<守ルモノ>
手をつかんで、引き寄せる。
「行け!」
轟音の中叫ばれて、頷くと抱き寄せる。
「いや……はなして、家継」
かすれた声と同時に、生ぬるい血の臭いがする。
「しゃべらないで」
「いや……いや、いやだ、ザンザス……!!」
切なく叫んだ母親を抱きしめて、家継は炎をぶっ放す。
グァンと強い力で体が引張られ肺が押しつぶされたけど、息をもらさぬように止める。
その瞬間、足元から爆音が響く。
「イヤァー!!」
絶叫したつなの動きがさらに弱弱しくなった。
それでも声だけは、大きい。
「はなして、はなせ、はなせよ!」
もがいた小さな体は、ずっと弱い。
「大丈夫だよ、母さん」
「イヤ、いや……ザンザスー!!」
懸命に離れていく地上へ手を伸ばして、つなは叫ぶ。
戻して、はなして、何度も叫びながら。
「ザンザス……ザンザス!!」
震える母親の体を抱いて、家継は懸命に、懸命にその体を守ろうとする。
(……この人は)
こんなに、小さかったのだろうか。
「ぁ……あぁ」
こんなに。
突然だった。
無論、相手は友好的なファミリーではなかった以上、何かを仕掛けてくる可能性はあったが、今回の会談は重要なものであった。
護衛にザンザス。同席していたのはディーノとロマーリオと家継。他、複数のファミリーそれぞれボスや幹部数名。
念には念を入れて、会談所の近くには山本とクロームが待機している。
それは今まで難航していた事柄についての同意も取れ、会談がなんとか終了した瞬間に起こった。
会議の終了を告げたディーノの頭のど真ん中を、銃弾が貫通する。
突然の出来事に一同はあっけに取られていたが、最初に銃を発砲したのはザンザスだった。
それはたぶん、ディーノの額を銃弾が抜けるか抜けないかくらいの瞬間だった。
彼の一撃は撃たれたディーノ頭蓋を粉砕し、背後の壁を崩壊させる。
しかしその一瞬の間に、どこからか放たれた銃弾がザンザスの左足へ突き刺さる。
「!」
家継は目を丸くしていたつなに駆け寄り、彼女の前に立つ。
すでに武器は手の中で燃え上がり、銃弾から彼女を守った。
「っ……いけない家継!」
つなの手が家継の腕を揺らす。
「今、仕掛けられた。爆弾だ!」
蒼白になって言った彼女の声に、場が騒然となる。
駆け寄ってきたロマーリオがびりびりと顔の皮膚を破る。
「おい、大丈夫かつな!」
「ディーノさん……」
撃たれたディーノは影武者だったのだろう。
本気で彼が死んだとは思わなかったが、少し安堵した。
「ツグ、つなを連れて逃げろ」
「え」
銃声が、頭上を飛び交っていた。
弾丸からは家継の盾で守れるが、爆弾に対してはさすがに無理だ。
「俺も行く。いいかつな」
「ざ、ザンザスも」
よろけながら立ち上がったつなの少し離れたところに、ザンザスはいた。
四方八方から発砲される銃の狙撃者を、一人ずつ的確に打ち抜いていく。
「っザン……!!」
そのつなの目の前で。
ザンザスは右肩を打ち抜かれる。
「……くっ」
「父さん!」
「行け!」
駆け寄ろうとした家継にザンザスは叫ぶ。
「ボスを守れ!!」
「で、でも……」
動きの鈍くなったザンザスに、二発三発と銃弾が浴びせられる。
狙撃者はここにいない。どこだと頭をめぐらせようとして、一喝される。
「行け!!」
「……っ」
血を流す父親に背を向けて、家継は呆然としている母親に手を伸ばす。
ディーノはその瞬間身を翻して、外へ駆けていく。
「……母さん」
「いや……」
駆け寄ろうとした彼女の手を掴んだ。
震えるつなに、クロームがそっと毛布をかぶせる。
「……ってわけで」
説明し終えた家継は、どさりと床に座り込む。
今更カタカタと指が震えていて、途端に舌が痺れてきた。
「そうか。おつかれなのな、ツグ」
ぽんぽんと山本に頭を撫でられて、少しだけ、少しだけ安堵する。
ディーノは無事に待機所に辿り着いていたが、爆風にやられて強制安眠中らしい。
「ボス、ココアにしたけど、飲める?」
