気がついた。
フォークを片手に固まっている綱吉は、背後から彼が入ってきても動かない。
よって彼は意気揚々と手袋に包まれた右手を座っている綱吉の上に振り下ろし、ぐしゃと彼の首を曲げた後でぐしゃぐしゃわしわしと髪をかき混ぜた。

「や、沢田綱吉」
「えっ、あ、あ……!?」
ようやっと第三者がいることに気がつき、綱吉の視線は自分の頭をかき混ぜた人物へと向いた。
「……?」
男は黄金の髪を持ち琥珀の瞳を持ち、痩躯は白いスーツに包まれていた。
ついでに肩に羽織るのはダークフレーのロングコートで、手袋も同じ色だ。
どっからどう見ても雲の上の住人な格好をした見た目二十歳の彼は、綱吉の視線を受けて微笑んだ。
「俺はジョットだ。えーっと、お前のー……説明は面倒だな」
飽きたと言わんばかりの態度で話を勝手に切り上げ、男はバサリとコートを脱ぐと床に投げ、すたっと綱吉の隣の椅子に腰掛ける。
それからコンコンと机を叩いてよく通る声で歌うように言った。

「俺にもディナーを、ワイン付き」
「帰れ」
思わず本気で答えたが、気にした様子はなくにんまりと笑う。
「腹が減ったのだ。この俺にガマンしろと言うのか?」
「……首輪つけておきやがれ」
唸ったXANXUSに肩をすくめたのは、ジョットとは対照的に黒いスーツをまとった長身の男だった。
幅広の肩にはこれまた真黒のコートが引っ掛けられている。
その男は困ったような呆れたような諦めたような顔で、床に落ちたジョットのコートを拾う。
それ以外何もせず、さらにジョットは「はーやくー」と笑顔で我侭を抜かしやがったので、XANXUSは景気良くキれた。

「とっとと出ていきやがれ!!」
「貴様が俺に命令する権利があると思うのか?」
見上げてにんまりと笑ったジョットに、テーブルをひっくり返して殴りかかりたい衝動に駆られる。
だがそんなことをしても、笑う彼に適当にあしらわれ、適当に殴られボコされ地面に叩きつけられるだけだ。
以前何度も挑んで破れている。これ以上挑むのは学習能力のないアホだ。

「すまん、XANXUS。欠食童子に餌付けしてやってくれ」
コートを椅子にかけた男からそう言われてしまうと、XANXUSは何も言えない。
「……セコーンド、そのガキを甘やかすのはやめたらどうだ」
やりきれない感情をまとめてぶつけると、セコーンドは厳つい顔を困ったような表情から苦笑につなげて、あまりの出来事の連鎖に目を白黒させていた綱吉に話しかけた。

「綱吉」
「え、あ、は、はい!?」
「ジョットが迷惑をかけてすまない。俺は」
「セコーンドだ。セコちゃんとでも呼んでやるといい」
横から口を挟んだジョットをセコーンドはちらりと見て、ため息をついて綱吉へと視線を戻した。
「まあ、よろしく」
「あ、は、はい……? えっと、セコーンドさん?」
「セコーンドでいい」
はい、よろしくお願いします、と律儀に頭を下げた綱吉にセコーンドはわずかに笑って、そちらも会釈する。

「で、まだか」
きっぱりと流れを断ち切ってジョットは何かをXANXUSに向かって投げつけた。
反射的にソレをかわすと、背後でガシャンぱりこんとヤな音がする。
振り返るとどう見ても精密機械なソレが、立ててあったスタンドライトのガラス部分を砕いて床に落ちていた。
「……投げるんじゃねぇよ」
もはや投槍にしか聞こえないだろう文句を言って、それを拾った。普通に渡せないのかこの男。
「ソレは綱吉にだ。きちんと渡せよXANXUS」

隣にいる本人に渡さずなぜXANXUSに向けて投げたのか。
そしてどうして人の家の調度品を壊すのか。
一欠けらも悪いと思っていなさそうなジョットの態度にXANXUSはいい加減つまみ出したくなったがそうもいかない。
漸く本題に入る気になったらしい彼の邪魔はしないほうが賢明だろう。
「綱吉」
「……はい」
琥珀の瞳が綱吉を見据えた。
「貴様の両親は死んだ」
「……」

