<Go to Itary>



誰も言い出せなかった。
いや、一人話を通しにいった人物がいる。
けれど、彼はろくに話を聞かずに追いやったらしい。
しかしそこはさすがディーノ氏、飛行機のチケットを握らせるのには成功していた。


「おお、ツナ。いよいよ出発だな」
「う、うん・・・ヒバリさんは来るかな」
「あんな奴どうでも良いですよ十代目!」
いや、どうでもよくない。
「極限いい天気だな!」
笑顔で言った了平と共に、四人は搭乗手続きを済ませる。
今日はイタリアへ行く日だ。
もっとも、一週間ほどの滞在でまた日本に帰ってくる。
残念ながら目的は観光ではない。

表の名目は「卒業旅行」なのだが、もちろん本当は「そっち」の用事である。
空港には迎えをよこすとのことだったので、後は乗って降りてそれで終いのはずだ。
(今回は極秘裏訪問なので目立つ専用ジェット機は使えない)

「ほんとにこないかなー、ヒバリさん」
「あの人群れるの嫌いだしな〜」
「極限けしからん! チームワークは何よりのパワーだ!」
「こなくっていいですって、あんな奴」
憤慨したように言った獄寺の髪の毛が数本空を舞った。
「久しぶり・・・でもないね」
「ヒバリさん!」
「イタリアにはリボーンがいるんだろ。戦う約束を取り付けたからね」
笑みをうかべた雲雀の目的は今回はリボーンらしい。
自分じゃなくてああよかったと綱吉は胸をなでおろした。
「ところで雲雀さん」
「ん、何」
「その、ヒバードはどうするんですか?」
国内外、機内ペット持ち込み禁止である。
「何いってるの綱吉。これはぬいぐるみだよ」
「・・・・・・・・・はあ」

なるほど。
それで通すのか。
それで通るのか。

「まあ・・・その、搭乗手続きが済んだらゲートにいってますんで」
「一つ断わっておくけどね」
そう言う雲雀の手元にトランクはない。
当たりまえのように、その隣にいる風紀委員が持っていた。
・・・もう突っ込みたくはないが、卒業してもまだ風紀委員なのだろうか。
「群れる気はないから」
返事を聞かずに立ち去っていくその姿は相変わらず唯我独尊だ。

「十代目、俺、いやッスよ、あいつと道中顔つき合わせてるの」
「ああ、大丈夫。ヒバリさんはファーストクラスだから」
「俺たちは?」
「エコノミー」

綱吉たっての願いであった。
ビジネスなんていい。
自分らは若いし、エコノミー症候群とかは解消法があるわけで。
それよりも、ファーストクラスに座るのは逆に目立つだろうという主張だった。
あっけなく通ったあたり、財政難じゃなければいいが。










搭乗・離陸はスムーズだった。
あえて言うなら、席順で若干もめた程度だっただろうか。
なんだってこんな妙なとり方になったのか。
まあ・・・3・4・3の横一列でとられても困るのだが。
「2・2に分かれるのか。どうする?」
「十代目! 十代目は窓側にお願いします」
「うん、わかった」
「「じゃあ俺が隣に」」
三人の声が重なる。
獄寺は嫌そうな顔になり、山本は笑い、笹川はきょとんとした顔になった。
結局じゃんけんで、獄寺が座ることとなり、山本と笹川は後ろへ行く。
機内食を食べ、ジュースを飲み、映画を見て。
比較的穏やかにすぎた。


それはたしか、ロシアだかの上空を飛んでいた時である。
うとうとしていたのだが、冷え込んできたのでぶるりと震えて、綱吉は映画を見ていた獄寺の前を通り抜け、手洗いへと向かった。
もう機内の照明は落とされている。
ちらりと見ると、笹川は爆睡していたが、山本はヘッドフォンをつけて音楽らしきものを聴きながらまだ起きていた。
「山本、寝ないの?」
「ハハッ、ツナは寝てていいぞ」
「もしかして、見張り?」
「聴いてない新曲が入ってるんだ」
笑顔で言ってくれた彼に綱吉は申し訳ない気分になった。

