<かみさま>
「……る……と……」
いつもの習性で気配を殺して歩いていたリボーンは、部屋の中から聞こえた声に足を止める。
聞き間違えるはずもなく、それは探していた人物だった。
今度は完全に気配を殺し、耳を澄ませる。
「あははは、なにいっちゃってるのさ、ざんざすー」
けたけたと笑う声が響く。
どうやらボンゴレのボスは酔っ払っているらしい。
ヴァリアーのほうに行っていると聞いたが、まさかXANXUSの部屋で飲んでいたとは。
「真面目な話なんだが」
「なにー?」
もういっかい♪ と言った綱吉への溜息すら聞こえてきそうだ。
そんな中、XANXUSは言った。
「あのヒットマンは」
「リボーン? がどしたのー?」
「……あいつのことはどう思っている、と聞いてるんだが」
コン、とグラスを置く音がした。
リボーンは思わず呼吸を止める。
すぐに綱吉は答えた。
「リボーンは、おれのかみさま、かなあ」
「神……? あの殺し屋が?」
「うん。14のときからずっと、リボーンは、おれのかみさま」
呂律が微妙に回らないまま、綱吉はふふふと笑う。
「なにがあっても、リボーンとなら、なんとかなる。きっとたすけてくれる。そうおもってる」
XANXUSがなんていったかはさすがに聞こえなかったが、それに綱吉は不満だったらしく大きくブーイングの声を上げる。
「ちがう! リボーンは……リボーンは、かみさまだよ」
「寝言だな」
「……ほんとに、そうおもってるもん……」
すねた声でぶつぶつ同じことを繰り返しながら、綱吉はさらに酒を入れているのだろうか。
さすがにそろそろぶっ倒れる気がする。呂律が怪しくなってからの綱吉は全く酒をセーブしなくなるから不安だ。
あまりにも沈黙が長引いたらつぶれたと判断して中に入ろう、と決めてリボーンは耳を澄ませる。
「かーみーさーま、なのー」
「しつこい」
「ざんざすのばかー。リボーンは、ほんとにすごいんだぞ」
何も答えないXANXUSに、綱吉はさらに機嫌を損ねたらしい。
「いつもおれ、たすけてもらうし。いつもぜったい、しんじていてくれるし」
「じゃあ俺とここで飲んでないであいつのとこに行きやがれ」
ばっさりとXANXUSにそう言われた綱吉は、一拍置いてから猛然と反論しだした。
「こいっつったのざんざすのくせにー!」
「あいつのこと話すために呼んだんじゃねぇよ」
「だってりぼーんは、おれの、かみさまだもん……」
「わかったつってるだろうが! そんなに神様がいいならそこに行きやがれ!!」
「ざんざすはちがうのー!」
叫んだ綱吉は、はあはあと息を整えてから、ぐっと声の調子を落として呟きだす。
声が聞こえなくて、リボーンは扉に体を近づけると目を閉じた。
「ざんざすは……かみさまじゃないから。みはってないとふあんだし」
「……お目付け役か」
「ちがうのー。おれは、ざんざすはそばにいたいの、りぼーんはちがうの」
「……違う、のか」
「そーなの。りぼーんは、おれいなくてもへいきじゃん。でもなんかおまえ、おれいないとだめじゃん」
「んなこたねぇよ」
「むーかーつーくー!」
「……」
リボーンは体を離す。
聞いたことを後悔した、けれど知っていることだった。
やっぱり、聞くんじゃなかった。
読心術で知っているのと、耳で聞くのはまた別だ。
「おれは、ざんざすとは、いっしょにいたいの」
聞こうとしなくても耳が彼の声を拾う。
やめてくれ。
「りぼーんは、おれなんかいらないし。りぼーんとそういうかんけい、いらないし」
「おい、もういい」
「ちゃんときけってば!! おれは、おれはおまえが」
「綱吉」
もういい、とXANXUSが言う。
もいいい、とリボーンも思った。
これ以上はいい、聞きたくなんかない。
彼がリボーンをなんとも思っていないことは知っていた、先生としてしか見られていないことも知っていた。
だけどこれは、むごい。聞きたくない。
