俺は地元で有名な不良だった。
そんな俺は当然高校も「もめるのが面倒だから」という理由で卒業させてもらって。
そして親が金を積んで入れた大学の入学式をバッくれた。
ついでにちょっとした恐喝事件でとっ捕まった。

親はとうとう俺をアメリカへ飛ばすことにしたらしい。
語学学校に通いながら大卒の資格をとれってことだ。
ばかばかしい。


当然俺は親の送ってくる学費で遊びまくった。
そして気がつけば、この街のちょっとした深いトコまで足を突っ込んでいた。





<さる日本人の話>





「おい、サトはいるか!」
「マットーさん。どうしたんスか」
部屋にはいって来た上司に俺は返事をする。
とりあえず高校時代死ぬほど嫌いだった英語はしゃべれるようになった。
スラングだらけで、筆記は相変わらずダメダメだけどな。
「お前運転できたよな」
「もちろんッス」
「ちょっと人が来るからな、お迎えに上がってくれ」
「迎え? 客?」

俺はソレを聞いて眉をひそめた。
確かに俺は下っ端の使いっパシリだが、そんなことさせられるほど下っ端じゃない。
現に今だって少年チームのリーダーだったし、柔道合気道経験者でもあって、喧嘩ばっかりは腕が立つので重宝されてた。
はず、なんだが。

「俺ッスか」
「上の命令は絶対だ」
「・・・ッす」
「まあ、半分は相手がお前と同じぐらいのジャップだからな」
「え?」

俺はそんなにオッサンじゃない。
年のころはせいぜい二十。
その俺と同い年の日本人が、客?

「表の仕事は俺じゃないッスよ」
「知ってるよ、こっちだよ」
「俺と同い年の? ジャップ?」
「そうだよ、ええと空港で見た奴曰く『ジャップが一人、年は十五六』だってさ」
へえ、と俺は肩をすくめる。
「今から出ればちょうどいい時間に空港に着くからな。迎えを頼んだぞ」
「護衛は?」
聞いてみると、マットーさんは楽しげに笑った。
「お前とお前の相棒でいいだろ」
「違いないスね」

立ち上がってキーをもらいにいく。
服の中には当然、相棒が入っていた。


俺はサト。

この摩天楼で、マフィアをやっている。










車をぶっ飛ばすことしばらく、無事に空港に辿り着いた俺は、指定された便の到着を掲示板で確認していた。
特に問題なく、到着していたその便から降りてくる人の中に、「十五六の日本人」を探す。
「ああ?」
いた。
ビジネスマンや旅行者のじじぃやばばぁの隙間に、異色を放つ人間一人。
きているのはラフな私服で、俺ですらスーツだっていうのに。
手には大きなスーツケースをもって。

混雑の中、その日本人にしては色素の薄い目が、まっすぐに。

まっすぐに俺を見た。

「ええと、ハロー? あれ、君日本人?」
「・・・だよ」
流れてきた流暢な母国語。
久しく聞いていなかったそれに懐かしさを感じた。
「名前は?」
「・・・聡史。サト」
「俺はツナ。迎えは君だけ?」
「ああ」

ありがとね、とにっこり無邪気に微笑んですたすた歩き出したその子供の腕を俺は掴む。


こっち関係の客なら、こいつもマフィアの関係者なんだ。
どこからどうみても日本に普通にいそうな高校生なんだけど。

「お前、何でこんなことしてるんだ」
「え? 俺何かやった?」
きょとんとした顔で聞かれて、もしかして何も知らないのだろうかと思った。
まあ、あんまり聞いてもわかんないだろう、下っ端だろうし。
「いや、いいや」
とりあえず気にしないことにした。
ワケアリなのはこいつもだろうしな。


とりあえず車の助手席に乗せると、シートベルトをして珍しそうに外の景色を見る。
「アメリカは初めてか?」
「初めてじゃないけど・・・でも道路が広いから。イタリアは道がそもそもないからね」
笑いながらそう言ったツナは、楽しそうな顔で外を見る。
まったく、危機感がない奴だ。
一応マフィアだから、ドンパチの可能性もあるのに。
・・・まあ、こんな下っ端単独にはねーか。

「お前、どこのファミリー?」
「あれ? 君は?」
「俺はヌーボファミリー」
「俺はボンゴレだよ」

ボンゴレ?