クロームがマグカップを手元へと運ぶと、首を縦に振ってつなは一口飲む。
それからテーブルに置いて、ふらりと家継の横にしゃがみこむ。
「ごめん、家継……ありがと」
ぎゅうと抱きしめられて、家継は堰を切ったように泣き出す。
信じたくないのは家継も同じだ。
あの父親は殺しても死なないと思っている。思っているけど。
「大丈夫、ザンザスは死なないよ」
「うん……うん」
「……ごめんね。俺がちゃんとしてなきゃいけないのにね」
「ううん……ううん」
呆けたようにしゃがみこんだ家継を見て、ぼわぼわしていた頭がすうっと冷める。
子供みたいに泣く家継を見ているつなは後悔の嵐だった。
当たり前だ。
ザンザスはつなの唯一無二であるけれど、そんなのは息子の家継にだって同じだったのに。
何をやってるんだ俺は、と無様だった自分に腹が立つ。
しがみついてくる息子の肩をぽんぽんと叩きながら、つなは一度目を閉じて――開く。
「武、クローム」
「おう」
「はい、ボス」
「クロームはここで待機してディーノさんと家継の護衛を。武は俺と来て」
「「Si」」
ぴったり揃った返事につなは頷くと、もう一度家継の背中を叩く。
「家継、母さん行ってくるから」
「……ヤだ」
子供みたいな我侭に、つなは小さく微笑む。
「とう、さん、が言ったんだ……守れって」
母さんを守れって言ったんだ。
だから行かないで、と家継はつなにしがみついて放さない。
「大丈夫」
「でも!」
「俺はドンナ・ボンゴレだ。負けない」
「で、も」
いやだ、いやだよ。
泣きながら首を横に振る家継の頭を、つなは撫でた。
「じゃあ、行こうか。父さんにはたぶん怒られるけどね」
「うん」
「山本はここで待機でいいよ」
家継を立ち上がらせながら言うと、そーだなーと返される。
「ツグとつなが行くならだいじょーぶ、だなっ。俺達はここら辺に来た雑魚だけ狩っとくのな」
「気をつけてね、ボス、家継」
笑顔で送り出されて、二人はまだ煙の立ち上る廃墟へと視線を向けて、一歩踏み出す。
「容赦は無用だ、家継」
額に燃え上がった炎は、薄茶の目をファイアオレンジへ。
「Va bene, donna」
指先に燃え盛った炎は、赤茶の目を真紅へ。
二つの炎は燃え上がり、そして大空へ飛び立った。
あっけなく終局した一連の事件の書類を見ながら、つなは溜息をついてファイルを閉じた。
主犯のボスは見せしめに殺して今回の共犯ファミリーへ遺体を投げ入れ。
主犯のファミリーは徹底的につぶし、末端組織までぶち壊した。
つなには珍しい徹底的な報復だったが、それですら温いと守護者やその子供達が声をそろえて言う始末だ。
ボンゴレが、つなが受けた打撃はあまりに大きかったから。
「……っう」
低く呻いた夫の方を振り返って、濡れタオルでそっと顔を拭う。
ザンザスの受けた銃弾は、二発は貫通し三発は体内に残っていた。
速攻でシャマルに手術をさせ命は取り留めたが、三日間ずっとこんな調子で意識が戻らない。
シャマル曰く、爆弾による怪我はほとんどなかったらしい。大したタフガイだぜと呆れナように言っていた。
「……ザンザス、ごめんね」
苦痛で歪んでいる顔に、謝る。
「俺のせいで、怪我させて。俺のせいで……家継が」
あんな、と震える声で呟く。
家継は平静を装っていたが、つながザンザスを保護した瞬間に豹変した。
武器から吹き出た炎の質量はつなを絶句させるに十分で、家継はそのままザンザスを狙っていた狙撃者のところまで飛び立ち、骨まで焼き尽くした。
狙撃者の痕跡は、家継が焼ききる前に取っていた身分を証明できるものをを除くと、後には何も残らなかった。
人一人を、骨まで消す。
それだけの炎をぶっ放した家継は、当然炎がきれた。
「あんな……こと」
家継が死ぬ気の炎を切らしたのは遠い昔のことで、今はまず切れないと思っていた。
どれだけの無茶をさせたのだろう。
それに、と思う。
つなと同じぐらい、もしかしたらそれ以上に平和主義の家継が、人を殺した。
それもあまりにむごい方法で。
