何もない闇

抱えた感情 どこにもいかない

嗚呼、僕は確かに貴方を愛している


愛しているんだ、僕の大空


 




<愛したのは有限の空>

 





僕は無力だった。
僕は愚かだった。
貴方の苦悩に気がつくことすらしなかった。

貴方は僕の手を引いてくれた。
世界を見せてくれた、導いてくれた。


『俺の霧』

呼びかけてくれる貴方の声はいつも砂糖菓子より甘かった。
差し伸べてくれた手はいつも太陽のように暖かで。
黄金の髪が好きだった、琥珀の瞳に胸を高鳴らせた。

『笑いかけてもらうために笑うんだ。許してもらうために許すんだ。愛してもらうために愛すんだ』
僕は力に力で、暴力に暴力で返すことしか知らなかった。
笑顔も愛も知らなかった。
『誰かを愛すんだ、俺の霧。お前はそうやって強くなれ、大きくなれ』

黄金色の笑顔、僕の大空、貴方を愛している。
向けられる笑顔全てを覚えている、貴方の言葉は全て覚えている。

愛している、大空。
我等の気高きボス――ボンゴレプリーモ。


「ボス!!」
叫んだ僕の声は冷たい空気の塊に反響した。
目の前の影は止まって、振り返った。
「……困ったな。追いかけてくるのはもうお前だけだよ」
黄金の微笑は変わらない。
けれど何故そんなに悲しそうなのか、何故そんなに。
「俺はもう、ボンゴレじゃない」
「いや、です」

なんとか声の震えを隠そうとしていたのに、さらに惨めに震えた声が出て来た。
嗚呼、貴方はどうしてこんな、残酷な。
雨も嵐も、雷も晴も、雲も必死に貴方を追いかけた。
貴方を追いかけなかったのは二代目だけだ、貴方の実弟、彼は憤怒の炎を静かに鎮火させてボンゴレを守っている。
だけど僕らは貴方のものだ、そういう契約だ、そういう約束だ。

僕らは貴方のもの、代わりにあなたは――あなたは、僕らの大空だ。

「いやですッ! いやです!! どうして僕が、どうして僕がここまで来たと思っているんですかっ!? 貴方は、貴方が僕らには」
酷い我侭、自分のことしか考えていない我侭。
僕は貴方の心を知らない、知ろうとしていない。
包まれるだけで安心して、貴方は上辺の通りに大空であると、ボンゴレプリーモその人であると信じていた。
「――ごめん、なさい。貴方が……貴方がボンゴレでなくなってしまったのは、僕らの所為、ですよね。僕らの、所為で――でも、でも! 僕は、僕は貴方の!!」

貴方の傍にいたい。
貴方の隣で貴方の笑顔を見て、貴方と共に笑いたい。
それだけが僕の願いで、僕の意味。

「――……つ、れて、連れて行ってください」
貴方の傍ならいいんだ。
そこが見知らぬ異国でも。
「つれていって、おねがい、ボス」
顔が上げられない、貴方の顔が見えない。
そして馬鹿みたいに祈る――永遠に答えが返らぬように。

「お前はイタリアに戻れ」
静かに返答があった。
冷たい声で、静かに、一言。

「待って――待って下さい、ボス……ジョット!!」
悲鳴に近い僕の声は、漸くあの人の足を止めた。
けれどもう振り向かない、あの色鮮やかな微笑みなど見られない。
「役に立ちます、役に立つから!」

貴方に拾ってもらって、その時から僕は貴方に命を捧げると決めた。
貴方は知らなかったでしょう、貴方を暗殺に来た子供がそんなことを思っていただなんて。
でも僕はそう決めた、あの時の言葉は真実なんだ。

『うちにおいで。大丈夫、お前ほどの腕があればすぐに俺の右腕になれる』
『――殺さないのですか。ぼくはあなたを』
『うちにおいで、小さなヒットマン』
『……役に立ちます。約束します』

「い、今までよりずっとずっとがんばりますから! だからっ……!」
もっと役に立つ、貴方の邪魔はしない。
だから置いていかないで、傍に置いて。
「俺は、そんな理由でお前を今までそばに置いてたんじゃない」
「……っ、じゃ、じゃあ」
「お前は俺の霧。俺がそう決めた、それが不変の真実」

彼は振り返ってくれなかった。
だから僕は必死に足を動かした、近づいた、手を伸ばせば届くほど近く。

手を伸ばして、肩に触れた。
「……っぁ、あぁ、うぅ」
「泣くな。男前が台無しになるぞ」
「くっ、ぅあ、ぁあ、あ」
叫びたい、腕を伸ばしてしがみつきたい。
けれど出来なかった、貴方の背中はどちらも拒絶していた。
せめて顔を見たかった。
貴方の顔は、どんな表情を浮かべているのですか。

「……昔より、ずっと泣き虫になったな」
静かに言われて、それからすっと頬に手が添えられた。
見上げてきたのは、黄金の笑顔。
「――あ、愛して、います」
「……俺もだよ」
「僕は、ボンゴレより世界より、貴方を愛している! 貴方だけでいい!!」

両手で頬を包まれた。
見上げてくる貴方の顔は、笑顔だったけど歪んでいた。
違和感を捜して、わかった。

――どうして、泣いて……

「すまないな……お前はおいて行く」
「どうしてっ!!」
「……愛しているよ、俺の霧。嵐も雨も雷も晴も雲も愛してる」
貴方はそう言って、琥珀の目を伏せて。
口端で笑って、それから僕の目を右手で覆った。

感じるのは貴方の息遣いと脈だけで。
指の隙間から漏れ出るのは隠せない貴方の光。
それが翳っていたのは、いつから? 何が貴方を、ここまで?