ボンゴレファミリー。
南イタリアを、ひいてはマフィア全土を総括しているマフィアの中のマフィア。
そこのボスはゴッドファーザーと呼ばれる。

「ボンゴレ!?」
「あ、うん」
聞いていなかったのかな、と困ったように微笑まれて、俺は絶句した。
そんなトコのやつなのか。
いくら下っ端でも、俺が迎えに行くわけだ。
「凄いなお前」
「そう?」
そういやボンゴレはしばらく前にボスが代替わりしたはずだ。
その件できたのかもしれねーか。

「サトはこの世界で長いの?」
「ああ? いや、まだ二年ぐらい」
「へえ、そうなんだ」
「ツナは?」
「俺もソレぐらい・・・かなぁ」
「お前、いくつ?」
興味本位の質問だった。
二年前からということは、せいぜい中学の時からやっていたってことになる。
「俺は二十歳だよ・・・見えないって言うんだろ・・・」
「はぁ? 見えない」
やっぱりぃ、と項垂れたツナはすねたように口を尖らせる。
日本人は西洋人より若く見られるけど、ツナの幼さっぷりは尋常じゃない。

「二十歳かー」
「サトはずっとアメリカにいたの?」
「いや? 俺は高校まで日本でな。クソ親がうるっせーからよ、アメリカで好き放題やってんだ」
「親御さんは、知らないの?」
「知るわけねーだろ、俺がマフィアやってるなんて知ったら卒倒すらぁ!」
知らせたらきっと血相変えてこっちにくるだろう。
でも俺は帰らねぇ。
笑ってやんだ、あいつらのこと何て。

「・・・心配してないかな」
「うるっせーよ。ツナはどーなんだよ」
「俺は・・・俺は、父さんは知ってるよ。母さんも、知ってる」
「マフィアだってかぁ? お前の親はマフィア?」
「・・・ううん、違う、かな」
曖昧な言い方をして、ツナは目を悲しげに細める。
どうしてそんな目をしたか気になって聞いてみると、ううんと首を横に振られた。
「俺が勝手だよ。でも、サトのご両親がかわいそうだなって」
きっと心配してるから、と呟いたこいつの事を、俺はよおく飲み込んだ。


こいつは天性のお人よしの、ボンゴレの下っ端。










用事はとっとと終わったらしく、アタッシュケースをそのままマットーさんに渡せば終了だった。
返答がくるまで待つのだと笑いながら言ったツナを、俺は外に連れ出した。
「サトさん、ちわっす!」
「よぉサトさん、よってかねーのか?」
「サトさん! どうしたんすか?」
口々に言ってくる仲間や知り合いに手を振って答えながら、俺は隣のツナを手招いた。
「へえ、サトは有名なんだな」
感心したように言われて、少し得意になった。

苦節といえるかどうかは知らんが、俺だってそれなりに苦労はしてる。
やっと認められたわけで、今は盛大に得意になっていた。
「どうだツナ。いきたいところはあるか?」
「俺、アメリカのことはよく知らないか・・・」
言いかけたツナは口を閉じる。
俺が振り返ると、苦い顔をしていた。
「どうした、ツナ?」
「サト、逃げよう」
「はぁ?」

ここはヌーボファミリーのシマだ。
何で逃げる必要があるんだか。
そりゃあ治安は最悪に悪ぃけどさ・・・天下のボンゴレでも下っ端は臆病か。
「大丈夫だよ」
「ちがうって! 逃げようっていっ」
俺を引っ張っていたツナの腕は、次の瞬間信じられない力で俺を突き飛ばす。
何するんだと叫ぼうとして、俺は事態を理解した。


囲まれている。
黒光りする拳銃。



「ボンゴレの使いだな」

相手は敵対ファミリー。

「お前たちは何者だ」

ツナが答えた。
俺と話している時とはまるで違う、低い声だった。

「我々はオッグファミリーよ」
「ああ、ここにも麻薬をばら撒きにきたのか」
すうっとツナが目を細める。
相手の男たちはげらげら笑った。
「ヌーボファミリーは目障りだ。貴様を殺してそれをヌーボファミリーのせいにする」
「・・・・・・なるほど、オソマツすぎて涙が出るよ」
「ツナ――」
「サト、そこにいろ」

琥珀の瞳に焔が灯った。


次の瞬間、ツナの姿は消えていた。







「サト、帰ろう」


我に返った俺にツナが手を差し伸べている。
はじめてあったときと同じ、幼い顔で。
「つ・・ツナ、お前」
強かった。
拳銃を持った十人以上の男の前に、ツナは圧倒的な強さを見せた。
「お前・・・何者っ・・・!」
「俺は、ツナ、だよ。ほら、いこう。もっときたら困るから」

