気がついても。
追いかけても。
どんなにぶつけても願っても泣いても喚いても。
「……兄さん?」
「後で行く。なんか緊張してるのなー」
声をかけてきた弟に笑顔でそう返して、悠斗はグレーのネクタイを手にして。
それを首に回して。結び目を作ろうとして。
「――っ……ぅ」
落ちる涙を止められなくて。
「いっしょに、いるっつったのに……」
遠い日の約束、きっと彼はおぼえていないのだろう。
だけど約束した、小指を絡めて、無邪気に誓った。
「いやだ……ツグ」
いやだよ。けれど。
<SAKURA ROCK>
勝てっこないことは、わかっていた。
妹は女で、悠斗は男だから。
敵いっこないことは、わかっていた。
夜鷹は大人で、悠斗は子供だから。
「ツグ、いやだ」
晴れやかな日なのに、祝おうと思っていたのに。
陽一と二人で用意したプレゼントもあるのに、二人をよろこばせようとおもっていたのに。
「いやだ いやだ」
全部、わかっていた。
悠斗は知っていた、家継がそのどれもを知らせたくないと思っていたのも含めて知っていた。
知らない振りをして、わかっていない振りをして。
考えていないふりをして、大きい子供でい続けた。
「ざまあ、ないなあ」
これは当然の結果だろう。
本音で、本心で、全力でぶつかっていたらもしかしたら。
もしかしたら、と思うことはきっと間違いだろうとも。
「家継」
彼が好きだ。
「……家継」
呟いて涙をもう一つ落とした。
「好きだ、家継」
でももう、止めよう。
報われやしないことを求め続けるのはもう、疲れた。
「もう、ないからさ」
きっと恋はしない、もう二度と。
だからせめて、知られずに終わらせて。
「泣くなよ、俺……」
顔をつかんで、悠斗は呻く。
知られたくない。
家継にも、その花嫁にも。
ライスシャワーを浴びせながら、悠斗は笑っていた。
嬉しい。哀しみより、ずっと嬉しい。
「悠斗、どうした?」
父親に聞かれて、悠斗は少しだけ肩をすくめる。
「なんで?」
「目ぇ、笑ってねーぞ?」
「だって俺の家継なのに。陽菜にとられちゃったのなー」
冗談めかして言って口を尖らせると、なにがそんなにウケたのか父は大きな声で笑い出す。
「あはははははは」
「笑いすぎだって!」
「はは、はやとと言うコト似てんのなー。大丈夫、お前だって誰かと結婚、するさ」
「かーさんみたいな美人がいいのなー」
「はやとは父さんのだからなー」
笑った父に合わせて笑った。
笑って、笑って。
白い花嫁の横にいた家継が、こっちを見ていないことだけ祈った。
堪え切れず、指の間から嗚咽した。
荒く息を吐きながら、床にしゃがみこむ。
「ハハ……かっこわりー……」
もっと強いと思っていた、妹の花嫁姿を素直に祝えると思っていた。
もうとっくに割り切ったことだった、彼に何もできない自分の事をわかっていたはずだった。
「……っ、無理、しすぎかー……」
無理やり詰め込んでいた腹の中のものを全部吐き出して、床にそのまま座り込む。
冷たい壁に頬をあてて、目を閉じた。
なにを待っているだけでもない。
一番来てほしい人は来てくれやしないのだろうけれど、それでもパーティの間はここにいようと思った。
来るはずもない人を待つのは滑稽だろう。
だけど、せめて。
「さよ、なら」
小さいけどそれは確かな言葉、一つの決別。
「さよなら、家継」
もう彼に悠斗の手は届かない、思いも、届かない。
伸ばし続けて伸ばして伸ばしすぎて取れてしまった手を、悠斗は彼方へぶん投げる。
「……っ、さよ、なら」
家継は陽菜を大切にするだろう。
一生、大事にするだろう。妻として、最愛の人として。
家継はそうしてくれる奴だから、そんなこと誰より悠斗がわかっていたから。
だからわかるのだ、もう二度と。
二度と悠斗の願いはかなわないということが。
「……じゃあ、な」
滲んだ涙を擦る。
パーティが終わったらさすがに戻らなければいけない、いくら人が多かろうとも、悠斗の不在は目立ちすぎる。
「でも……なんか、もう、なー」
気が抜けた、と言えばいいのだろうか。
もうどうでもいいとすら思った。何だか、全てが。
そう思って、目を閉じたのに。
「悠斗!」
金具を破壊され、外に引っ張られたドアは、あっけなく開いた。
声でわかっていて、見上げるまでもなく。
「なにやってんだ……心配させんなよ」
「ツグ」
思わず顔を上げかけて、慌てて伏せる。
泣いているのがバレバレの顔だ。伏せたままやり過ごさなくては。
「……こんなとこで、一人で、吐いて……」
徐々に小さくなる家継の声に失態を悟る。
流しておくべきだったという後悔が苦い。
「……一人で、泣いて。お前は、俺の右腕なのに」
とん、と軽い音がする。
視線だけ上げると、目の前に家継が膝をついていた。
「ツグ……俺、大丈夫なのな。もう、こんな」
恋なんてしないと、それだけ言うべきだったのに。
先に彼が、苦しそうな声で言う。
「ごめんな、悠斗。俺はお前を、伴侶としては選べないけど」
抱きしめられる。いつもの彼に。
その直前に自分のほうこそ泣きそうな顔をしていたのに、家継は優しく悠斗を抱きしめて背中をなでる。
「大好きだよ、俺の雨。誰より近しい俺の右腕」
「ツグ……」
「ずっと傍にいてくれるって、約束しただろ」
幼い頃の思い出、小指を絡めて誓った。
悠斗は家継の隣に、家継は悠斗の隣にずっといると、約束した。
「なあ、悠斗」
ひくりと喉がなる。なんて女々しい。
だから堪えようと悠斗は家継の背中にしがみつく。
「守ってくれるよな」
「……ツグ、ツグ、家継」
彼が好きだ、誰より好きだ。
忘れるなんてできない、ずっとこうしていたい。
「俺、ずっと愛している」
「……うん」
「忘れたくない、お前の傍にいたい、ずっとツグに」
「……ああ」
いつか諦めなくてはいけないことで、割り切らなくてはいけないこと。
家継だけ前に進んで、悠斗はその隣にまだいけない。
「でもちゃんと、俺、追いつくから」
「わかってる」
「少し、だけだから。待ってて欲しいのな」
「もちろんだ。お前が俺の隣に、さらに素晴らしくなって並ぶのを、待ってる」
「サンキュー……」
もう一度だけ、抱きしめる。
礼服が濡れたのは、暑いから脱いだといってごまかそう。
「家継」
答えない彼に、言おうとした言葉を飲み込んだ。
それはもう二人の間には、なくてもいい言葉だろう。
***
やっ ちゃっ た (゜▽゜)
ところで「家継がキザだよ!?」と思われるかもしれませんが
こいつらすでに三十路です。
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