<Memory of YOU>
 




うつらうつらしながら、片目を開ける。胡乱に。
胸に風穴が開いたみたいに寒くて、ひょうひょうと通り抜ける風の音すら聞こえてきそうで泣きそうで泣きたくて。
けれどなぜそうなのはか分からない。
分からないまままどろみの中を漂っていた。



無限に続きそうに見えたその漂流に終止符を打ったのは、無機質な音だった。
チャイムが響き、綱吉は片目を開けて時間を確認する。
両親なら鍵を持っているからチャイムは鳴らさないはず、それにそもそも戻ってくる時間じゃない。
今日は学校は午後の電脳授業のみだ、だからまだ寝てていい。

くあ、と小さく欠伸する。
チャイムはまだ響いていたが、綱吉は居留守を使うことに決めた。
朝が弱いことを知っている獄寺や山本がこんな時間から遊びに来るはずがないし、宅配便なら母親のところに連絡が行くだろう。
後はご近所さんだけど、それこそ居留守で問題ない。

布団を引っかぶって背中を丸める。
眠気はそれほどではなかったけれど、少し寒くて爪先を引っ込めた。
(あ〜〜、こういうヌクいのっていいよなー寝坊サイコー)
ほむほむと惰眠をむさぼろうと目を閉じる。

「ちょっと、起きてよ」
声が聞こえた、聞いたことのない声。
綱吉は思わず目を開く、そこには見た事のない人種がいた。
「あ〜もうっ、早く、早く起きてお寝坊さんっ」

バサリ、と。
布団が空に舞って綱吉は大きく目を見張った。

「ハァ〜イ☆ ルッスーリアお姉さんよ、ヨロシクね、ツナ君」
「だっ……だ、誰っ!?」
仁王立ちで布団をひっぺはがしたのは長身でマッチョな……オカマだった。
他にどうやってコメントするべきかわからなかったが、たぶんそれが正しい。
髪の毛をなんか凄い色に染めていて、服装は黒尽くめ、さらにサングラス。おかしすぎる。
完全に相手の異様さだけに呆気に取られていた綱吉は、不法侵入されたことまでに頭が回るまで時間がかかった。
「な……なっ」

口をパクパクさせて二の句が告げない綱吉の体をルッスーリアがひょいと抱き上げる。
「ごめんなさいねー、こんなのホントは好みじゃないんだけど」
「ちょっ、おろせよ!」
「あら、かわいい。小柄なのは好みじゃないから残念だわ〜」
「何言ってんだよ! おろせっていってんだろ!!」

叫んだ綱吉にルッスーリアは少しサングラスを下げて、何ともいえない目を見せた。
「ごめんなさいねツナ君――何も聞かないで、何も答えてあげられないの」
「な……なんで!? どういうこと!」
足をばたつかせる綱吉を背中に担いで、ルッスーリアは窓を開ける。
それ以上の行動を起こす前に、静かな声で尋ねた。
「……私物は最低限、後で運ぶわ。もうここには戻ってこれないと思って。どうしても持って行きたいものはある?」
綱吉はその言葉に、枕元においてあった携帯電話に手を伸ばしたが、ルッスーリアは首を横に振る。
「携帯はダメ、あとでメモリーだけコピーするわ。他には?」
「……じゃあ、あれ」

手を伸ばした先にあったのは。

「……そう、じゃあこれを」
机からそれをとったルッスーリアは綱吉の手に握らせる。
写真立てを握り締めた綱吉は、小さな声で尋ねた。


「……誰?」
「ボンゴレのヴァリアー、ルッスーリアよ」
「なに、ボンゴレって」
窓枠に足をかけて、ルッスーリアは微笑んだ。
「すぐにわかるわ、嫌でも」


その言葉と同時に跳躍し、軽々と地面に着陸する。
路肩に寄せて止まっていた黒塗りの車の後部座席に綱吉を投げ入れて、自分もその後から乗り込むと運転席に座っていた男に声をかけた。

「飛ばして」
「わかってるぜぇえええ!!」
怒鳴り声を上げた銀髪の男は、綱吉が状況を飲み込む前に思いっきりアクセルを踏み込んだ。

シートベルトをつけたばかりの綱吉は大きく上体が動いて悲鳴に近い声を上げる。
手に握った写真立てを手放しはしなかったけれど、次に大きくハンドルを切られて今度は手を離してしまった。
「あっ……」
拾おうと手を伸ばした綱吉の前に、ルッスーリアが銃を突きつける。
「!?」
目を大きく見開いた綱吉に、ルッスーリアは怖がらないで、と穏やかに話しかける。
「ツナ君、チップは当然埋まってるわよね」
「え、そ、そりゃ、高校の授業で電脳使うし……」

でしょうね、と言ったルッスーリアは綱吉に腕を出すように命じる。
「な、何するの……?」
「あなたのチップとナノロボを一旦取り出すの。この注射銃にはそれ用のナノロボが入ってる」
そういわれて良く見れば、銃口の形が少し違った。
ハンドガンタイプの銃なのだと気がついて、少し体の力が抜けたが大事なことを聞いていない。
「な、なんで?」

