<皺寄せ>



南国植物がしおれている――もとい、骸がぐったりしている。
「もうだめです……僕には無理です……」
なにかと文句を零しやすい彼だが、ここまでへたれているのは珍しい。
しかも、ヴァリアーのメンバーの前で。
――それも無理はないかもしれない、とルッスーリアは息を零す。

現在つなは妊娠中で、その仕事を主にヴァリアーの屋敷でこなしている。
胎教に非常によろしくない気がするが、同時期に懐妊が発覚したはやとが動けず、そちらにつきっきりな山本が休暇を取っている今は、ここにいる方が護衛面で確実だ。
なによりザンザスがつなの傍を離れたがらないので仕方がない。

つなとはやとが妊娠中……彼女達はもっぱら内勤で書類仕事がほとんどだったが、問題はその伴侶達にあった。
ザンザスと山本が、身軽に動けない二人を護衛するという名目で長期休暇を取っているのだ。
もともと外回り担当だった山本の分はまるっと骸に圧し掛かり、はやとやつなの代わりにあちこちに顔を出す事も頼まれている。
そして当然、自分の仕事もあるわけで。

今日も仕事の報告書を抱えてつなに提出したばかりの骸は、そのまま帰るでもなく、ヴァリアー幹部専用の談話室でぐったりと萎れていた。
見かねたルッスーリアが、紅茶を入れて出しだしながら労いの言葉をかける。
普段は悪態しか吐かないマーモンも、さすがに何も言わなかった。
「随分とお疲れね……」
「仕事の量が半端ないです……過労死します……」
力なく言う骸の口からは、魂でも出ていそうだ。

「ここ一ヶ月、家にも帰れてないんですよ……」
「……もう少しくらいなら仕事回してくれていいわよ?」
「給料倍なら手伝ってあげてもいいよ」
「……山本武の給料から天引きしてください」
哀れに思ったマーモンの言葉に、皮肉を返すでもなく骸は突っ伏したまま返す。
これはそうとう参っている。

むくりと起き上がって、骸は紅茶を一息で飲み干すと、ふぅ、と息を吐いた。
「それにしても、骸がこんなに仕事できるなんておもわなかったわー」
「僕は普段やろうとしないだけで、やろうと思えばできるんです」
「日頃からちゃんとやればいいのに」
「そしたら仕事増えるじゃないですか」

「……で、そのてめぇの仕事をこっちでやってんだよ」
「あらスクアーロ、おかえりなさい」
「おらよ」
不機嫌そうに扉を開けたスクアーロは、ずかずかと入ってきてぽいと何かを骸に放った。
それを膝で受け止めた骸の顔が崩れる。
「夜鷹!」
「あら、連れて帰ってきちゃったの?」
「母親が今夜から出張なんだとよ……」
それでなんで俺が連れて帰ってこねえとなんねぇんだ、とぼやくスクアーロの隊服の裾を掴んで立っているのは雪加だ。
「雪加!! 久しぶりですね、元気でしたか?」
「…………」
無言でこくりと雪加は頷く。
けれどなぜか、寄ってこない。

「……うぇ」
「夜鷹? どうしたんです?」
「うぇぇぇぇぇぇぇぇん」
「ええ!?」
いきなり大泣きですか!?
骸の顔を見上げた瞳から大粒の涙を零して、赤ん坊は声をあげて泣き出した。
スクアーロがいきなり投げたから驚いたのだろうかと思ってあやしてみても、ますます泣き声が大きくなるばかりで泣き止む気配は一向にない。

とそこで雪加が寄ってきて、骸の手から夜鷹を受け取る。
多少ぐずるものの、涙を止めた夜鷹に骸があれと首を傾げた。
「……まさか」
「夜鷹、パパンの顔忘れちゃってるんじゃない?」
「…………」
「雪加、ちょっと夜鷹をこちらに」
ルッスーリアの言葉に、骸が夜鷹を受け取ろうとすると、みるみる夜鷹の顔が歪む。
――ああ、これは決定打だ。

「赤ん坊はちょっと見ないと人の顔忘れるっていうし……」
「雪加もどことなくよそよそしいよね……さすがに忘れてはいないみたいだけど」
「そんな……そんな……!」
がくりと項垂れる骸を、雪加から夜鷹を受け取ったスクアーロが微妙な顔で見ていた。

なにせ骸がいない間、彼らの面倒を見ているのは基本スクアーロだ。
恭弥と草壁が仕事でいないので、必然的に彼にお鉢が回ってくる。
暗殺依頼のない暗殺集団は案外暇なのだ……スクアーロとてまるっきり暇ではないのだけれど。
というかベビーシッターなんて似合わない事をする羽目になっている事自体がおかしいのだけれど。

父親に対して怯える夜鷹とよそよそしい雪加の姿を見て、ヴァリアー一同は思った。
ちょっとこれはさすがにかわいそうだな、と。





後日、ヴァリアー幹部複数名からの嘆願により、仕事の割り振りが再度行われ、泣きながら外回りに出かける山本の姿があったとかなかったとか。


 

 




***
ザンザスも書類仕事だから、別に出かける必要はない。