<見えない>
伸ばされた手が、指先が、ゆっくり頬に触れる。
動かずそれを待った綱吉は少しだけ震えていた。
「テメェか」
軽く頬から前髪をかすって手を離したXANXASは、興味を失ったかのように手を戻す。
「何の用だ」
「…………」
「おい」
返らない答えに苛立ちを滲ませ、XANXASは再び手を伸ばす。
そこにあるのは彼の襟のはずだ。
確かにあった襟を掴もうと指を握りこみかけたとき漸く綱吉が反応した。
「ほんと、に、見えてない、の」
かすれた声に舌打ちして手を離す。
視界は変わらず、暗い。
「眼球自体に問題はねぇよ」
両面付近の負傷。それだけだ。
かなりきつい火傷もセットで負ったが、そいつも治療可能範囲だった。
顔に跡が残るかもとは言われたが、元々傷や火傷だらけの顔である。今更どうでもいい。
「来週には包帯が取れる」
「……俺、ごめん」
「何がだ」
「し、知らなくて。眼が、って。顔も、跡残る、って……」
「今更だろうが」
日頃から人の顔を殴ったり凍らせたりしている奴のセリフではなかろう。
「ごめんっ……!」
なぜそこで謝罪するのか。
聞き返したくなって、そう言えば綱吉の命令を受けての任務中に負傷したと思い出す。
自分のせいで負傷した。
そう考えれば謝るだろう。
綱吉はそういう人間だ。
「包帯……取れるの一週間後だって?」
「ああ」
本当はもう少し早く取れるはずだが、一週間以前に外したら全ての治療を止めるとか言われたので、従っておくしかない。
「不便、だよな。見えない、んだもんな」
「まぁな」
「……な、なんかしてほしいこととかあったら俺……!」
勢いでそこまで言ったらしき綱吉だったが、そこから先は言葉を飲む。
「あ……えと、失せろとか以外なら」
オロオロしながらそう言う姿がありありと目に浮かんで、XANXASはくつくつと笑い出した。
どうやら十代目は本気で部下を労ってくださるらしい。
「じゃあ」
「あ、ボンゴレ寄越せとかもダメだぞ!?」
「言わねーよ」
ほっと溜息が聞こえたので、XANXASは唇を吊り上げる。やや痛い。
「似たようなもんだがな」
ぴきんと凍った気配に、堪えきれなくなって吹き出した。
「ぶぁっはっは!!」
「笑い事じゃねぇ!早く言わないと帰るぞ!!」
逆ギレした綱吉へ手を伸ばす。
適当に襟か髪が掴もうとした手は、ふわりと何かに包まれた。
「?」
「心配、したんだぞ……」
肌に響く声に、XANXASの手を掴んだのは綱吉の手だと悟る。
「目の前が真っ暗になって、って案外比喩じゃなくなるんだなとかトリビア学んだし」
「そりゃ良かったな」
「……無事で良かった」
良かった、と繰り返した綱吉の声がくぐもっていて、泣いてんのかとからかってやろうと口を開きかけた時だった。
ぽたりと何かが手の甲に落ちた。温い液体だ。
「しゃべれない、かもとか。もう見えないかも、とか。俺のこと……」
「許さねぇ、か?バカにしてんじゃねぇよ」
ちが、といいかけた綱吉は無言になる。
「ヘマしたのは俺だ。人のせいにするほど、……」
珍しく残りの言葉を言わずに、XANXASは綱吉が自分の手を握り込むにまかせた。
「ちゃんと、見えるようにはなるんだよね」
「眼自体に問題はねぇからな」
答えたXANXASの手を強く強く握り込み、綱吉はかすれた声で尋ねた。
あるいは頼んだのか。
「俺……俺、治るまで看病していい?」
「はぁ?」
「包帯外れるまで! ほら、眼が見えないといろいろ不便だろ? だからさ」
たたみかけるように早口で一気に言った綱吉はぴたりと黙り込む。
不自然に長い沈黙に、じれたXANXASが何か言おうとした時だった。
「……怖かった」
呟かれた声が震えていて、XANXASは無意識に綱吉の手を握り込む。
「いなくなるなよ、XANXAS」
「いるだろうが」
見えていないのはXANXASの方なのに、不安がっているのは綱吉だ。
「ずっと、いなく、なるなよ」
掠れて声でそう言った綱吉はどんな顔だったのか。
目が見えていればとXANXASは少し残念に思う。
「看病、していいよな」
「仕事は」
「心配するな」
「投げ出してたのか」
綱吉は臆病で開き直りが早いが、無責任ではないはずだ。
包帯が取れるのは一日二日先ではないのだが。
「……ちゃんとする。だから、そばにいさせろよ」
手の甲にすり寄せられるのはふわりとした髪の感触と温かな肌だ。
そこに吐息が加わって、XANXASはそれ以上何か言うのはやめた。
***
珍しくツナ→XANXAS のみ。なんだかツナがかわいい系なのか何かなのか迷走している。