教えて、何が貴方にボンゴレを捨てさせた?
どうして貴方は何より慈しんでいたボンゴレを捨てた?

「弟も虹たちも、みんなみんな、愛している――愛しているから、耐え切れない」
「プリー、モー……?」
「……いつか雲はその行動を断罪され、お前は俺を殺そうとした罰を受け、晴はその能力を狩られ、雷はその弱さを白日の下に晒され、雨は最強を求める者に殺され、嵐は戦って死ぬだろう」
「それ、は」
「いつか、いつか誰かが弟を殺して俺の血脈にボンゴレを沿わせようとし、虹達は抗争の種となり病んでいくだろう」

貴方の手は僕の目を隠したままで。
それで漸く、その手は貴方の表情を僕から隠すためのものだとわかった。
だから外そうとしたけれど、外せない。
「この手を――離してください、この手を」
「……そんなの耐えれるものか。だから俺はボンゴレから去る」
「貴方がいないボンゴレなど……!!」
「――俺が去ればボンゴレは揺れる、そしてお前達の義務は解かれる。好きなところに行けばいい」
「なら貴方の――」

「それは無理だ。俺はもう、お前らの命を背負えるほど、お前の真っ直ぐな目に答えられるほど、毅然とし続けることができない」
「プリー、モー……」
「すまないな。だが俺は……お前にそろそろ、世界を見て欲しいんだ。何時までも親の俺を追いかけるな」

すっと手が離れていって、だけどもう貴方はそこにいない。
視線を上に上げた僕の目に映ったのは、かすかな死ぬ気の炎の残滓だけで。


「お前の生き方を見つけてくれ。愛しい霧」

どこからか響いた声に、僕はしゃがみこんで泣いた。



酷い。酷い。酷い。
最後の最後でそんなこと。

――愛しい霧

甘い声で、甘い言葉で、嗚呼貴方はやはり最悪の人だ。
この抱えた感情は何処にぶつければ?
こんな愚かな子供を一人投げ出してどうしろと?


貴方のいない世界など、虚無と変わりはしないのに。













 

 

 

 

 

 

 

 


振り返ったのは薄茶色。
髪とそろいの目が瞬いて、僕の傍に駆け寄る。
「骸、どうしたの?」
「いえ、何でも」
「そうか? ならいいけど……今から作戦なんだからしっかりしてくれよ、俺の霧」
「クフフ……報酬次第ということで。それより準備運動は終わりましたか?」

君はそれに苦笑して、肩を叩く。
それから律儀に準備運動を始めて、肩の関節やら膝はら伸ばして。
僕から見える君の背中は酷く小さく華奢だ、それでも君はデチーモだ。

「綱吉君」
「ん、なに?」
「大変ではありませんか? 君は僕達守護者に大勢の部下、さらにはアルコバレーノすら抱えている」

僕ならゴメンだ、こんな大勢の命と信頼と希望を背負うことなど。
おまけにその大多数に好かれて愛されて。
君は一人しかいないのに、君に愛を注ぐ人がたくさんいて。

「はぁ? 何言ってんだ」
「――例えば僕は、君を殺そうとした。のっとろうと今でも画策しているかもしれません。そんな僕を君は抱え込んでいる。あのアルコバレーノだってそうだ。彼らはいつ火種になるかもしれないのに」
「あっはっは、なーに今更言ってんだよ。抱え込んでそれで? 別に俺は困らない」
「どうしてですか――重くは、ないのですか」

僕の問いかけに君はからりと笑った。
あまりにあっけない軽い笑顔。

「俺は皆を守りたい。だから頑張れる、歩いていける。何も抱えなかったら俺はダメツナで、一歩も前に進めない」
「――皆を、ですか」
「もちろんお前もだ、骸。さ、気がすんだか?」
振り返った君は両手にミトンをはめる。
それは戦闘開始の合図――彼が黄金に輝く時。


「行くぞ、骸」
「――Si」

そう、君はすべてを包み込んでなおかつ笑い飛ばすのだ。
だから君は大空――僕らの大空。

 

 

 

 

 




<愛したのは無限の空>









 

 

 

 


***
と、書いてみましたが初代の行動は半分ぐらい演技じゃね? と思っています。
私の頭の中の初代はどうやってもギャグ専門です、のでギャグモードとシリアスモードという二種類のプリーモがいるんだよきっと。

二代目を守るためのベストアクションだったのかなあ……>亡命