「・・・ねえ、ちょっと・・・これはどういうことなの・・・?」
肩を震わせた雲雀に、綱吉はなんの躊躇いもなく土下座した。
「すいませんでしたッ!!」
「これはどういうことなの、沢田綱吉」
「あうあうあう、説明がちょっとむずかしいっていうか」
「するの、死ぬの」
「全力で死ぬ気でするんでちょっと待ってくださいぃ!!」

真っ青になった綱吉がばっさばさと資料を床にばら撒いて、震える指でなぞり始めた。






<ヒバード誘拐事件>






ちょっとした偶然と不幸と行き違いの組み合わせで連鎖的に起こったとっても不運な事故だった。
としか言えない。
「まさかひひひ雲雀のやろーの鳥が敵のファミリーのみみ密輸にまぎれるなんてよ・・・」
「きょどってるぞごご獄寺。ちょちょちょっとは落ち着けよ」
「てててめぇだってきょきょどってんじゃねーか!」
「だだだってしかたないだろう、今回は・・・」
引きつった顔で会話をしているのは、ボンゴレファミリーのドンの右腕の獄寺と同じくドンの側近の山本だった。

ボンゴレといえばイタリアでは知らぬ人はいない巨大マフィアである。
そのドンである綱吉の右腕の獄寺といえば、ファミリーの重要事項一切を取り仕切る人物だ。
そして山本といえば下部組織を一手に引き受けているため、事実上の若頭もかねている。
そんな二人が真っ青で震えているという異様な光景であった。
その原因をつくっている雲雀恭弥は、いつもの三割増な不機嫌で殺意をこめた目を左右にふってから苛々としたように爪をかむ。
「ちょっと、まだなの」
「う、うるさい! しゅ、しゅうちゅうさせ・・・」
カチャ
「咬み殺すよ」
「ね、念写にはしゅ、集中力がいるんだぁ・・・」
ぴるぴるとマーモンまでも震えだし、終いには部屋のすみで見ていた綱吉のほうへ駆け寄ると抱きついて「お金いらないからもういやだぁ」と泣く。
金あれば幸せ、なはずのマーモンをここまで言わせるほど、雲雀の現在の機嫌はよくなかった。
というかこれと比較すると、常日頃ってもしやそうとう上機嫌?

「君も、役立たずこの上ないね」
「僕はもともと念写という能力はありません。ご自慢の情報網はどうなってるんですか」
今この状況で雲雀にマトモに接することが出来る人間はごく少数であった。
そのうちの一人である骸が、呆れたように呟いて肩をすくめる。
それが余計雲雀の機嫌を落とすのだが。
まだ底じゃないのかこれ。
「ヒバリさんのほうの情報はどうな「ねえ綱吉。そろそろ許可くれない?」
問いかけた綱吉に自分の台詞をかぶせて、雲雀はかちゃとトンファーを鳴らす。

「あ、あの、ヒバリさん」
「僕、二時間待った」
きっぱりと言い切って雲雀恭弥はドン・ボンゴレの体を軽々と持ち上げる。
さすがに獄寺がいろいろなものをかなぐり捨てて駆けつけようとしたが、綱吉の手の僅かな動作で制止される。
「あの、ヒバリさん」
「これ以上待たない。どうせ取り締まる予定だった草食動物でしょ」
言い捨てて綱吉を落とすと、ふらっと出口へ向かった雲雀に、軽く溜息をついて声をかけた。
「許可します、ご存分に・・・」
出て行った雲雀を見送っていた骸が、つまらなそうな顔で唇を尖らせる。
「いいんですかボンゴレ」
「いいもなにも・・・ああ、平和的に主犯者トッつかめれば幸せだったのに・・・」
むしろ幸せだったのに。
主犯者が。
だって綱吉率いるボンゴレに捕まったなら。


「あんちゃん、うちのシマ通過するのに無言か?」
「ひい、すいません天下のボンゴレ様! この程度でみすごしておくんなせえ」
「ばーか、弱小ファミリーからむしりとるほど腐っちゃいねーよ。荷はなんだ」
「荷は動物です、違法な感じの」
「そりゃマズいだろう、うちのボスはお嫌いなんだ」
「ひっ、まずいですか!」
「まあ、悪いがこいつらはボンゴレが預かる。さばいても大丈夫な奴だけのこしておくよ」
「はあ・・・すいません」
「まあいいってことよ、次は気をつけろよ」


てなかんじで安穏に終わっているだろう。
さすがにマフィアが一般的に守っているとはとうてい思えない事柄に関して、厳しく強要はしやしない。
・・・まあ、他に問題はあれども、だ。
とにかく、ボンゴレにおとなしくとっ捕まっておけばよかったのだ。
なのに彼らは巧みに包囲網を潜り抜けた。
そしてマーモンの念写に引っかからない(のはマーモンの動揺のせいだが)。
おかげでボンゴレの雲の守護者、雲雀恭弥が出勤してしまったではないか。
通った後はぺんぺん草も生えないと評判の彼が。

なおそのぺんぺん草にボンゴレ幹部も含まれて、いないといいが。

「じゅ、十代目・・・」
「隼人は墓碑と墓石と墓地の手配を。山本は部下を押さえつけておくように。俺は」
溜息と共に立ち上がって、綱吉はグローブをつけた。
「真に遺憾だけども、ヒバリさんより先にあちらのボスと会わなくちゃ」
仮にも一つのファミリーのボスである。
今まで散々好き勝手やらかしてくれたので、まさか。
「ペットの鳥を密輸した動物と間違えて連れて行かれてしまったことに腹をたてた幹部の一人が苛立ち紛れに殴り殺して死亡」
なんて結末を迎えさせるわけにはいかない。
それだと傷がつく。
何か大事なものに。

「・・・がんばれよ、ツナ・・・」
「・・・・・・・」

死ぬ気のオレンジの炎を額にともしたボンゴレ十代目は、まったく無言でいつも以上に据わった目をして部屋を飛び出していった。











「ミ〜ドリタナービクー ナーミモ〜リノー」
「まったく、心配かけて」
「ダーイナークショウーナクー」
雲雀の肩の上で校歌を高らかに歌いあげていたヒバードは、そこで歌うのを止めると嘴をぱかりと開いたままで首をかしげた。
「どうしたの、忘れた?」
そう言った雲雀はまた一つの死体を踏んで前に進む。
廊下は延々と先ほど雲雀が叩きのめしたファミリーの残骸で覆われていた。
いつもなら綱吉が「殺さないでください!」とうるさいから手加減していたけど、今回はそんなことしてやらなかった。
だって面倒だったし。

邪魔なそれを蹴って、雲雀は眉をしかめる。
誘拐されたショックでヒバードの記憶が飛んだなら、もっと徹底した粛清が必要そうだ。
問題は出来そうな相手がもういないことぐらいか。
いや、逃げ出した残党はいるはず。
「続きはね、大なく小なく」
「ヒーバリーガイー」
違った? といわんばかりに肩の上で首をかしげた鳥に、雲雀はわずかに唇を吊り上げて、違うね、と答えた。

 

 





***
ヒバード誘拐事件とするとヒバードを出せなかったうかつさに頭を抱えました。