<Ciaccona>




相変わらずに優しくキスをする彼を見上げて、夜鷹は聞いた。
「なあ、家継」
「なに」
きょとんとした目をした彼に浅く笑った。

「もういいだろう? undicesimo」
手を伸ばして頬に触れると、ぽたりと水が落ちてくる。
ああ、彼もわかっているのだろう。そんなこともわかっている。
「ごめん」
「謝るな」
「夜鷹」
しがみつかれて、小さな声で呻かれる。
こんなことはなかった。そうしてしまうのが一番大切。

「結婚するのに、俺を抱くなよ」
「……うん」
「俺も、するしさ」
「……うん」
幼子に戻ったようにすすり泣く彼は、もうすぐ正式に就任する。
理由は十代目のパートナーの、病気。
まだ六十前であったけれど、医者からの助言に従うことにしたらしい。
十代目は医者の指摘を聞いて、とっとと退陣を決めてしまった。
孫も曾孫も見たいから。二人で見たいからと言って。


家継は夜鷹を抱きしめる。
何年、こんな不安定な関係を続けていたのだろう。
「……ごめんな、夜鷹」
気にするな、と言って夜鷹は家継を抱きしめてくれる。
たくさんの優しさとぬくもりと――捌け口をくれた。
自分は何ができただろうか、そう考えて家継は震えた。
「何も、俺はしてない」
「そんなことはないぜ、家継。だからちゃんと、前に進め」
「……っ」

お前は、と優しく言われる。
優しすぎる彼にすがって。なんてみっともなく生きてきたのか。

「お前は俺の大空だ」
「やた、かっ」
「泣くな。胸を張って、前に進め」


愛していたとは言わない。
好きだとも言わない。
二人は幼馴染。主と守護者。主人と部下。
愛してる人がいる。好きな人がいる。
それは互いではなかった、それだけのことなのだ。

(俺は)

俺達は。
全てを投げ打ってこの思いを貫けるほど強い感情を互いに持ってはいない。
互いに求めては、いない。



最後のキスをする。どちらからともなく。
唇を合わせるだけのものだったけれど、それで涙がこぼれるほど十分だった。


「さようなら」
夜鷹がそう呟くと、顔を離した家継は笑った。
「ありがとう……また、よろしく」
「……ああ」

終わりにしよう。
歪で不安定で、誰も彼もを傷つけるような関係はもう。










デジャ・ブを覚えて思わず笑った。
あの時はまだ、白髪交じりだけという印象だったけれど、今目の前にいる彼はすでに白髪だ。
「……夜鷹」
「切れた。切った。これでいいんだ」
お互いに依存しあって食らうような関係など、十一代目の未来を阻むものでしかない。
そんなものは望まない。必要ない。
「だから安心して引退しろよ、ザンザスさん。もちろん、たまに顔を出してくれれば嬉しいけど」

夜鷹の言葉に、ザンザスは壁にもたらせていた身体を起こす。
黒のスーツに包まれた姿は相変わらず威圧を放っている。
その髪の色がなければ、四十と言っても通りそうだ。
「夜鷹」
優しげに名前を呼ばれて、視線を合わせようとしたら抱きしめられる。
意外すぎる、この人はそういうキャラではない。
「ちょ――」
そこまで言いかけて気がついた。
嫌だこの親子。何でこんなに似てるんだ。

「――悪かった」
言われる言葉は、切ない。
「テメェはあいつには過ぎた守護者だ。これからも、家継を頼む」
「ちょ――」
保っていた虚勢が崩れそうになる。
嫌だ、家継の前では我慢したんだ。
これ以上言われたら――

しかし腕を振り払うことはできなかった。
ぬくもりがほしかったわけでも彼の愛がほしかったわけでもない。
そんな乙女のような感情はない、守護者として彼の精神安定を優先したまでだ。

けれども。
嬉しかった。その手が伸びた相手が自分で。嬉しかった。
本当に嬉しかったんだ。


「ザンザスさん」
「辛くなったら言いにこい」
そういうと、抱擁がほどかれる。
夜鷹は右手で顔を覆う。見られたくない。
「っ……俺は」
頼ってもらえたのが嬉しくて、あいつの役に立つのが嬉しくて。
たぶんそのままずるずると。わからない感情を一緒くたにして歩いてきてしまったのだろう。
「夜鷹」
ぽん、と頭に手が置かれる。
まだ顔は上げられない。
「ありがとう」

それだけ言うと、背を向けて去っていく。
その後姿に、夜鷹は漸く顔をあげて返事をした。
「任せとけ!」





 

 

 

***
ええと。
私はザンザスが大好きです。でいいっすかね。
さすがに還暦を前にしてあの我侭王子傍若無人ではないと思うのね。