<Ti amo 2>




車を適当なところに止めて、二人は先にホテルにチェックインをした。
「あ、別室なのね」
鍵を受け取って少しほっとして言うと、同じ部屋がよかったのか? と眉を吊り上げられる。
「いえ、ケッコウです」
慌てて首を横に振ると普通に笑われる。
「まあテメェが夜這いでもしてこれば別だがな? それとも俺がしてやろうか?」
内心「是非」とか言いたかったがそういうわけにもいかず。
やり場のない感情を溜めて思わず睨む。
「……時々お前が嫌いだ。というか今夜は寝かせてくれ。乗りっぱなしで結構疲れた」
「運転手の俺のほうが疲れてるとは思わねぇのか」
「うん、でもお前の体力はバケモノだから問題ないだろ?」
そう言うとさすがに黙った。
……と思ったらにやりと笑った。

「じゃあバケモノかどうか今晩確かめるか?」
「ギャー!! 何でそういちいち物騒なん……ん? 出るのか?」
自分の部屋を一旦開けるとぽいっと荷物だけ投げ込んでまた扉を閉めたXANXUSにそう尋ねると、軽く頷かれた。
日はまだまだ落ちる気配がないが時間的には夕方だ。夕食の時間には少し早いが。
ぱっと見た感じだとこの町は相当小さい。XANXUS曰く直系は500mもないそうだ。
まさか飲むんじゃないだろうな。それなら遠慮しようと思っていると、XANXUSは鍵をかけながら言った。
「観光案内」
「あ、なら行く」
それなら話は別といわんばかりに、自分も荷物をぽいっと投げ入れて後を追った。






正直、こんなに小さいとは。
「いや、半径500mはマジだね」
「だろう」
ちょっと外に出て外から町……村を眺めて、教会を見て町並みを歩いて。
トロトロ歩いたはずなのに、そうこうしても確実に三十分ぐらいしか立っていない。
「こっちだ」
「ん? なんかあるのか?」
いいから来い、と言われて後をついていくと、何かの通りに出た。
こじんまりしていてとてもいい。こういう町に住みたかったなあ。
「ここの通りの名前だが」
「うん?」
日が傾いてきた所為かちょっと涼しい。
半そでの綱吉に比べてXANXUSは白の長シャツだ。こいつは年中そうだが……暑くないのか?

「Via della Fortuna」
「……幸運の通り? 縁起いいなあ」
そのままズバリすぎる感もあるが、それはいい名前だと思う。
「じゃあ俺にも幸運がありますように」
日本式に両手を合わせて祈ると、奇怪な目で見られたが気にしないことにした。
本当に、幸運がありますように。
なんだか最近は息するのも辛いんですけど気のせいでしょうか神様?

「まだあるぞ、こっちだ」
そう言われて、手首をつかまれる。
ああ、だめだ。これは心臓が跳ねる。
「歩けるっつーの……引っ張るなよ」
小声で文句を言ったけど、XANXUSは手を離さない。
仕方ないので歩調を合わせて、隣に並んでついていく。
「次は?」
幸運ときたら祝福だったりして。さすがに不幸はないだろう。
そう思いながら別の通りに入る。

手を離したXANXUSは、通りの名前が書いてあるところを指差した。
「読めるか」
「Via dell'Amore……」
愛の通り。
思わず心臓が、止まる。

いやいや、これはこいつのジョークだろう。
いつものセクハラの変形版だ。落ち着け。
(落ち着け俺。夕日っぽくなっててありがとう太陽!)
なんだか思考回路が混乱してきているが、綱吉はなんとか踏みとどまった。
「へえ……幸運で愛ときたのか。面白いな」
「綱吉」
上擦っていた声に冷静なXANXUSの声がかぶせられる。
名前を呼ばれるのは珍事なので、うっかり綱吉は視線を上げた。
「な……なに?」
心臓はもう限界。
誰か何とかしてくれ! と絶叫する。
今ならあの南国植物でも許す。誰か来てくれ。空気を壊してくれ。

「綱吉」
「な……なんで、しょ」
見上げた炎は夕日より赤い。
XANXUSは小さく息を吸って、真っ直ぐ綱吉を見下ろしながら言った。
「Ti amo」
「…………ん?」

一瞬言葉が理解できない。
思わず分解して訳す。
tiは君。
amoは愛する。
つなぎ合わせると……ん?

