<あなたのこころ>
陽光降り注ぐ公園で、目深に帽子を被りコートを羽織った綱吉は、ベンチに腰掛けていた。
精一杯何気ない風を装って広げた新聞紙の向こうで、きゃっかと笑いながら走る子供がいた。
(あの子、が……)
今日はじめてみる子供なのに、他とあまりに違って見えるのは何故だろうか。
本気でそう思うほど、その子は可愛らしかった。
(あの子、が、XANXUSの……XANXUSの、子供)
ぎゅう、と新聞紙を握りこんで、綱吉は昨日の会話を思い出す。
「XANXUSが女だったらいいのに」
何度目になるか知れぬ綱吉のボヤキを聞いたXANXUSは、いつものようにありえねぇと即答する。
「テメェが女ならともかく」
「いっつもそう言う。俺が女だったらドン・ボンゴレはどうなるんだよ」
「ドンナ・ボンゴレになるだけだろ」
「……あ、なるほど」
ことり、と首を傾けて納得した綱吉は、まだ雫の滴り落ちる髪をタオルで絞る。
不器用に乾かしていると、ベッドに座っているXANXUSに手招きされたので、とことこと近寄った。
「とっとと跡継ぎ作れよ十代目」
わしわしとタオルで髪を乾かしてもらいながら、綱吉は口を尖らせる。
「XANXUSまでそういうこと言う」
「今テメェが死んだらどうなる。オイボレはもうムリだろうが、さすがに」
「俺が死なないようにXANXUSも守ってくれるでしょ」
「ごまかすな。ジジイ共が嘆く気持ちもわからなくはねぇからな」
珍しくXANXUSが他人に同意したので、驚いて綱吉は顔を上げる。
視線が合ったXANXUSは、なんだか苦い顔をしていた。
「XANXUS……?」
「テメェが死んだら、ボンゴレはどうなる、十代目」
「……お、俺は」
「十年、二十年、三十年。いつになったら諦める」
「……ひ、ど、」
酷い。
綱吉は目に涙をにじませて、目の前の男の膝の上に体を乗せる。
そのまま首に抱きついて、まだ湿っぽい肩に頭を寄せた。
「俺、XANXUSが好きだよ」
「……」
「XANXUSの子供が、ほしい」
涙で歪んだ声で必死に訴えれば、ぽんぽんと背中を撫でられる。
それだけで酷く安心できた。
「テメェがうっかり女じゃねぇかぎりムリだな」
「XANXUSの子供がいいよ」
そうか、と一言だけ返される。
それから抱き上げられて、ぽんっとベッドの上におろされた。
「XANXUS?」
「俺のガキなら一人近くの町にいる」
衝撃の告白に、綱吉は一瞬固まる。
いや、でもXANXUSの年なら子供の一人や二人いてもおかしくない。
何せ彼は綱吉より十も上で、出会ったときにすでに二十四歳だ。(実質十六歳だが)
「……え、本当に?」
「母親がマフィアに関わるのを厭ってるからな、引き取るのはまた面倒だろうが」
引き取るか? と隣に腰掛けたXANXUSが至極普通に言ったので、綱吉は俯いて唇を噛んだ。
「……いらない」
「そうか」
あっさりXANXUSは頷いて、さっさとベッドに横になる。
綱吉もそれに続いて横になり、XANXUSに少し寄って彼の胸に額を擦りつけた。
「……でも、会ってみたい、かも」
「そうか」
「いい?」
「だめだ」
面白くねぇよ、と言われていたのは覚えているけれど、自分がなんと返したか綱吉は記憶がない。
とにかく、その「子供」の所在を翌日スクアーロが教えてくれたので、早足を伸ばしてみた次第である。
一目見てわかった、と言えればいいのだが一瞬迷った。
その子は東洋人系の顔立ちがほんのりあって、黒髪で、目がキラキラしていた。
とてもあの物騒な顔した男の娘には見えなかったので、綱吉はとても癒された。
その子供は今、子犬と走り回って遊んでいる。
何がそんなに楽しいのかは分からなかったが、けらけら笑いながら遊ぶ子供を見ているとこちらも楽しくなってくる。
(ああ、父親に似ず可愛いなあ)
XANXUSの子供だから見に来たのに、本末転倒なことを考えていた綱吉はとても癒されていた。
長閑な日差しに可愛い子供に子犬。
トリプルセットでとても癒されていた。
だから、気がつかなかった。
「だめ! キアラ、だめ!」
「うわっ」
ワンワンッ、と子犬が甲高い声で吠えながら、綱吉の足にじゃれ付いてくる。
じゃれているだけだし子犬なので、綱吉は慌てはしたが振りほどくことはできない。
「キアラ、だめ。ごめんなさい、シニョーレ」
駆け寄ってきた子供は、子犬の首輪をつかんでしょんぼりしている。
「ああ、大丈夫だよ。可愛い子だね」
綱吉は笑顔になって、子犬の頭をなでる。子犬は嬉しそうに鳴いた。
「キアラはかわいい。マンマからのプレゼント」
