若い頃は多少の無茶をやってこそ若者というものである。
けれどそれにも限度というものはある。


 

 


<さよなら俺の青春ライフ>

 

 



中学時代のおよそ二年間を波乱に満ちた非日常に浸かって過ごした綱吉は、せめて高校の三年間は、平穏とは言わずともごくごく平凡に過ごしたいと思っていた。
ほとんどが出身中学の違うクラスメイトに囲まれれば、学校でくらいはのんびりと日常を謳歌できるんじゃないか。
なんてことを、ほんの少し、少しだけ期待していたのだ。
高校を卒業してしまえば「平穏」とか「平和」とか「安穏」といった言葉とかけ離れた世界に頭の先まで沈まなければならないのだ。
せめて残された時間は心穏やかに過ごしたいというものではないか。
それが人の心ってもんだろう?

「なぁ、ちょっとだけ金貸してくんね?」
「聞いてんの、君」
にやにやと笑みを浮かべて壁に張り付いた綱吉を見下ろしているのは、五人ほどの上級生らしき男子学生。
入学式直後から始まっている壮絶なる部活勧誘の波によって獄寺たちと逸れた綱吉は、仕方がないので校門で待っていようとなんとか押し合っている上級生と一年生の間から抜け出ようとしていた。
そこで肩を叩かれ、半ば強引に体育館の裏に連れて行かれて現在に至る。

最初は強引な部活勧誘かなと思っていたのだが、どうやらそう勘違いさせた上で少々小金を巻き上げようということらしい。
なんというか。
「俺ってほんとこういうのに当たるよね・・・」
皆といる時はいいのだが、一人になると外見からか醸し出しているオーラなのか、こういう輩にすぐ絡まれる。

昔はそれが怖くてしかたなかったが、今となっては可愛いものである。
その手の本筋の人ばかりに囲まれていたら怖いものなんてそうそうない・・・あ、でもどこかの家庭教師とか風紀委員長とか羽飾りつけてる人とかは怖いかも。
……内3分の2は本職だった。

「シカトしてんじゃねーよ」
軽く無視していた綱吉に気分を害した不良学生が綱吉の近くの壁を蹴る。
がん、と足の痛くなりそうな音がして、あからさまな脅しに綱吉は居心地が悪そうに肩を竦めた。
その時、ぴり、と綱吉の超直感が警告音を鳴らし始めた。
ぞくっと背筋を電流のような悪寒が走りぬける。
やばい、これはやばい。






くる。






「あのー」
「あぁ?」
「俺、帰ってもいいですかね……」
とにかくここから離れたい。
戦慄すべき恐怖がすぐそこまでやってきている。
「何バカな事言ってんだ」
綱吉の言葉に上級生の顔が歪んだ。
意図せずして綱吉の言葉が挑発になっているのだが、綱吉にとってはそれよりもこれからやってくる恐怖を回避する方が重大なのだ。
「あのですね、こうやって大人数で集まってると、あの……」


「ミードリータナ〜ビクー♪」


甲高い歌声に綱吉の背筋が伸びた。
あ、この歌は変わらないんだ、なんて現実逃避をしている部分でのんびりと呟く。
体はすでに冷や汗を流しつつ、逃亡の隙を逃すまいと構えを取っていた。


「なにこんなところで群れてるの」
言葉と共に上級生の一人が地に沈んだ。
ひ、と綱吉の正面に立っていた男が引き攣った悲鳴を漏らす。
あぁやっぱりここでも恐怖政治は健在らしい。
「ただでさえ今日は群れが多くて気分が悪いんだ……」
「カミコロス、カミコロ〜ス」
ぱたぱたと黒の学ランを肩にかけた雲雀の傍で、ヒバードが宣言する。
そこから先は雲雀恭弥のオンステージだった。

十秒だけ。

十秒後には全ての不良生徒は地面と仲良くなっていた。
その間にそろそろと離脱を図った綱吉の首にトンファーがかけられる。
ああ、せっかく朝は逃げ切ったのに。
「……朝振りです、雲雀サン」
「相変わらずこういうのに絡まれるね君は」
「不可抗力ですー!」
綱吉が叫ぶと、雲雀はトンファーを外してくれた。
ああよかったと胸をなでおろす前に危険を察知して一歩下がる。
一瞬前まで綱吉の立っていた部分にトンファーを叩き下ろしてくれた雲雀は、さきほど不良たちに向けていた笑みよりも更に酷薄さを増したものを浮かべた。
「僕は今日気分が悪いんだ」
「そ、そういう時はゆっくりお休みになって……」
「さすがに部活勧誘まで制限はできなくてね。だから少しつきあってくれない、ツナ吉」
「……何にでしょう」
「ストレスカイショウ! ストレスー!」
ご回答ありがとうございますヒバードさん。
そしてそれって俺にとってはただのとばっちりっていいますよね。

ポケットから季節外れの手袋を取り出して装着しながら、綱吉は腹の底から溜息を吐いた。
平穏な日常。
平凡な高校生活。

さよなら俺の理想の学生ライフ。