<Sarabanda>
すがったはずの腕が一度離される。
それからどれぐらいたったのか、今度はまた抱きしめられた。
落ち着く。感情がない交ぜになって突破する。
「……ん」
目を開けると、もう明るかった。
拘束している腕がある。顔を見るまでもなく誰かわかった。
「……夜鷹?」
起きてはいないのか、伏せられた睫が小さく揺れている。
息の仕方も寝ている状態だ。少し安心する。
昨日の自身の失態を思い返すまでもないが、たぶん夜鷹はまだ行動していないのだろう。
撤回しよう、そう決めて溜息をついた。
夜鷹に手を汚させることを進めたくはない。
もっとも、この程度で何が変わるのかといわれそうだったが。
「家継、起きたか?」
耳元で言われて、目をむいた。
「お、起きてたのか」
「まあな」
目を開けた夜鷹は、ふわと欠伸をした。
伸ばされている髪が散らばっているが、頭頂部の髪の毛の跳ね具合だけは同じだ。
「って、今何時?」
時計を探す。机の上にあった。
その時間を見て目をむいた。とんでもなく大遅刻だ。
「げ、こ、殺されるっ」
慌ててベッドから降りようとしたが、夜鷹に引き止められた。物理的に。
「まあ慌てるな」
「だ、だって!」
「今日のお前はオフだ。守護者からの愛あるプレゼント」
「え」
そんなもの通るのか。
抗議したくなったが、だいじょーぶだいじょーぶといつもの顔で言われた。
「今日は親父が本邸に詰めるからお前の代理は問題ない」
その言葉に、夜鷹が頼んでくれたのだとわかった。
ありがとうと、それだけ言いたくて口を開きかけると人差し指で止められる。
「それと、きちんと始末はつけておいたから安心しろ」
「なに――えっ」
昨夜の会話がフラッシュバックする。
後悔はしていない、殺すべき相手ではあった。
女を唆した奴らも同じくだ。ただ――夜鷹に頼む事であったのか。
「ごめん……」
「謝ることなのか?」
眉を上げられる。否定も肯定もできなかった。
「なあ家継、俺はお前が心配だ」
真摯に見つめられて、家継は喉が詰まる。
真っ直ぐに見上げてくる目は蒼。
飄々とした態度の多い夜鷹はしかし、本当はとても優しい人だ。
「――裏切者一人で、そんなに傷ついてるな」
「っ……!」
言われた言葉は重い。
陽菜が隠したとはいえ、リボーンには一人目は看破された。
そして彼は同じことを言ったのだ。
きっと父親も同じことを言うだろう。
姉なんか笑って言うに違いない。
妹も当然のことのように言う。
――生まれたときからマフィアの世界にいる。
だけど家継は甘い坊やのままだ。
「ったく、お前ホントにボスになれるのか」
呆れ顔で言われ、家継は漸く少し体の力を抜いた。
「俺を信じろよ」
「そのていたらくで言われても」
言われて、笑う。
やっと声をあげて笑った。
「よーしよし、なんとか戻ったな」
苦笑すると、夜鷹は膝をついてベッドの上を近寄ってきて、家継の首に腕を回す。
まだほんのり濡れたままのシャツが気持ち悪い。
「今日はぐったりしてろ。他に愚痴があったら聞いてやるぞ、俺もオフだし」
「うー」
唸って夜鷹の腰に腕を回す。締め付けると笑われた。
顔に当たる胸板は硬い。夜鷹はかなり着やせする性質だ。
そういえば雪加にいたっては「どこに筋肉ついてます?」ってぐらいに細身だったか。
あの強靭な一撃を受ければ筋肉があることはわかるが。
そういえばそういえば、骸さんと恭弥さんも筋肉が別の物質でできてんじゃないかってぐらい着やせをする。
……そもそも筋肉そんなについてるか?
筋肉隆々と言うかは疑問だが、ガッツリ筋肉がついている自分の父親を思い出す。
母親は炎と死ぬ気で若干チートなのでほっとくとして、やはり筋肉とはついていないと力を発揮しないものであり、そう考えると物理的に六道ファミリーはおかしい。
と、思ってとりあえず夜鷹のシャツをまくった。
「何すんだ!」
怒鳴られたが気にせずじっくりと検分する。
「……腹筋割れてはいるな」
「そこで計るな。っつーかなに見てるんだ」
「いや、筋肉がどの程度ついてるのかと」
「思考が飛びすぎて気持ち悪ぃ」
真っ当なことを言われて家継は小さく笑う。
笑いながら夜鷹の肌に触れた。
「スキンシップ不足の子供か」
「たぶんそんなカンジかと」
「……真昼間からやるにしてはずいぶん……」
言いかけて夜鷹は言葉を呑む。
家継も気がついていた。なんとなくこの状態はマズい。
そもそも昨晩は、どうしても溜まっていたから愛人の所へ足を伸ばしたのだ。
無言でそそくさと仕事を片づけだした家継を察して、父が手を貸してくれる程度には切羽詰っていた。
しかし行った先では萎えるにも程がある出来事があり、当然なにもイタしてはこなかった。
しかし一夜明けてコレである。身体はそろそろ限界だ。
「……なあ、連絡とってやるから外へ行けよ」
しゃれにならねえ、と声が降ってきたが家継は夜鷹の肌から手が離せない。
そもそも――と侵食されかけな理性で思う。
家継は確かに温厚でフェミニストだがことそちらに関しては残念ながら旺盛だ。
申しわけないと思いつつも、愛人の家を梯子する時だってある。
もちろん女の子が大好きだ。
だから夜鷹の言いつけにしたがってすぐさまここを出て愛人の家に転がり込めばいい。
……が、もはや二度あることが三度あった以上、四度目にかける元気もない。
「夜鷹」
「な、なんだ」
理性がだいぶ侵食された。家継は腹を括ることにする。
この辺は両親に無駄に似た。
適応力バツグンかつ腹を括るのが早く、しかもやり方は乱暴だ。
良い言い方をすれば機転が利き応用力があるのだが、周囲にしてみればたまらないだろう。特にこの場合。
腹を括って冷静に考えれば、相手としては適当だ。性別を除く。
陽菜にはまだちょっと手を出す勇気というものがない。
みつばや葵は兄弟だ、さすがにあそこには勃ちやしない。
悠斗だったら――考えたくもない。
雪加は咬み殺される。
「よし、お前でいい」
「でいいとか言うな! 俺は納得してな」
胸から手を離して頬に当てた。
よく見れば端整な顔だ。ついでにたぶんあんまり嫌悪感はない。
引き寄せて口付ける。
気のせいか酒の残り香がした。悪くはない。
「じゃあ訂正。お前がいい」
「〜〜っ!」
真っ赤になって口を擦った夜鷹は、けれど離れていこうとはしない。
ぐいぐいと唇を擦った手を引っ張って、甲に口付ける。
「お、お前……」
指を伸ばして髪を引っ張る。
いつもは後ろでまとめている髪の先を掬った。
溜息をつかれた。
結構深い。
「……なんつームダなフェロモンの使い道だ」
もう乾いた髪をかき混ぜられる。セットされていない前髪が落ちてきた。
「しゃーねーな。観念してやるりますよ、十一代目」
「ありがと、俺の嵐」
そう呼ぶとわずかに笑われた。
***
しょせんザンザスの息子。
褒めてます。