無言で。
無音で。
膝を折って。
恭しくその手のリングに唇を寄せる。
「獄寺隼人、君の覚悟と、命と、忠誠を俺に――」
「捧げます」
すべて、ささげます。
さしあげます。
あなたがのぞむままに、すべてを。
<お前は友人 俺は片腕>
「隼人」
少し、少しだけ高い十代目の声が俺を呼ぶ。
振り返って駆け寄った。
まだ成長期の十代目は、目線が俺より低い。
それでも中学の頃とは見違えるほど成長された。
いや、十代目はもちろん最初からすごい方であったけれど。
出合った時からずっと世界で最高の方だけど。
ここ数年、精悍さが増した。
あどけない表情は、アホ牛やイーピンや、フゥ太とか――山本の前でないともう見られない。
・・・すこし、さびしい。
ずっと笑っていてほしかった。
あの時、俺は何もわかっていなかったガキで、十代目は十代目であると――それが当たり前のことだと思っていた。
だけど俺はあの頃から薄々わかっていた。
十代目は、マフィアにしてはいけない方なのかもしれない。
この平和な国で、ずっとあんなやさしい笑顔で、綺麗な手のまま生きていくべきなのかもしれない。
俺の手は、とうに汚れているけれど。
だから汚すなら俺の手を。
そう言ったのに、そう励んでいたのに、あの方は。
自分の手で敵を撃ち殺して。
冷めた目で安全装置をかけなおして。
無表情のままで天を仰いだ。
額に炎はない、あの身が震えるほどの覇気がない、いつものあなたで。
呆然と突っ立ったままの役立たずの俺のほうを向いて。
「どうしたの、担任が呼んでたよ」
「あ・・・すいません、十代目」
「うん、早くこいって言ってた」
「十代目、先に戻っていてください」
「ううん、隼人が終わるまで待ってるよ」
柔らかい言葉に背中を押されて俺は廊下を走っていく。
足音に雨音が重なる。
そうだ。あの日は雨がふっていて。
あなたは地面に吸い込まれる血をただ見下ろしていて。
その目をそっと伏せて。
俺は何も言えなくて。
声をかけたのは山本で。
「隼人」
呼び止められる。
相変わらずの声で。
やさしく俺をつなぐ。
「はい、何ですか」
「ネクタイ、締めたほうがいいよ」
あの先生、うるさいんだから。
駆け寄ってネクタイを触られる。
俺は無言で十代目にされるがままに甘んじた。
「待ってるからね」
もう一度言って、十代目は教室に戻る。
俺は階段を下りながら、口の中で言葉を転がした。
「・・・mio Decimo」
俺はあなたの安らぎにもなれませんか、あいつのように。
*******
無言で。
無音で。
膝を折って。
恭しくその手のリングに唇を寄せる。
「獄寺隼人、君の覚悟と、命と、忠誠を俺に――」
「捧げます」
ささげない。
おれはおまえになにもささげない。
いのちもこころもなにも。
<俺は友人 お前は片腕>
「山本」
手を振られて見上げる。
少し伸びた茶の髪、まだ同世代に比べれば小柄だけれどもあの時よりずっと大きくなった体。
けれどあいつの笑顔は変わらない。
「今帰り?」
「まーな、後輩の指導しててさ」
そうなんだ、と目を細めてなにやら楽しそうな顔になった。
俺が後輩に指導しているのを思ってそうなったのか、それとも一度も参加できなかった部活動に思いをはせていたのか。
ツナはあの日、決めてしまった。
俺にも誰にも相談しないで、たった一人で決めてしまった。
俺の手より二まわりも小さな手を血に染めることを。
硝煙と裏切りの世界で生きていくことを。
「お前は何してるんだー?」
「隼人を待ってるんだよね」
先生に呼び出し喰らったみたいでさあ、と笑った。
「帰宅時間が遅れると、赤ん坊に叱られねーか?」
「山本、リボーンもそろそろ赤ん坊じゃないんだから」
なおしてあげてよ、と困ったように微笑みながら訂正する。
相変わらずだなあとこぼして、嬉しそうな表情をする。
そんな顔をするから。
俺は道化を止められない。
知っていた。
ツナが関わっているのはごっこなんかじゃない、マジなもんだとわかっていた。
だけど知らない振りをした、少しでもツナがそれで楽になるのならそれでいいと。
今だって、俺の鞄の底には拳銃が忍び込ませてある。
背に背負ったスポーツバッグには、時雨金時が入っている。
それでも俺はにかっと笑って、言う。
「赤ん坊じゃないなら、マフィアごっこもほどほどにしとけって言っとけよ」
