ゆらゆら揺れるハンモック。
その上でリボーンは起き上がる。

カーテンから差し込む朝日はいつものように柔らかく部屋に降り注いでいる。
時計を見ると午前八時半。休日とは言えどもう寝ている時間ではない。
ベッドの上で毛布に包まってうつらうつらしているこの部屋の主の上に、いつものように着地した。
「起きろダメツナ」
「う〜〜〜」
「おいこら、もう寝てる時間じゃねーぞ」
「もうちょっとぉ」
「起きろ」
チャキ、と銃を突きつけると、やめろよなぁ、とぼやきながら上半身を起こす。

「……?」
表情に変化は出なかったが、リボーンは確実に狼狽した。



ぼさぼさの頭。
情けない童顔。
眠そうな目、口調、全部。

それは丸ごと、全部ひっくるめて、間違いなく。
「沢田綱吉」のはずなのに。


「リボーン、おはよ」
「あ……ああ」
「着替えなきゃ」
「……」
「リボーン?」

首をかしげた相手が、不可解そうな表情をしながらリボーンを抱き上げると床に降ろす。
「オレ、着替えるから」
「?」
「?? どうしたんだ? 気分悪い? 調子悪い?」
「ああ……いや、なんでもねえ。ママンの料理を先に食べてるぞ」
「うん」
そうして? と相変わらず不思議そうに首をかしげる人物に全力で背中を向け、リボーンは自己最高記録で部屋を飛び出すとバタンと扉を閉めた。

(な、な、なんだアレは!?)
珍しく動揺を浮かべた顔を手の平で隠して、リボーンは上を向く。


(あの女は……誰だ!)


綱吉の声、綱吉の顔、綱吉の気配。
だがあれは確実に「女」だった。






<コラボレーション〜リボーンの場合>






いつもの奈々の笑顔に癒されながら、リボーンは朝食を取る。
綱吉について聞いてみたい衝動に駆られたが、今朝の「彼女」の反応を見るに「彼女」が違和感を覚えている様子はなかった。
つまり、リボーンの知る「沢田綱吉」が「女」になった、というわけではなさそうなのだ。

「遅いわねえ。今日はお客さんが来るから準備するって言ってたのに」
「お客さんってだれ?」
卵ふりかけを使っていたふぅ太が尋ねると、奈々はころころ笑って答える。
「つっ君の大好きな人なのよ〜」
「……大好き?」
その言葉は聞き捨てならない。リボーンは超速で候補者を羅列した。

奈々曰くの「大好き」だからあまりあてにはならないし、綱吉の「準備する」は歓迎の準備とは限らない(対六道骸の逃亡策など)。
しかしある程度彼、もとい彼女と親交のある人物であろう。
朝食の間の四方山話を聞く限り、リボーンの知る「沢田綱吉」とこの世界の「彼女」は殆ど同じ状況にいるようだ。

まず獄寺隼人、山本武。
この二人ならばリボーンは何も言うまい。いつものことである。
ランボとイーピン、ふぅ太は普通に家にいる。
雲雀恭弥、六道骸が家に来ることは殆どないし、あったら綱吉は相当怯える。
となれば後は、笹川了平・京子兄妹か、三浦ハルあたりだろうか。
家光……は歓迎されまい。

アルコバレーノだったらリボーン自ら撃退する気満々だが、バジルだった場合は面倒そうだ。


「つなのだいすきなひとは、ランボさんだもんねぇ〜」
ランボさんだもんねーと繰り返したランボを一睨みで黙らせてから、リボーンは奈々へコーヒーのお代わりを催促しつつ尋ねた。
「で、ママン。誰なんだ?」
「ザン君よー」
「…………ザン君?」

はいどーぞ、と渡されたコーヒーカップを見つめること三秒。
ガシャン。
リボーンの手からカップがすべり、中身がテーブルの上に零れた。

「ざ……」
「あらあら、大丈夫? 熱いから皆ちょっとはなれてねー」
台布巾を片手ににこにこしながらテーブルの上を拭く奈々に、リボーンはかすれた声で問いかけた。
「XANXUS……だと?」
「そーよ。昨日あんなに大騒ぎしてお部屋片づけてたでしょう」
「か、母さん母さん!」
バタバタと階段を下りてきた「彼女」が、会話を打ち破った。

「こ、これどう? おかしくない?」
ふわり裾の広がるピンクのスカートに、白のフリルのついたシャツに、赤いカーデガン。
唇が少し光っていて、髪には花のピンが付けられている。
「かわいいわ〜」
「つな姉、きれー!」
「ほ、ほんと? リボーンは?」
くるりと回って見せた「彼女」をリボーンは唖然としてみている。


女だ。
これはやはり、リボーンの知らない生き物だ。

「……や、やっぱヘンかな。赤は派手かな。黒のほうがいいかな。でもザンザス黒ばっかりだし、スカートはザンザスが買ってくれたのだし……み、短すぎるかな」
それとも髪かな、昨日美容院にも行ったのに、とあたふたしだしたつなに、奈々が微笑んで肩に手をおく。
「大丈夫、つっ君はとっても可愛いわ」
「だ、だって……」
「リボーンちゃんはつっ君が可愛いから照れちゃってるのかもしれないわ〜」
「リボーンがそんなわけ、ないって」
「つな姉は綺麗だよ! ね、ランボ、イーピン」
「つなはきれーだもんねー! ランボさん知ってるもんねー!」
「つなさんキレイ! イーピンもしってる!」