「そんなこと、させたくなかった、のに……」
震える声で、謝る。
あんなことがさせたくて、傍に置いてるわけじゃなかった。
すべてはつなの至らなさだ。
ザンザスが目の前で撃たれて、動揺した。
張り詰めていた気が緩んだというのもある。激務が続いていたというのもある。
だけど、あの状況で、あんな重要な状況で呆けるなんて。
「ごめ……ごめん、ごめん、ごめんね」
家継には彼が目を覚ましたときに謝った。
そうしたらあのできた息子は「母さんは悪くないよ」と言った。
それがまた、悲しかった。
怒ってくれてよかったのだ。罵ってくれてもよかった。
親しい人が目の前で撃たれて、それが動揺する理由になるのか。
ましてやつなはもう、ボンゴレにいること二十年だ。
十分長くこの世界にいる。それなのに。
ゆっくりと手をさすっていると、ぴくりとこわばる。
睫が静かに揺れて、大好きな赤が覗いた。
「ザンザス」
呼びかけると、ふうと溜息のような音が聞こえる。
「無事か」
三日ぶりに聞いた声はかさかさかすれていたけど、確かに彼の声だった。
「ざんっ……ザンザス」
思わず息がつまる。けれども、よかったと素直に思えた。
「家継は……ちゃんとやったな」
「っ……あの、ね。俺がね……俺が悪かったんだ」
「お前のせいじゃねぇよ」
「だ、だって……家継に、人を殺させて。俺が」
「俺も家継も、ドンナ・ボンゴレを守ることが任務だ」
お前のせいじゃねぇよ。
繰り返された言葉に、涙が溢れてとまらない。
「そんな、こと、して」
「してほしくねぇとか言うな。今更だ」
「で、でも、家継は」
いやだよ、と駄々っ子のようなことしか言えないつなの頬に、そっとザンザスの手が触れる。
思わずそれを握り締めると、小さく笑われた。
「怪我はねぇな」
「……ない、けど」
「そうか。家継は?」
「…………ない、けど。でも、炎が切れて、半日寝込んだ」
「後で褒めとくか」
「そんな!」
わかってねぇな、と顔を包まれる。
耳の後ろにかかった指が、くいっと引張った。
「守りてぇんだよ。俺も、家継も」
「で、でも」
そのために家継はザンザスを見捨てることになったのだ。
それをあの子はきっと悔やんでいる。
つなだって、そうなのだから。
「んなことが判らねぇくらいガキじゃねぇだろ」
「だって……ザンザスが死んだんじゃないかって、泣いたんだよ、俺が泣かせたんだ……」
母親失格だ、とつなは涙をこぼす。
父親と母親を選ばせた。その行為からやってはいけないことだった。
「死んでねぇ」
涙を拭われて、こっちこいと囁かれる。
きょとんとしていると、苦笑してベッドの上の体を少し動かした。
「……っ」
「だ、ダメだよ! 絶対安静だってシャマルが」
「うるせぇ。ほら、こい」
少し空いた空間を示されて、つなは困惑する。
だって絶対安静だ。少なくとも一週間、なおこれはザンザスの体力を計算に入れての話で。
もう若くねぇんだから無理すんなよとシャマルに釘を刺されている。
「ねて、なきゃだめだって……」
「お前がここにきたらな」
「な……なんで」
「俺の見えねぇトコで泣くんじゃねぇよ」
ほら、来い。
もう一度言われて、つなはおずおずと靴を脱いでザンザスの隣へ腰掛ける。
「そうじゃねぇよ、横になれ」
「う……」
「いいから」
腰に手をかけて言われれば、もう素直に従うしかない。
もぞもぞと毛布の中にもぐりこんで、こてんと横になった。
枕に頭を置けないから、どうしようかと小さく体を動かしていると、手が伸びてきて引き寄せられる。
「っ」
包帯に巻かれたザンザスの胸に頭を押し付けられて息がつまる。
「ざ、ザンザス」
「Sogni d’oro」
優しく髪を梳かれて、つなはうっとりと目を閉じる。
彼の体温と声と優しい手が、とろとろとつなを眠りへ誘う。
「……、」
何を言いたいかよくわからないまま、つなの意識は闇へ沈んだ。
***
ザンつな+ツグ。
みつばや葵はとんとシリアスにむきませんね!こういう状況では!
