<さる日本人の話3>





二十一歳会社員――なんてのは借りの姿である。
俺はボンゴレの一員だ。つまりマフィアだ。
名前はサト、聡史。これでもれっきとした日本人。
日本語と英語とスペイン語とイタリア語は不自由なく話せる、ついでに本部詰めだ。

えーっと、説明しておく。
本部ってのはボンゴレ本部本邸のことだ。イタリア南部にある。詳しくは企業秘密。
元はシチリアマフィアなのでその辺をヒントにしておこう。
本部詰めっていうのは、実際に本邸をベースに動いているという意味で、ボンゴレの一員としてはかなりの名誉になる。

元はボンゴレとは同盟関係にあったヌーボファミリーの一員だった俺は、半年前に色々あってボンゴレ十代目に引き抜かれた。
ヌーボファミリーでは下っ端の中じゃあ上の方、程度の立場だったが、ボンゴレではいきなりエリートの本邸詰めだ。
なんでか? と尋ねる間もなく、半年間は本当に、完全に、教育漬けにされた。



まず最初はマナーだった。
マフィアは「名誉ある男」である。
特にシチリアマフィアは「粋」であることを大切にするし、「ファミリー」は守るべきものだ。
ボンゴレに「よきマフィアであれ」というのは「よき男であれ」と言っているのと同じことだ。
というわけでまずはそれを叩き込まれ、立ち振る舞いや話し方(ここで地獄のようなイタリア語特訓)着こなし方や住民への態度等々……みっちり教育された。

次いで訓練。
体術はお手の物だったはずなんだが、あっさりとパイナップル頭に投げ飛ばされた。
後で知ったんだが、なんと十代目の霧の守護者(仮)だったらしい。(仮)ってなんだ。さすがにそんな事は怖くて聞けてないが。
銃器の扱いも教えてもらい、元々そこそこ腕のよかった(らしい)俺はめきめきと上達した。

ひと段落したら今度は怒涛の書類仕事ノウハウ。
俺はスーパー秘書か!? ってくらい詰め込まれた。

最後はひたすら機密事項だったり重要人物の暗記ときて、実際にぶっ倒れたのを覚えている。
少年?くらいの年頃のはずの子供が楽しそうに罵りながら常に銃口を向けてきていたので、もはやアレはトラウマだな。


そんなこんなを潜り抜けた俺は、いわゆる「ボンゴレ幹部候補」となった。
本邸に詰める前に強化合宿(のようなもの。他になんと言えばいいかわからない)を受けたが、取りあえず課題はクリアした。はずだ。
別館といえ本邸のすぐ隣に相部屋とはいえ部屋があるので、大出世だろう。
ヌーボのドンが見たら感涙でむせび泣くと思うな、あの人はそういう人だった。
落ち着いたら一度は挨拶をしに戻らないと。


とまあそんな俺だが、幹部候補と言っても所詮末端だ。
さすがに十代目に会った回数は片手で……数えられない。
これは本当に機密事項なんだが。十代目、沢田綱吉、俺はもうツナと呼ぶのに恥ずかしながら慣れてしまった……は、脱走時の安息所の一つに俺の部屋を使っている。
もちろん俺は「相部屋」でも実質一人部屋にされている。当たり前だ。
皆もう見て見ぬ振りはしなくていいと思うんだが。
そんな事もあるので、サシで飲むのもしばしば。
守護者やヴァリアーやアルコバレーノ(あの少年達らしい)頭の硬いご意見番への愚痴も零されることも、たまに……しょっちゅうだ。



逆に言えば俺とツナは大っぴらにするような付き合いは、もちろんない。
俺は一部下だし、ツナはボンゴレのドンだ。
だからツナの執務室に呼ばれるというのは……非常に恐怖だ。


「えっとねサト」
人払いを徹底しているのか、ツナの横に獄寺隼人という右腕がいるだけである。
多分外には護衛が、いるはず。
まあツナ自身が反則的に強いので要らない気もするが。
「お仕事、引き受けてくれる?」
「Si」
ドンの言葉には反論せず、俺は部下らしく頭を下げる。
するとツナはふるふると首を横に振った。

「いやぶっちゃけ意見でいいよ。サトはさ、どんな男になりたい?」
それはイコールどんなマフィアになりたいってことでいいんだろうか。
俺はしばし考え、言葉を選ぶ。
なにせ獄寺隼人はいかにも外人な顔しておきながら、日本語も堪能だ。
俺達がしゃべっている言葉なんぞ筒抜けでしかない。
「俺は……ファミリーを見守る男になりたいです」
守る、なんて大それた事は言えないとここに来て思った。
拳銃なんかでは足りない。
もっと大きな力がなければファミリーは守れない。
「守るなんて無理なんで。俺みたいな奴がいたらよくしてやりたいし、仲間として歓迎して、男として手本を見せてやりたい」

俺の言葉に、ツナは深く頷いた。
深く頷いて、隣の隼人と話している。(ツナが隼人と呼ぶので移っている。心の中でだけだが)
なにやらまとまったらしく、隼人がドンッと俺の目の前に紙を突きつけた。


