<ボスと伴侶>




限界点は周囲が予想していたよりも遅かった。
しかし限界だったのは事実で、早々にボスの肩代わりな仕事を切り上げると、XANXUSはボンゴレ本部の廊下を進んでいた。
その顔は元々に加えてさらに厳しい。
鬼のような形相で進む、過去に二度もボンゴレに刃向かったXANXUSを止めようとする者はいない。

部屋に廊下にと隠れている構成員達は、真青になりながらなにがあったのだろうと首をひねっていた。
XANXUSがこのように本邸に怒りオーラとともに足を運ぶのは、さほど珍しいことではない。
けれども、その時はおおむねボスに用事のはず。
今、ドン・ボンゴレは屋敷を空けているはずだったのだが。

そんな疑問を抱かれていることなどどうでもよく、XANXUSは最上階に到達する。
ドンの部屋まで続いている廊下を塞ぐように、二つの影があった。


「おや、ようやく上客がいらしたようですね。もっともさほどお相手はできませんが」
「咬み殺したいのはやまやまなんだけどね。とっとと帰ってくれないかなボスザル」

スーツに身を包んだ二人は、笑みを浮かべてXANXUSを見やる。
この二人に命令できるのは彼らのボスしかいやしないのだから、二人にココを守らせたのは彼なのだろう。
そして相性最悪の二人が大人しく共同で守っているのも、あえて戦おうとしないのも。

「……なにがあった」
静かに問うが、二人は答えない。
けれどもその表情で、彼等が答えを知っていることはわかる。

苛立ってXANXUSは拳を握った。
彼らは知っている、どれだけ連絡を取ろうとしても無視しやがった嵐と雨も知っているだろう。
計ったように屋敷を出た雷と晴も無論のことだ。
そしてこんな時だけ姿を現さないアルコバレーノも。

それなのにXANXUSは、何も、知らない。


「通せ」
XANXUSがそう言うと、壁にもたれていた雲雀は体を起こす。
骸も少し目を細めた。
「無理。あの子の命令だから」
「クフフ、従わないものは誰であろうとも実力行使の許可もありますよ」
「……」

さしものXANXUSも、ここでこの二人を相手にする気にはならないはずだ。
超前衛の雲雀と、補佐に長けた骸は、最強無比の組み合わせである。
XANXUSがいくら強かろうと、オールランダーであろうと、この狭い場所、しかも建物にさほどの被害も出さずに二人を突破するのはほぼ不可能だ。
そしてさらに、雲雀と骸は保険をかけていた。

「オレまで敵にしたくないなら、とっとと帰れ」
すでに銃を抜いて突きつけたラル・ミルチは不敵に笑う。
門外顧問の彼女まで招集したのは、ボスなのか雲と霧なのか。
そんなことはXANXUSには関係ない。ただ突破するだけだ。
「こんなところで銃は使わないよね」
まだ雲雀の手の中にはトンファーがない。組まれた腕の上で、指が軽く動いた。
「……チ」

舌打ちをして、XANXUSはポケットに手を突っ込む。
何を出す気だと三人が警戒を強めたが、彼が引っ張り出したのは意外なものだった。


細い鎖の先に、ゆらゆらと揺れるペンダントトップ。
その深い青い輝きは、三人もよく知っている。
だが、それが何であるか、雲雀と骸はわからない。
「なんだい、それは」
「XANXUS……なぜ、貴様がそれを持って……」
ラル・ミルチはそれが何かを理解した。だから思わず銃を持つ手を下ろすほどに動揺する。
前にも見たことがあった、それを見せてくれた人は悲しそうに笑った。

ボンゴレリングの大空と同じ、大空の埋め込まれたそのペンダントは。
代々のボスが、最も愛する人に送る証。
それは時に妻であり、時に愛人であった。

それを送ることは一度だけ。
それを送る事は、その人が「ボンゴレの最愛の人物」である事を示す。
「なぜ」
「うるせえ」

鎖が鳴る。
つかつかと歩いて、XANXUSは三人の目の前にそれを突きつける。
ボンゴレのドンが王であるなら、さながらこれの持ち主は王妃。
こんなものいらないと言ったのに、綱吉はXANXUSの手に押し付けた。
それでも突っ返そうとすると、泣きそうな顔で頼まれた。

『いらねぇつってんだろうが。だいたい俺はテメェの愛人になった覚えはねえ』
『持っててよ。お願い、XANXUS以外になんか渡せない』
『いらねぇ。その辺の女にやれ、知っているなら泣いて喜ぶぜ』
『……頼む、持っていてくれ。俺は自分に、嘘なんかつきたくない』


「まさか、それは」
気がついた骸は顔色を変える。まさか、そんな、そうは思うけれど。
あの青はボンゴレの大空の色、そしてラル・ミルチの反応。
「なんなのさ」
「……アレは、in segno di reginaだ」
苦々しげに呟いたラル・ミルチは、ため息をついて銃をしまう。
「egina? 王妃? 王妃の証?」
ナニソレ、と眉をひそめる雲雀に、ラル・ミルチとともに一歩動いた骸が静かに補足した。
「つまり、ボンゴレの王妃……ドン・ボンゴレの伴侶」

意味を理解した雲雀は、喉で唸って一歩動いた。
道が開く。



廊下を歩きながら、XANXUSは証を握りこむ。



『結婚できない、子供も作れない、公にもできない。何もできないから、せめてこれだけはさせてよ……』


泣きそうな顔で、いや、泣きながら言った彼は。
あの幼く甘っちょろく乳臭いドン・ボンゴレは。



「――綱吉」



扉を軽く叩くと、中で気配の動いた、気がした。