<Go to Vongola 1>
 



今晩泊まる予定のホテルへ向かうベンツ(もちろん運転手もマフィア)の中で、山本が耳打ちした内容に綱吉と獄寺は硬直した。
「え・・・なに、それ」
「「真珠」は表向き、一旦返却したことになってる。だから本来なら持ち主を襲うべきだ」
だろ? と言われて獄寺は拳を震わせる。
「待てよ。それはごく一部の・・・ですよね」
「トラディトーレー――だ」
呟いた綱吉の周りの空気の温度が下がった。
「う゛お゛ぉい! 冗談じゃねーぞ!」
眉をひそめたスクアーロと対照的に、まったく表情を変えない山本。
 
「雨も降りそうだし・・・厄介だな。おい、運転手と話をさせろ」
「はあ?」
「お前が仕切りを開けろつってんだ、早くしろ」
綱吉の眼光に、車が止まったタイミングにあわせて、スクアーロは運転席と後部座席を仕切っている仕切りをあげる。
これは完全な防弾シャッターにもなっていた。
「名前は」
「は、はいっ! アントーニョと申します!」
「そうか。悪いが行き先を本部へ変更して欲しい」
「え・・・し、しかし」
「命令が聞けねぇってのかい、おい!」
「あ、は、はいっ、十代目のご命令なら――」

鈍い音が響く。
運転席を易々と貫通させ、山本とスクアーロの刃が運転席ごと運転手を貫いていた。
「隼人」
「はい、十代目」
後部座席から降りた獄寺は、うめき声を上げる男を助手席へと押し込んで、運転席へと滑り込む。
「ケッ、手ごたえなさすぎてやってらんねーぜ!」
「あはは、まあこの程度の密偵なら斬り殺してもよかったんじゃねーの、ツナ」
「俺は不殺だよ山本」


「真珠」はボンゴレリングのこと。
「トラディトーレー」とツナがわざと語尾を延ばして言う時は、そこに敵がいるということ。
「雨」とは、スクアーロと山本への攻撃命令。


「どうしてコイツがお前を十代目と知ってたか、聞かなきゃいけねーな!!」
「隼人、手配していた場所へ」
「はい」
完全に居場所がばれていると思ったほうがいい。
ホテルもボンゴレが押さえたものだったが、その情報も割れていないと思う方がおかしい。
となれば、綱吉たちがいける場所は限られている。
「おい、綱吉ぃ! その格好じゃあ、ナメられるぜえ!」
「スーツなんか着たらもろにマフィアじゃないか」
「テメーはどうせマフィアだろうがぁ!」
「違いない」
けど、まだ正式になるってわけじゃないしーと言い逃れのようなことを言って、綱吉は運転席に開いた穴を指でなぞる。
スクアーロと山本の刀は、致命傷を避け、しかし確実に動きを奪う位置へと貫通していた。
見事だ。

獄寺がアクセルを踏み込む。
相手は用意周到すぎる。
「尾行か」
「どうします、十代目」
「面倒だ。降りよう」
その言葉と同時に獄寺はブレーキを踏み込む。
車が停止する前に、山本が綱吉を抱えて車の外に飛び出した。
スクアーロは助手席に押し込められていた元・運転手を引っ掴み、最後に獄寺が飛び出す。
「走れ走れ走れェ! 地下鉄使うぜえ!!」
駆け出していくスクアーロは、荷物を抱えているがその速度は劣らない。

突如。
背後の車が爆発、炎上した。

「あーあ、新しい下着があったのに」
「んなモン後で買えるって」
「母さんがセールスで安かったって喜んでてさー」
後で請求書突きつけてやる、と呟いた綱吉はいったいいくらの請求書を突きつけるつもりなのだか。
「ヒバリさんのほうは平気かな」
「問題ねーよ!! ボスがついてるからなッ!」
全力疾走で、小脇にけが人の男を一人抱え、さらに大声。
時々スクアーロの肺活量を測りたくなるのは彼らだけではないはずだ。


地下鉄に行く、と言っていた彼は込み入った路地の一つに入ると、男を地面に投げ捨てる。
「どうする、綱吉」
「どうしようかな。僕らのことを話されちゃ困るし・・・顔も見られちゃったしね」
あーあ、と呟いた綱吉はその視線をすっと上に上げてから、背後を振り返る。
「やあ」
「待ち合わせ場所から離れていくから、念写すればこの有様か」
華奢な四肢にそぐわぬ尊大な態度。
見かけはせいぜい十だろうか、早くおうちに帰ってね〜ここは危ないよ〜と言いたくなるぐらいの年だ。
「マーモン、この人頼めるかな。臨時給料に日本土産5円チョコレート一箱」
「乗った。精神破壊をすればいいわけ」
「適度に悪夢を見せてあげて」
わかったよ、とマーモンがひらひらとその小さな手を振る。
それに手を振りかえして、一同は地下鉄の駅へと走った。










アパートメントの扉を開ける。
外から見るより中はかなり豪華になっていて、スクアーロが目を丸くした。
「何だぁ゛! これは!」
「姉貴の部屋だ。さ、十代目――」
ここに着くまでに適当によった店のスーツ一そろいを取り出して、綱吉は溜息をつく。
それは同じくスーツを手にした山本もそうだ。
獄寺はさっさと自分の分のスーツに袖を通していた。
「ま、こんなもんかな」
襟の部分をなおしつつ振り向いた綱吉は、白スーツに黒いシャツ、白ネクタイ。
獄寺は黒スーツに灰色のシャツ、黒ネクタイ。
山本は黒スーツに紫のシャツ、白ネクタイ。