口々に各々がそれぞれなりに褒めているのに、リボーンは何も言えなかった。
そして「彼女」の顔も晴れない。
「……や、やっぱりオレ……着替えてくる!」
踵を返した彼女を奈々が捕まえる。
「つっ君。ちゃんと自信持って」
「だ……だって……オレ、可愛くないもん……」
「可愛いわよ」
「か、母さんはそういってくれるけど!」
「本当よ。ザン君もそう言ってくれるわよ。お母さんがつなに嘘をついたことないでしょう?」
ね? と母親に微笑まれた「つな」は小さく頷く。

「さ、ご飯食べちゃいなさい」
「あんまり食欲ないかも……」
「食べなきゃだめよ。元気でないでしょ?」
はーい、と返事してつなは席に着く。
もそもそと食事をしている姿だけ見れば、いつものようであるのだが。
「あ、リボーンはどうするの?」
唐突に話しかけられたが、そこは流石に狼狽せず返す。
「何がだ」
「ザンザスが来てる間。昨日は出かけるって言ってたけど、結局どうするのかなーって思って」
「……」

食事の手を止めてリボーンは考えた。
つなが「大切な人」会っているのを見るのは、非常に不愉快である。
ただリボーンの知る限り、綱吉とXANXUSの仲がいい印象はないので、どうもしっくりこない。
「どうする、リボーン? 昨日も言ったけどザンザスは全然構わないと思うよ?」
「………………いる」
「うん、わかった」
チャカチャカと皿を重ねたつなは立ち上がって、すでに席を立っていたランボとイーピンの分も台所に運ぶ。
その後姿を見ながら、リボーンは選択を誤ったかと思っていた。










バタバタとつながリビングから出て行く。
「ザンザス!」
跳ねるような声が耳に痛い。それなのにどうして自分は後を追ってしまうのか。

廊下に出ると、丁度ザンザスが玄関に入って来たところだった。
「久しぶりだな」
「うん……ひさしぶり」
元気一杯に出迎えたのに、急に大人しくなったつなの頭を軽く撫でて、ザンザスは靴を脱ぐ。
「似合うな」
「ほ……ほんと?」
「ああ、可愛い」
「っ!」

ぱっと白い肌を赤くして、つなはザンザスの手を引く。
「あ、あのね、昼食べてくって言っただろ」
「ああ」
「オレ、準備するから! あと昨日クッキー作ったからそれも出す!」
「わかったからそんなに引っ張るな。コケるぞ」
笑いながら言われてつなは後ろを振り返ろうとしたが、その瞬間するりと床を足が滑る。
「ほらみろ」
長躯の男に受け止められて、つなは照れ笑いをした。

「だ、大丈夫」
「どこがだ。何で自分の家の廊下でコケるんだお前は?」
「ちょ、ちょっと慌てて」
「ちょっと慌てたぐらいでいちいちコケられちゃかなわん。ああもう面倒臭ぇ」
舌打ちすると、ザンザスはつなを受け止めた手を別の場所に移動させる。
そのまま彼女の身体を軽々と抱き上げた。
俗に言うお姫様抱っこだ。
「ちょ、ざ、ザンザスっ!」
「大人しくしてろお転婆。それとも……はなしてほしいか?」
くつりと耳元で笑われて、つなの顔は真っ赤になる。
耳から首から、足の先まで。
「え……ぅあ……ぅう、え、ぇと」
降ろしてほしいと言えないのだ。
抱き上げられているのが嬉しいのだ。

「――っ」

ジャキ、と安全装置が外れる音が何より大きく響く。



「え、リ、ボーン?」
真っ直ぐに銃口が向けられた先は、十代目だったのか。
それとも。


「何してやがる」
低いザンザスの声にリボーンは答えない。
反射的に抜かれた銃口の先に、何を見ているのか自分でもわからなかった。


自分は、何を打ち抜こうとしたのか。

『落ち着きなよ』

頭の中に声がして。


何も感じないまま、ただ視界が真っ暗になった。













ゆらゆら揺れるハンモック。
その上でリボーンは起き上がる。

「……」
窓から降り注ぐ日光は、すでに昼前であることを示している。
ぱたぱたと階段を上がってくる足音に、リボーンは再び横になると目を閉じる。
「リボーン、おきた?」
「起きてるぞ」
「どうしたんだよ、調子悪いのか?」

起き上がって見下ろす。
Tシャツにジーンズ。

「ツナ……?」
「は? なに?」
「…………いや、なんでもねーぞ」
「そ? 昼飯食える?」
「食うぞ」
そか、と言って綱吉はにこりと笑う。
ひょいと降りてきたリボーンを見てから、部屋のノブに手をかける。
今にも部屋を出ようとしていた彼の肩の上に飛び乗った。

「どうした?」
珍しい、と横目を向けてくる綱吉の視線を知らんふりして、そのまま腕の中にすっぽりと降りる。
落ちないように抱える綱吉の腕は男の腕だった。
それに無性にほっとする。
「変な夢でも見た?」
「まーな」
「そか」

それ以上何も言わず階段を下りる綱吉が、リビングへ入る前にリボーンは一つだけ尋ねた。
「ツナ」
「ん?」
「スカート履かねーか?」
「何でだよ!」
人が心配してやったのに! と項垂れる綱吉ににやりと笑って、リボーンは本当に聞きたかったことを押し込めた。








***
時期的には中学3年あたり。
アルコの呪いはそろそろ解けていますがまだ小さい。

それにしてもリボーンに痛々しい。ギャグのはずなのにこのシリーズ……