応接間で雲雀恭弥は昼食をとっていた。
監獄で六道骸は覚めない夢の中にいた。
<雲と霧の襲来 1>
--現代の雲--
何かに引っ張られるようにして、次の瞬間気が遠くなる。
一瞬の眩暈を感じたことに恥じて、雲雀は目をこすった。
「……?」
見慣れた風紀委員室となっている応接間ではなく、まったく見たことのない部屋にいた。
起き上がると、黒い革張りのソファーに寝ていたことがわかる。
見回してみると、シンプルな内装にモダンな家具が置いてある。
「なに、ここ?」
趣味はいいかもしれないが、雲雀の趣味ではない。
雲雀の趣味は純和風だ。
この部屋はどう見ても洋風なのだ。
「……なに、ここ」
本棚に並んでいる本を見て眉をひそめる。
日本語ではない。
英語でもない。
今度は窓に引いてあるカーテンを引っ張って外を見て。
今度こそ、雲雀は正真正銘呆気にとられた。
そこには、完全な左右対称を持つ庭が広がっていた。
「あ、ヒバリさん」
聞きなれない声が聞こえた。
気配を感じなかったことに狼狽しつつも、雲雀は振り返る。
黒のスーツを着て、その声の持ち主はすたすたと入ってくる。
「起きたんですね。大丈夫ですか?」
「……草食動物?」
「あはは、ヒバリさんはいつでもヒバリさんですね。そうですよ、沢田綱吉です」
笑った彼の顔は雲雀の記憶にあるものと少し違った。
前はもっと、特に雲雀の前ではおどおどしていたのに。
今ではまったくそんな様子はない。
背が少し伸びたようだ。
声も少し低くなった。
あのつんつん頭は変わっていないが。
歩み寄ってきた草食動物を見上げる格好になったのに腹がたった。
雲雀の記憶にある彼は、はるかに小さかったのに。
「いつの間に引き伸ばしたの」
「ここ、十年後なんですよ」
さらりととんでもないことを告げられて、雲雀は絶句する。
「ちょっとした手違いなんですけどね。まあいいかと」
何がだ。
「せっかくですから、ゆっくりしていってください」
「嫌だよ」
「そう言わずに」
ね、と微笑んだ綱吉に雲雀は仕込みトンファーを振りかざす。
しかしその攻撃はあっさりと避けられ、あまつさえ素手の彼にさっくりと受け止められていた。
考えられない出来事に、雲雀は身を引くと距離をとる。
「ええと、困ったなあ」
ホントにこの人変わらないんだもんなあ、と意味不明な事を呟いてから、綱吉はぽんと手を打った。
「わかりました、どうせたいした被害じゃないですから。今すぐに咬み殺していい人つれてきますね」
意味不明なことを言って、綱吉は部屋を出て行った。
--10年後の雲--
懐かしい応接室だった。
今でも並盛中の応接間はこうなのだろうか。
最後に並盛に来たのはいつだろう、今度足を伸ばしてみようか。
「まあ、今いるしね」
何をされたかうすうす見当はついている。
前後の記憶をたどればすぐにわかることだ。
おそらく指示したか許可したであろう張本人には後で報復をすることにしておく。
これが雲雀の想像通りの出来事であるなら、五分以上の猶予はあるはずだ。
せっかくなら懐かしい中学校を再訪するのも悪くない。
思い立って窓を開けた。
「ああ」
うごめく制服。
懐かしい。
本当に懐かしい。
目を細めて、雲雀は下を見下ろす。
「ヒバーリ」
頭の上で響いた声に、振り返って微笑んだ。
「どうしたの」
「ヒバーリ ヒバー……リー……?」
肩にとまる寸前でホバリングしつつ疑問系で鳴いたように聞こえたその鳥に、雲雀は肩をすくめた。
「僕だよ」
それでも肩にとまらない鳥に、雲雀は指を差し伸べる。
「おいで、ヒバード」
「ヒバリ!」
