<霧の不幸と大空の幸せ>
 



さすがに少しは動かないとエコノミー症候群になりますね。
というわけで積み上げた書類を十代目の執務室まで自ら持って行ったのに、当の本人はその可愛らしい顔を盛大にゆがめていた。
「どうしたのですか?」
「聞けよ骸!」
命令形ですか、まあかまいませんが。
「XANXUSのやつ……XANXUSの奴っ……!!」
くい、と隣に立っていたリボーンが手を動かしたので慌てて僕は背後の扉を閉じる。
この執務室は完璧な防音性を兼ね備えている。なぜかは細かく言いませんが。

「あんの野郎たまに人が素直になってやれば調子に乗りやがって!! 凍らす! 今度こそ絶対凍らす!」
いきりたった彼には申しわけないが、事態が飲み込めない。
扉を閉めたのは正解だったなということだけはわかりました。
「……なにがどうなったのかさっぱりわかりませんが、彼がどうかしたのです?」
リボーンが顔をしかめる。向けてはいけない水を向けたらしい。
しかし綱吉はバシンと机を叩いて立ち上がった。
「そうだよ! 真昼間から人の仕事邪魔しに来て挙句の果てに「素直じゃねぇお前も好きだぜ」とかヌかしてんじゃねええええええ!!!!」
「…………それはそれは、お熱いことで」
「黙れナッポー!」
……酷いです。

それからまた何か喚いて、綱吉は一枚の書類を引っ掴むと眦をきりきりと吊り上げて、ぐっしゃぐっしゃにしてからびりびりと破いて、斜め上に投げつける。
「何が愛人の頼みは聞いてくれるよな、だ。お前みたいな愛人なんざいらんわ!! っつーか愛人ってのは俺の心身を癒してくれるモンじゃねーのかよ! どっちも削られてるわ酷使されてるわ、むしろ頼みを聞くのはてめーの方じゃないかなあああああ!!!!」

絶叫した綱吉がもう一度机を叩く。
完全防音で本当に良かったですね。
「リボーンも何とか言えよ!」
「ナントカ」
無表情で呟いたリボーンをとっとと無視して綱吉は骸を見る。
え、そこで話をフるんですか?
「あーもー! なにこの四面楚歌! ちょ、骸もなんとか言ってよ!」
「はあ……と言われても、僕としては上下を入れ替えるか関係を終わらせるかしかアドバイスがないですけど」
「上下は無理だろ!」
ですよね。
「関係を終わらせるか……ふむ」
あ、そっちは検討するんですか。

しかし、そもそもそんなことを考える時点で終わっておいた方がいいのでは。
守護者とヴァリアー幹部は大体カンづいて沈黙してるが、九代目や門外顧問に知れたら相当めんどくさいことになる。
……二人とも綱吉が好きすぎて。

「うーん、俺はなあ、XANXUSとは別にそういう関係じゃなくてもなあ」
「オレに乗り換えるかダメツナ」
隣のリボーンがにやりと笑う。
やめておきなさい、彼はマジです。
「え? なんでリボーンなんだよ。さすがにお前にどうこうされるほど落ちぶれて……その哀れみの目をやめろ。まだ俺の方が背が高い」
「時間の問題だな」
「うるせー!」
確かに、確実に時間の問題でしょうね。
関わらないようにしている僕の目の前で今度は二人が喧嘩をはじめたが、すぐに綱吉は僕の方を振り返る。

「そだ骸」
「なんです?」
「ということをXANXUSに伝えてきてくれない?」
「……ええと、言外に死ねと言ってませんか?」
なんてこと言うんだ可愛い顔して!
即死します! 殺されます!!
「だ、大体君は……」

あの厳つい顔のヴァリアーのボスが。
かつて死闘をしたあのボスが。
この甘っちょろくて童顔でぽわぽわしてて小柄で強いボスに惚れているのは地味に周知だ。
だってなんだかんだで構ったり連れまわしたり護衛したりしていた。
それで周囲に(正当な理由で)近づく守護者を、時に陰湿に特に正々堂々とぶっ飛ばしていたのだ。
けれども綱吉もうすうす感づいてはいたけど放置していた節はある。
くっついたことがあらかたバレてからは、たまに笑って加担していることさえある(被害者は主に嵐晴雨コンビにアルコ)。
そんな彼がどう思っているかなんて。

「縁なんて切る気ないでしょう!!」
「いや、なくはない」
「嘘おっしゃい! 先日だってド派手に笹川とルッスーリアを撃破してたでしょうに!」
「そんなこともあったかもしれないが、立てなくなるとさすがに縁を切ろうと」
「思うだけでしょうが!」
渾身の突っ込み、綱吉はうんと頷いた。
……頷くなら言うんじゃありません!