「ちゃんときけよ!」
「もう黙れ!!」
XANXUSの怒鳴り声にまけず、綱吉は声を張り上げた。
「だってりぼーんはだいじょうぶだから! おれいなくてもへいきだから! こいびとより、ずっとつよく、おれはりぼーんを、そんけいしてるから!」
なんでわからないんだよぉ、と涙の滲む声で綱吉は言う。
「つよいから、りぼーんは、おれなんか、すきにならないよ……」
「……テメェ」
「……せん、せぇ、だから。りぼーんもおれも、わかってるから」
ああ、そうだ、わかっている。
彼はボンゴレの十代目、自分はフリーのヒットマン。
馴れ合うはずのない関係だった。どうしてこんなことになったのか。
綱吉の言葉は正しかった。
正しすぎて、本音過ぎて、リボーンの心を引き裂いた。
「ざんざすぅ」
甘ったるい声に、視界がかすんだ。
暗いばかりのはずの廊下だったのに。どこの輪郭がどうかすむのだ。
「……寝ろ」
「やだ」
「……おい、テメェ」
「…………なまえ、よんでよ」
ねえ、とせがむ綱吉の声に、リボーンは帽子をひきおろす。
聞こえない振りをするのがいいのか。
それとも扉を開くのがいいのか。
――わからない。
「今日は帰れ」
「いやだーとまるー」
「……テメェんとこの嵐が殴りこみに来るだろうが。明日はリボーンが来るんじゃなかったのか」
「あー……そうだった」
バタ、バタバタ、と足音が聞こえた。
それが扉口までくるのに気がついて、リボーンは速やかに角まで動く。
「じゃねー、ざんざす。おやすみー……うわっ」
一歩部屋から出ながら、思い切り綱吉は前につんのめる。
それをなんとか抱きとめたXANXUSは、呆れ顔でくしゃりと綱吉の頭をなでた。
「帰れよ」
「うん。おやすみー」
こくりと頷いた綱吉はXANXUSに抱きついた。
広い胸に顔を埋めてから、すっと離れてひらひらと笑顔で手を振る。
「じゃね〜」
「……ああ」
離れていく綱吉に軽く手を上げて、XANXUSは部屋に引っ込む。
廊下をふらふらしながら歩く綱吉に、リボーンは近づいた。
「おい、何してるダメツナ」
「り……りぼーん? あれ? なんでいるの?」
「早くついたらこのザマか」
「りぼーん、ほんものー?」
ぺたりと頬に触れられる。
ぺたぺたとその手は頬から胸に動いて、跳ねる心臓の真上でぴたりと止まった。
「はしってきた?」
「……まあな」
「ふふ、おかえり、りぼーん」
リボーンはボンゴレのファミリーではないから、おかえり、ではなくいらっしゃい、であるべきなのに。
綱吉はいつもそう言って彼を迎える。
「なあ、ツナ」
「ん?」
ふらつく腕に自分の腕を絡めて体重を少し預かると、さっくり寄りかかってきた綱吉に、問う。
「オレがボンゴレに入ったら、お前はオレを守るのか?」
たとえはファミリーになったら。
彼はリボーンを庇護するのだろうか。
「うん? なにいってんだ?」
「……いや」
馬鹿なことを聞いた、と自己嫌悪してリボーンは会話を打ち切る。
同じぐらいの背丈の綱吉を支えて歩くのは少しだけ大変だったけれど、嫌な気分ではない。
「ふぁみりーじゃなくても、おれは、リボーン、まもるよ」
小さな声でけれどしっかりと、綱吉は返す。
「……そうか」
「でも、せんせいはおれのたすけ、あんまりいらないよね?」
にこりと、幼い笑顔で笑われる。
ああ、完全に酔っているのだろう。
けれどもその顔は十四歳の彼のそれで、余計に胸が締め付けられた。
「ね、せんせえ」
「ああ、当然だぞ。ダメツナの助けなんていらねーぞ」
「うん、でも、きっとたすけるから」
眩しい笑顔を浮かべて、うつらうつらしだした綱吉は。
リボーンの堪えきれない感情が浮かんだ顔を、見ていないだろう。
***
XANXUSが途中から態度を変えたのはリボーンがいることに気がついたからです。
それぐらいのデリカシーはあります。たぶん。
ちなみにツナは最後まで何も気がつかなかった。