<友人との境界線>
いつからだったか。
「隼人」
綱吉は獄寺のことをそう呼ぶようになった。
高校に入学した時は「獄寺」と呼んでいたはずなのだけど。
その変化はあまりに唐突で、けど自然だったから。
気がつかなかったのだ、誰も、いつ、そうなったのか。
「なあ、ツナ」
彼を友達だと決めてから、山本はずっとそう呼んでいる。
いつか彼も同じように呼んでくれることを最初は願っていたけど。
「なに、山本」
ふわり微笑み返した綱吉の後ろから抱き着いて、戯れに彼の手に自分の指を絡める。
「くすぐったいよ、山本」
ふわふわと笑った綱吉の髪に顔をこすり付けた。
彼にそう呼ばれるのは嫌いじゃない。
もう身体になじんでしまった気がした。
だけど、獄寺だけが特別なんてのは、少し癪だったから。
「俺の事も、名前で呼んでくれねーの?」
悪ふざけのように笑って言うと、綱吉の気配が少し変わった。
ふわふわ笑っていた気配が引っ込む。
「……いやだよ」
小さな声で否定されて、山本は眉を上げる。
きっぱりとくるとはおもわなかった。
もう呼びなれてしまっているから、とかそんな理由を言われると思っていたのに。
「なんでー? 獄寺はいーのに俺はだめなのか?」
「……隼人は」
隼人はね、と綱吉はさびしそうに微笑んだ。
「隼人は、俺のものだから」
「俺もツナのもんだぜー?」
「……いやだよ。俺は山本には俺のものになってほしくないんだ」
「俺はツナの物でいいけどな」
いやだよ、と繰り返して綱吉は自分の指に絡んでいる山本の手を撫でた。
「山本の手は、刀よりバットのほうが似合う」
「俺は仲間ハズレ?」
そうじゃないよ、と綱吉は呟いた。
そうじゃないけど。
そうじゃないけど、俺は君を、
「マフィアなんかに、したくないんだ」
「俺だけ?」
「……山本は普通の、平和な世界の方が、きっと輝いてるから」
隼人は違うんだよ、と綱吉は溜息をついて山元から手を離す。
さびしそうに笑ったのがわかった。
「隼人はマフィアの世界じゃないとダメだから。俺が連れて行く。ちゃんと最後まで」
「俺は」
「……山本はマフィアの世界じゃない方がいいから」
俺のものにはできないんだ。
ごめんね。
呟かれた言葉は酷く残酷で。
でも自分が特別なことを匂わせていて、眩暈がした。
「そう、か」
「うん。ごめんね、山本」
「……ああ」
だけど結局、ついていくのか決めるのは山本自身で。
優しい綱吉はそれを拒むことなどできないだろう。
それに自分の存在がこの幼いボスに「必要」であることぐらい、とっくにわかっているのだ。
「じゃあ、部活にいってくらぁ」
「うん、頑張ってね」
獄寺が傍にいるように、少し違った立ち位置でも、自分も常に傍にいるのだと。
そう彼にわからせるのはいつにしようか。