<Baumkuchen>

 


「――で、せっかく抜け出して二時間並んで買ったバウムクーヘン、俺の口には一切れも入らなかったんだよ!」
「……それだけの話をするためにお前はここにきたのか」
「うん」
「…………」
即答されてXANXUSは黙った。


朝イチで人のところにきたと思ったら、延々二時間ほど続くのはこの調子の愚痴ばかりだ。
仕事上のものならまだしも、食い物絡みの愚痴は俺に聞かせるものなのか。
しかも仕事中に。

言ってみたら、大丈夫だ俺も仕事中だから、と言われた。
いやどう見ても仕事じゃねえだろ。



おそらくは、XANXUSと会談とか言って堂々と出てきたのだろうが、こちらとしてはいい迷惑だ。
おかげでこっちの書類仕事は進まない。
後になってぴいぴい言いながら机にかじりつく羽目になるのをいつになったら学習するのか。
下手すると処理のおっつかない分がこっちにまで回ってくるのはさすがに勘弁してほしい。


黙ったまま再び書類の処理のスピードを上げたXANXUSに、綱吉はむう、と唇を尖らせて言った。
構ってもらえずに拗ねるのはどこのエレメンタリースクールの生徒だ。
「……本当は書類から逃げてきたとも言う」
「てめえが働かねえ分こっちに回ってくるんだがな?」
「ああうん、おかげさまで助かってます」
手を合わせて拝むフリをして笑う綱吉に、XANXUSは銃を抜きかけて、すんでのところで止まる。

ここでドンパチを起こして後で請求書と書類の作成しなおしが回ってくるのは自分だと理解してしまってから、執務室で闇雲に銃を出せなくなった。
……これが年を取るという事なのか。

だから代わりに万年筆をダーツのようにぶん投げると、綱吉は笑顔のまま体を少し傾けてかわした。
万年筆は床に刺さる。
おそらくあれはもう使えまい、とXANXUSは無言で新しいものを引き出しから取り出した。
数年前までは間抜けな悲鳴をあげながら頭を抱えて逃げ惑ったというのに、今では睨んでもまったく動じないし、平然とやりかえしてくる。
まったくもって嫌なところだけ成長していやがる。

「で、ホントのところなにしに来やがったんだ」
「だから愚痴を言いに」
「嘘でも顔を見たかったからとかそういう事を言えんのか」
「今朝も見たじゃんか。それに、そういう媚、お前嫌いだろうが」
け、と舌を出して述べる綱吉だが、それは対象が有象無象の愛人相手だからであって、本命相手なら媚のひとつも見てみたいと思うのが心情だと思うんだが。

しかし本当にただ愚痴を言うだけに来たのか。
半ば呆れていたXANXUSに、綱吉は不満気に横においてあった上着を羽織った。
「だから、XANXUS、買いにいこう」
「……なにを」
「バウムクーヘン」
それは、お前がこっそり抜け出して二時間並んで買ったはいいが、戻ったところを極悪家庭教師に見つかって仕事が終わるまでお預けくらって、必死でやってる最中にたまたま本部に来ていた雲と霧の甘党コンビに見つかって全部食べられたというバ ウムクーヘンか。

指摘すると、ぐっと拳を握り締めて綱吉は肯定した。
「そうだよ! まぁ骸にはきっちり一日十個数限定のケーキ並んで買ってこさせたけど! やっぱりあのバウムクーヘンも食べたい!!」
「一人で行けよ」
「いいじゃん、一緒に行こうよ、デートのお誘い」
「…………」
「もうそれ終わるんだろ?」
だらだらと時間はかかったが、それでも終わりかけている書類の山を指差して、綱吉は楽しそうに笑う。
そこで断られると思っていないのだろうか。
まぁ、断るつもりもないのだが。

最後の一枚に署名を済ませて、残りは引き取りにくる鮫に任せようとXANXUSは席を立つ。
上機嫌に腕を組んできた綱吉に手を回すと、なぜか綱吉はドアではなく窓の方にXANXUSを引っ張った。
「おい、外に行くんじゃねえのか」
「うん、ただ正面から行くと差しさわりがね」
「……お前、会談っつって出て来たんじゃねえのか」
「俺はそんなこと一言も言ってないよ? いやあ、リボーン達に気付かれる前に出かけられるみたいでよかったよかった」
抜け出してきました、と言外に言った綱吉に、XANXUSはやってられるかと自棄気味に窓を開ける。



遠く届いた綱吉を呼ぶ声は聞こえない事にして、XANXUSは脇に人一人抱えて窓枠を乗り越えた。







***
意味も何もなくぐだぐだ。