ピピピピピピ。

携帯のアラームを切って目を覚ます。
今日は朝練がないから、この時間でも十分早い。
制服に着替える。
階下に下りて。
「オヤジ、はよー」
「よぉ武! はやくしねーとまにあわねーだろ!」
「ん?」
十分早いと思うけどなあ、と思いつつ食事を食べ、鞄を持って家をでた。

「いってきまーす」
「元気にな!」
「おう!」

いつもの掛け合いをして、山本は家を出て行く。





<コラボレーション〜山本武の場合〜>





教室にいつものように挨拶をしつつ入ると、先についていたらしき京子が手を振った。
「あれ?」
「どうした?」
「山本君……一人なの? 今日も朝練?」
「ん??」
話が見えない。
首をかしげた山本に京子も不思議そうな顔をして、二人でとりあえずはははと笑った。
なんだか違和感があったが、気にせず授業を待つことにした。


授業始まる寸前に、駆け込んできた人物がいる。
そちらへ視線を向けると、ぽわぽわした柔らかそうな特徴的な髪が揺れていた。
「よう、つ――」
「山本! なんで来なかったの!」
きっと吊り上げた目で睨まれて、???となった山本は首をかしげる。
「オレもはやともずっと待ってたのに……ていうかはやとが待ってたのに」
「い、いいですよ十代目。こいつの事だからド忘れして……」

「あれ、獄寺お前……ってええ!?」

思わず指差した。
山本の奇行に回りがなに? みたいな顔をする。
ということはこれは別に普通で山本の方がおかしいのだが、そこまでさすがに考えは回らなかった、というか回ったら普通じゃない。

「ご、ご、ごくでら」
「ああ?」
不機嫌そうに目をすがめた獄寺には。
山本の記憶している限りありえないのだが。
立派に胸がついていた。

「ちょっと、山本、どうしたんだよ?」
眉をひそめて見やってきた綱吉にも、ささやかながらついてい、るか着衣では判別できないのだが、制服が。
ていうかスカートが。
何で今まで気がつかなかったのかって、そりゃああまりにもスカートが似合っている綱吉に違和感を抱けなかっただけなのだ。
さすがに獄寺は気がつく、さすがに。
そういえば声が高い、綱吉にはさほど変化はないように思えたけど、獄寺の声は落ち着いたアルトだ。
さすが兄弟、この場合は姉妹か、姉と似てるなあとかどうしようもないことを考えた。

考えている間に、綱吉の手が襟を掴んで引き寄せる。
「何でこなかったのさ、オレちゃんと言ったよね? 朝練のない日は一緒に学校に行けって。一応恋人だろ?」
「は?」
誰が誰と?
目を丸くした山本に、はーあと呆れたように綱吉は首を振った。

「もういい、お前が変わると思ったオレがバカだった」
「ツナ?」
「山本最低」
「!?」

ふん、とそっぽを向いて言われ、山本はダメージ1000を喰らう。
女子にそういわれたからではなくて、友としてもボスとしても大事にしている綱吉に言われたからだ。
わかってやってるならツナも相当酷いが、そうではないので山本はうっかり感じた痛みに突っ伏した。
(な、なんだってんだ……)
さすがのお気楽山本でも考えざるを得ない。

綱吉が女。
獄寺も女。

ということはここは。



ここは自分の知る世界ではない。











いつものように眠ることも出来ず、さっくり1時間目が終了すると、山本は獄寺に声をかけようとする。
「あ、あの――」
とたんに廊下がざわつき、次の瞬間に打撃音が響いた。
一気にクラスの空気が固まる。

恐怖。
畏怖。

「沢田つな」
バンッ、と音を立てて教室に入ってきたのは。
風紀委員の腕章をつけた。

「……ヒバリ?」
「なに」

校則より(おそらく)短くされたスカートからすんなりとのびた白い足。
白いシャツ(制服)の上にはおった学ラン(制服ではない)。
両手にはトンファー、肩にはヒバード、鋭い眼光。

