<雲と霧の襲来 2>

 



--現代の雲と霧--


部屋の扉が開く。
振り返った雲雀に、綱吉は目を細めた。
「ああ、ヒバードもみつけたんだ」
「ヒバリー チイサイヒバー ヒバー」
「あはは、ヒバードはわかるんだね」
けきょ、と得意げに鳴いたヒバードを肩にとまらせて、雲雀は剣呑な目で綱吉を見やる。
「ねえ、沢田綱吉」
「何ですか?」

「その後ろのを咬み殺させてくれるの?」

気がついていたのだろう。
視線の先には、どう見ても見間違えようのない人物が立っていた。

赤と青のオッドアイ。
頭の上のほうが妙に跳ねている特長的な髪形。
自分より小さい綱吉の後ろにいて何の意味があるのか。

「でてきなよ、六道骸」
「ク、クフフ。よく気がつきましたね! っていうかなんで雲雀恭弥がここにいるんですか!」
「ワォ、一人突っ込み。忙しいね」
「……ボンゴレ、何のいじめでしょう」
決まっているじゃないか、と綱吉はさもそれが当たり前のようにのたもうた。

「君達が、厳密に言えば10年後の君達が喰らったのは10年バズーカ改良版なんだ。撃たれると10年前の自分と入れ替わってしまうわけ」
「じゃあ10年後の僕は今頃並盛中応接間にいるわけね」
「10年後の僕はあの監獄ですか!? どんだけ嫌な思いを僕にさせれば気が済むんですか!」
二人それぞれの飛んでくる前の状況を聞いて、へえと綱吉はそうとしか言わない。
「とにかく、ヒバリさんは咬み殺したいなら骸で」
「何でですか!?」
「わかった」
じゃあこっちへ、と笑顔で手招きされたけれど、いい笑顔になった雲雀とは対照的に、骸は即効で逃げ出すことにした。

だってせっかく10年後。
入れ替わった=今の僕は自由の身。

ならやることは決まってる。
調べなくては。

1.僕が今どんな生活をしているか
2.そもそもいつ出てきたのか
3.ついでに犬とか千種とかクロームとかどうなってるのか
4.奥さんいないのかな

重要だ。

 

 











--10年後の雲--


「沢田綱吉」
声をかけられた綱吉は振り返った。
その声には覚えがあった。
たぶん。

「何群れてるの。咬み殺していい?」
「よくありませんヒバリさんっ!」
振り返りざまに叫んで、違和感に目を見張る。
背が高い。
たしか獄寺や山本よりも雲雀は小柄だったはずだ。
なのに明らかに二人より大きくなっている。
……シークレットブーツ……というわけでもない。
そして顔立ちが違うような。
なんか大人びているような。

「ねえ沢田綱吉」
「は、は、はいっ!!」
「何、人の顔見てんの?」
「い、いやみてなっ」
「へえ? 僕の勘違いだっていうの? ワォ、生意気」
「いや見てましたすいません!」

なんか会話が微妙にズれまくった気がして、綱吉は青ざめた。
いつもより饒舌な気がする。
そしていつもより妙に絡んできているような。
違和感はそれだけじゃない、髪が短くなっている……気がする。
あと眼光がずっと鋭くて。
背が高くて。
肩も広くなってて。
そういえば学ランじゃなくて制服でもなくて黒スーツ。
……よし、わかった。

「……ヒバリさん、どこでバズーカ喰らったんだろう……」
遠い目をして呟くしかなかった。
しかしその回答は目の前のご本人がくださった。
「人を凍らせておいてよく言うね。主犯は君だ」
「はい!? ていうかええ!?」
「確かにあの植物を実験に使うのには群れるのが嫌な僕も一致団結で承諾したけどね。僕を巻き込むなんていい度胸じゃないか」
「はいぃ!?」

どうやら雲雀が怒っているらしいことはわかった。
しかも綱吉に対して怒っているらしい。
でも。
しかし。
だが。

「……十年後のオレのことなんか知りません!」
「僕は知ってる」

……ああ、神様。
ヒバリ節が全開です。

「せっかくだ。久しぶりに咬み殺す」
「久しぶり!?」
以前に咬み殺しているんですか。
まあ確かにアナタにはすでに何度かやられましたけど。
「ってうわあ!?」
「フン、速さだけは相変わらずだね」
「ていうかここ校庭ですよ!? でもってオレは体育の授業中!」
「ああ、だから体操服」
納得したような顔をして、雲雀は追加打を放つ。
紙一重でそれを避けた綱吉は、慌てて獄寺や山本から離れた。

二人を巻き込むまいとするその態度に、雲雀は目を細める。
それはほんのわずかであったから、いつの間にやら木の上から彼らを見ていた影しか気がつかなかった。
「ツナはいいボスに育ったのかヒバリ」
「僕を倒したら教えてあげる」
挑発されたリボーンは、くるくると回転しながら木の上から降りてくる。
それを見逃す雲雀ではなかった。
トンファーの一撃があっさりとリボーンの帽子を跳ね飛ばす。