「あはは、わかったよ」
ツナもわかってはいるだろう。
俺がこれがもう遊びじゃないことぐらい、わかっていると。
だけど俺は極力そう振舞う。
たとえ俺の射撃の腕がXANXUSを唸らせるほどになっていても。
銃を打ち続けてできた肉刺が破れていても。
服から硝煙の臭いが立ち上るのを消臭剤でかき消して、つぶれた肉刺は刀で打ったと偽って包帯を巻いた。
「ツナ」
「なあに?」
「俺も一緒に獄寺を待つぜー」
「ありがと、じゃあ教室にいるね」
手を振って引っ込んだツナのいるだろう俺達の教室に向かうべく、俺は下駄箱へと足早に歩いた。
階段を登りながら、手摺を強く握り締める。
俺に忠誠はない、あいつと違い。
*******
爆音と衝撃と。
そして熱。
<俺は友人 俺は片腕>
ちょうど教室に戻ってきた獄寺は、背後からの爆風に瞬時に反応する。
それは綱吉も山本も同じで、三人は唐突なことであったにもかかわらずベストの対応をとった。
ただ計算外であったのは、さらに攻撃が重ねられたということ。
「ツナ!」
「山本!」
鋭い声に相手の無事を確認し、山本は刀を持って教室を飛び出す。
「十代目・・・ご無事ですか」
「隼人、しゃべらないで」
小さく獄寺が咳き込むと、綱吉の胸に血が飛ぶ。
遠距離から放たれた弾が獄寺の体に入り込んで止まっていた。
むろん、彼がかばわなかったらそれは綱吉に当たっていただろう。
「よかっ・・・た。十代目、はやく逃げ・・・」
「隼人も一緒にね。立てる?」
肩を貸されて、獄寺はゆらりと立ち上がる。
共に数歩歩いた先のそこに、黒い影が立っていた。
「校内でなにしてるの」
「すみません」
「怪我人までだして、床が汚れるじゃない」
「チ ダラケー」
眉をひそめた雲雀の腕の一振りで、風紀委員が担架を持ち出してくる。
あれよあれよという間に獄寺は担架で搬送されていった。
雲雀は腕を動かしただけ、綱吉にいたってはまったく動かないまま静寂が落ちる。
「・・・君さ」
「はい」
「あれが怪我して平気なの。前はもっとぴーぴー泣いてたのに」
「ハクジョウ モノー」
ヒバードの声に綱吉は困ったような表情を見せる。
そういうわけじゃないんです、とぼそり呟いた。
「隼人は俺の片腕ですから」
「あっちは違うんだ」
「山本は友人です。違います」
ふうん、と雲雀の口元が吊りあがった。
目を開けるとにゅっとあんまり見たくない顔が見えた。
なにしてんだと舌打をしたくなったが、胸に激痛が走る。
「痛むか」
「てめっ・・・山本、何してんだ」
聞くまでもない、綱吉は山本の肩に頭を預けて目を閉じていた。
そんなことを彼がする相手など限られていて――獄寺はその経験はまったくない。
「ツナが寝てるから静かになー」
口調はいつもと同じに軽い山本の顔は、それとはまったく別の感情を浮かべていた。
「いいな、お前は」
「何がだよ」
「さっき、ツナはお前の後ろから出てさらにお前をかばうこともできた。だけどしなかった」
「あったりめーだろうが! 十代目にそんなことさせられっか!」
「ツナはお前なら、傷つけてもいいと――自分を守るために傷ついてもいいと、思ってるんだな」
言いたいことがわからないと言いかけた獄寺は、思い当たる節があったので口を閉じた。
そしてあの時のことを思い出した。
彼に安らぎも平穏も幸せも与えることができなかった。
だから自分は誓った、全てを捧げると。
ボンゴレ十代目に、沢田綱吉に。
だからその身でもって助けるのは当然のこと、守るのは当たり前のこと、傷つくのは名誉。
「てめーは・・・」
彼の安らぎと平穏の欠片を用意することができた。
だから自分は誓っていない、友人だったから。
ゆえに彼をその身を呈して助けることができない、綱吉自身もそれを拒む。
それを犯した時、守りたかった人を傷つけたことを悟った。
「俺が、十代目の片腕だ」
「俺が、ツナの友人だ」
ここは誰にも譲れない。
***
後半意味不明。
とりあえずツナの独白を入れないと通じない話。
でもツナはあえていれないかんじ(酷
獄寺→自分の血であり肉
山本→心を休めてくれる場所
こんな感じだと思いますツナ的に。
つまり「隼人は俺のものだけど山本は違う」って言ってほしかっただけ。
(ただのCPになるから言わせれなかっただけ)