「……い、いや……」
なんか見てはいけないものを見たような気がした山本が苦笑いをかろうじて浮かべると、真後ろから気配+声!
「見惚れてはいけませんよ山本武♪」
「!?」
「クフフ、君の女好きは知ってますが恭弥君は渡しません☆」
「植物に興味はない。落ちてな」
すかん、と山本の真横を雲雀のトンファーが抜けていく。
あっけにとられ二の句が告げなくなった山本の腕を、しかし骸がはっしと掴んでいた。

「って、うわっ!?」
窓から教室に入り込んでいた骸は頭を強打され、手を滑らせた。
その手で山本を掴み――つまるところ共倒れ状態だ。
「山本!」
上擦った声と共に、空に投げ出された山本の手を誰かが掴む。
がくっという衝撃と共に落下がなんとか止――まるわけもなく。

「はやとっ!!」

綱吉の悲鳴と共に、骸、山本、獄寺の三人は空中を落下してた。
教室は高さ三階。
ここから落ちたら木に引っかからない限り無傷ではすまない。

咄嗟に山本の頭を掠めたのは右腕を守ることだ。
腕が折れたら、野球も剣もできない。
それは綱吉を守れないことに直結する。

次に未だに人の腕を引っ張っている骸の手を振り払う。
彼は一人でも余裕だろう、むしろ何で巻き込んだ。


最後に頭上を見上げる。
落ちてくる細身の影は、山本の知るものではなかったけれど、その髪の色は知っている。
いつもなら放置して自分を守ることを優先させるが――
「獄寺っ! ボム!」
「っ、あ、ああ!」
その手から放たれる爆弾で、落下中の三人の体は浮き上がる。
しかし真下ではなかったがために、横にかなりの勢いで飛ばされる。
「ちっ」

爆風の中手を伸ばして、小柄な影を捕まえた。





「っいたたたた」
背中を肩を強打したのか、激痛が走る。
しかし打ち身だ、数日安静にすれば治る範囲だと安堵して、腕の中の「彼女」を見やった。
「大丈夫か」
「っ……! あ……ああ」
くぐもった声が返ってきて、とりあえず大丈夫そうだと安堵する。
骸は――案ずるまでもなく、どうやって来たのか知らないが降りてきた雲雀に咬み殺されていた。
「はやと! 山本! 大丈夫!?」
「おー、なんとかなー」
「じゅ、十代目! すみません」
慌てて獄寺が山本から離れる。
その場に正座しうつむいた獄寺に、綱吉は安堵した表情を浮かべた。

「二人とも大事なくてよかった。山本、歩ける?」
「ん〜? まあ平気だと思うけど」
「じゃあはやと、山本を保健室に連れて行ってあげて。オレは……あそこのバカ二人を止めてくる」
そう呟くと、綱吉の額に炎が燃え上がる。
すでにグローブをつけていたらしく、あっという間に炎を噴射して戦っている(というか一方的に雲雀がボコっている)二名の下へと向かっていった。

「あはは、相変わらずなのなー」
それは山本が知っている三人だったので、少しだけ安堵する。
まああの雲雀が女になったぐらいで性格が変わったわけでもなさそうだし、綱吉は男の時でも十分にかわいら――……やめておこう、自分の世界の彼は喜ぶまい。
「……っ、ててて」
立ち上がろうとして痛みに顔をしかめる。
右足が妙に痛む、なぜだろうと一瞬考えて、そういえば抱えていた「彼女」の体重がかかったからだろうと肩をすくめた。
「山本っ」
ふわりと隣で支えられる。

見下ろすと――身長には違和感はなかったけれど。
支える手が少し頼りないとか、肩が狭いとか、腕が細いとか。
ふわり香る知らない香りとか、あと――
(もーけ……なのか?)
本来は喜ぶところなんだろうが、相手が獄寺という一点が事態を微妙にしている。
体の横で時々触れる柔らかいそれはサイズ的にも多分、それ、なんだろうけれど。
(ま、いっかー)
儲けモンは儲けモンで、激痛から気をそらさせてくれる嬉しいものということにしておいて、確かに痛み半減になったのを自覚しつつ、保健室へと転がり込む。

