<Curtain call>
廊下を乱雑な音を立てて走ってきた誰かを、夜鷹は黙って出迎えた。
彼がこんなに慌てているのは珍しい。
「家継?」
「……陽菜、来てない?」
「どうした」
「……さっきプロポーズした」
「ああ」
数日前に、すると聞いていたからそれは分かるけれど、それでどうしてここに陽菜を探しにきているのか。
「……お前とのこと、ばれてたみたいで」
狼狽気味に視線を逸らした家継に、まあ仕方ないなと夜鷹は冷静に受け止めた。
ずるずると何年も続けていると、どんなに気をつけたところでぼろが出る。
しかも家継も夜鷹も、周りにいるのは三枚くらい舌があるんじゃないかと思う人ばかりなので、葵にもみつばにも雪加にもいつのまにかばれていた。
陽菜が知らないままでいるという可能性のが低かったのだ。
まだ山本兄弟に知られていないのが唯一の僥倖というか……ばれてたらどっちかは今確実にこの世にいない気がする。
主に夜鷹が。
家継の様子からすると、関係がバレて、怒られたのか詰られたのか。
しかし陽菜の性格からしてはそのどちらでもなさそうだ。
「……もうちゃんと終わったからって言ったら」
「言ったら?」
「なんで別れたのって怒られた」
「…………」
それは。
恋人が他と寝ていたら別れてと言う事こそあれ、別れて怒られるというのは稀なような。
悠斗も陽一も、それからあそこの両親でもそうだけれど、時々突拍子もない事を言うなと夜鷹は思った。
……それはどの家も同じか。
ここまでわざわざ走ってきたのか肩で息をしていた家継は、ようやく呼吸が整ってくると言った。
「陽菜見かけたら連絡して」
「ああ」
部屋の中に入りもせずに行ってしまった家継を見送って、夜鷹はドアを閉めた。
結局夜鷹の部屋にいるかどうか答えていなかったな。
……だから嘘はついてない、うん。
それにしても随分と急いでいたのか、机の上にカップがニ脚あることにも気付いていなかった。
「いいのか? 探してるけど」
「夜鷹とまだ話をしてないわ」
ひょこ、と机の影に隠れていた陽菜が顔を出して小さく微笑む。
実は家継がくるちょっと前に、夜鷹のところに陽菜がいたりした。
家継が来てもここにいる事は言わないでくれと言われたから、嘘を吐く事にならなかったのはよかったが……それで陽菜がここに来た理由も分かった。
「それで、俺はどうしたらいいんだろうな」
「夜鷹は私がここにどうしてきたと思う?」
疑問に疑問で返されて、夜鷹は苦笑気味に椅子に腰を降ろす。
陽菜も来客用の椅子に座り直した。
「俺を詰りにきた……ってわけじゃなさそうだよな」
「半分は正解よ」
「……半分は正解なんだ」
「どうして家継と別れたの?」
「それが疑問なんだけどさ……なんで別れて怒られるのかわかんないんだけど。ここは自分が選ばれたんだって喜ぶところじゃないの?」
「……あたしは選ばれたわけじゃないもの」
即答されて、夜鷹は思わず聞き返しそうになったのを堪えた。
「だって、家継の一番は夜鷹だわ」
「あいつに一番もなにもないだろ」
そりゃあ生まれた時からずっといるから、家継も夜鷹もお互いを大切に思っている。
だけどそれと同じくらいに、雪加も悠斗もみつばも葵も陽菜も陽一も好きだろう。
沢田家継とはそういう男だ。
「でも、一番つらい時は夜鷹のところに行ってた」
「…………」
「それくらい知ってたもの。家継は私にすごく優しいけど、だけど、苦しい時とか辛い時には一緒にいてくれないの」
きゅう、と眉を寄せて陽菜は夜鷹を見上げた。
髪や瞳の色は父親に似ているけれど、こういう時の表情はやっぱり女性独特のものがあるなぁと思う。
……逃避している場合じゃなくて。
たぶんそれは、好きな人の前では恰好いいところを見せたいという家継なりの見栄だと思うのだけれど。
あの体格であの力なので、制御が効かない時の家継は結構扱いが乱暴だ。
男の夜鷹ならば多少力を入れすぎても頑丈だし痛いだのなんだの喚いて蹴りの一発でも入れれば済むし、多少の跡になったところで気にしない。
だけど女性相手だとそうはいかないから、特に陽菜は痛くても我慢するだろうから。
我慢のするところが違うんだよとぼやいてたなそういえば。
「あたしは家継の一番になれなくたっていいの。家継が必要としてくれるなら、役に立てるなら、それでいいの。家継が夜鷹が必要だっていうのなら、そのままでもよかったの」
「うーん……」
がしがしと頭を掻いて、夜鷹は天井を見上げた。
ぶっちゃけ夜鷹にとって家継は弟のようなもので、何年もこんな関係を続けていたのは……不純だが、恋とか愛とかそういうものがあったからじゃない。
ただずるずると惰性で続けてしまったようなものだ。
家継も、たぶん自分に抱いている感情は、恋愛ではない。
家継がほしかったのは、ただの逃げ場だ。
十一代目の重圧とか、期待とか、そういうものからの。
「陽菜はいいのか? 俺と家継がこれからも関係してても」
「あたしは家継がいいならそれでいいの」
「そうじゃなくて」
聞きたいのはそこじゃない。
たぶん家継だってそうだ、本当に聞きたいのは。
「陽菜自身はどう思ってるかってことだ」
「だって」
あたしが我侭を言って家継を困らせるのは嫌だもの。
至極真面目な顔で答えられた。
「……陽菜はさぁ……もうちょっと自分を大事にするというか……自己主張した方がいいと思う」
「?」
きょとんとしている陽菜に苦い笑みを深くする。
そういえば昔から家継第一だったから、他の思考の仕方を知らないのかもしれない。
だからこそ夜鷹としても、家継を大事にしてくれると思ったし、大丈夫だろうと手を切る事にしたんだが。
……そこで陽菜から別れた事について怒られるとは思わなかったんだけど。
「俺と家継はちゃんと納得して別れたからいいんだよ」
「…………」
本当に、と目で訴えてくる陽菜に頷いて、夜鷹は携帯を取り出した。
「で、そろそろ可哀相な家継に居場所教えてあげてもいいですかね」
たぶん今頃他の人のところを駆けずり回っているに違いない。
短縮を押す前に、陽菜は首を振って立ち上がった。
「自分で行く」
「そか。あ、さっきの問題、宿題な」
「?」
「陽菜自身がどう思うか。分かったら家継に言ってみ?」
たぶん喜ぶ。
笑って言う夜鷹に陽菜は軽く首を傾げてから首肯した。
「お幸せに」
部屋を出て行く彼女ににこやかに告げると、やっと嬉しそうな顔を見せた。
「ねぇ、夜鷹」
「ん?」
「あたし本当に、家継と夜鷹がいいならそれでよかったんだよ?」
それこそ三人でやってもよかったの。
「あははははは……冗談だろ?」
笑いながら返すと、くすりと陽菜は笑うだけだった。
***
総論。山本家の女性は自尊心とかそういうものを持った方がいい。
これにてお遊びで始まったよく分からないものも一段落。
しかし真面目に3Pだっていいじゃないとか思っていました。
と言ったら止められたのでこんな形で。