<雲と霧の襲来4>


 




--10年後の雲と霧--


これは視覚的テロリストである。
ていうか精神テロでもある。
謝れ、全世界のピュアな子供たちに謝れ。

「お久しぶりです小さい綱吉君!」
「死ね凍れ砕けろ」
顔の筋肉を微塵も動かさず、ただそう言い放って綱吉の額に再び炎がともる。
体の横に下ろされていた両手がすうと前にあげられ、その掌からぴきぴきと音がし始める。
瞬きほどの間もおかず、骸の下半身は凍結されていた。
「もうそれができるんですか!」
動じずただ骸はそういって楽しそうに笑う。
相変わらずの無表情で綱吉は呟いた。
「今、やってみただけだ。必要条件は殺気か」
「相変わらずそうなってるとクールビューティーでいいですね」
かみ合わない会話を返して、骸はぺきぺりと音を立てながら氷の中から出てくる。

さすがに予想外の自体に綱吉は狼狽した。
いやだって、この氷はどうやっても溶かせないはずで、だからXANXUSも八年閉じ込められていたわけであり。
「あ、気になりますか? 秘密です♪ クフフフフフ」
「わかった速やかに出身惑星へ帰れ」
「僕は地球産地球出身ですよ?」
何を言っているんですか、と真顔で返されて綱吉は無言で手近な大木を殴りつける。
ハイパーモードでのフルパワーであったから、当然のように大木は折れどぉんという音と共に校庭に倒れた。

「じゅ、十代目! 大丈夫です木っ端微塵に吹っ飛ばしておきますから!」
「おちつけよツナ……っつーか処分なら俺らがやっとくし! な!」
ダイナマイトと刀を取り出した二名に慌てて後ろに押しやられ、綱吉の目の色がふっと通常モードに戻る。
スイッチが切れた綱吉は、破壊攻撃を続けているリボーンと雲雀を見、それから得意げに青タイツで立っている骸を見、それからもう一度リボーンと雲雀のほうに向き直った。

「ヒバリさーん、未来の骸が風紀みだしてまーす」

それは小さな声だったが、それまでリボーンとなんかよくわからない壮絶な戦いをしていた雲雀が、ツーステップで残りの氷をばりばりと取っている骸の背後にまで移動してきていた。
「公衆猥褻罪で咬み殺すよ」
と言うのと同時に、骸の脳天に一撃次に首に一撃、間髪いれずに背中と腹に追加で連打。
さすがに容赦がない、というか最初の一撃か二撃でコト足りたのでは? と思っていた中学生三名はそれでもむくりと起き上がった骸を見る雲雀の感情が理解できた。

もういやだこのナッポー。

「ク……クフフ、今のはなかなか効きましたよ。正義の味方に失礼な人ですね」
「……ドラ○もんは正義の味方ではないし、正義の味方でマントは多分アン○ンマン……」
横の方で綱吉が突っ込んでいたが聞こえていてもいなくても骸には関係ないだろう。
相変わらずクフフと笑いつつ、でも足元がふらふらしているからさすがにあの連続打は効いたらしい。
そんな骸を氷のようなというかすでにモノ以下みたいな扱いの視線で見下ろした雲雀は、無造作に長い足を蹴り上げ、さらに。


1Hit 2Hit 3Hit 4Hit 5Hit 6Hit 7HIT!


重ねられていくコンボに、もはや綱吉は眼前の光景が現実だと認識するのを放棄した。
そうだこれは格ゲーなんだ、オレはできないけど。
それならコンボをハメていってもどれだけありえない角度で蹴り上げられていても、ていうか内臓があったら全部外に出てるんじゃない? みたいな勢いで腹を蹴られていても大丈夫。
大体蹴ってるのがヒバリさんで蹴られているのが骸という時点で、関わりたくない度150%。
コレならまだアルコバレーノ共に囲まれていた方が幾分かマシだ。

「ああ、帰れば。僕はコレをもといた場所に戻すから」
「そーだゾ、未来の奴らのことは未来のやつらがどうにかするだろ」
「しかしリボーンさん!」
「帰るぞツナ」

獄寺の言葉をまるっと無視して、リボーンはすでに帰る気100%になっていた。
上司の意見を仰ごうと振り返った獄寺に、綱吉は力なく笑う。
「……かえろっか獄寺君」
「はい!」

勢いよく返事はしたが、ほんとにいいんだろうかと若干不安になった獄寺だった。




















--現代の霧と雲--


ボンゴレ本邸に忍び込んだ記憶はないので(当たり前)、土地勘が働かず屋敷の中を右往左往していた骸は、手っ取り早く屋根に出てしまえばいいですかねえとかぶつくさいいつつ階段を適当に上ろうと。