ナノロボは電脳に入るために必要な装置の一つで、血流にのって脳に到達してそこに情報端末も兼ねるチップを固定する。
通常は中学卒業前後でナノロボの注射を受ける、綱吉もそうだった。
それを取り出す。どうして。

「チップはさまざまな情報が登録されているでしょう」
そういいながら、ルッスーリアは綱吉の腕を掴むとパジャマの袖を捲り上げる。
抵抗も抗議もできなくて、綱吉はばかみたいにそれを見ているだけだ。
ただ見開いた目がそれを拒絶しているように見えたのか、銃口を腕に当てたルッスーリアはすまなそうに眉を下げた。
「……ごめんなさい、ツナ君。君の安全を保証できる場所は多くないの」
「なんで……」

プシュ、と軽い音がしてルッスーリアが引き金を引いたのがわかった。
腕に軽い痛みが走る、ナノロボが発射されたのだ。
すぐに血流にのって脳に到達し、今綱吉の脳に固定されているチップとナノロボの両方が撤去されるのだろう。

それは電脳からの完全な隔離を意味していた。
繋がっていたはずのそこからの隔絶ということに気がつき、綱吉は大きく身を震わせる。
不安で、怖い。端末がなければオンラインになることはできないけれど。

「しばらく寝ていていいわよ。撤去が終わったら別のナノロボを入れるわ」
「……別のナノロボ……?」
「電脳から隔離されると思った? 大丈夫よ、代わりのが用意してあるから」
頭の中で誰かがよかった、と呟いた気がした。
けれどそれだけで安心できるわけじゃない、どうしてこんなことになったのかの説明を一つも聞いていない。

自分を叱咤して綱吉は拳を握った。
聞かなくてはいけない、理由を。

「……ええと、ルッ……」
「ルッスーリアよ。なに?」

「なんでオレ、こんなことに? 父さんと母さんは?」
ルッスーリアは困ったような顔をした。
「ルッス」
前方から冷ややかな声がする。
運転者は短く命じた。

「尾行されている。追い払え」
「はいは〜い」

チャキと音がして、綱吉は反射的に振り返った。
今度こそ注射器じゃない、黒光りしている重厚感。
ソレはこの国で禁じられている武器、否、他の世界でも。

ルッスーリアは自分側の窓を開ける。
めいいっぱい開いてから、窓から腕を出した。
「人気者ね〜、バイバーイ」
ズガンズガンズガン。
三発の銃声が綱吉の鼓膜を揺らした、痛いほど。
その直後の急ブレーキ、衝突音、爆音。
首をすくめてから振り返ると、もくもくと黒い煙と赤い炎が立ち上っていた。

彼等が何をしたか理解した。


きっと誰か死んだ。
きっと誰か巻き添えで関係のない人が。
殺された。

「あ……」
嗚咽が漏れて、綱吉は急激な吐き気を抑えるためにも口を押さえる。
けれどそれはどちらも消えない、酷くなる。
「あ……ぅあ、ぉっ」
「吐かせるなよぉおお!」
「わかってるわよっ!」

口元にビニールが当てられて、綱吉は浅く息を繰り返す。
スーハーとしている間にゆっくりと症状は治まった。
「ごめんなさいねぇ、ツナ君。でも、慣れてね」
「え……」
背中をさすってくれたルッスーリアの不吉な言葉に綱吉は顔を上げかけたが、直後の急アクセルでまた体が大きく座席に押し付けられた。















急発進に急ブレーキに急カーブ。
その合間にたまに聞こえる怒鳴り声。
ぐわんぐわん揺れる頭を抱えて、綱吉は車が止まっても降りられないほどだった。
「大丈夫?」
「こうすりゃいいだろうがぁああ!」
耳元で大きな声が聞こえて、気がつけばくるりと背中に担ぎ上げられている。
まるで荷物のような扱いをされながら、綱吉はエレベーターに乗せられる。
きゅいいんとゆっくり上がっていくその感覚に、ようやく正気が戻ってきた。

「……こ、こは?」
「今日からお前の家だぁ」
「え?」

チン、と小さな音と共に扉が滑らかに開いた。
綱吉を抱えた男が一歩踏み出したそこはすでに赤い絨毯。
目を白黒させている綱吉は進行方向に背中を向けているので、先に何があるのかはわからない。
ただ進んでいる先が明るくて周囲はかなり暖かかったので、部屋に連れて行かれるのではないかとぼんやり考えた。

「連れてきたぜぜぇ、ボスぅ」
くるん、どさり、と。
本当にくるん、とまわされてどさりと近くにあったらしくソファーに投げ出される。
咄嗟過ぎて当然受身なんてとれず、綱吉の体はどっしりとでかいソファーに沈みこんだ。

