<二人旅行2>
 



「あれは何だ」
「アジ。安くて美味い」
「あれは」
「カツオ。燻製にして削ったのをよく料理に使う」
「あれは」
「……カレイ。なぁXANXUS、楽しいか?」
「楽しい」

きっぱりと言われて、綱吉は溜息をついた。
背後から人の腰をがっつり掴んで放さず、水槽の中をじっと見ているXANXUSは、千歩譲っても不審人物だ。
なおここは食い物屋ではなく水族館だ。察してください。

「てゆーか先ほどから人の視線が痛いんだが……」
「たりめーだろ。男がくっついて水族館にいてみろ、イタリアでも目立つ」
「デスヨネ! じゃあ放せよ!」
「断わる」
この会話は何度目なのか。
いっそ卒倒したい、そして病院に運ばれたい、そして寝たい。

先日は久しぶりの畳+布団という素晴らしきコンボに、美味い夕食に美味い酒と最高の温泉という素晴らしいコンボがいたにもかかわらず。
夕食前に一回、それで火がついたらしきXANXUSに一晩中遊ばれて眠れなかった。
夜が白んでから漸く意識を失った、それは覚えてる。
ついでに目が覚めたのは昼近くだ……なんて時間の無駄。
その後昼食を食べて部屋風呂に入って――残念ながら以下略。今立っている自分が不思議なぐらいだ。
遠慮なく跡だのつけまくってくれて、おかげで今晩は大浴場に入れないじゃないか。どうしてくれる。
――……っつーかヤりすぎだろう、どこの十代だ。

「綱吉」
「あ、ごめん、なに?」
思考をすっ飛ばしていたことは自覚していたので、素直に謝って視線を上に上げた。
うんざりするほどガタイのいい男が、ごつんと頭に顎を乗せてくる。
……それだけの身長差を認めるのが悔しいが。
「次は何を見る?」
「は? え? っつーかお前、日本観光なら京都とかいけよ、なんだって首都圏なんだ」
俺もここ来た事ないし、と突っ込んでみたがXANXUSは動かない。
水槽の前で固まっていても目立つしろくなことにはならないので、綱吉は慌ててプランを提案する。
「ペンギン! ペンギン見よう」
「食えねぇだろ」
「水族館はお前の腹を満たすためにあるんじゃねぇよ!」

思わず本気で突っ込んで、バッチリ周囲の視線を浴びて下を向く。
っつーか平日でよかった、休日だったらどんだけ目立ったか。

「ねえ、XANXUSさぁ」
「あぁ?」
ペンギンの前に連れて行くと食われそうだったので断念して、次の展示場に移る。
移りながら、まだ後ろから人を抱きしめて歩く男を見上げる。
さすがに頭に載せていた顎はもうないが、それでも暑苦しい。
「何で俺と来たかったのさ」
「……頭沸いてンだろ」
ぼそりと上で呟かれる。
「なんだとぅ?」
「んなもん聞くな。っつーかてめぇが来たいつったんだろうが」
「はい?」

そんなものを頼んだ覚えなんぞない。
XANXUSと日本に行きたいなんて、そんなこと思ったこともない。
「ああ……休暇がほしいとは言ったけど。お前が大人しくしてくれるなら」
「んなこと言ったか?」
「オイ」
聞いていなかっただろうとは思っていたが、そこまで清々しく記憶になかったとは思わなかった。
フリでもいいから思い出してみて欲しい。
「じゃあ俺、何言ったんだ?」
XANXUSは沈黙する、目の前で泳いでいるイカを見ながら焼きイカのことでも考えているのだろうか。

何を言ったか綱吉は真面目に思い出そうとしたが、日本に行きたいのにの字も出していない気がする。
じゃあ水族館か? それも覚えがない。
だいたい、なんでこんなしょっぼい水族館なんだ、都心にあるから仕方がないかもしれないが。
「なあXANXUS」
「あ?」
「わっかんね。教えてー」
「……自分の頭で考えろ」
何故だかとても嫌そうな顔をされる。
綱吉は首をひねった。わからないものはわからない。










なんだかんだでショーまで堪能し、一通りというよりは二通り見終えた後、土産を物色した。
XANXUSは予想以上に大量に何かを買い込んでいて、ひょいと覗いたら鮫サブレだった。
「……なにこれ」
「土産だ」
さらさらと送りつける先の住所を書いていて、まさかスクアーロの家じゃないだろうなと隣から覗いたら真っ当な日本の住所だった。
どこだここ、と頭の中のメモリーを引っ掻き回してげんなりした、XANXUSが管理している会社だ。

「おっまえ……持ちきれる分だけにしておけよ」
「ふん」
うるせえ、と憎まれ口を叩かれたが満足そうな横顔だったので綱吉は肩をすくめておく。
わざわざここに来たのはこれがほしかったからだろうか、その割には選ぶのに迷っていた気がするが。
綱吉といえばクッキーを一箱買っておいた。
これと並盛饅頭はセットでお土産だ。