今回の旅行が極秘なのには理由がある。
綱吉の――ボンゴレ十代目の命を狙うやからがいるのだ。
飛行機は密閉性が高い。
もし刺客が襲ってきても逃げも隠れもできない。
だから船の方がいいと――それはリボーンの意見だったのだが――残念ながら日程の関係でどうしてもこうなってしまった。

もちろん、そんな危険な状況の中でぽんと綱吉を飛行機(しかもエコノミー)に乗せるほどボンゴレは甘くない。
ビジネスクラスあたりに、もう一人護衛がついていた。

手洗いでの用事を済ませてから、ビジネスとエコノミーを仕切るカーテンをあけて、綱吉はそっと廊下を歩く。
もう寝ている人もいるから、息遣いにすら気を使って。
探していた人物はあっけなく見つかった。
「XANXUS」
そっと呼びかけると、ゆっくりと顔がこちらを向く。
「どうした」
「いや、寄っただけ」
「そうか。あと六時間だ。何もないことを祈っとけ」
「・・・ああ」
俺もお前も、ここじゃあ無力だからな、と念を押されて綱吉は頷く。
機内で炎なんかぶっ放したら、穴が開いてそのまま全員お陀仏だ。
獄寺のダイナマイトも、笹川の一発技もNG。
「まあ、寝とけ」
「なんかさぁ、俺も大物になっちゃったなーっていうか」
「大物だぜボス。てめぇほどの大物も早々いねぇ」
嫌だなあそれ、と顔をしかめた綱吉ににやりと笑って、XANXUSは席に戻るように促す。
長居すれば怪しまれるだけだったので、綱吉は背を向けて席に戻るために廊下を戻ろうと。


した。


ドンッ バンッ ガスッ!

「!?」
ただならぬ騒音。
寝相の悪い客が椅子から転がり落ちましたとか、誰かの荷物が床に落ちましたとかそういうレベルではない。
絶対違う。
「な、なんだ」
誰かの上擦った声が聞こえる。
そして次は悲鳴が聞こえた。
「ぎやぁああああ!!」
それは恐怖ではなく痛みの叫び。
「ツナ」
「わーってる」

慎重に綱吉はカーテンの向こうを見据える。
音の発生源はファーストクラス。
まさか喧嘩じゃあるまい。

何が起こっている。
暗闇の中目を眇めると、高い声が聞こえてきた。


「ミ〜ドリタナビク〜 ナーミモリノ〜」

ヒバード。
ということは。
「雲雀か」

低い声でXANXUSが呟き、ついに非常事態に乗務員が気がついたのか、ようやく照明がつく。
と思ったら、乗務員が明かりをつけたのは別の理由だった。

『機内の皆様にお知らせします。どうかそのままお席を立たないように。繰り返します、どうか席を立たないように』
焦った、恐怖に裏打ちされた声だ。
何があった。
開かないカーテンの向こうを綱吉は睨む。

ドンベキゴスッ
トドメのような音が響いて、カーテンがシャッと開かれた。

「・・・・・・わかって、この僕をファーストクラスにおいたわけ?」
壮絶な笑みを浮かべていらっしゃるのは、当然雲雀だった。
肩にはヒバード。
手にはトンファー。
血がついているのは気のせいですかっていうかどうやってそれは持ち込んだ。
なお、ヒッと軽い悲鳴が聞こえたがその発信源は誰か言うまでもない。

「十代目!」
「おい、大丈夫か!」
エコノミー席のほうからばたばたと獄寺と山本が走ってくる。
ふん、と鼻を鳴らして雲雀はトンファーをくるくると回した。
「刺客だよ。僕を十代目だと思っていたらしい。あいつら、本物の顔知らないのかね?」
バカじゃないの、と呟いた雲雀のまん前に座っていた男が立ち上がる。

