<Corrente>
開き直ったらしき家継は早速もう一度口付けてくる。
夜鷹は今度は享受することにした。
どうやら相当追い詰められているらしき彼相手に拒否りまくるつもりはない。
「んっ……う」
争うように舌を絡める。
先に敗北したのは家継だった。
浅く息をついて非難するような目を向ける。
「夜鷹……そんなに関係激しくねーって聞いてたんだけど」
「ねえよ。俺の相手は大体年上だからなー」
遊びには後腐れのない方がいいということで熟女の皆さんにお相手を願っていただけである。
そもそもそれで勝ち負けがあるようなことを言うな。
「……ところで家継君よ」
「なんだ」
手っ取り早く自分の服を脱ぎだした幼馴染に半目で聞いてみた。
「どこまでやる気だ?」
「最後まで」
「……俺にもお前にも突っ込める穴はあそこしかないぞ」
「そうだな」
淡々と答えながら下着まで脱いだ家継の股間から思わず目を逸らした。
何だその規格外。
「夜鷹の好きなほうでいいけど」
できれば、と言いながら家継は唇を舐める。
そんな顔をすると、すごくなんかこう――クるものがある。
「俺が突っ込みたい」
「ダヨナー」
棒読みして夜鷹は諦めた。
無理だ。コレは張り合っても意味がない。
――というか。さすがあの父親ありきでこの息子。
服を脱がされつつ夜鷹は現実から飛び去ってそんなことを考えていた。
さっきの顔は反則過ぎた。背筋が凍る程度に色気を感じる。
状況が許せば殴りつけて(自分を)正気に戻すところだ。できなかったけど。
「こっち向けよ」
文句を言われて視線を合わせると、ゾクリとするような声色で名前を呼ばれる。
「夜鷹」
「っ……お、お前それやめっ」
肌を家継の指が這う。ぞわぞわする。悪い意味ではなく。
……家継と同じように腹を括ることにした。
もう足掻いたって逃げられやしない。
首に腕をまわす。
突っ込まれることに抵抗がないといえば嘘になるが、家継のことだ、丁寧に扱ってくれるだろう。
今度は夜鷹の方から口付ける。
口腔を犯すのはこちらでもできる。
どうせこれからたっぷり突っ込まれることになるならこれぐらいはしておこう。
「ん――ぁ、ん」
甘ったるい声を出して家継がしがみついてくる。
夜鷹は自分の腰にまとわりついていた下着を脱ぐべく片手をかけた。
家継が肩に手を乗せてゆっくりと倒す。倒れながら最後の一枚を取り去る。
見上げた瞳はダークレッド。
精悍な顔は今は余裕のない欲に塗りつぶされている。
ゆっくりと顔を近づけてきた家継に、夜鷹は笑った。
「優しくしろよ」
「たぶん」
「ちゃんと返事しろ」
「努める」
結局いい加減な答えが返ってきて、二人で揃って笑った。
たくましい腕が腰を拘束している。
首にこすり付けられるように埋められた顔はすやすやと眠っていた。
先に目を覚ました夜鷹は、暮れかけた空を思いながら目を細めた。
一度どことか二度も三度も、家継は夜鷹を貪った。
だが夜鷹はそれを受け入れた。彼が力尽きるまで相手をした。
血に酔った夜鷹の身体もいい加減に発散場所を求めていた。
だから互いの手を取った、それまでだ。
挙句に謝ったりする彼を受け止めて――そして眠りにつかせた。
「……は」
口から嘲笑がこぼれる。
開けてはいけない扉を開いた。
罪があるのは開けた家継かそれとも招きいれた夜鷹か。
擦り寄ってくる幼馴染を抱き寄せて、夜鷹は熱っぽい声で囁いた。
「なあ、家継」
眠りこけている彼は気がつくことはないかもしれない。
だから寝ている間に言ってやろう。卑怯上等だ。
「俺は所詮六道家の人間だからな」
返事など返ってこない。髪に指を通して抱き寄せる。
もっと近く。あるいは遠く。そんなのはどちらでも構わないのだ。
たぶん夜鷹にとっては同じこと。
耳に息を吹きかけると、子供のように身体をすくませる。
どことなく厳つさの見える顔は目を閉じていればただの青年だ。
このままどこかに持って行きたくなる。
下に収まることを認めたのは、身体を支配されることは心を支配するのと同じだからだ。
――してはいけないことを、した。
彼は十一代目になる。誰のものにもなるべきではない。あえて言うならボンゴレのものだ。
だけれども思わぬところで転がり落ちてきたそれを、夜鷹は捕まえてしまった。持ち上げてしまった。
コトが露見すればどうなるだろうか。わからない。わからないけど。
所詮夜鷹も、六道家の人間だ。
自由に、残虐に、気ままに、そして渇望する。