俺は震える手でツナの手を握った。
こいつは素手だった。
それなのに目にも止まらぬ速さで、十人はいた敵を一瞬でなぎ倒した。



それ以上敵が来ることはなく、俺たちはすぐにヌーボファミリーが経営している酒場へと戻ってきた。
見えてきた入り口にほっとした俺が駆け寄ろうとしたのに、前を歩いていたツナがぴたりと足を止めた。
「ツナ?」
「・・・逃げたい」
「は?」
今度は何からだ。
俺が慌てて頭をめぐらせたが、何もない。

「ツナ!」

中から声がして、バンッと音を立てて扉が開く。
そこから出てきたのは、一人の東洋人だった。


黒いスーツで、灰色のシャツの上に水色のネクタイを締めている。
仕立てがよくって、イタリアの有名ブランドのスーツであるのは間違いなかった。
それを東洋人にしては長身な身体に着ている。

「や、山本・・・」
俺の傍らのツナが呟く。
・・・知り合い?

「ツナ! 薄情にもほどがあるぜ、俺に一言言ってくれよ」
「いや、急に決まったコトだったし」
「獄寺とかヒバリなんか怒りメーターぶっきれてたぜー?」
「ひぃ」
高い声をあげてツナは首をすぼめる。
そんなツナを見下ろしているのは、日本語をここまで流暢にしゃべるんだから日本人だろう。

「ツナ、こいつは・・・?」
「ああ、山本。山本、こいつはサト」
「・・・護衛?」
「兼運転手で案内人かな。ありがとなサト、世話になった」
にこっと笑ったツナの頭に手を置いて、山本は目が笑っていない笑顔でツナの顔を覗き込んだ。
「さあツナ、XANXUS以外には誰にも何も言わずに出て行ったワケ、おしえてくれっよなー?」
「・・・うう」
肩を落としたツナを山本は勝手に店の中に連れて行く。


今までの会話を総合すると、ツナは勝手に向こうを出てきたらしい。
そんでもってあの山本というのは、ツナとは親しいみたいだ。
まあ二十歳前後に見えたし、そんなもんだろう。
ただ、ツナと同期ってにしては山本のスーツはやけに仕立てがいいし・・・
気に入られて幹部になった元同期ってトコか?
そんでもってツナの勝手な行動に怒ってる、とかか?

わけがわからないまま、俺はツナと山本の後に続いて店に入る。
・・・やっと戻ってきた。
そうため息をつきたかったんだが、それは店にいた人物のせいで吹っ飛んだ。

「どもさん。見つかったぜ」
「おお、ご無事でしたか!」
両手を挙げて迎えたのは。


俺の。


ヌーボファミリーの。





ボス、だった。







「そう無事でもないだろ。一戦やらかしたな、ツナ」
「あははははは・・・まあ、ね」
「どのおおばかものですかそれは!?」
「オッグファミリーだよ。ずいぶんタチ悪いね」
「申し訳ありません、我々の力が至らなく・・・」

ボスが頭を下げた。
俺は顔もろくに見たことのないあのボスが。
ツナに、頭を下げていた。

ツナ・・・お前、なにもんだよ?


「いいですよ、欧州で奴らに甘い汁を吸わせたのは俺の落ち度ですから」
「・・・必ず我々の手で」
「・・・それも、いいですよ。山本」
「おう! 下調べはしといたぜ」
「ドン・ヌーボ。本部に連絡を取りたいので国際ラインを」
「ただいま! おいっ、そこの! そこに突っ立ってないでとっとと用意をしてきやがれ!」

呼ばれたのに、俺は動けなかった。
目の前の現実が理解できなくて、ぐるぐると会話だけ耳に飛び込んできていた。
早口で交わされる英語の中で、ツナの言葉だけ妙に聞き取りやすかった。

「おいこら!」
「お、おい、ツナ・・・」
震える日本語で問いかけた。
「お前・・・何者?」
ふわり、と。
であったときと同じ顔で。
ツナは笑って、それからちょっと困ったような顔になった。


「改めまして、サト。ボンゴレ十代目沢田綱吉、だよ」
「・・・・・・・・・え?」

ぼんごれじゅうだいめ

ボンゴレ 十代目

ええと、たしか少し前に代替わりをしたわけで。

今までのゴッドファーザーはボンゴレ九代目だったわけで。



ということは。






「・・・・ええええええ!?」

指を差して絶叫した俺の失礼な態度に、当然俺のボスは顔を真っ赤にして怒り狂ったらしいが、ツナの横にいた山本が爆笑したので帳消しになった。


らしい。











翌朝。
というか翌夕。

「・・・いた、い」
肩を貫く痛みに顔をしかめた俺に、ツナが心配そうな顔で覗き込んだ。
「大丈夫サト」
「へい、きだよ。くっそ、もう夕方じゃねーか」
「おー、やっとおきたかー?」