む、と呟いて顔を険しくしたリボーンに雲雀は笑みを浮かべた。
「見損なってもらっちゃ困る」
次の一撃は更に早い。
リボーンはレオンを変化させた棒で受け止める。
「っ」
相手の顔が歪んだのに機嫌を良くして、雲雀は更にもう数発を振るう。
「……っ」
「いいね、ぞくぞくするよ」
「腕、上げやがった、な」
それきり口をつぐんでしまったリボーンに、雲雀は声に出して笑う。
「へえ、口を利く余裕もないんだ」
いい気味だよ赤ん坊。
「リボーン!」
「手を出すんじゃないよ綱吉」
「や、やめてください! リボーンも!」
駆け寄った綱吉をリボーンは視線だけで硬直させた。
「手ぇ出すんじゃねぇ、ダメツナ」
「でも!」
「こいつはお前の手におえるもんじゃねーぞ」
「そうだよ、僕に君の力を見せてよ」
ざわりと綱吉のうなじの毛が逆立った。
雲雀がそれは楽しそうに、殺気を発した。








 

 



--現代の霧--


脱兎の勢いで逃げ出してきた部屋とはまったく違う方向へ全速力ダッシュ。
まあ向かうは先ほど寝ていた自分の部屋(らしき部屋)なのだけど。

中にはいって鍵をかける。
一呼吸ついてから、部屋の中を見回した。

詳しくは言わないが、本当に好みの内装だ。
まさにどんぴしゃ、そんなステキさに溜息まで出てしまう。
自分のセンスの正しさを認識した瞬間だった。
「ああ……さすが僕。10年後でもトップセンスですね」

そんな骸の私室は「魔の空間」と称され、幹部でもごく数名しか入れない場所だと、本人は知らない。

「骸様」
か細い声が聞こえて、骸は扉に駆け寄った。
「骸様、どうされましたか」
「クローム?」
細く扉を開くと、そこにはクロームがいた。
記憶にあるより髪が伸びて、背も伸びて、面立ちも変わっている。
けれどそこに微笑む彼女はたしかに骸のよく知る彼女で、表情を緩めた骸はクロームを中に招き入れた。

「クフフ、綺麗になりましたね、クローム」
「あ……ありがとうございます」
そう呟いてはにかんだ彼女は相変わらず可愛らしい。
ぽんぽんと頭を撫でると、下を向いて笑った。
「どうしましたか」
「いえ……骸様は昔から優しかったんだなあって」
それはクローム限定だと叫ぶ色々な人の声があるのだが、生憎ここのコンビには聞こえていない。

生身で彼女にさわるのは初めてなのだなと感慨深く思いつつ、骸はクロームに椅子を勧めた。
とりあえず、知りたいことの大半は彼女が話してくれるはずである。

「さて、クローム。僕は今どういう状態なのですか?」
ボスから聞かなかったんですか? と逆に聞き返されて、ある程度はねと答えておいた。
「とりあえず僕はいまだにボンゴレの身体をのっとれていないようですね」
「クス、骸様ったら、残念そうじゃないです」
「クフフ、そうかもしれません。とりあえず守護者として働いているのはわかりましたよ」
そうですね、とクロームは黒髪を揺らした。
長いほうが彼女には似合う、骸は常々そう思っていた。
伸ばせばいいのにと口をすっぱくして説得したはずなのだが、どうしても首を縦に振らなかったのは記憶に新しい。

彼女曰く、髪形を変えたら骸との共通点がなくなってしまうと。
そんなことに固執しなくとも、骸にとってクロームは特別な存在であったのに、だ。
今伸ばしているということは、十年間の間に、骸との信頼関係が強固なものになったということなのだろう。
それはとても嬉しく、望ましいことだった。

「で、僕はどうやって脱獄したのですか?」
「…………」
クロームは、その問いには無言で顔をそらしてしまう。
「言いにくいことでも?」
それほど厳しい脱獄だったのだろうか。
首をかしげた骸に、いえ……とクロームは小声で呟いた。
「その、ええと、あ、み、未来のことは言っちゃいけないってボスが!」
「僕のお願いが聞けないんですか?」
「ええと……」

柳眉を寄せてクロームは困ったように呟く。
教えてくださいよといわんばかりの骸の顔から盛大に視線をそらして、ごめんなさいと叫んで頭を下げた。
「だ、ダメなんです!」

実際は、その事件はマフィアの間ですら語られないほどに闇の事件とされている。
ボンゴレ内部でも、酒の肴にも絶対にされないレベルの、盛大な闇事件。
別に機密なわけではない、ある程度は秘密だが。


ただ。

人間。






考えたくない出来事というものがこの世に存在するだけである。







「じゃあ、それはいいです。犬と千種は元気ですか」
「はい! 二人とも元気です」
嬉しそうに笑ったクロームに、骸は微笑んだ。
それならばいい。
「二人はここに?」
「ええと、犬は明日戻ります。千種は屋敷にいます」
そうですか、と微笑んだ骸は、最後の質問をすることにした。

「大事な質問です」
「はい」

「僕、結婚してますか?」

その質問に、クロームはたっぷり十秒間ほど押し黙り。
そして、心底不思議そうに尋ねた。

「骸様、結婚したかったんですか……?」

「……クフフ、予想通りでした」




六道骸。
案外、結婚願望が強かった。







 

 





--10年後の霧--


黒髪がたなびく。
見下ろすは乱立したビル。

「クフフ、日本は久しぶりですね」

浮かべた笑みは狂人か魔物か。

「今会いに行きますよ、綱吉君」

クフフ、クフフ、クフフフフフ。

それは魔物か狂人か。


その日、東京タワーにのぼっている人間がいると、全国ニュースが駆け抜けた。




 

 

 

 



***
オチは常に10年後骸なのか。