<叱ってもらえる>
ある日いきなり「彼」は現れた。
詳しくは問いただしても要領を得なかったのだが、どうやら「守護者の試練」かなにかで現れたようなのだ。
「彼」は、ボンゴレリングの中にいる幽霊、亡霊、魂の欠片だった。
言い方は何でもいいが、元々持っていた力なのか今の持ち主の力なのか、それとも指輪の力なのか。
理不尽に具現化しては、屋敷の中を好き勝手に闊歩しているという、迷惑な存在だった。
「いや、俺はいやです。夜鷹とかどうかな、変態を扱いなれてるし」
「冗談きついぜ、何があっても動じない兄貴が適役だ」
「クフフ、面白いことを言いますね。やはりボンゴレボスの家継が適役でしょう」
子供達三人が亡霊の押し付け合いで言い争っていた。
なお霧の指輪の持ち主の骸と凪は任務でここには居なく、葵はめんどくさがって放棄した。
「いい加減にしろぉおおお」
喧嘩をさえぎるように大きな声を出したスクアーロは、三人が言い争っている横に置いてあるソファーにどっかりと腰掛ける。
「次の霧の守護者は葵なら葵に任せるべきだろうがぁ」
「聞いてくださいよ、スクアーロ」
珍しく苛立った様子の雪加が、事情を語りだした。
最初は、いきなり出てくるくらいだったので放置していたのだ。
指輪のパワーアップには確かに貢献してもらったわけだし、ヘタに機嫌を損ねてもめんどくさいだろうから。
なのに彼は、ひょんなところで十代目とヴァリアーボスの顔を見てきたらしく、こう言ったのだという。
『なんでまたアイツなんですか、許せません、理不尽だ。大体なんで僕にそっくりの六道骸がアラウディ瓜二つの奴と一緒になってるんですか。許しがたい』
「最初は面倒見てやってもいいと思っていましたが、あんなことを言われたら話は別です」
冷ややかな目をした雪加の横で、夜鷹も頷く。
「僕も、母親を馬鹿にする奴は敵とみなすことにしている」
「そんな奴の面倒を俺も見たくない。なお葵も同意見だった」
三人がここで言い争っている意味がうっすら分かって、スクアーロは溜息を吐いた。
「わかったぁ゛あ゛、預かってやるぜぇ」
「……ごめんな、スクアーロ」
本当は、俺たちお前にこれ以上迷惑かけたくないんだけど。
眦を下げた家継は、本当にすまなそうな顔をする。
「ごめん、スクアーロ」
「申し訳ありません」
夜鷹も雪加も、珍しいほどに殊勝な顔つきをしている。
結局そんな顔をした子供達相手にスクアーロは「やっぱりやめる」とは言えるわけもなく。
指輪から出てきたD=スペードは、ザンザスやディーノをはじめ子供達を育て上げた歴戦の保父、スクアーロの監視下に置かれる事になった。
そんなD=スペードだったが、お守りをしだしてから一日。
もう一日でスクアーロはぐったりだった。
「何ですかあれは!」
昼食を終えてからずっとこうである。
なおスペードは思いっきり食事を食べた。なんてて型破りな亡霊だ。
「六道夜鷹をみてやっぱりと思っていたんです! 六道骸の髪形は僕のパクリですね!」
「……継承者がいて喜ぶべきだろうがぁ……」
「ジョットが褒めてくれたのに! ジョットが褒めてくれた髪形なのに!!」
地団太を踏んでいる姿はとても魂年齢百歳越えだとは思えない。
D=スペードの構成要素は術師、ひねくれ者、そして「ジョット」。
それは初代ボンゴレの名前だ。
「だいたい貴方はなんですか!」
「俺はスペルビ=スクアーロだ。ヴァリアーの」
「そのボスがなんだってセコーンド似なんですか!」
「知らねぇよ」
相手にするのも疲れて、スクアーロは溜息を吐いた。
スペードは、ボンゴレ十代目が初代にそっくりだと何度も嬉しそうに語った。
髪の色が少しくすんでしまっているけれど、あの眼差しは初代とそっくりであると。
しかし彼女の夫が、傍らにつきしたがっている男が、ザンザスであると知った瞬間に怒り狂ったのである。
「許せませんよ!! というかおかしくないですか!? 血筋同士ですよ、血が濃い者同士なのはダメなんですよ!?」
「ボスはボンゴレの血筋じゃねぇが」
「嘘だ! 絶対絶対嘘だ! あんなセコーンドにそっくりなんですよ!? そりゃ前は兄弟だったからムリに違いなかったけど……ジョット……僕のジョット……」
お前の物じゃなあったんだろう、とスクアーロは突っ込みたかったがやめる。
それよりこの話題から彼の意識をそらそうと、努めて普通に話しかけた。
「せっかくここに居るんだから、外でもいかねぇか。多分記憶とは違っておもしろ」
「嫌です!! 僕は十代目に会ってきます!」
そして思い直してもらうのです! と叫んでスペードは扉へと向かう。
そんな事をしたらあのボスが。
子供三人を持ってかなり丸くなったものの、所詮短気なあのボスがブチ切れる。
あとザンザスとの関係を否定されたつなが爆発する。
「おい、や゛め゛」
とめようとしたスクアーロより早く、扉が開く。
「ふぎゃっ」
顔面を扉で強打したスペードがその場にすっ転んだ。
