<Furlana>
「おにいちゃんはモテるわよねぇ」
だらだらと人の部屋のソファに寝そべって、銃のカタログをめくっていた葵がぽつりと零した。
恋バナの前におにいちゃんとしてはファッション誌とかを見てほしいです。
年頃の女の子が銃のカタログ眺めながら弾数だのグリップだのの呟かれると悲しいです。
「いや、別にとりたてて言うほど……」
「おにいちゃん見た目も中身もいいから要素としては分かるんだけど、外だけでなくて内部でもモッテモテだよねぇ」
「……はあ」
「でも、おにいちゃんが男もいけるとは思ってなかったなあ。あ、そういうのに偏見とかはないからね」
「……ちょっと待って葵ちゃん」
なにその不穏な発言は。
なぁに、と可愛らしく首を傾げて視線を向けてくる。
口元を雑誌で隠しているが、その下で絶対笑っている、間違いなく。
限りなく平常心を保ちつつ俺は答える。
なんだか腹の底を探られているみたいで、暖房が効いているはずの室内にいるにも関わらず背中が冷えてきた。
「俺はホモじゃないですから」
「え、でも守護者の誰かしらから「抱いて」って言われた事あるでしょ? あ、さすがにおねえちゃんと葵は抜いてね」
「なんかまるでその二人以外からは言われてるような言い草じゃね?」
「え、言われてないの!? 悠斗なんて言ってないはずがないのに!」
悠斗、お前日頃の言動マジで慎め。
葵は雑誌を閉じて上半身を起こした。
どうやら真面目にこの話を追求してくるらしい。
……ただの世間話ならいいのだけれど。正直こちらとしては探られると痛いものが実はある、から。
ここはあえてネタとして出して、さらりと会話を終わらせるしかないと、俺は渋々口を開いた。
「ああ、まあ、そうだな。雪加には「抱いてくれない?」と言われた事が一度だけあるなあ」
「おお」
「人が慌てて机の上をひっくり返したら、笑顔で「うそですよー。想像しました? クフフ」とか言って立ち去った……」
あの時はマジでびびった。
あの人は一体何をしたいんだろうと常々思う。
「……雪加はそんなもんよね」
葵も最初からそれはネタだと思っていたんだろう。
ぱたぱたと足をぶらつかせて、続きを促す。
「で、陽ちゃんは?」
「陽一? ……記憶にはない」
ただでさえあそこの兄弟は……好意を向けられるのは嬉しいのだが、ちょっと大変というか、特に兄の方。
「むしろ陽一には嫌われてるのかなと思う時がたまにあったりなかったりするんだけど」
「……まあ、陽ちゃんはシスコンでツンデレだからね」
「葵……どっからそんな単語仕入れてくるんだ?」
おにいちゃんはそっちが心配でなりません。
「じゃあ悠斗は? 何回言われたの?」
「もう言った言わないの話ですらねーのか」
「うん」
嬉々として頷く葵に溜息を吐きつつ、なんとなく話の向かう先が見えてきてしまって、家継は腹に手を当てる。
年齢順に聞くにしろ何にしろ、陽一の前に一人入るはずの人が後回しにされていた。
「…………正直に言うぞ? 怒るなよ?」
「うん」
「覚えてない」
「え」
「似たようなニュアンスの言葉を含めると 確かに言われたことはある。だが覚えてはいない」
「つまり、覚えてないくらい言われてるってことね」
「手を変え品を変え。そういうことですね」
「ふむ、ついでにその要望に応えたことは」
「ねーよ」
きっぱりと言うと、葵はへらへらとした表情のまま、じゃあやっぱりと主題に切り込んだ。
「で、夜鷹は?」
「夜鷹は……ないぜ?」
「…………」
「……冷静に考えろ葵。あいつならもっといい男もいい女もより取りみどりじゃないか。なぜわざわざ俺を」
「でも実際ヤってるじゃない」
「…………」
内心で絶叫した。
バレてら。
軽くかわせるとは思っていなかったが、そこまでストレートで言われるとちょっと言葉に詰まる。
「……それは、ただの憶測だろ?」
「おにいちゃんがそう言うなら、葵がうっかり深夜夜鷹のヘヤで見てしまった光景は見間違いだったのね」
「……ハイ?」
「おにいちゃんと夜鷹がベッドの上で……まぁこれ以上は言わないであげるとして」
「……お前の妄想が見せた幻覚じゃね? っつーかなんで夜鷹ん部屋に行ったんだ」
「雪加の部屋に夜這いをかけにいった帰りよ」
「アホ抜かせ雪加はいなかったって!」
「――なんでその日雪加がいなかったって知ってるの?」
「…………」
それは雪加達のいない日しか夜鷹の部屋には行かないからです。
心の中で答えて、俺は完全に押し黙った。
「墓穴を掘るのもママンそっくりね」
うふふふふ、と楽しそうに葵は笑っている。
くそう、人の秘密をバラして何が楽しい……楽しそうだよね、妹よ。
一体全体誰に似たんだ。
師匠か、お前の師匠なのか。
これ以上シラを切り通したところで負けが決定しているので、俺は深々と溜息を吐いて、大人しく大人の手段に出る事にした。
「葵、後生だからそれは胸の奥にしまっておいてくれ」
「んー……おにいちゃん、葵、この最新モデルの銃ほしいなぁ」
満面の笑みでそう言ってぺらりと見せられたページに、俺はずるずると机に突っ伏した。
最初からこれが目的だったのか。
「……よぉし、奮発してお前用にカスタマイズしてやろう」
「おにいちゃん大好きー」
「おにいちゃんも葵が大好きだよー……くっそう、セキュリティ甘いよ六道家……」
「……おにーちゃん行くから外してたんでしょ」
うな垂れた俺に、葵が呆れたように突っ込んだ。
カタログを閉じてごろりとソファに横たわり、少しだけ真面目な顔をして葵は口を開く。
「銃買ってもらうし、ちょっと良心が咎めるから追加で教えてあげるけど……おねえちゃんと雪加も知ってるから」
「……ナンデスト……?」
「雪加ってセキュリティ全般管理してるから、その関係で家継が夜鷹のとこ行ってるのバレてたみたいだし。おねえちゃんはまあ……風の噂?」
「風の噂で流されてたまるか!!」
頭を抱えて机に突っ伏す。
よりによって最年長二人にバレていたなんて!!
「俺達が今までどんな気持ちで全部隠蔽してきたと……」
「そんな隠すようなこと?」
「……悠斗達には、絶対に、バレたくない」
「…………」
言った俺の目はたぶん真剣だったと思う。
葵も溜息を吐いただけで、二人とも口外するつもりはないって言ってたよと教えてくれた。
「まあ、なんでそうなったのかとか知りたくてたまらないんだけど、そこまでは聞かないでおいてあげる」
「そうしてくれ。んじゃ、俺今から母さんに呼ばれてるから」
今からこきつかわれるのに、その前にすでにぐったりだ。
よろよろと立ち上がって、俺はいつもより少し乱雑にドアを開けた。
だから葵が小声で何か言っていたのは聞こえなかった。
「陽菜も、知ってるのよ」
たぶんそれは聞くべきだった言葉だったと超直感は訴えていたけれど、俺はあえて己の心の平穏のために聞き返しはしなかった。
***
雪加版とかもログはあるけどくどいと思ってまとめました。
悪ノリはつい続く。