「動くな! こいつがどうなってもいいのか!」
東風の吹く屋外で、柵を背にして声を張り上げる男がいる。
右手には武器が持たれ、その矛先は左手に抱えているものへと向けられていた。
柵を越えればはるか下に地面が待ち構えている。
迂闊に男に近づけば人質がどうなるか分からない。
ボンゴレの守護者と呼ばれる獄寺、山本、雲雀、骸の四人はどうする事もできずに遠巻きにその光景を見つめていた。
この距離では山本や雲雀の武器は使えず、獄寺では足場ごとくずれてしまう恐れもある上、人質まで巻き込みかねない。
なにせとても小さいのだ、いくら照準を合わせたとしても体の前に持ってこられたら確実に巻き添えをくう。
何より今声をあげている男……ボンゴレ十代目、沢田綱吉に向けて、当たらないと分かっていても投げられるはずがない。
「タスケテー、タスケテー」
「ほら早く!」
至極真っ当な顔で言う綱吉の左手には、ヒバードがちょこんと乗っかって、危機感の欠片も感じられない悲鳴をあげていた。
現在ボンゴレ守護者とボンゴレのボスで鬼ごっこが勃発中だった。
<まぬけな誘拐犯>
日々溜まっていく雲雀と骸を筆頭とした内輪でのバトルによる被害報告書の処理にブチ切れた綱吉が脱走を企てたのが始まりだった。
綱吉とて仕事を投げるわけではない、それで血が流れないのであれば多少の書類の山でも唸りながらなんとかこなす。
脱走だって月に一度くらいで我慢する。
けれど書類の内容が本来やらなくてもいい内容(被害報告書)で、あまつさえ血が流れた後始末(主に身内の)であるとしたら。
嫌気が差さずにいられようか、いやない。
という理論の下、綱吉は逃亡を開始した。
リボーンは今九代目の呼び出しを受けて、了平を伴って出かけているためここにはいない。
ランボもオフでどこかに出かけているし。
敵は守護者四名のみ。
獄寺は何だかんだ言って最後の詰めが甘いからそれほど怖くはない。
山本も綱吉の心の声を聞いて少し同情気味らしく、一日くらいならまぁ、という顔をしている。
残るは二人。
「ツナ吉……ばかな事やってないでとっととこっちにきな」
「そうですよ、綱吉君、こっちへ戻っていらっしゃい」
「俺をこんなにした張本人が何を…っ」
誰のせいでこんな逃亡劇を始めたと思っている。
誰の作った損害報告書だ。
七割方お前達二人のだ!!
「ツナキチ、イッパイイッパイ!」
綱吉の絶叫を代弁するかのように、左手の上でヒバードが相槌を打つ。
「……あんまりふざけてるとかみ殺すよ」
「それ以上近づくと、とっても不本意ですけどこれでヒバードの頭にふりかけますよ」
綱吉の言葉に雲雀の足が止まる。
雲雀への対策としてのヒバード人(鳥)質作戦だったが、思った以上に効果があるようだった。
ワックスの入ったボトルをじりじりとヒバードへ近づけると、雲雀の足が後ろへと下がる。
これをかけるとふわふわもこもこなヒバードの気がねっとりもったりしてしまうから、綱吉としてもあまり気は進まないのだが、このさいなりふりなど構っていられない。
これで四人中三人はクリアした。
残るは。
「クフフ……そんな脅しが僕に通じるとお思いですか」
「お前の幻術は俺には効かないし、万が一手元が滑ってヒバードにかかった日には雲雀さんの鉄槌はそっちにいくからね」
「…………」
「大人しく俺を逃避させればヒバードは解放してあげる」
「まったくもって腹立たしいっ……」
鳥を片手に休暇を申請するボスと、それに歯噛みをしている守護者二名。
山本と獄寺はその光景を眺めながら、その間に書類片付けた方がたぶん効率いいよなぁ、などと思っていた。
けれどたぶんこれが綱吉のストレス解消でもあるのだろうから、もうしばらくはこのままで放置しておこう。
ちょっとだけ楽しそうにワックスのボトルを掲げている綱吉の傍で、ヒバードはかかかと頭を掻きながら鳥質生活を満喫していた。
こんな光景が日常に組み込まれる日はそう遠くない。
***
どこまでもマイウェイ。