……物に当たるほどきっちり実体化しなくてもいいのに。
「おい、カス鮫。家継はどこだ」
現れたのは一番来てほしくない人、ヴァリアーボス兼十代目護衛兼夫のザンザスだった。
「今日は学校だぇえ。何もなきゃあと一時間くらいで帰ってくるんじゃねぇかあ」
そうか、と頷いたザンザスがそのまま穏便に部屋を出て行って、
くれたら、
よかったのにな。
「ちょっと待ちなさいセコーンド似の男!!」
立ち上がったスペードがビシッと指を突きつけて叫んだ。
「一度ならずも二度までも! 僕のジョットを!!」
「はぁ?」
ザンザスはスペードをじろじろと一通り見た後。
ふん、と鼻を鳴らした。
「うるせぇ、指輪の中に引っ込んでろ亡霊が」
「!?」
ハンッ、と鼻で笑って外に出て行くザンザスは、若い頃からちっとも変わっていない。
というか彼が甘いのは大切な大切な妻と、その親友関係だけだ。
そのまま俯いて動かないスペードに、スクアーロはそろそろと声をかけた。
「おい、いい加減」
「酷い酷い酷いひどいっ!!」
スペードが叫んだ瞬間、部屋が砂漠と化す。
それはこの部屋だけに留まらず、隣の部屋もその隣も、いっきにぶちぬいた。
幻覚、だろう。そうでないはずもない。
スクアーロ以外にもその幻覚は見えているらしく、構成員達が驚愕の表情で棒立ちになっている。
ヴァリアーの精鋭しかいない別館だからともかく、限りなく普通の人間がいる本館だったらまずかった。
「酷い酷い、酷いですジョット!!」
叫ぶたびに、砂漠の砂の中から火柱が上がる。
髪の端を焦がされて、スクアーロは拳を握る。
ハー、と息を吐きかけてから、思いっきり繰り出した。
「いい加減にしろぉ!!」
ごつん、とスペードの頭にスクアーロの拳骨が直撃した。
ぶっ倒れはしなかったがキッチリ命中したためかなりのショックだったらしい。
反動で幻術が解け、部屋は普通の状態に戻る。
実体化していなかっただけマシだったかもしれないが、火柱のおかげでかなりの被害が出ただろう。
殴られたスペードは、ぽかんとしてかばいかけた腕も中途半端なままスクアーロを見つめていた。
そうしているうちに痛みが来たのだろう、ぐにゃりと顔を歪ませて叫ぶ。
「親にもぶたれたことないのに!」
親がいなかったのか優しすぎたのか。
どちらにもとれるスペードの反応に、スクアーロは構わず怒鳴りつける。
「何バカな事言ってんだぁ! 怒ってもらえるってのがどんだけありがたいか分かってねぇのかぁぁぁ!!!」
今度こそぽかんとした顔をしたスペードの頭に、スクアーロは手を伸ばす。
また殴られると思ったのか、びくりと体を震わせたスペードの髪をくしゃりと撫でた。
「……え、?」
「……あのな、叱るっていうのはな、そいつが変な道にそれないように心配してするもんなんだぞぉ」
大切だから叱るんだ、と重ねれば、頭の上に乗せた手を払いのけて、スペードは言い返す。
「……ぼ、ボクにだって叱ってくれる人はいましたよ!」
「なら大切にしねぇとなぁ」
なんだいるんんじゃないかと安心して、そういうと、スペードは床に崩れ落ちる。
「……大切、って……」
呟いて、ほろりと涙を零した。
「スペード?」
頭の打ち所が悪かったのか、と怪訝に思って隣にしゃがみこむ。
涙を拭う事も顔を隠すこともなく、スペードはぽろぽろと涙を流し言った。
「みんな……死んでしまいました」
「…………」
初代の守護者達だ。
生きているはずもない。
「僕達の閉じ込められている、指輪は、大空とは繋がってないんです」
震える唇でスペードは続ける。
「だから僕は、ジョットに会えない」
零れる涙が絨毯に染みを作る。
「もうあの人との関係もやり直せない」
下をかきむしった爪の間には、布の線維が入り込んでいる。
「あの人との生活は戻ってこない。僕達の人生は終わっているんだから」
「…………」
スクアーロはなんと言っていいのかわからなくなった。
彼はまだ生きている。ボスも、ドンナも生きている。
子供達も生きているのだから。
「だいすき……だいすきだったんです。なのにジョットは一度も、僕のことを見てくれなかった。恋人じゃなくていい、親子でもなんでもよかったんだ、僕は……それすら言えなかった」
よく叱ってくれたのに。
涙が唇を伝って流れ落ちる。
「セコーンドもジョットも、僕を叱ってくれた。その意味がわかっても、もう会えない。ジョットにも、あえないんだ……!!」
泣きじゃくるスペードは、しばらくすると消えてしまった。
力を使い果たして、指輪の中に戻ってしまったのだろうか。
彼の泣いている姿を思い出すと、スクアーロの胸が時たま痛む。
***
「子世代で指輪から亡霊こんにちはなアニメ初代編設定でスクにスペードを育ててもらおう計画」
というネタでした。
スペードがシリアスもできてびっくりです。
原作のスペードがどんなことになろうが我が家のスペードはツンデレでへたれで子供です。