<ワタシノ罪>
「二発」
呟いて骸は立ち上がる。
「リボーンさん」
静かに名前を呼ぶ。
暗闇に佇むのは、幼稚園児かせいぜいが小学生だ。
「依頼です」
「・・・てめぇの依頼なんざ、受けねぇぞ」
「なら、僕が自分でやるまでですね」
いっそ冷たさすら感じるほどの青の瞳を細めて、骸は傍らに落ちた銃を取り上げる。
「骸」
「僕は許しませんよ」
傍らでまだうめき声を上げていた影へと銃口を向けた。
「骸」
ただすようなリボーンの声に、胡乱な視線を向ける。
「僕はフェミニストじゃないんですよ」
静かに銃を構えた。
「クフ、選ばせてさし上げましょうか」
それは死神の声。
顔に貼り付けられたのは変わらない笑顔。
「マフィアとして制裁してほしいですか? それとも僕個人から制裁がほしいですか?」
引きつった表情の少女は答えない。
だから代わりに骸が決めた。
「なら、僕個人にしましょう」
「骸!」
叱咤するようなリボーンの声に骸は振り返らない。
「勝手に決めんじゃねぇ! お前のボスはツナだろう!」
「・・・僕は今、怒っているんですよ」
静かなその言葉に、リボーンは生唾を飲み込んだ。
「綱吉君には内緒にしてくださいね」
ただ、そう言って。
目の前の少女を見下ろして、骸は睫を伏せた。
「あなたは僕のボスを騙した。その容姿を利用して」
ひっ、と彼女は声を出したが、それも骸の眼力でねじ伏せられる。
「挙句、裏切りに襲撃。僕は忠告したんだ、なのにあの子は聞き入れやしない」
それにしても、と愉悦に顔を歪ませる。
手を伸ばして、少女の茶の髪をわしづかみにした。
「いたっ」
「ムカつきますね、その髪、その顔。あなたはあの子にちっとも似ていやしない、ただの紛い物だ、吐き気がする」
恐怖に頬が青ざめて、大きな目は浮かべるべき涙すら乾いてしまっている。
だけどその顔は記憶にあるのと同じ。
ドン・ボンゴレの大切な、幼い頃の大切な記憶にある少女と同じ。
「あなたは見せしめにします。その整形顔の判別は可能にしておきましょう」
けれど、と甘くその耳にささやいた。
「身体のほかの部分の保障は、しませんよ」
「や・・・や・・・あ・・・あたし、た、ただ、脅され、て」
「あなたの理由など知らない」
微笑みながら骸は刃渡り十センチほどのナイフを取り出した。
「あなたのおかげで綱吉君は負傷した。僕にはそれで十分です」
右腕にかばわれたおかげで傷が急所をそれた彼は、意識を飛ばすことがなかった。
だから駆けつけた守護者にきっぱりとこういった。
――あの子を殺さないで まだ子供なんだから
テメェはフェミニストすぎるんだよと家庭教師に毒を吐かれても、綱吉は意見を変えなかった。
だから山本やランボや了平は臍をかむ思いで背後のファミリーの割り出しに精を出していたし、雲雀は無言でどこかへと消えた。
「あなたを殺しはしません。ただ"壊す"だけです」
ああ、幻覚なんてかけませんよ。
楽しそうにそう言ったその赤い瞳には六の文字が浮かんでいるだけ。
「言っておきますね。僕は、怒っているんです」
彼女と接していた時の綱吉の瞳の甘さを知っていたから。
それは郷愁とは少し違う、昔を懐かしむような愛しむような。
敵ではないかと、危険ではないかと、再三度の守護者の警告にも彼は笑って。
――でも、俺はあの子を信じているよ。
初恋の少女によく似た東洋系の女の子。
ただそれだけだったのに、優しくする義理などないのに。
生活に困っていると訴えた少女に生活ができる場所を与えて。
彼女が働いている店に通って。
たまには、土産まで持って行って。
「ほいほい騙される彼をどう思っていたんですか?」
「やめ・・・はなし、て」
「嫌です。僕はもともとあなたが嫌いなんです。あの子はあなたのような表情はしませんでした。そう、あなたのように媚を売ったりしなかった。誰にも分け隔てのない、芯の強い人でした」
強い人だった。
ふわふわしているくせに、たまに鋭くて。
そんなところが綱吉に少し似ていた。
「あなたは思い出まで汚した」
綱吉は今後、彼女のことを思い出すたびに目の前の女のことを思い出す。
それが許せない。
土足で人の過去を踏みにじって。
あまつさえ命を狙うなど。
「さあ、地獄へ案内してあげますよ」
苦しみが何か自分は知っている。
痛みが何か自分は知っている。
「死なずに味わえるなんて、ツいていますよ、あなた」
笑みを浮かべて、ゆっくりと右手を振り上げた。
真っ白の病室で、上半身だけ起こした綱吉が振り向く。
「綱吉君、起きてて平気なんですか」
後ろ手に扉を閉めた骸は、手にした果物セットを持ち上げてにっこり笑った。
「お見舞いです」
「・・・骸」
なぜだか泣きそうな顔をした綱吉に、骸は果物セットを傍らにおいてリンゴを取り上げる。
「リンゴですか、それともメロンがいいですか? ブドウはまだ数日・・・」
「骸」
手招きされて骸は綱吉に近づく。
座って、と指差された椅子に座って、じっと相手を見下ろした。
「骸、彼女をやったのは、君だね」
「さあ? 何のことでしょう」
「・・・・・・俺の言ったこと、聞いてたの。殺さないでって」
「殺していませんよ」
ただ全てを奪って全てを壊しただけ。
大人としての未来も女としての幸福も。
もうあの少女は街を歩くことなどできない。
人の前に出られる顔でもなくなった。
立ち上がることのできる身体ですらなくなった。
まともに思考をし、しゃべることすら不可能だろう。
「裏にいたファミリーに手をつけなかっただけよしとしろ、ってヒバリさんや山本には言われたけど」
震える綱吉の指が、骸の手に伸ばされる。
無言でその指を握って、骸は冷たい唇にボンゴレリングを押し当てた。
「今回は僕の独断行動ですからね。咎めは受けましょう」
「そんなんじゃないよ・・・なんで・・・あんな」
「いけませんでしたか」
「俺は――・・・俺は、骸にそんなこと、やらせたく、なかったんだよ・・・」
下手を打ったのは自分だ。
だから自分で何とかするべきだと思っていた。
それなのに。
「なぜです」
「だって・・・骸、お前、京子ちゃんのこと、好きだっただろ・・・?」
「・・・・・・」
「別人だからって、同じ顔だぞ? 辛くないわけ、ないじゃないか・・・」
涙を見せた十代目の手を握りこんで、骸はわずかに笑みをつくる。
「辛くなんかありませんよ。僕には同じ顔に見えません」
「・・・」
「それに、僕は別に、京子さんが好きだったわけじゃないですよ」
ぎゅうと骸の手を握り返して、顔をゆがめたボスの頭を軽く撫でる。
ごめん、ごめん、と小さな声で何度も繰り返す彼を抱き寄せて、骸は祈るように目を閉じた。
――あなたのためにやったことだったのに またあなたを泣かせてしまった
***
なんかもうどこへいきたいのかさっぱりだよ。
最初はツナだったんだけど骸にスライディング。
山本じゃなくてほんとよかった。
山本・骸はエグいことも平気派。
雲雀や獄寺だったらとっくに敵ファミリーが消えていそうです。