「こう見ると皆マフィアだねー」
「だなー」
あはははと笑う綱吉と山本は特殊として、通常こういう状況では笑えない。
スパイがいる。
しかも、ボンゴレの相当内部にまで。
ヘタすると綱吉の顔まで知られている。
十代目とボンゴレリング。
この二つを――誰が漏らした。
「どうしますか、十代目」
「さて、どうしよう。門外顧問に連絡を取らないとね。あとは――案とかある? 隼人、山本、スクアーロ」
「ボスと合流するのが得策だぜぇ!」
「XANXUSか・・・」
呟いた綱吉はうめき声を上げて座り込んだ。
突然の異変に、獄寺が上擦った声を上げる。
「じゅ、十代目! どうしたんスか、何が――」

「・・・ねえ、俺たちを探しに来たのがマーモンなんだよね?」
「だな」
「っつーことは、ヒバリさんとXANXUSを捜しに行ったのは・・・」


考えるまでもない。


ボンゴレの霧の守護者――・・・・



「っあーっ! 誰だよっ、そもそもあの二人を一緒に行かせたの!」
綱吉だ。
「それに、ひ、ヒバリさんただでさえ機嫌あんまりよろしくなかったのに、む、骸と出会っちゃったら・・・」
おまけにそこには緩衝材になりそうな存在はいない。
いるのはXANXUS(と悲運な運転手@もしかするとコイツもスパイ)。

「・・・は・・・ははは、最大の敵は身内だね・・・真理だ」
新品のスーツがしわになるのも気にせず、綱吉は盛大に絶望した。



 


***
XANXUSと雲雀をあわせてしまったのは偶然です。
禁断の食い合わせみたいだな。
 

 

 

 

(オマケ)


軽快に走る車の中は、澱んだ空気に満ちていた。
その発端である雲雀からできるだけ遠ざかるようにドアの間際に寄って座っているザンザスは、どうしてこんな割り振りになったのかと眉間の皺を深くする。
別ルートで向かっている方には、綱吉を始め獄寺、山本、スクアーロが同乗していた。
対してこちらは雲雀、ザンザス、了平の三人。
空間的にはこちらの方が余裕があるが、精神的にはじりじりと消耗させられていくようなものだ。

飛行機で刺客に十代目と間違えられて襲撃された雲雀の機嫌は時間とともにますます降下しているようだった。
了平はその空気を一切意に介さないようで、マジックミラーになっている窓から外の景色を見ながら「おー!」だの「極限なすばらしさだー!」などと叫んでいる。
その度に雲雀の周りの温度は低くなり、ザンザスの眉間の筋は深くなり。
雲雀の肩に止まっているヒバードは悪循環も何のその、並盛中学校の校歌を朗々と歌い上げていた。
・・・・・・・この車の中で一番可哀想なのは、運転手なのかもしれない。



「・・・・・・・おい」
「は、はいっ」
顰め面で呟いたザンザスの声を聞いて、運転手は縮こまる。
先ほどから気分だけは氷点下な中で、機嫌を少しでも損ねたらおしまいだ、と運転手は本能で察知していた。
雲雀はザンザスをちらりと一瞥して、相変わらずの沈黙を貫いている。
「止めろ」
「はぃ・・・え?」
「聞こえなかったか? 止めろ」
がん、と運転席の座席に衝撃を喰らって、運転手は慌ててブレーキを踏んだ。
けたたましい音と共に車が停車する。
「面倒くさい・・・」
「うるせぇ、行くぞ」
こっちだって行きたかねぇんだよ、と舌打ちしてザンザスはドアを蹴り開けた。
めこ、と嫌な音がしたが今更そんなことはどうでもいい。
了平が運転手の襟首を引っつかんで外へと転がり出た刹那、車は盛大な爆発音と共に炎上した。
「極限的燃え方だー!」
おおお、と了平が能天気な声をあげる。
襟首を盛大に引っ張られた運転手は、衝撃で気を失って道路に転がっていた。
それにトンファーで数撃加えて目覚めを更に遅くさせた雲雀とザンザスは、視界の隅に走り去っていく黒塗りの車を見たが、追いかける前に嫌な気配を感じて足を止めた。
「クフフフフ・・・見つけましたよ」
「最悪」
すたん、と道の影から現れた姿に雲雀はあからさまに険を深くする。
そのわりに目だけはぎらぎらとしていて、今にも噛み付きそうだ。
「何でお前がここにいる」
「何ってお迎えにあがったまでですよ」
あの子どもが粘写した位置を頼りにね、と骸は薄い笑いを浮かべて肩を竦める。
「僕としては綱吉君の方がよかったですねぇ」
「まったくだよ・・・よりによって一番見たくもない顔を」
「クフフフフフフフ」
「目障りだ」

「・・・・・・・・・」
後でスクアーロ一発ぶん殴ろう。
目の前で繰り広げられる光景にザンザスは向こうにいる部下へ一発お見舞いすることを心に誓いつつ、どうやってこの場を収めるか頭を抱えた。