<勘違いは時として取り返しのつかない事になる>
ふあ、と綱吉は欠伸を噛み殺しながら廊下を歩いていた。
こんなところをXANXUSやリボーンに見られたら、ボスとしての威厳が失われると怒られるのかもしれないが、出るものは出るのだから仕方がない。
ボスだって人間だ。
このまま書類の前に座らされたら寝るんじゃないかと思いながら、やや覚束ない足取りで進んでいると、珍しい取り合わせの会話が聞こえてきた。
確かここは雲雀の私室だった。
そして中から聞こえてくるのは、雲雀は当然として、もう片方は。
「……全く、君は素直じゃないんですから。いちいち文句を言って修正する身になりなさい」
「じゃあ君はちょっとは気を利かせてよ。僕がどれだけ大変だと思ってるわけ? 負担が少ないほうが誠意を見せるべきじゃないの?」
(骸だ……!)
犬猿の仲であるはずの二人が、雲雀の私室で会話している。
下手すると顔を付き合わせた瞬間に互いの武器を取り出す骸と雲雀が、自分達から顔を合わせるような状況になっているだなんて、と綱吉は感動した。
そして、当然何を話しているのか気になった綱吉は、ぺたりと扉に耳をつけて、中の会話に耳をそばだてた。
なにやら口論(そこは変わらないらしい)をしているようだけれど。
「誠意はいつも見せてるじゃないですか! 君の趣味にあわせてるし!」
「そこは人の部屋で一晩する上で当然じゃ………………」
ぷつりと会話が途切れて、足音がカツカツとこちらに向かってきた。
ヤバイ! と思う間もなく扉が内側に引かれて、べしゃりと綱吉は床に突っ伏す。
おそるおそる顔をあげると、呆れを浮かべる雲雀と目が合った。
「何してるの沢田綱吉」
「な、なんでもありませんよ!?」
「綱吉君?」
「お、お邪魔しましたぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ばっと体を起こして、脱兎の如く逃げだした。
眠気なんて吹っ飛んだ。
それよりも綱吉は、先ほどまでの二人の会話を脳内でリフレインさせて、顔を真っ赤にしていた。
「ザ、XANXUS!!」
「……どうした」
ばったんと、先程出ていったはずの寝室のドアを開けると、XANXUSがやや面食らった表情で綱吉を見た。
肩を上下させている綱吉の顔は赤いが、それはここまで走ってきただけが理由ではなく。
「ど、どうしよう……俺、知らなかった……」
「何がだ」
「ひ、雲雀さんと骸が」
「あいつらが?」
「……つ、付き合ってただなんて!」
「…………は?」
「どうしよう! そんな事しらないで、今までできるだけ二人が合わないように予定組んじゃってて……すごい悪い事してたよね俺!?」
「……落ち着け」
わたわたとする綱吉がどうにか落ち着くまで、それから三十分くらいかかった。
「あの……俺、ほら、俺自身XANXUSとアレなので……偏見とかないと分かってると思うんですけど……っていうかもっと早く言ってくれれば俺だってなるべく一緒になるようにしたのに……気付かない俺も俺だったんですけど……」
「……なにをごちゃごちゃ言っているの沢田綱吉」
書類を持ってきた雲雀に、綱吉はやや頬を赤くしながら切り出した。
雲雀としては意味不明な事を言っている綱吉に、近くのデスクで書類を眺めていたXANXUSへと視線を向ける。
内包した意味は「ネジでも飛んだの」だ。
「今朝、骸の寝室にいたんだろう」
「……いたけど」
「そこでどんな会話してた」
「どんな……」
「スイマセン部屋の前での会話聞いちゃって!! で、でもちゃんと言ってくれれば、一緒の部屋も用意……」
「………………ちょっとまって。君はどういう誤解をしたの?」
今朝の会話内容と綱吉の言動を照らし合わせた雲雀は、綱吉が何を「誤解」しているのかに気付いて、ひくりと頬を引き攣らせた。
「え、そ、そのっ」
「てめぇらがデキてて、骸がテメェに昨日ムリさせたって話だ」
「なっ………………なんで僕がアイツに組みしかれなきゃいけないのさ!!」
「……否定どころが違うんじゃねぇのか」
「あ、そ、そうですよね!! 逆ですよねスミマセン!」
「そういう問題じゃない!」
よりによってあの南国果実と誤解されるなんて、僕の矜持に関わる問題だと、雲雀は珍しく声を荒立てた。
「あいつと僕は、昨日から今日にかけて仕事してたの!」
「……へ」
「だからあの会話は」
『全く、君は素直じゃないんですから。いちいち文句を言って(書類を)修正する身になりなさい』
『じゃあ君はちょっとは気を利かせてよ。僕がどれだけ(仕事の並列処理が)大変だと思ってるわけ?(仕事の)負担が少ないほうが誠意を見せるべきじゃないの?』
『誠意はいつも(並盛饅頭とかで)見せてるじゃないですか! 君の趣味(和風)にあわせてるし!(僕はケーキのが好きなのに!)』
『そこは人の部屋で一晩(仕事を)する上で当然』
「というのが真相」
「……な、なんだ」
脱力したように椅子に背を預けた綱吉に、す、と雲雀は机に手をかけて笑った。
それはもう、珍しく、美しく。
だけどものすんごく怖い。
「それで? 僕の多大なる精神的侮辱を与えてくれた君は、何をして償ってくれるんだろうねぇ?」
「ご、ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁい!!」
「……とりあえず雨やら嵐やらに言った事はとっとと修正に行った方がいいんじゃねーか?」
ぼそり、とXANXUSが呟いた言葉に、雲雀の体が一瞬硬くなって、一層笑みが深くなった。
怖くなった。
「……綱吉?」
「すぐに行ってきます!!」
***
雨に知られたら音速で伝わると思います。
当分骸と雲雀は顔合わせ禁止。