視界は天井で、他に何もない。
慌てて上半身を起こすと、ルッスーリアと綱吉をここまで連れてきた銀髪と、もう一人。


彼は綱吉の正面に、どっかりとえらそうにデカい椅子に座っていた。
足を組んで頬杖をついて、いかにもダルそうな空気を放っている。

彼の髪は漆黒だったが、東洋系の顔立ちはしていなかった。
顔のところどころに痣――傷がある。
降ろされた前髪の後ろからは、射抜くような赤い光が貫いていた。

「ひっ……」
綱吉は、臆病だ。
目の前の男は無言で綱吉を威圧して怯えさせ、ソファーの上で彼をわずかににじり下がらせた。
けれども背後には背もたれがあってそれ以上は動けない。

怖い、怖い。
全身が悲鳴を上げて怯えている、だけど男の赤い目から綱吉は視線が外せなかった。


長い沈黙の後、男はぼそりと呟く。
「……ガキだ」
その一言を待っていたように、ルッスーリアは陽気に挨拶をした。
「後はまかせたわよぅ」
「こっちもこっちでヤボ用があっからなぁ!」
ここまで自分を連れてきた二人がさっさと背中を向けて立ち去ってしまい、綱吉はさらに狼狽する。

だってこの部屋にこの男と二人きりなのだ。
「あ……あ、あの」
「……フン、カスが。あのクソッたれ初代に瓜二つじゃねーか」
蔑んだ目で見下ろされ、冷えた声で拒絶された。
綱吉は表情を凍らせたが、それよりもこの冷え切った沈黙に耐え切れなかったので言葉を続ける。
「オレ、さ……さわだ、綱吉って言います」
「……」

「あの、なんでオレ、ここに……なんか、ここがオレの家って……」
この男からは答えがもらえないのだろうか、と絶望的な気分になりながら綱吉はのろのろと話を続けようとする。
しかしそのすべてをぶった切って、男は告げた。




「テメェの両親は死んだ」





「え……?」

言葉の意味が理解できない。

リョウシンはシンダ?
シンダ? リョウシンって何?

「……テメェの両親、沢田夫婦は死んだ。だからテメェはここに来た。わかったか」
「え……? お、オレの両親が、し、死んだ? う、うそ、だって今朝家を出てっ」
「死んだ」



――世界が壊れた音がした



その欠片を綱吉は浴びていた、細かい欠片は傷を作りそこから血が。
血は後悔の涙だ。どうして、どうして、そればかりが耳にリフレインする。
今朝、どうして止めなかったのか。
どうして自分が一緒に行かなかったのか。
どうしてもっとちゃんと――


……ちゃんと、いってらしゃいと見送らなかったのか。


「っあ、う、うそだっ!! 父さんと母さんが死ぬわけ、ないっ、死ぬわけないんだっ!」
「殺された」
端的に事実を突きつけてくる男を綱吉は見上げた、そして震える足で立ち上がる。
「……帰る」
「バカ言うんじゃねぇ」

「帰る。絶対帰ってくる、だから帰る」
震える足で数歩歩く。
舌打ちが聞こえて、次はもう腕をつかまれていた。
「あの家は今頃もう――」
「帰る! 家に帰る! はなせ、はなせよっ!!」

叫んで、両手足を思いっきり動かした。
信じられない、信じたくない。
絶望が暗い。

死んでないと絶叫する心がある、死んだのだろうと納得する理性がある。
だけれども綱吉の心は容易く理性を上回り、全身を支配する。
「嘘だ!! 嘘だ嘘だ嘘だ!!」
悲鳴に近い声を上げて、自分を押さえつける腕に抗う。
それがあの怖い男だなんてもはや綱吉にとってはどうでもよかった。

「放せ!! 放せよおおお!!」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で絶叫する。
時々男がいい加減にしろと言っていたような気もしたが、もはや綱吉は衝動で暴れていた。
「はなせ、はなせオレはかえるかえるかえるんだぁあああっ!!」


何度目かの絶叫で両手足を引きちぎれても構わないとばかりに引っ張って。
胴を掴んでいた腕はそのままだったけれど、腕を押さえていた手が緩む。
全力で前に進もうとして――消えた視界に戸惑った。

「……あ、え?」
真っ暗の目の前に、電気が消えたのかと思ったが昼間なのだからそんなに暗くはならない。
じゃあ、なにが、と思考が真っ当な方向へ戻ってくる。
次に気がついたのは手触りだ――ふかふかとした、柔らかい……布、毛布?

「……大人しくしろ」
静かに低い声が聞こえた。
それと同時に背後から二本の腕で捕まえられる。
「テメェの家はもうねぇ。親もいねぇ、帰るトコなんかねぇ」
「っ、うぁ」
毛布の外から拘束している腕の力が強くなる。
背中から響く鼓動は男の心臓だ、それに気がついて綱吉の思考がすっと冷えていく。
「……ぇ、は?」
「ああ?」

腕の力は緩まない。
綱吉は小さく息を吸った、日の香りがする。

「名前、は?」


腕の力が緩められる。
けれどまだ、男の鼓動は聞こえるぐらいの近さのままで、ずるりと毛布が引き摺り下ろされた。
綱吉は首を曲げて自分を見下ろしている相手を見上げる。

男の目は赤くて変わらず射抜いてくるようで。
だけどその声は思っていたより穏やかだった。





「――XANXUSだ」







 

 

 


***
ザンツナらしくオープニング、かもしれない。