昨晩のこいつらは思い出せば凄かった。
なんせ(なぜか俺を引っ掴んで)二人でアジトに乗り込むとそりゃもう鮮やかに敵をぶっ飛ばしまくった。
それでいて死者は一人も出てないとかどれだけデタラメに強いんだ。

・・・その横で俺はたいそう情けなかったわけで。
唯一マトモに動いた瞬間といえば、背後からツナへ向けた弾丸の弾道に飛び出したことぐらいであり。
結局、あれだけ強いツナが避けれないはずはなかったわけで。


・・・ぶっちゃけ俺が一人怪我して終わったと。


「サンキュ、な。サト」
「え」
山本にそういわれて、俺は首をかしげる。
礼を言われる心当たりがねーっつーか・・・罵倒される覚えはあるが(しかし俺をあんなトコにつれてくんじゃねーよ! 道案内係だったとはいえ!)
「うん、ありがとねサト」
「いや・・・俺は」
「かばってくれてアリガト」

笑ったツナに頭を撫でられて、俺は舌打ちをする。
瞬間、二人の身分を思い出して青ざめた。

そうだった。
ツナはボンゴレの十代目。
山本もその幹部だ。
俺ごとき下っ端が口を利くどころか、顔を見るのも問題な二人じゃねぇか。

「サト、お願いがあるんだけど」
見た顔を忘れるのは不可能だと思う。
でも俺を殺すのだけはやめて欲しい・・・
「ヌーボファミリー抜けない?」
「はぁ?」
「・・・マフィア、辞めない? 家に帰らない?」
「か、かえらねーよ! 今更帰ったって」

今更帰ったって、親とは絶縁しているようなもんだ、金はくるけど。
それに俺はもう、あの国には戻りたくない。
コンビニぐらいだぜ、懐かしいモンは。

「うーん、じゃあ」
じゃあね、とツナはやっぱりあの普通の少年の顔で笑って、俺にまったく別のアイディアをだしてきた。











黒いスーツ。
白いシャツ。
鮮やかなオレンジのネクタイ。

そのネクタイの理由を、今の俺は知っている。

大空の橙。
十代目の色だ。

「ですから、お宅の聡史さんをわが社で採用させていただきました」
「・・・は、あ」
いきなり帰ってきた息子の俺に、お袋も親父もあっけに取られていた。
・・・まあ、そうだろう。
音信不通だった上に、不良オブ不良の俺がいきなり帰国。
しかも変な二人と一緒。

「先日、こちらの若社長が連れてこられまして。確かにこれからのわが社に必要な人材と思い急遽採用させていただきました」
「あの・・・」

話しているのはツナじゃない。
銀髪を肩の辺りでそろえた、これまた長身の男だった。
年は俺と変わらない。
名前はたしか――・・・ええと、ハヤトとか。
十代目の右腕らしく、事務とか取り仕切って助かるんだとツナは言っていた。

「わざわざ説明に上がりましたのは、仕事場が主にイタリアとなりますので、なかなかご実家へ戻れないことへの説明でして」
「は、はあ・・・その、ええと、愚息のなにがそれほど」
「聡史君はいいひとですよ。それに、とっても頑張り屋さんだから」
初めて口を開いたツナに言葉に、俺の両親はぱっくりと口と目と両方開いた。

それだけ言っておいて、二人はとっとと部屋を出て行ってしまう。
今晩だけ俺は実家に泊まって。


明日はもう、イタリアへいくらしい。
・・・アメリカから直行してるから、行ったこともない国だけどな。


「聡史・・・お前・・・」
「あ、あのさ・・・」
もちろん親に言った会社名は表向きだ。
経営しているのはマフィアだし、俺はたぶんマフィアのほうの所属になる。
ま、わかんねーだろーけどさ・・・

「聡史、お前、本当、心配かけて・・・」
泣いたお袋の肩を親父が叩いた。
「聡史、ありがとうな」
礼を言われる意味がわからない。

「ちゃんと就職まで決めて帰ってきてくれて、親孝行、ありがとうな」

「・・・・・・うっるせーよ、クソ親父」



せめて数年に一度は戻れないものかと、ボスに掛け合いたくなった。







***

獄寺「で、アイツは何に使うんですか、十代目」
綱吉「若手のグループを任せてみようかなと」
獄寺「あんな奴にですか!?」
綱吉「二年でヌーボの若頭って相当だしね。それに、会って間もない俺を守るために命かけれるとか、すごいとおもうだろ」
獄寺「・・・まあ、その点は認めてやってもいいですけどね」