嬉しそうに鳴いて、ヒバードは雲雀の指にとまった。
せっかくとまったヒバードはしかし、窓の外へと飛ばされる。
自分の手から鳥が離れたことを確認してから、雲雀は窓の外へと飛び出した。
誰かが声をあげたのだろうか、大勢の生徒が顔を上げる。
ふわりと降り立った雲雀は、ヒバードを肩に乗せて歩き出す。
ざわざわと周囲から声が聞こえるが、視線を向けるまでもなく、雲雀が歩く傍から誰も彼も散開していく。
そういえば中学時代に着ていた服ではないから目立つかなと思いながら、懐かしい校庭を横断して。
グラウンドの向こうに、懐かしい顔を見つけて雲雀は口角を吊り上げた。
--現代の霧--
目を覚ます。
弾力のあるベッドに起き上がって部屋を見回すと、まったく覚えが無い以前になんだここ。
それでも内装は100%骸の好みだったので、どうせならそこの家具一つぐらいかっぱらおうかと真面目に思案した。
それ以前に、自分は確かあの光もない監獄の中で。
慌てて格好を確認すると、なんでかしっかり服が着せてある。
「ああ、骸」
目が覚めた? と入ってきた彼は笑いかける。
特に特徴がないけれど、彼の纏う空気は特殊だ。
それが誰か一目で看破した骸は、肩を潜めた。
「これは何の冗談ですか、ボンゴレ」
挑むような目で睨んでやると、沢田綱吉の眉が下がる。
困ったようなそんな顔だった。
「それ、久しぶりだな」
わかってたけどさ、とどことなくすねるような口調で言われて、骸は瞬きをした。
「何がですか?」
そういえば彼はあんな面立ちをしていただろうか。
あんな声であんな顔をしていただろうか。
立ち上がってみると違和感が増した。
彼は骸よりずっと小さかった。
なのに今、たしかに骸より大きくはないものの、記憶にあるほど小さくはなくて。
そういえば黒いスーツなんて、まるでマフィアみたいで。
「……ボンゴレ」
「うん」
「ここは」
言いかけた言葉に喉が詰まった。
そうだよ、と綱吉は困ったように笑った。
「ここは十年後。イタリア。ボンゴレ本部。君は僕の守護者、霧の守護者六道骸」
「……うそでしょう」
どんなからくりかはわからない。
だけど直感する、ここは未来だ。
見た目ではわからないが、沢田綱吉の年齢はおそらく二十歳は超えているのだろう。
高級なイタリアブランドのスーツをぴしっと着こなしている。
きっとその内ポケットには拳銃も収まっていて。
そして彼の傍らに骸がいるのだ。
――じゃあ、この部屋は。
「僕は、十年たってもあなたをのっとれてないの、ですか」
「あはは、そうみたいだね」
この部屋は。
僕の――
「骸?」
「……僕は、あなたをなんと呼んでいたのですか?」
自分のシャツのはしを掴んで聞いた。
すると彼は、とろけるようなうれしそうな笑みを浮かべた。
「綱吉君、だよ、骸」
「……そうですか、綱吉君」
悪くない呼び方だと思う。
そして悪くない未来なのかもしれない。
***
しんみり落としてみた
--10年後の霧--
巡回していた復讐者は。その日奇妙な異常値を見つけた。
監獄34番にて異常事態発生。
拘束具に故障。
何が起こっているのかと担当の者を行かせてみれば、それはそれはステキな報告を持って帰ってきた。
「……は?」
「ですから、逃亡しました」
囚人34番。
六道骸。
拘束を引きちぎって逃亡。
そして置かれたメッセージが一つ。
そこにいた復讐者たちは読めなかったが、日本語でこう書きなぐってあった。
『サイズ合ってないですよ!! もっとゆるくしておきなさい!!』
***
しんみり落としてみた
ふりをしてみた。