そんな僕の言葉も届かず、沢田綱吉はにこりと笑った。
「でも骸。俺は明日から一週間出張でね」
「はあ」
「ぶっちゃけよう。今晩あいつを相手にするつもりはないし出張から帰ってきても相手にするつもりはない」
「……そうですか」
何か雲行きが怪しい。
嫌な予感がしますよ? 超直感はなくたって僕には第六勘がありますからね?
「先日のお前の器物損害をなかったことにしてやる。代わりに、向こう十日間俺の身代わりになれ」

ろくでもない。
というのが正直な第一感想です。
そして次に思ったのは。







――ヤバい。




「いえいえいえ、いくら僕でも超直感を持つXANXUSを騙し通せるとは……!」
「ほーへー? 最高の霧の守護者ができないと仰せになる?」
「無理です! あの男とか雲雀恭弥は騙せません!」
絶叫した僕に、綱吉はそこをなんとかねーと笑顔でお願いしてくる。
いや無理です! 絶対無理です!
そう言っているのに容赦がない。
諦めてください! 無理です!!
「嫌ですの前に無理です!」
「じゃあ誰が騙せるんだよ、あぁ? XANXUSとヒバリさんだませなくてリボーンも無理なら役立たずじゃんか」
「ば、馬鹿にしないで下さい! 残りの守護者は楽勝です!」
「へえ」
「ホントです!!」
「そう」

にこりと綱吉が笑う。
……ん? 僕は何かヘマをしましたか?
「じゃあ骸、命令。明日から俺が十日間の休暇に行ってる間に俺の代わりに仕事しろ」
「……は、い?」
「できるよな? 騙せるって今言ったよな? ヒバリさんは昨日から二週間日本の旅館めぐりをしてくるから確実に戻らないし、XANXUSとリボーンは俺が連れて行く。お前の幻術を見破れる奴はいないんだろ?」
「頼んだぜ骸」
にやりとリボーンにまで笑われて、やっと落ち度に気がついた。
くっ……この僕が君なんかの誘導に引っかかるとは……不覚……
冒頭のとんでもない喚きにすっかり意識を奪われていました……クフフ、なかなか高等テクニックです。

「クフフ……な、なかなか味なことをしてくれますね綱吉君」
「うん、強がらなくていいぞ骸」
笑顔で綱吉は立ち上がるとささっと書類を脇に避ける。
「俺が帰ってくるまでに生きてろよ♪」
「ク……クハハハハハハハハハハ」

笑うしかないでしょう!




***
ドンマイ骸。







駆け寄ってきた綱吉が思いきり親指を上に上げる。
成功したと知って、俺は綱吉の頭をくしゃくしゃ撫でた。
「よくやった」
「ヒバリさんが日程バッチリ決まってる休暇中で抗争も落ち着いてるとかこんな幸運めったにないからな!」
満面の笑顔になると実年齢より五つは若く見える。
そう言ってやると、微妙な顔であと五年ぐらい凍結させてやろうか? と言われた。
「いや……それはいい」
「まあ俺もXANXUSと五年間殴り合えないのはいやだしね」
「……そっちか」
「乳繰り合うって言ってほしいの?」
「ああ」
あえて頷けば嫌そうな顔をした。だろうな。

「今すぐ発とうすぐ発とう!」
袖を引っ張って言う彼に眉をしかめる。
予定では明日の早朝だったが。
「何でだ」
「リボーンを撒く!」
またそんな無謀なことを……本気かこのカス。
見下ろしてみれば、いいじゃんか! と怒られた。
「もともとお前と二人で行くつもりだったんだ! ホテルはもう秘密で押さえてあるし!」
「いいのか? 怒るぜ?」
「いいの!」
それとも何? と眦を吊り上げて綱吉は俺を見上げた。
「XANXUSは俺と二人じゃいやっての!?」
「いや、全く」
「ならいいじゃん」
「まあ……俺はな?」

十日間。
うち三日は俺が仕事を現地でする予定だったはずなのだが、勝手に場所を動かせたということはそれもないということか。
俺は一応仕事の名義での出張なんだがな……まあいいか。

先を歩く小柄な男を後ろから捕まえる。
耳に口を寄せるとくすぐったがって体をすくめた。
「つまり十日間ヤりたい放題でいいってことだな?」
「いや……誰もそんなことは……」
「そういう意味だろ? 十代目」
「う……まあ……死なない程度に」
せっかくリゾート地にしたのに、とぶつくさ言う彼を放して俺は笑った。

俺に抱かれたいからこんな日程にしたんだろ?
そう聞いてみれば、顔を赤くして振り返った綱吉は「あったりまえだろ!」と自棄気味に叫んだ。


 

 

 



***
やっぱザンツナが好きですネ。
骸は3日目には全員にバレました。