<血に染まり闇に溶けて>





落ちていたはずの意識が浮上する。
それが覚醒ではない事を綱吉は知っていた。

暗いのか、明るいのか。
寒いのか、暖かいのか。
夢なのか、現実なのか。

意識ははっきりしているはずなのに、どこかおぼろげなままの感覚は、これが夢だと告げていた。
けれど今までの経験が、これが夢だけれど、夢ではない事を告げていた。


「ああ、またきたのか」
「……あなたが呼んだんだろう」
「お前が勝手に来るのだろう」
綱吉から数歩離れたところに彼がいた。
夢を見ると必ず彼は現れる。彼にしてみれば、綱吉が彼のいるところに「来る」のだというけれど、そんなつもりはないのだから文句を言われてもどうしようもない。

彼がボンゴレの初代なのだと初めて会った時にすぐ分かった。
なにせ、ボンゴレの屋敷には歴代のボスの絵を飾った部屋がある。
その一番端に「プリーモ」の称号と「ジョット」という名前とともに飾られた絵は自分にそっくりで、目の前に立つ男と同じだった。
ただ、口を開いたプリーモは、綱吉よりもずっと尊大で鷹揚で口が悪かったが。

ジョットはつかつかと歩み寄って、薄い笑みをともに綱吉を下から覗き見上げる。
身長はほとんど同じだというのにわざわざそんな仕草をされて、綱吉は顎を少し逸らして一歩引いた。
それをさらに追い詰めるようにジョットの目が光る。
「臭うな」
くん、と綱吉の首筋を嗅ぐように鼻を鳴らしてジョットが哂った。
綱吉の喉がひくりと動く。

すっと温度を感じない手が伸びてきて、触れる瞬間に綱吉は叩き落とした。
夢の中だから痛みはない。
けれど、別の場所が痛い。

「それにしても、難儀だな。そこまでして守りたいか」
「…………」
「お前の守るものは、その手を染める価値があるものなのか」
「…………」
「また殺してきたんだろう? お前の大事な大事な――」
「だ、まれ、よ」
搾り出すように綱吉は叫んだ。
爪が皮膚を破るほどに強く強く手を握り締める。

これは夢だ。夢だから痛みなんて感じない。
なら、どうして胸が痛い。
どうしてこんなに息が苦しい。















「――大事な子供。呪われしアルコバレーノ」





引き攣れた悲鳴が綱吉の口から漏れた。
かたかたと小刻みに震える肩に手を回して、反対側の手で固く結ばれた手をゆっくりと解いてく。
宥めるような笑顔と共に吐き出される言葉は綱吉を追い込む毒だ。

「次は嵐か? 雨か? 霧も雲ももういないのだろう? ああ、大空が一番最初だったっけなあ」
「……や、め」
「お前を守る守護者ももういない。お前が殺した」
「ぁ……ぅ……」
ジョットの目に自分が映る。
その奥に、自分の殺した者達の姿が映る。


大好きだった。
愛していた。
だけど、彼らは綱吉の望みを断つような事を言ったから。
誰であろうとこの望みを邪魔させるものかと決めたから。

「た、すけて……リボー、ン」
「リボーン? 助けてなどくれるものか」
空ろに呟く綱吉に、うっそりと哂ってジョットは鼻先がつくほどに顔を近づけた。

「今日殺したのは、晴だろう?」


その強さは憧れだった。
無茶ばかり言うしやらせるし生意気だし毎日喧嘩腰の会話ばかりしていたけれど、大好きだった。
それでも。
それでも――殺した。

黒いスーツの赤ん坊が、その身を赤くして綱吉の前に倒れていた。

それは、今日の記憶。

















がくりとその場に綱吉が崩れ落ちる。
ジョットに掴まれた手だけがだらりと上にあがっていて、きっとジョットが離せばその場に蹲っていただろう。
ガタガタと全身を震わせて、声にならない悲鳴と嗚咽を漏らす綱吉に、ジョットは瞳を揺らめかせて笑う。
「なあ、綱吉。俺の愛する後継者」
膝をついて、綱吉の耳に言葉を注ぐ。
絡め取るように、染み込ませるように。
「もう後戻りなどできないんだ。最後までやってしまえ。お前の望みを壊すような者達など、どうだっていいだろう」
「…………」
いやいやと首を横に振る綱吉の顎を捕まえて、瞳を覗き込む。

嫌だというのなら最初からやらなければいいだろうに。
ひとつを望み、他を切り捨てる事をこんなにも躊躇う。
夢の中でまで悩み苦しむ、優しく愚かな人間だ。
「綱吉、切り捨ててしまえ。そうすれば楽になる」
どうせ後戻りなどできないのだ。
綱吉の守護者はもういない。呪われた赤子も直にいなくなるだろう。
愛すべき者達を壊した綱吉は、きっと彼自身も壊れて、そうしてもっと美しくなるのだろう。
限界まで削り取られた宝石ほど綺麗なものはない。

完成の日が楽しみで仕方がないと、ジョットは笑って綱吉に目覚めのキスを送る。
次に会う時は、雨か嵐を失った日だろう。












***
ジョット×綱吉。
というよりも一方的にジョットが苛めているだけのような。言葉攻めとも言う。
メッセ会話で壊れ綱吉ネタから派生したものですが、なんでこんな事になったかは覚えていません。