「動くな」
イタリア語。
「そうか、テメェじゃないのか。まさか囮をおいて本人はビジネスクラスにいたとはな」
「・・・・・・は?」

チャキ。
軽い音と共に、ビジネスクラスにいたもう一人の男が立ち上がる。
その手には拳銃。

・・・・・・だからどうやって持ち込んだ。

「動くな、動くとてめぇらのボスの頭を吹っ飛ばす」
「はあ? 何いって」
獄寺が顔をしかめたのも無理はない。
男の銃口はXANXUSに向いていた。
・・・・まあ、たしかに、彼はマフィアのボスっぽい。
そこは否定しない。

しかしXANXUSの行動は早かった。
銃身を握ると振り返りざまに一発を腹へと叩き込む。
雲雀も立ったままの男をトンファーで殴り倒していた。
あっけなさすぎる。

「ふん、これで終わりか」
「オソマツだね」
三下が、とつぶやいたXANXUSは、エコノミーとビジネス席の間で起こっているとんでもない光景に絶句した。



「ふん、甘いのはお前らだ。そこを動くんじゃぇぞ、じゃないとこのガキの命はねぇ!」
相変わらずイタリア語でわめく別の男が構えたナイフ。
そのナイフが狙う頚動脈の先にくっついている頭は。
「・・・・・・」
恐怖に顔が引きつった綱吉だった。



「こ、このガキを殺されたくなかったらおとなしくしていやがれ!」
「てめぇっ!」
殴りかかりそうになる獄寺を山本が止める。
「ふ、ふん、そうだ。ボンゴレの十代目は一般人には絶対に被害を出したがらないそうだからな! この日和見マフィアどもめ!」
「・・・・は」
「え?」
「ああ、そういうこと」
どうやら。
綱吉は一般乗客と間違えられたらしい。
つまり敵さんはまだ誰が十代目かわかっていないと。
というかXANXUSであるという誤解が定着しそうだと。

いいのか、刺客。


「とっととボンゴレ十代目の顔を拝ませてもらおうか」
「・・・いや・・・」
いいにくそうに山本が口ごもる。
貴方が人質にしているのがそうです、とはいえない。
多分言っても信じてもらえないと思うし、綱吉がこれだけ怯えている演技をしているのだから、ばらさないほうがいいのだろう。
かといって、他に代役が勤まりそうなのもいないし・・・
「言わないならけっこうだ。俺たちはここで死んでもいい」
「・・・」
「この機体に穴を開ければ一発だ。まだまだ仲間はいるんだ・・・」

どすっ べしっ がすっ ゴキャッ

「な、なんだ!?」
慌てた男が綱吉を人質にしたままエコノミーへと引っ込む。
後を追った守護者達が見たのは、犯人と思しき人物をことごとく殴り倒している笹川の姿だった。
・・・そういえば専門:ボクシング。
「貴様か!」
「貴様極限何をしている! 綱吉から手を離せ!」
「え?」

笹川の巨大な声が空気をゆるがせたのとほぼ同時に。
男は。
空を舞う。


「ふん、逃げ場がないのはソッチも同じだ」
一本背負いを決めた綱吉は、べちゃっと叩きつけられた男を見下ろすと、その顔に表情を浮かべないまま彼の右手に靴のかかとを振り下ろす。
「ぎゃあっ!」
「隼人、了平さん、全員縛り上げろ。XANXUS、拘留用にファーストクラスを開けてくれるように連絡を。ヒバリさんは武器の回収。山本は乗客を落ち着かせろ」
「「了解」」










乗客を丸め込み機長には事情を説明し(若干ゆがめたかもしれないが)、綱吉が獄寺と笹川に護衛されつつ元の席へと戻ると、残った山本とXANXUSは縛られている男達を見下ろした。(当然雲雀はとっくにビジネスのXANXUSの席で寝ている)

猿轡をはめられた男達の数は十名。
その中でもなんとなくリーダーっぽいの(by綱吉の超直感)引っ張りあげて、山本はシャツの腕をまくった。
「お前がするのか」
「血を出すと臭いがするだろ」
さらっと十八歳らしからぬことを言い、ポケットから何かを取り出す。
それは鉄の板と――・・・ネジ?