していた。

「ひぃいいいい!」
「ご勘弁くださいヒバリさん!」
「お許しくださいヒバリ様!」

そんな悲鳴が聞こえてくる。
考えるまでもなくその悲鳴の理由は彼だろう。
「何をしてるんですかね、あの鳥頭は」
死角になるような位置から覗き込んで、思わずそう呟く。
いくらなんでもボンゴレ本邸でボンゴレの構成員を咬み殺すのは……いやそれも雲雀たる所以なのだろうか。

(あれ、もしかして僕、マフィア殺し的な意味で負けてます?)
やっぱりここはえげつなく幻覚で攻めるべきか。
そんなくだらないことを考えていた骸は、ふよふよと近寄ってきたソレに気がつかなかった。
ソレはぱたぱたと羽を羽ばたかせ、まるっともこっともふっとした黄色の可愛らしいシェルエットは変わらないまま、高い愛らしい声で鳴いた。
そりゃもうわかりやすく。
「ムックロー パイムックロー クフフフフフー」
「!? しっ、しーですよヒバード!」
慌てて振り返ったがもう遅い。
つぶらな目で骸を見つめてくるヒバードの後ろには。

後ろには。

「逃げてムダだよ」
「せっかく自由になったんだから堪能させてください!」
「僕は好きに振舞う自由がある」
「ワォ、とんでもない暴論ですよねそれ!?」
慌てて自分の武器を取り出し、雲雀の強烈な一撃を受ける。
余波でその辺の壁が盛大にえぐれたが気にしないことにした。

続いて容赦なく打ち込んでくる雲雀から距離をとろうとするも、本当にいい表情の雲雀はまったく距離を取らせてくれない。
近距離接近型の雲雀にしてみれば、骸をトンファーの間合いから出さないようにするのは当然なのだが、遠距離型の骸にしてみればこれはあまりありがたい状態ではない。
始めて戦った時から、うっすらと体術は互角じゃないんじゃないかとか思っていたが、本当に互角じゃない。



一発相手の鳩尾に叩き込みそこねて、雲雀は目を細める。
時々結果的に破壊している柱やら壁やら彫像やらちょっと気にならなかったこともないが、まあたいしたことはないだろう。
それより目の前の六道骸を咬み殺すことの方が優先だ。
「や、やります、ね」
「もうばてたわけ」
「ぼ、僕はずっと、囚われの身だったので、体力、落ちてるんですよ」
はあはあと肩で息をしている骸にトドメを刺そうと雲雀は容赦なくトンファーを持ち上げ。


「はいそこまでー♪」


真後ろから明るい声が響く。
声の主は当然この屋敷の主、ドン・ボンゴレ十代目。
すでに彼の額の炎は消え、手袋はミトンに戻っていたが、わずか一瞬あれば彼には十分だった。
「はい、山本、射出☆」
びしっと氷付けになってフリーズ中の雲雀と骸を指差してドンは明るく言い放つ。
「おうっ。ていっ!」
軽いノリで応えて、山本も手にした大砲のようなものをドンと撃った。





もくもくとした煙が廊下を満たし、徐々に薄れていく。
そのもやの中に見慣れたシェルエットを認めて、綱吉は手を振った。
「おかえりなさい、ヒバリさんに骸」
「綱吉。僕を実験台にするなんていい度胸だね……?」
その声と同時に雲雀のトンファーが綱吉を襲う。
髪の毛一本の差でソレをかわして、いやだなあとか白々しく綱吉は笑った。
「だって脱走した骸を復讐者の監獄にぶち込みなおさなきゃいけないし。ヒバリさんが一番適正だったから」
「そんなことより氷溶かしてくださいよ!」
悲鳴をあげた骸に、ああ悪いと棒読みで返して綱吉は氷を溶かす。
雲雀を捕らえている部分だけ。

「じゃあ、思う存分どうぞ」
「……しかたないね、それと並盛饅頭で勘弁してあげる」
「ありがとうございます」
笑顔でなされたその会話の意味を察した骸は、ちょっと待ってくださいよと悲鳴を上げた。
「僕へのお礼はないんですか綱吉君!」
しかしその悲痛な叫びへの綱吉の返答も、その表情も絶対零度に冷たかった。
「青タイツでムクえもんとかやる奴への慈悲は、ない」
「横暴ですよー!!」


叫んだ骸が反射的に作り出した幻覚のパイナップルを手で打ち払いながら、綱吉は早々にその場を立ち去った。
 


 

 




***

山本「青タイツってなんだ?」
綱吉「……骸には小型カメラつけてたんだよ。いやまじ論外だねあの植物」
山本「見せてくれるよな?」
綱吉「うん。忘年会の時の大トリで」