<二人旅行1>

 



ばきっ。

室内に嫌な音が響いた。
それが主の机が叩き折れた音であると理解した獄寺は、速やかに視線を自分の手元にある書類に戻した。
頭の中では次の机はもっと丈夫なものにしようと考えながら。
木製でだめなら金属……にすると安っぽくなるし主の手が痛んでしまっては元も子もないだろう。
……そもそも素手で机を叩き折る時点でそんな心配が必要ないというところには気付いていないふりをする。

そして獄寺が意識を外している間も、綱吉は机の残骸を脚で蹴りながら叫んでいた。
電話の向こうの相手に対して。
「だから! それは無理だって! 何度言えばわかるんだよ!! え? なんだって!? ……ちくしょうあとで覚えとけよXANXUS!!」
通話相手の名前を叫んでぶちっと携帯の通話ボタンを押し、綱吉はぜいぜいと肩で荒い息を吐いた。

あれだけ叫んでもまだ足りないのか、ぶつぶつとしばらく悪態を呟いていた綱吉は、落ち着いてから机と散らばった書類とに気付いて顔を引き攣らせた。
「……ああ、机が……書類がぁ……」
「十代目、俺が片付けますから」
「いや自分でやったことだから自分で片づけマス」
気に入ってたのになぁこの机、とぼやきながら床に雪崩れた書類を一枚一枚拾っていく。
何枚かはくしゃくしゃになってしまっているから書き直さないといけない。
ええとどこから回ってきた書類だろうか。
これは骸か、いいや書き直させよう。
それから……
紙の上を走っている署名を見た瞬間に、ぐしゃりと握りつぶしていた。
これも書き直し決定だ。

書類にまで八つ当たる綱吉に、見かねて獄寺が手を伸ばして散らばった書類をまとめていく。
「十代目……いつになく荒れてますね」
「あーうんXANXUSがねーアハハハハハハ」
据わった目でどこか遠くを見ながら綱吉は笑う。
こういう笑いをし始めると綱吉の堪忍袋が破れるカウントダウンが開始していると知っているので、獄寺は琴線に触れないよう手探りで会話を進めていく。
「どうなさったんですか? 予算ならこの間決着がついたと思いますが……」
つい二週間ほど前に、ヴァリアーへの予算計上について軽い大空戦が勃発したのは記憶に新しかった。
最終的に綱吉がXバーナー→初代エディションのコンボを決めたおかげで綱吉の案が通ったのだが、あの数日の綱吉の機嫌の悪さといったらなかった。
すでに定例化しているが。

「いやさぁ……XANXUSのヤツがさ……日本に行きたいって言い出したんだよ」
「はぁ」
「最近日本のなんかの映画みたらしくって、それで日本に行きたくなったらしいんだけど、そんなん自分で好きに勝手に行ってこればいいじゃん?」
「そうですねぇ」
「なのに俺に案内しろって! そうそう簡単に休みなんて取れるわけないじゃん!? しかもボスとヴァリアーのトップがそろって日本に休暇とかできるわけない――」
「できますよ」
「へ?」
すぱっと言われて、綱吉は固まった。
獄寺は平然と、自信に満ちた笑みを浮かべて、お任せくださいとばかりに繰り返す。
「なにがなんでも予定の調整はさせていただきます。お二人でどうぞ日本旅行を楽しんできてください」
「え、ちょっと隼人」
そんな無理しなくても、と言いかけた綱吉は、たまにはゆっくり休んでいただくのも大事ですからという有能な右腕の言葉に沈黙した。















「……というわけ」
「はっ、あいつもたまには役に立つじゃねーか」
不貞腐れた様子で言った綱吉に、XANXUSは哂う。
獄寺の本当の狙いは綱吉に休暇を取らせる事とXANXUSと綱吉によってこれ以上の被害を出される事を避けるためだったのかもしれないが、そのおかげで二人そろって日本に来ているわけだから、小指の先程の感謝をしてやってもいい気分だった。
アレの事だから、綱吉に休暇を取らせるいい口実になったとでも思っているのだろう。

ごろんと寝返りを打って綱吉はXANXUSに少し近付く。
日本式の旅館で宿泊しているため、布団をくっつけてしまえば寄るも離れるも自由だ。
布を一枚巻きつけただけのような寝巻きは足や胸元がすうすうした。
「何が楽しくてXANXUSと二人旅なんかしなきゃいけないのさー」
「不満か」
「不満すぎる。なんで男二人で観光して布団並べて寝なきゃいけないんだ……」
ぶつぶつと不満を並べている綱吉の腰を引き寄せて、自分の上に乗せる。
うげ、と顔を顰める顔を隠すように乱暴に髪を乱すと、何すんだよと一撃が飛んできた。

ひょいと交わすと間抜けな音とともに拳は布団にめり込んで、綱吉の顔がますます不満の色に染まる。
「避けるなよ」
「当たってやる義理はねえ」
「ちっ」
舌打ちする綱吉に、喉の奥で笑ってXANXUSは腰を掴んだまま体を反転させる。
上下関係が入れ代わって、ぐえ、と綱吉が体の下で潰れたような声をあげた。
「色気のねぇ声だな」
「そんなもん求めるな」
べ、と出された赤い舌に噛み付く。
そのまま唇を重ねて、自分の舌を綱吉の咥内に侵入させると、綱吉はすぐに舌を絡めなおしてきた。
愛の行為というよりどこか競争のような口付けを交わして顔を離すと、上気した顔で綱吉はまっすぐにXANXUSを見上げていた。
「お前と来たかったんだよ」
「はあ……」
理解できないと言いたげに眉を寄せた綱吉は、やがて思考を諦めたのかXANXUSの首に腕を回して笑った。

「ま、いいけどさ」

それを合図としたように、XANXUSはもう一度薄く開いた唇に自分の唇を重ねた。




 

 




***
ボス2人がいなくったって、平常時は特に何事もないボンゴレでした。
……No.2が有能ですから。特に暗殺集団。