「そうなんだ。いいマンマだね」
「うん」
誇らしげに頷いた子供は、再び子犬と共に遊びだす。
その光景をのんびり見ていた綱吉だったが、す、と彼の前に影がさした。
「娘と犬がすみません」
「あ、いえ、子犬ですし」
反射的に返してから見上げる。
質素な服だ。色も暗くて落ち着いている。
綺麗に梳られた髪は背中に流れていて、色は茶色だった。
ほんのり東洋系の顔立ちだけど、肌の色は白く、目の色も薄いはしばみ色。
凄く綺麗であるわけではなかったけど、確かな包容力を備えた人だと思った。
同時に、心臓を何かがわし掴んだ気がした。
この人が、XANXUSの――
こんな人が、彼にはいいのかもしれない。
綱吉みたいなわがままも言わず、喧嘩もせず。
きっとXANXUSの話をしっかり聞いて、彼のことを。
彼のことをたくさん、知っているのだろう。
綱吉は彼に子供がいるということすら、昨日知ったのに。
「……え、ええと」
不必要に長く凝視してしまってから、綱吉は咳払いをする。
「すみません、あなたが綺麗だったものですから」
イタリアに住む間に覚えた礼儀のような文句を言うと、女性はにこりと微笑んだ。
「初めまして、ツナヨシさん……ですよね」
「……は、い?」
呆然となった綱吉の隣に、女性は腰掛ける。
新聞紙はすでに足元に落ちていたけど綱吉は拾えず、女性から視線が離せない。
「ごめんなさい。話に聞いていたとおりの人だったものですから」
「話、って?」
「あの子の父親が、よく話していました」
「父親、って……」
鸚鵡返ししかできない綱吉に、女性は申しわけなさそうにゆるく微笑む。
「ごめんなさい、私はあの人の名前を知らないのです…………マフィアである、としか」
「……どんな人、でしたか?」
「自分のことは何も話さない人だったけど、「ツナヨシ」さんのことはたくさん聞いています」
は、と綱吉は小さい声を漏らす。
彼が、XANXUSが……自分の話をしていた?
どんなことを? なぜ? どんな風に?
「なんて、言ってましたか」
「半分くらい、愚痴でしが」
「……うう」
唸った綱吉に、くすりと女性は笑った。
きゃっきゃと子供がはしゃぐ声を背景に、彼女は変わらぬ穏やかな声で言う。
「大切だと」
「そ……んな、こと」
「言っていましたよ。私は、ツナヨシさんの話をする時のあの人が、一番好きでした」
ふわりと笑った彼女に、綱吉は慌てて礼を言う。
それからあたふたと立ち上がって、一目散に駆け出した。
「XANXUS!!」
帰ってきて真っ直ぐ突っ込んだXANXUSの執務室の扉を開けて言うと、机に向かっていたXANXUSが顔を上げる。
「いきなり何だ」
「俺……俺も、XANXUSのこと大切、だから!」
唐突な告白に眉をしかめていたXANXUSは、いきなり拳を机にたたきつけた。
「テメェ会ったな!」
「うん」
「会うなつっただろうが!」
「うん」
ごめんなさい、とへにゃりと笑って、綱吉はXANXUSに駆け寄る。
こっちを見ない彼の椅子を勝手に回して、膝の上に腰掛ける。
「XANXUS」
「…………」
「俺の一番は、どうしたってボンゴレだけど」
硬い胸板に体を沿わせて、彼の肩に頭を預ける。
ずり落ちそうな危ない体制だったけど、XANXUSの手が支えてくれた。
「二番はXANXUSだよ」
「じゃあ俺の二番はテメェじゃねぇよ」
「……う」
それでもいいから、と綱吉は瞼を下ろす。
「わがまま、ごめん」
「まったくだ」
「XANXUSの子供、可愛かった」
「そうか」
柔らかく髪を撫でられて、綱吉は小さく頷いた。
「うん、俺も子供、ほしいな」
「……そうか」
少し微妙な感情の混ざった返事だったけど、綱吉はもう迷わないことに決めた。
大切な相手が自分の事を大切にしてくれているのなら、迷うことはないのだろう。
「XANXUS」
「なんだ」
「俺、三番目?」
「違う」
即答されて、綱吉は瞼を開ける。
「何番目?」
「教えてやらねえ」
「意地悪」
「聞き飽きた」
見上げると、XANXUSは綱吉を抱きかかえて立ち上がる。
「どこ行くの?」
「俺の部屋だが」
「……えーっと、俺、夕食は会談が」
「そうか。まあ精々がんばれや」
にやり、と笑われて嫌な予感が背筋を這う。
「手加減は……」
「昨日はした」
「今日は!?」
「さぁな」
涼しげな顔で言われて、綱吉はちょっと諦めた。
まあいいやディーノさんだし、とか思っていたので、諦めは余計に早かった。
***
微妙にオとさないと落ち着かなかった←
努力したよ……(なにを