「ありがとうございましたー」
紙袋に入った土産を受け取ると、すでにXANXUSの姿はない。
おいていくなよと呟いて、慌てて後を追う。
「おい、XANXUS!」
待てってば、と言って男の服の裾を掴む。
XANXUSは止まらず振り返りもせず、綱吉の腕をぐいと掴んだ。
「ちょっ」
転びかけて口を尖らせて抗議をすると、やっと男の足が止まる。
「どうした」
「……高所恐怖症……はないな」
「はあ?」

相変わらず意図が見えない。
なんとなく不安に駆られながらも、XANXUSに引っ張られて歩いていく。
外に出ると、すでに日は落ちていて、綱吉は上を見上げる。
「おおー、さすが都心……なんもみえね」
今は春だったが、ほとんどの星は地上からの光で飛んでしまっていてまったく見えない。
なんだか知らないが笑いがこみ上げてきて、くつくつと綱吉は声を出す。

さすがに不審に思ったのだろうXANXUSが問いかけた。
「なんだ、どうした」
「わかんね。でもなんかいーな」
片腕は相変わらず引っ掴まれたままだ。
紙袋の持ち手を手首にかけて、その手でXANXUSの手を掴む。

夜でもこの街は明るい。
明るい道を、長身の男に寄り添って歩く。

「……」
絡められた指をXANXUSは拒まなかった。
無骨な男の手に、それよりだいぶ小さい綱吉の手が絡まる。
こんなこと二人ともイタリアじゃしない、そもそも並んで街なんぞ歩かない。

それもこんな明るい場所を。

「なーXANXUS」
戯れに口を開く。
「俺さー、そろそろガキ作るかもしれないわ」
「そうか」
「んでさ、愛人に子供作らせて金だけ渡すとか、子供だけ引き取るってヤなのね俺は」
「だろうな」
マフィアらしからぬ言葉に即答されて綱吉は笑う。
「甘っちょろいてめぇらしいぜ」
付け加えてくれたXANXUSの手を、強めに握った。

「……だから、真っ当に結婚しよーと思うわけ。奥さん、もらうわけ」
「ああ」
むむーと綱吉は小さく唸る。唸ってずっと考えていたことを言った。
「……なんでXANXUS女じゃなかったのかなー」
「ブッ」

本気で噴き出された。噴き出した後でXANXUSは体をよじって笑う。
手が離れてないのがせめてもの救いか。
っつーかそんなに笑うところか、酷い。
「ぶあっはっは!」
「笑うなよ! 結構真剣に考えたんだぞ!」
たぶんXANXUSと綱吉の子供なら強いしボンゴレの血の問題もない。
ガタイもさぞよく育ってくれることだろう。

まだXANXUSは笑っていて、腹が立って軽く蹴飛ばした。
「おーい、戻って来い」
「〜〜っ、何で俺が女なんだ、そこをもうちょっと考えろ」
散々笑ってそこに突っ込まれて、綱吉はいい笑顔を浮かべた。
「そうか俺が女だとでも言いたいのか」
「女役だろ」
さっくり断言されてブちぎれた。
「それはテメーが野獣だからだろうが! 俺は歩み寄りの妥協点を具体化しただけで」
「その背で男と言い張るか」
「日本人の平均だ! ……のちょっと下」
「とても二十三には見えねえ童顔」
「うっせぇ黙れ! 東洋人は幼くみえ」
「ほほう、じゃあこの辺の日本人に聞いてみやがれ。成人つったやつがいたらそのたびに一万やる」

ぐりぐりとコンプレックスを踏みにじってきた男に、頭が最大に沸騰した。
そのまま思いっきりわめいて、持っていた紙袋を顔に叩きつけてさっさと去る。
もう周囲の目なんか気にしない、俺は今イタリア人だし。旅の恥は掻き捨て!


思いっきり会話が日本語だったせいで周囲の注目は最大限に集めていたが、綱吉は気がつかずずんずんと歩みを進める。
彼の邪魔をする人はいない、皆横に避けてくれる……可哀想だから。

「おい、待て」
ずんずん歩いていたはずなのに後ろで声が聞こえる。
「おい」
「うっるせえ! どうせ俺はチビですよ童顔ですよ貧弱だし全面的に惨敗してるよ!!」
怒鳴った自分が泣いていたことに気がついて、綱吉は戸惑った。
本当に今気がついたのだ、いつから自分は泣いていた?