お約束に保健医は留守だった。
まあシャマルが山本の治療をしてくれるとは思えないが。

それは獄寺も分かっていたらしく、山本を座らせたままてきぱきと薬品棚から色々出してくる。
「腕、見せろ。あと背中もだな、面倒だ、脱げ」
消毒液片手に言われると、何が起こるか見当がついてしまう。
それがなければ美味しかったのかなあ、と親友相手に考えちゃいけないようなことまで考えて、山本はシャツをばさりとぬぐと背を向ける。
「打ち身は湿布よろしくなー」
「……ばか」
ぼそと背後で声が聞こえて、次の瞬間飛び上がりたい痛みが襲ってくる。
「っ!?」
「っと鈍感だな、この野球バカ。ずるっとむけてるぜ」
「いっ、た〜ぁ!」
広範囲にわたって浅い傷があったらしく、容赦なく獄寺が消毒液をぶっかけるせいで山本の背中がじんじんと痛む。
さすがに涙が出てきた。

「次、足」
「いや、大丈――」
しかもこの消毒液、やたらしみる。
ふと獄寺の手元を見ると……「男子用」ああ、なるほど、そういうことか。
「あの、女子用を使ってくれるとうれしいなー……なんて」
「バカにはこれで十分だ」
ぴしゃりといわれ、勝手に裾を捲り上げた獄寺にてぶっかけられた消毒液に、悲鳴が上がりそうになるのを我慢する。
いや、これ半端なく痛いってぜったい。
唐辛子エキスとか混合されてるに決まってる。

「〜っ」
さすがに声にならない痛みに無言で堪えていると、そっと頬に手が触れてきて、ぎくりともするも体を引けるほど体力が残ってなかった。
どれだけきついんだこの消毒薬。
「山本、ありがとう」
そういって見上げてきた獄寺の顔に、山本は思わずつばを飲み込む。
言わせてほしい、健全な男子の反応だ。

「……オレ、かばってもらえると、思わなくて。余計な怪我させて……ごめん」
呟きながら顔を赤くした獄寺の頬に手を伸ばす。

余計なことを考えるのは止めた。
たしかに山本の知る獄寺隼人は男だが、そんなのどうでもいいじゃないか。
ここにいるのは女で、ついでに好みもストライクだ。
あと、自分を心配して泣きそうな女を放っておくほど山本は甲斐性なしではなかった。
「……隼人」
名前を呼ぶと、顔を上げる。
伸ばした指を頬に滑らせると、色の薄い目をそっと閉じる。
あとはわずかな距離を埋めるだけ。


そう思った瞬間、視界が暗転して。
山本武は自分の名前を呼ぶ声を聞きつつ、闇に落ちた。











目を開ける。
保健室の天井があった。

「……あれ」
美味しいところだったのになー。
一人ごちて体を起こす。
あれ、なんだか体の節々が痛いのだが。
ついでになんだかこげ臭……

「山本、起きた?」
声をかけられて振り向くと、そこには綱吉が立っていた。
ブレザーにズボン、よし、山本の知る綱吉だ。
「さっきのアレは結局なんだったの?」
「は?」
アレってなんだろう。
首をかしげた山本に、綱吉は笑ってない目で詰め寄った。
「オレに女の子の服を着せようとした、アレ。あと獄寺君にも。プラスもろもろの失礼な発言。誰がそのまま女になったってまったくわからない、だってぇ?」

「……すみません」

なんとなく状況は察した。
つまり自分があの世界にいったかわりに、あの世界の自分はこっちにきていたのだ。
そして自分に素直に行動……しすぎだ、気持ちはよくわかるが。




 

 

 


***
ぎりぎりだよね!(何が