「何だそれは」
「ついでにこれかな」
工具のようなものを取り出した山本は、鉄板で男の親指を挟む。
何をするか察しがついて、XANXUSは頬をひくつかせた。
「さて、と。こんなもんだろ」
猿轡ははめたままだ。
当然、悲鳴を上げられると迷惑だから。

「テメェのファミリーはどこだ、アンフォッシファミリーか」
男はXANXUSを睨みつける。
山本がいつもと同じ爽やかな好青年の顔のまま、きりと少しだけネジを閉めて鉄の板の締め付けを強くする。
とたんに、男の顔色が悪くなった。
「ぐ・・・」
「素直に答えるか」
「・・・・ぐう」
答えはNOらしい。
山本がまたすこし締め付けを強くする。
「ぐうっ・・・」
男の額に脂汗が浮かぶ。
相当の苦痛を与えているらしい。

「・・・面倒だな」
ぼそりと呟いた山本が、死人の形相が浮かんでいる男の喉に手をかける。
「おい」
「一つぐらい死体があったほうが他のやつらの口が軽くなる。ツナは不殺でも、俺はそうじゃない」
ぐい、と手に力がこめられる。
山本の周囲の空気が張りつめる。
触れたら切れそうな鋭い刃の立ち並ぶ空間に、XANXUSすら踏み込めない。
「あと九人いる。お前は死体になれ」
「ぐっ・・・ぐううう!!!」
「話すようだぞ」
どけてやれ、とXANXUSは山本の手を引き剥がし、恐怖にふるえる男の目を覗き込んだ。
「俺よりこいつの方がやばいんだ。とっとと吐けよ」
「う、うぐうぐうぐ!」
「そうか。で、犯人はどれだ。アンフォッシかボナッタかブランゾーリか・・・ブランゾーリか」
最後の名前に大きく男は頷く。
XANXUSは猿轡を解いてやった。
山本はしぶしぶといった様子で親指を締め付けているねじを緩める。
「ボンゴレ十代目の暗殺が目的だな。他には」
「ぼ、ボンゴレリングを・・・」
「・・・・・・ほほぅ、ずいぶんと中心部の情報が筒抜けてんじゃないか。なあ、山本」
「仕事が増えちまったな」

ホームランを打ったときのような笑みを浮かべて、山本は立ち上がった。













空の旅は不幸なことに盛大に滞りつつも、とりあえず一同は空港へと到着した。
ぜーはーと息切れがしているのは気のせいではないと思う。
「と、とりあえずついた・・・」
「だな。迎えって誰だ」
「確か・・・」

「う゛お゛ぉい゛! 災難だったなあ!」
「スクアーロ。待たせてごめんね〜」
へろへろの顔で手を振った綱吉にずっかずかと歩み寄ると、スクアーロは面子の顔を確認する。
「全員いるなぁ゛! よし、行くぞ!」
「ちょっと、一つ言っておく」
自分でトランクを持たず、さっくりと山本に持たせていた雲雀が歩き出す前に口を開いた。
「三食和食を用意させてね。口に合わなかったら帰るよ」
「ああ、大丈夫ですよ。ね、スクアーロ」
「・・・・・・俺か」
「当然。安心してヒバリさん。スクアーロは和食がすんご〜く上手なんだよ」
「俺の親父の仕込みだからな!」
「そう、それなら快適なら滞在になりそうだね。不味かったら、咬み殺すからね」

トンファーを構えて言った雲雀の肩の上で、ヒバードは鳴いた。

「カ〜ミコロスッ♪」

 


 





***
一応、拷問は強面のXANXUSより温和そうな山本のほうが怖いんだぞ。
っていうギャップで相手を怯えさせるという作戦でした。

素かもしれないけどな。