「……綱吉」
静かに名前を呼ばれて、綱吉は両手で顔を覆った。
情けない、惨めだ、なんて幼い。
すっぽりと後ろから体を包まれる。男に抱きしめられている。

「――ガキは作れ。てめぇは十代目だ」
「わーって、るよ」
「女も娶ればいい」
「っ――」

わかっている。
XANXUSと綱吉の関係はせいぜい愛人だ。
しかも男同士、おまけに相手は二回の反逆の前科を持つ超危険人物、ヴァリアーのトップ。
このまま爛れた関係を続けていても、当然十一代目なぞでてこない。
だから幾人かいる愛人に産んでもらうしかないのだ。

そんなことわかっている。
割り切れていないのは綱吉だけで、XANXUSも守護者も皆とっくに割り切っているのだ。

「……XANXUS、俺……」
「言うな。俺はてめぇのガキなんざ産みたくねぇよ」
「ひっでぇ……」

くぐもった声で漸く笑う。
後ろから伸びてきた手が残った涙を拭った。
拭ったついでにまた手首を握られて引っ張られる。
「――XANXUS?」
「こっちだ」

連れて行かれた先は、どうやらビルだった。
駅ビル? と思いながら引っ張っていかれるままに足を進める。
押し込められたのはエレベーターで、ぼうっと階表示を見ている間に目的の場所へと到着していた。

「……?」

ぐい、と引っ張られた先には。
燦然ときらめく地上の星がパノラマで広がっていた。
「わあ……」
思わずため息をつき、窓に駆け寄る。
絶景に魅了され、しばらく眺めていてから気がついた。
「ん? ここ展望台?」
「ああ」
隣に立っていた男を見上げて、綱吉は首をかしげる。
水族館から展望台(しかも夜景)、そんなべったべたなデートコースに人を連れまわして何をしたいんだ?

「あ」
思い当たって声を上げる。
そういえば、なんかそんなことを言ったような。
「あー……俺、まともにデートぐらいしてみせろ、とか……」
「日本の庶民に根ざしたのをやってみろ、とか言ったな」
窓の外を見ながら呟いたXANXUSになんだか謝らなくてはいけない気が湧きあがった。そりゃもうむくむくと。
「わぁ、スミマセン」
たぶん何かの駄々の一環だったのだろう。
二人の事情を考えれば外で(平穏な)デートなんか無理だ、しかも庶民的なデートコースなぞXANXUSが知るわけがない。
おまけに日本て。どんだけ無理言ったんだ。

たぶん――およそ想像できないが――たぶん自分で調べたんだろう。
さすがにこんな調べものを他人に任すとは思えない……し、思わなくてもいいと思う。
「……ありがと、XANXUS」
呟いて腕に寄り添った。ついでに腕を組んでみる。
これぐらいなら許されるだろうか、ここでは二人とも異邦人だ。










宿に戻ってくるなりひっくり返って寝やがった綱吉を見下ろして、XANXUSはコトに及ぶのをやめておいた。
めったに休まないボスの静養も兼ねた旅行だ、旅行先でさらに疲弊させて返すとさすがにあのお守りがうるさい。

「……泣くんじゃねぇよ」
舌打ちして隣に座る。爆弾発言をしたあの時の彼の顔が忘れられない。
あまりに愚かな一言だったが、これなりに考えた結果だったのかもしれない。
「誰がてめぇのガキなんぞ生むか」

あほらしすぎていっそ愉快だ。
だいたいそんなもの許されるわけがない。
二度も裏切った男と――ボンゴレのボスが、関係を結んでいるというだけで十分スキャンダラスだ。
そんなことこいつもわかってはいるだろう、わかっていてなお、XANXUSを望んだのか。

「ったく、救いようのねぇカスだな」
舌打ちして、柔らかい髪をなでる。
熟睡しているはずの綱吉が、それに小さく呻いた。
戯れに耳元で名前を呼ぶと、ほんわりと笑う。いい夢らしい。
「……ッチ」
鋭い舌打ちをして、少し離して引かれた布団に横なり上掛けを引っかぶった。
体の奥から持ちあがる熱を意思をもってねじ伏せる。

「ぅ……うん」
熱が離れたことに不満なのか、綱吉がぐずって手を伸ばす。
空に差し出されたその手を掴んで、XANXUSはもう一度舌打ちをした。

そうだ、こいつのガキを生むなんて冗談じゃない。
蹂躙して堕として、やっと手元にこさせたのだ。
救いなんて求めていない。繋がりなんて必要ない。

「俺がほしい? 笑わせるぜ十代目。お前はもうボンゴレを持っているくせに」


皮肉った言葉は闇が受け止めた。




 

 



***
ちなみに鮫サブレは本当にある。(モデルになった水族館にはないと思うが)
あと展望台はサンシャイン展望台。カップル以外で行くと痛いよ!

……でもなんか「産んでくれ」より「俺が産みたい」のほうが愛を感じるのは私が女だからでしょうかそうなのでしょうか。