<conjugal love>





苛々する。

家継は扉を閉じて壁を叩いた。
ファミリーを殺した、この手で、自ら。
この手はとうに血に濡れているのに、彼はボンゴレであるのに。先代にその覚悟は語ったというに。
まだ自分はこうも未熟なのだろうか……十一代目。

扉の向こうに気配がして家継は顔を上げる。
「陽菜?」
「家継……大丈夫?」
「ああ。だから寝てろ」
しかし陽菜はそこから動かない。もう夜半を回るというに。

「陽菜」
「……いれて、家継」
「もう寝ろ」
「いれて」





拒まれるのが不安だ。
頼られはいのが怖い。

開かない扉をみながら陽菜は唇を噛む。

家継はとても優しい、誰にでも優しい。
陽菜にもファミリーにも敵にも。
優し過ぎて弱い。

そんな家継が頼ったのは夜鷹だった。
陽菜ではなかった。
「あたし、家継の力になれない?」
家継は陽菜と結婚する時に夜鷹との関係を止めた。
だからもう、どこにも。
「家継!」
扉に手をかける。
鍵はかかっていなかった。

「家継」
何があったか陽菜は知っている。
だから暗い家継の顔の理由もわかっている。
「……家継」
背の高い彼に抱きつくと、痛いぐらい強く抱きかえされる。
赤茶の目に見下ろされて項がちりと痛んだ。

「陽菜」
「あたしを頼って」

微笑みはしかし強張る。
触れて来た家継の指は冷え切って、ただ吐息だけが熱い。
「陽菜、ごめん」
「いえ、つぐ」

かすれた声は荒々しい口付けで塞がれる。
そこにいつもの優しさはない。
最初から蹂躙されて陽菜の目に苦しみから涙が浮かぶ。
「んっ……やぁ、あ、家継!」
けれど彼は陽菜を弄るのを止めない。
彼じゃない。いつもの、家継じゃ。

恐怖と悲しみに涙が止まらないのに、家継は止めることなく陽菜の寝間着の前を開けると、きつく吸い上げる。
「やぁあっ!!」
押しのけようと両腕をあてがって……初めて、家継の表情に気がついた。
無表情で怖いと思ったのは間違いで。
とても―泣きそうな顔だった。
「家継」
怖い。辛い。
だけれど、彼を抱き寄せたのは自分で、彼を支えることを望んだのも自分だった。

「家継」
必死に彼の名前を呼ぶけれど、手が止まることはない。
怖いけれど痛くはない、ぎゅうと目を閉じてやりすごそうとした。
「ん……」
髪が肌に触れて、くすぐったくて声をあげた。
「陽菜」
耳元で名前をささやかれて、さっきまでとは別の意味で涙がこぼれた。















体を投げ出して、陽菜は無言で泣いていた。
枕に埋めた顔は家継には見えないだろうけど、泣いているのはわかってしまう。
でも、それでも。

「陽菜……」
先にシャワーを浴びていた家継は優しく陽菜の髪に触れる。
「ごめん……本当に、ごめん」
「……ちが、ちがうの」
慌てて顔を上げる。
困ったような顔をしている家継に首を振る。
違う、彼のせいじゃない。
「違うの、家継のせいじゃ」
「俺、手荒だったよな。本当に、ごめん。こんなことで……陽菜を傷つけるなんて」

違う
叫びたかった、だけど家継が立ち上がってしまう。
違うの、待って。

「違うの!」
「陽菜……無理、しなくて」
「違うの!! あたしは」
起き上がったのに、また涙がこぼれる。
裸の上半身を隠すこともなく、陽菜は泣いた。


家継は陽菜の涙を無言で拭ってから、すぐにいつもの彼に戻った。
荒く触れてくることも変に弄ることもなく、いつもの彼の優しい指だけだった。
「家継、どうして」
「……ごめんな」
「そうじゃないの……なんで、あたしは」
十分じゃなかった?
夜鷹の代わりにはならなかった?
「あたし、は……」
怖くて聞けない。
だって家継は真実を隠して、陽菜を安心させる答えを出すだろう。
それが余計に彼を追い詰める、そんなことわかっている――わかっている。
「大丈夫……だから」
「嘘つくな」