「え?」
「Ti amo piu di ogni altra cosa al mondo」
「え、ちょま……」
今なんて言った!?
最初の言葉ですでに混乱しまくっているのに、次の言葉でもはやパニックの底だ。いや上か。
もう何が何だかわからない。
「ざ……XANXUS」
聞き間違えではないのか。
そんなことこの男が言うなんて思えない。
「あの……お、俺、わかんな」
シャツを握ってそう言うと、溜息をつかれた。
ああ、いや、これがいつものセクハラなのだろうか。いや、でも。
それならここは笑うところなんだ、溜息をつくとこじゃ。
いや、ついてほしいのかもしれない、だってこれは。
「綱吉」
「う……」
冗談なんだよね? と言いたかった、たぶん。
でも冗談じゃないかもしれないと思って、言えない。
「愛している」
「……!」
さすがに母国語は脳をストレートに通過する。

「世界で一番愛している」
「っ……!」

さすがに、これは。
何も言えなかった、全部の言葉が喉に詰まった。
息もついでに詰まって、胸が苦しくて。
「来い」
ぐい、と手を引っ張られる。
へにゃりと力の抜けた体はあっさり引っ張られていく。
……嘘? 冗談? 冗談で彼はこんなことを言うのだろうか。
それとも、本気? いや、そんなこと。

XANXUSから愛している、なんて。
そんな言葉が振ってくるなんて、思って、いなくて。

「見ろ」
いつの間にか風景が違う。
立ち止まったXANXUSはそれを指差した。
通りの名前。それは。
「……Via del Bacio……」
歩いている間に少しだけ機能回復した頭が意味を理解、した。
「え……」
手を離さないまま、XANXUSは少し背をかがめる。
「綱吉」
近づいた距離で名前を呼ばれて。
優しく頬に触れられた。
「……うう……XANXUSってズルいよね……」
泣く間際の顔でそういうと、微笑まれた。
「テメェがガキなだけだろ」
「日ごろあんなに俺様なのに、なんで口説き文句だけすらすらでるのさ」
「イタリア人だからな」
「サイテーだ……」
手が頬に添えられて、綱吉は滲んだ視界で男を見上げる。
「テメェこそ流されやすいな。言っとくが俺は本気だぞ」
「……知ってるよ」
「いつもならそろそろ蹴るだろうが」
顔を接近させて言う台詞かそれ。
そう言いたくもなったが、確かに日ごろの態度を思えばそうかもしれない。

「うう……お、俺だって好きだったんだよ……」
少し、赤い目が見開かれた。
あ、驚いてる驚いてる……ってことはやっぱバレてなかったのか。
「じゃあなんで今日も急に不貞腐れたんだ」
「そ、それは、だってバレるかと思って。だ、大体XANXUSはセクハラばっかだったから……そんな相手に好かれてるとか思うかよ」
「嫌いな相手にはしねーだろ」
「先に言えよ!」
思わず怒鳴った。何だか自分がバカみたいで。
あんなに隠そうとか努力して神経すり減らして、なんか心臓バクバクさせてたっていうのに。

「言った」
「嘘だ! 聞いてない!」
「ぎゃあすか騒ぐな」
騒がせてるのはお前だよ!
そう叫ぼうとして、唇を震わせる。
彼の指先が当てられていた。
「綱吉」
「う……な、なんですか」
「通りの名前は理解したな?」
「……しました」
満足げにXANXUSは笑った。
その顔にも見とれた。重症だ。
「さっきは俺が言ったからな?」
「………………お前やっぱり最悪だ」

理解したからそう言って唸ってやれば、笑みが深くなるだけだ。
それに何だか不愉快な印象まで混じってきていたので、綱吉は覚悟を決めて男の肩に手を回すとぎゅうと目を閉じる。
あと少しの距離を引っ張って埋めるのはいい考えではなかったので、仕方なしに爪先立ちになった。



 

 



***
えー。この通りですが……
実在しますヨ。
一度行ってみたいですね。