「ありがたく受け取れ!」
「え? は、はい」
受け取った紙には、イタリア語で文章が綴られている。
それを一読した俺は、思わずもう一度読み返す。
「え……え?」
「サト、ボンゴレには若手養成機関があるのは知ってるだろう。君はそこのリーダーをしてほしいんだ。総括とか表の顔とかはいいんだよ、生徒のど真ん中で仕切る役をしてほしい」
「な……なんで俺なんすか!? だってボンゴレに入ってまだ」
「バジル君も骸もリボーンも九代目もスクアーロもOKを出してくれたからね。いいかな、サト。養成所は次世代の幹部を育てる場所だ。君がその気になれば、俺を裏切るのだって容易だ」
「十代目!」
「わかってるよ隼人。俺はね、絶対に裏切らない、同じくらいの年の人物が必要だったんだ。サトはほぼ初対面の俺をかばってくれたよね」
「あれは――だって、あなたは十代目で」
「ううん、初めて襲われた時も、逃がそうとしてくれた。あの時思ったんだ、サトなら任せられるんじゃないかって」

薄茶の目で真っ直ぐ見つめられて、俺は息を呑んだ。




ボンゴレマフィアは、大きな組織だ。
その影響力はこのイタリアでは強大だし(何せ大臣と会う予定が組み込まれているくらいである)、末端組織への影響力もハンパない。
それじゃあ幹部は甘い蜜を吸っているジジイ共かと思えば、隅々まで教育が行き届いているし、本邸から目が届かない場所にはヘタするとボス自ら視察を行っている。

そんな強い組織の頂点にいるツナは、苦労も多い。
「最初めはブッ潰すつもりだったんだけどね」といつか呟いたあれは本音だか知らないが。
正直、俺は初対面でツナを何も知らない末端だと判断した。
実際にそう思う人は少なからずいる。

だから、疑問だったのだ。
いや、ツナのことはよく知っているから尊敬している。
尊敬しているし、友人だと思っている。
だがそんなツナが、外の人間と上手く交渉できるのだろうか――と、疑問だったのだ。

けれどその目を見た時、俺は気付いた。



「わかった。喜んでやらせてもらう」



穏やかで、ともすれば気弱な印象を受ける目だが。
その奥には、しっかりと炎が揺らめいていた。



「うん、ありが」
「てめぇ十代目になんて口を!」
タメ口を利いた俺に隼人が眦を吊り上げる。
「実はサトと俺は飲み友達なんだ」
さらりと笑顔でツナが言い、なんですって!? と隼人がそっちを振り向いた。

「まさか十代目、先日抜け出していってたのは!」
「うん、サト」
「誰のところにもいないと思ったら!」
「わ、悪かったって……」

そんな会話をしばらくしていたツナは、机の上に置いてあった封筒を手に取ると、俺の方に投げる。
無造作に投げられたそれはずしりと重い。
……こんなに細いのにどんな腕力だ。

「サト、詳しくはその中に入ってる。ボンゴレを見守る男の力、見せてもらうよ」
「了解」
「細かいことは来週の頭に時間を使って話し合うから、それまでに色々見ておいてね」
わかった、と頷くと隼人が悲鳴を上げる。
「十代目! 来週はフランスの」
「パス。別の奴行かせて」
「そいつとの相談なんぞ山本が!!」
「ダメ、俺はボンゴレを変えるんだ」


俺が、変えるんだ。

続けられたその言葉は、ツナが何があっても酔いつぶれても、必ず呟く言葉だった。
必ずその言葉に応えよう、と思って部屋を出て行き、はたと気付いた。










「……ん? 来週頭って……今日土曜じゃねぇか!?」

もしかして同じぐらいの年がいいって言うのはこういうムチャ振りを遠慮なくするためじゃないだろうな!?


そんな未来を思って、ちょっとげんなりした日だった。
まぁ、楽しそうだし、いいんだけどな。








***
お久しぶりです、サト君です。
誰こいつ? な人は「さる日本人の話」をお読みください。
簡単に言えばボンゴレの同盟を結んでいるアメリカマフィアの末端に引っかかっていた、日本人の男の子です。綱吉と同い年。

当初の予定では若手のグループを率いてもらうつもりでしたが、なぜかこんなことに。
本部詰めなので、もう人が空を飛んだりとかには慣れっこです。





(オマケ)


「いやぁ、引き受けてくれてよかったよかった」
「十代目が推薦なさった時はどうなることかと思いましたが」

サトが出て行った後で、部屋に残った二人はそんな会話を交わす。
「いやぁ、でも信頼できるし、新入りだから変な派閥もないしね」
「いささか若すぎるとは思いますが」
渋い顔をした獄寺はまだ納得していないのだろう。
「大丈夫、なんたって先生のお墨付きだよ?」
「まあ……そうですが」

それにさぁ、と綱吉は続ける。
「信頼できるし、とっとと死にそうでもないし、実は面倒見いいらしいし。適任適任」
「……まあ、俺達が推挙した奴らは根性なしでしたからね、さすがです十代目」
「うん、ちょっと見る目に自信が持てた。実際俺はサトを信頼してるし」


綺麗な言い方をしているけど、守護者が各自推薦した人材の中で、あのスパルタ授業を乗り切ったのが彼しかいないのも事実なのだった。
そんな事は言わないでおいてあげるのが皆のためだろう。