立ち去ろうとしていた家継が戻ってきて、陽菜の顔に触れた。
こぼれている涙を拭われる――ああ、情けない。
「ごめ、なさ」
「泣くぐらい……お前が泣くくらい、怖かったんだよな。本当に、悪かった」
「ちが……」
違わなかった。
あの時は家継が怖くて泣いていた、それは本当だ。
「もう、あんなことはしないから」
「ヤだ!」
叫んでしがみつくと、うわっと声がして家継ごと倒れこむ。
真っ裸だ、何もつけていない。
そのままで家継にしがみついて。
「イヤなの! あたしは……家継を支えたいの。だから、今度はちゃんと大丈夫だから」

だから。
もう泣かないし怯えない。
家継を支えるためならなんだって。

「……いや、そういうの止めようぜ」
家継の手に抱き上げられる。
「たしかにさ、はやとさんと母さんはそういう関係かもしれない。だけど陽菜は俺の奥さんだろ? 俺は陽菜の旦那さんだろ?」
優しくベッドに下ろされても怖くて、陽菜は家継のシャツを握って引っ張る。
子供じみたその仕草に、家継は暖かく笑った。
「俺だって、陽菜の前ではカッコつけたい時もある。だから、もうあんなことはしない」
「でも――じゃあ」
「あんなの、自分で処理できる。俺は、ボンゴレ十一代目なんだから」

笑った彼の言葉が、痛かった。
悲しかった、彼はこうやってまた一人で全部。


「家継……」
引き止めたくて呟くと、困ったように笑われる。
「仕事、行かないと」
「あ……」

するりと指の間からシャツが離れた。
名残惜しかったけれど、彼の仕事の邪魔をするわけには――
「……でも今日は、陽菜と一日いちゃつくことにしよう。とりあえず二度寝だな二度寝」

彼は、笑顔でそう言って。
家継は陽菜の体を抱きかかえるとベッドに二人で横たわった。
「い、いえつ」
陽菜は慌てて家継の胸を押す。
だって今日は確か。
「いーんですー。会議は明日だ明日。日程調整ぐらい葵でもできるだろ」
あっけらかんと言って、横たわったままポケットから取り出した携帯にメールを打つ。
送信し終えると電源を切ってぽいっと床に投げた。

「家継!」
「ボス命令。今日は俺も陽菜も一日オフ」
自分でちゃっちゃとシャツを脱ぎすてた家継は、ぐしゃぐしゃになったシーツと布団を引っ張って二人の体にかぶせる。
それからベッドの中で動いて、陽菜を引き寄せて抱きしめた。

「なあ、陽菜」
甘い声で呼ばれて、陽菜はうっとりと目を閉じた。
「俺はお前を、大事にしたいんだ」
穏やかな呼吸に暖かい声に、腕の感覚に包まれる平穏。
全部が全部、陽菜を緩やかに眠りに誘う。
「……辛い目になんか、あわせたくない。それで俺が楽になったって――」




終わりの言葉は聞き取れないまま、腕の中で眠りに溶けていく。


 

 

 

 



***
………………アレ??

なんか陽菜は大事にされてるみたいな話になりました。
初々しくはないけど新婚だと思います。



↓オマケ。

葵「……なんですって!? ふっザけてんじゃないわよー!」
夜鷹「……姫、どうされましたか」
葵「今日は夫婦の日だからオフね★ ですってぇ!? なに寝言ホザいてんのよ! そしたら葵だって今日はオフよ!」
夜鷹「……俺だってオフですけど。まあ見逃してやれよ」
葵「そもそも夜鷹があのまんま兄さんの情夫だったらこんなことなかったのに!」
夜鷹「昔のこと持ち出すんじゃねえ!」
葵「そうね、葵も大人気なかったわ。てことで兄さんの代理は夜鷹ね」
夜鷹「なにいっΣ( ̄□ ̄|||) っザけんな!」
葵「葵はね、現在唯一の十二代目候補なの\( ̄▽ ̄)/」
夜鷹「…………イッテマイリマス」