黙ってしまった綱吉にジョットは手を緩めることはしない。
彼がどんな人物か知っているから、XANXUSは思わず口を挟んだ。
「出直せ」
ファイアレッドの瞳が睨みあげた。
「貴様が俺に命令する権利があると思うのか? 小さなXANXUS」
その目にXANXUSは気圧される。逆らうことを許さない目。
だがジョットのことはよく知っている。この男の性は己の武器に無頓着な肉食獣だ。
彼は守るすべを知らない綱吉に爪を立て引き裂いて、無残なぼろきれにしてしまう。
そうして困ったように言うのだ。なんてもろいなんて弱いと。

止めなくてはいけなかった、このまま彼に任せるわけにはいかなかった。
「……遅くなる」
せめてものXANXUSの抵抗に、ジョットは案の定鼻で笑った。

「黙れ。綱吉、貴様の両親は」
「ジョット!」
「殺された」
声を荒げたXANXUSを軽やかに無視して、ジョットはさらりと告げた。
綱吉の目が限界まで見開かれる。
「死体は損傷が激しいから見せるわけにはいかん。質問は?」

ああ、きっと泣く。
唇を噛んでXANXUSは後悔した。

ジョットが来ることはわかっていたのだ、綱吉をここによこす命令を下したのが彼である以上、遅かれ早かれここに乗り込んでくる。
もちろん部屋には強力なセキュリティがかかっているが、彼はそのすべてにフリーパスだ。
自分で新たにロックをかけておくべきだったのだ、せめてあと数日はこないと踏んでいた自分が愚かだった。

「……ほ、本当に死んで……」
呟いた綱吉の目は虚ろだった。
逃避したいが故の呟きであったのに、ジョットは温度のない声で頷く。
「ああ。死んだ」
「……っ、う、うそ」
「嘘を言ってどうする。なんなら現場を」

ジョットの指の間で端末が踊る。
部屋に設置されている装置にアクセスして綱吉の目の前に惨劇を再生させるつもりだとわかり、XANXUSは顔色を変えた。

ここで彼を止めようとしても無駄になるだろう。
しかし止めなければ、綱吉は両親の死体を目の当たりにすることとなる。

「テメェ――」
「ジョット」
XANXUSの声にかぶせるように、静かにセコーンドが口を開いた。
低い声は有無を言わせない響を伴う。
「ジョット。やめろ」
「真実を知ることは必要だろう」
「真実を全て知ることが幸福か? 胸に手を当ててよく考えろうつけ者」
「…………」

くるりとジョットの指先が回り、端末はどこかに引っ込んだ。
思わず聞こえるような溜息をついたXANXUSは、手をついと動かしてエレベーターの扉を開く。

「帰れ」
「綱吉」

XANXUSをまた完全に無視したジョットは、歌うように軽やかにそれを告げた。
まだ細っこい少年に残酷に。
「両親の死によって契約が施行されることとなった。貴様は今日からボンゴレ機関に属す。当面の世話をXANXUSに任せた。せいぜい励め」
「え……え?」
「カッ消すぞテメェ」
いいたいことだけぶちまけて立ち上がったジョットは、セコーンドにコートを着せられながらにやりと笑う。
「やれるものならやってみろ、moccioso」

笑顔の残滓を残してジョットは体を翻す。
セコーンドを従えて、部屋を出て行った。


「……」
嵐が去って、完全な虚脱感に包まれXANXUSは深くため息をつく。
フォークをようやっと皿の中に入れて、綱吉も同じくため息をついた。
「XANXUS」
「なんだ」
「……あの人、何?」
本当に不思議そうに尋ねられても、XANXUSは答えることができなかった、というか答えたくなんぞなかった。




 

 

 

 




***
初代性格が華麗に崩壊。
今後ともコレで。


moccioso=鼻たれ小僧 みたいな意味ですね。