<あと七秒>
ドン・ボンゴレ十代目は左右に控える守護者より若干華奢な指に持っていた葉巻を灰皿に押し付ける。
銘柄は当然最高級。
涼しくくゆらせていたそれを、たいして減ってもいないのに平然と消すあたりでボスとしての貫禄がにじみ出ている。
「あいかわらず、もったいねーなー」
「どうせ俺は超健康志向ですとも」
据わった目で呟いた綱吉は、タバコを吸ったことなどただの一度もない。
大体吸ったらそれだけ肺がん等になる確率が高いのである、何で吸うんだアホらしい。
覚醒? んなもの元家庭教師が向ける銃口の恐怖を思い出せばことたりる。
それでも足りないなら死ぬ気モードになれば済むことだ。
というわけでこの系列のブツのお世話になる必要はない。
なんだってこの業界の人間はすぱすぱ吸う男がカッコイイと定義するのかわからん、というのが綱吉の持論であった。
なお、スポーツマンな山本も半ば本能的に喫煙は遠慮している。
吸わないということはないらしいが。
獄寺については誰も何も言っていないが、二十歳になったころにはスパスパ吸うのはやめていた。普通の逆だ。
「お待たせしました、ドン・ボンゴレ」
「それで、ドン・カブリーニ。真相を教えていただけますか。あなたの要求どおりに護衛は二名だけにした」
「――真相はもちろんお教えしますとも・・・あなたの心臓をえぐりだしてからね!」
その叫び声が合図だったように、部屋の扉という扉から彼の部下が入ってくる。
「・・・ドン・カブリーニ。まったく遺憾です」
完全に流暢に操れるようになったイタリア語で、日本語でも言わないような言い回しをし、綱吉は椅子に座ったまま動かない。
代わりに右手を上げ、指を一本立てた。
「あなたはさまざまな意味で軽率です。一つ、俺が本物のドン・ボンゴレかを確かめなかったこと」
ドン・カブリーニの顔が変わったのに微笑んで、綱吉はもう一本指を追加する。
「二つ、護衛を許したこと。しかも二名も」
獄寺と山本は綱吉が最も信頼する二名だ。
実力で、というだけではなく、その忠義・能力・そして生存力。
「三つ、俺を平和主義の日和見ボスだと思っていたこと」
軍隊放棄して積極的戦争を全面否定した日本の血を濃く受け継ぐ綱吉は、当然の顔をした徹底平和主義者であった。
血を流さず、話し合いで解決する。
たとえ時間がかかっても、資金がかかっても、ファミリーの血を流さずにすむのなら。
「以上があなたの間違いでした。なんて言ってる間に終わりそうですね」
丁寧に講釈しながら微笑む綱吉の後ろでは、山本が敵を一人残らず切り伏せている。
獄寺はというと、動けないドン・カブリーニの後ろの調度品もろもろを調べ、なにやら仕掛けを施していた。
「ああ、四つ目のミスですが」
いつのまにやらグローブを出現させていた綱吉が、笑顔で立ち上がる。
もちろん唯一その場に五体満足で残っている男は、その気迫で動けない。
「俺の拳銃取り上げたことでしょうかね」
仕事部屋には葉巻ではなく、甘いハチミツの香り。
部屋に入った雲雀が眉をしかめたのも仕方のないことであった。
「何してるの」
「あ、雲雀サン。ランボがディズ○ーランドに行ってきたらしくて、お土産のハチミツ飴」
「・・・・・・」
何でマフィアがディズ○ーランド。
なんでお土産がハチミツ飴。
何でここでそれを食う、十代目。
「一つ食べる?」
「・・・・・・結構だよ」
「ヒバーリー アメー タベールー」
「うるさいよ」
肩に乗ったヒバード(命名者不明)がぱたぱたと羽をばたつかせて鳴くと、少しだけ雲雀の表情が緩む。
「ミードリタナビクー」
「それもいいよ」
「ヒーバリヒーイーバリー」
「・・・・・・同じ調で歌うな」
「ブッ・・・あははははははあははははは!!!!」
いきなり十代目が指差してひっくりかえった。
それどころか床に伏して痙攣までしている。
さてそろそろ声がウザいから噛み殺そうか。
「あっ、トンファーは待って! その前に、ええと、何の用?」
用事もないのにこないだろうというのは暗黙の了解だ。
雲雀は群れるのを嫌う。
ここに来るのもすなわち群れることだ。
まあ、仕事上しかたなくなのだが。
「ドン・カブリーニが全身大火傷を負って、かつ凍傷で手足の指と鼻を切断する羽目になったらしいんだけど。説明をしてくれる?」
「ええと、まず凍らせてから焼いたので」
「綱吉。君はもうちょっとオノレのタチバというか僕のクロウというか、タイメンというかその辺の漢字を変換できてる?」
じゃき。
今度こそ雲雀のトンファーがスタンバイされた。
「最近漢字を拝んでないから、あやしい、なーなんて・・・」
目を泳がせた綱吉に、いい笑顔の雲雀がにじりよった。
「そうか。じゃあたまには僕に、君の死体処理をさせてもらおうかなっ!」
「何度も俺の死体なんか処理できませんよ!」
悲鳴を上げてとびすさった綱吉のグローブ装着まであと二秒。
雲雀の肩から飛び立ったヒバードが、大音量で歌いだすまであと五秒。
その歌声に綱吉が戦意喪失して笑いこけるまであと七秒。
***
最強・ヒバード。