この親子は皆愛情表現が微妙に不器用で、ついでにつな至上主義です。
あ、大体皆そうか。
ザンつなが妙に甘ったるいですが結婚20年ということで問題はないと思います(開き直り
くうくうと寝息を立てるつなの髪に口付けて、ザンザスは安堵した。
どうやら傷はないらしい。
彼女の性格を考えるに、寝ていたザンザスに三日間ほぼ徹夜で付きそっていただろうから、無理矢理にでも寝かせて正解だっただろう。
いっそ睡眠薬でも追加してやろうかと考えながら、確かな温かさに癒される。
コンコンとノックがあってから、そおっと扉が開く。
ほの明るい部屋に入って来た姿を見て、ちょいちょいと手招きした。
「よくやったな」
ストレートにねぎらいの言葉をかけると、首を横に振られる。
「父さん……ごめん」
俺が、と母親と同じことを言う。
「俺が先に出てれば。俺が父さんの代わりに」
「馬鹿いうんじゃねぇ。お前が死んでどうすんだ」
「だけど」
かあさんが、と呟いてようやくザンザスの腕の中で寝ているつなに気がついたらしい。
「ね、てる?」
「ああ」
「……よかった。母さん、ずっと寝てなくて」
「だと思ってな」
「ずっと、謝るんだ。俺は後悔なんかしてないのに。母さんを守れたことが嬉しかったのに」
下を向いた姿に、本当に二人は似ていると思った。
つなは、子供はザンザスに似てほしいと言った。
自身の弱さが判っていたからだろうと思う。確かにつなの性分はマフィアで生きていくのには向かない。
けれど、とザンザスは今になって思うのだ。
そんな人間はたくさんいる。
マフィアらしい人間の中に、中心に、マフィアらしからぬ者がいてもいいのではないだろうか。
「後悔はねぇか」
「ない」
「誇れることをしたなら、恥じるな」
うん、と頷く。
きっと、全く後悔していないというのは微妙に嘘なのだろうけど。
そんなところをつついて、彼のプライドを汚そうとは思わない。
「状況は」
「主犯は壊滅。共犯にも粛清」
「温ぃな」
「……でも、ドンナの決断だから」
「そうか」
なら従うまでだ、とザンザスはつなの髪に触れながら言う。
「……あのな、父さん」
「あ?」
「…………今日、わかったことなんだけど。会談中、振舞われた飲み物あったじゃん」
「ああ」
「毒、は確かになかったんだけど。催眠剤っていうか、頭の働き悪くするモンが入ってて」
俺は身体大きいし、ほとんど飲んでなかったんだけど。
母さんは、相手を信用してるってアピールも必要だったから。
「なるほど。それでアレか」
「うん。起きたら母さんに言ってあげて。あの時は、母さんのせいじゃないよって」
身体の小さいつなは薬物が回るのも早い。
咄嗟の事態に対応できるほど頭がめぐらなかったのも、無理はないということか。
超直感があったとはいえ、毒物や身体の自由を奪うものではなかったというのが災いしたのだろう。
どれだけ周到なんだと内心舌打ちして、ザンザスはつなを抱き寄せる。
「家継」
「はい」
「それは主犯のやったことか」
「……たぶん、共犯ファミリーだと思う。今、スカルと陽菜が調べてる」
「殺っとけ」
簡潔に、命じる。
その言葉に、家継は頷いた。
頷いて、部屋を出て行く。
出て行くついでに部屋の明かりを消していった息子に気がきくじゃねぇかと笑って、穏やかに眠るつなを抱きしめた。
「……つな」
こんなに小さくて愛しいボンゴレのボス。
ずっと守ると誓ったのははるかに遠い昔であったけど。
ザンザスはその誓を生涯貫き通すのだろう。
「Ti amero` per sempre」
愛の言葉を呟くと、寝ているはずのつなの表情がとろけるような笑みになったから。
Sogni d’oro:「おやすみ」
Ti amero` per sempre:「いつまでもお前を愛している」