この力はファミリーのためなんかじゃない。
「限界がきたらかっ攫うぜ? 十一代目」
自分で言って自分で笑う。まあそんなことはないだろう。
してもいいと言われても、してくれと言われてもできるかどうか。
否――たぶんしたくなんかない。
腕の拘束をそっとほどいて、夜鷹はベッドから抜け出した。
とりあえずシャワーを浴びて考えよう。そう思いながらシャワー室へ入る。
歩けた事に感激したが、戦えそうな感じはしない。
まあ使わない器官を使えばそうだよなあと思いつつ、常備している鎮痛剤を打った。
「ふう……」
全身を洗ってシャワーを終えると、スーツを引っ掛けて髪を後ろで括る。
まだ後始末は残っていた。
悟られる前に片づけておかねば。
「――Arrivederci」
ささやいて家継の髪に触れて、笑みだけ残して部屋を出る。
ばったりと、部屋のすぐ外に、微妙な表情を浮かべた彼が立っていた。
「……なに?」
「俺はどうこう言う気はねーが」
赤い目を細めて男は低音で唸った。
その声がいやになるほど似ていると……今更気がつく。
「あいつの選択には、反対しねえ。そう決めてる」
「じゃあこの手を離してくれよ」
がっつりつかまれた手首を見下ろして答えると、彼はケッと呟いて夜鷹の手を離した。
「俺にとってはお前も家継も息子みたいなもんだ」
「……意外。そんなこと言うキャラか?」
「茶化すんじゃねえ」
睨まれて少し笑う。
彼は常識人だ。
少しわが道を行くきらいはあるしやや短気だが、年の所為か経験の所為か、夜鷹の周囲の人と比べると大分丸い。
さらに驚くほど寛容だ。妻の十代目がその上を行く寛容っぷりなので霞むが。
「意見はしねえ」
「殴られるかと思った」
「未成年でもねぇのにどうたら言う趣味はねぇよ。あいつの選択なら――だが」
ぐい、と襟を掴んで顔を近づけられた。
古傷の多い顔だ。さすがに年のため皺もよっている。
黒かった髪だって今はかなり白髪もある。だけど。
「……ちょ、近」
思わず苦吟を申すと、愉快そうに喉を鳴らされる。
「俺にまでどうこうはねぇだろう」
「いや、ないけど」
見下ろしてくるその赤い目だけは、言葉を失わせるほど挑発的だ。
彼は言い含めるように、言った。
「覚えとけ夜鷹」
静かに。だけどそれは彼の意見はおろかボンゴレの総意にも聞こえる。
「あいつとなにをしようがかまわねえ。だが、あいつはボンゴレだ」
誰よりも、ボンゴレ。
そう、彼は十一代目。
「ボンゴレからあいつを奪ってみろ――地の果てで後悔させてやる」
物騒なその脅しに、夜鷹は思わず笑った。
くつくつと笑う彼を奇妙な目で彼は見下ろす。無理もない。
「いや――それはないぜ、ザンザスさん」
「そうか」
あっさりと手が離される。意外に思って見上げてみた。
「もともと心配なんざしてねぇがな」
「じゃあ言うなよ……」
赤い目が細くなって、彼は少し優しい口調で言う。
「ボンゴレの中にいてこその家継だ」
「……それは」
否定しない。
あの炎を燃やしあの戦場で彼は一番輝いている。
なぜ、父が遠い昔に十代目の身体を取ろうとしたか理解できる。
あの輝きは鮮烈だ。手元に置きたい――だが置いた瞬間に輝きは消える。
「……つながそうであるように」
「ああ――そうかも」
あの優しいドン・ボンゴレは平和な世界でも綺麗だろう。
だけどそこにあの輝きはない。彼女もまたこの世界で輝く人なのだ。
「明日はちゃんと顔を出せろ。できれば今晩中」
「つなさん、心配してる?」
「そりゃもう。悠斗にいたっては使い物にならなくて戻ってくるまで暇を出してる」
「う……」
そういえばそんな問題もあった。思いだして頭が痛くなる。
あの悠斗と陽菜の家継ラブっぷりは見ていて明らかだ。どうしよう。
「まあ、気長にやれ」
去り際に思い切り頭を撫でられて、夜鷹はザンザスの帰るのを呆然と見送る。
その姿が廊下を曲がる直前に、慌てて叫んだ。
「ど、どーも!」
何のお礼かよくわからなかった言葉は、ひらひらと手を振られて返される。
マントの最後の名残が消えたところで、どかっと疲れとその他が襲ってきて膝をついた。
「や……やっぱ心臓に悪ぃあの親子っ……!」
思わず呻いた。父も母も兄も今晩ここにいなかったのが正解というか失敗というか。
そもそも兄が家にたらこんなことにはならなかったのだが。
ああ、今更後悔したって無駄だ。わかっているとも。
だが、しかし……
「……しゃーないか……釘も刺されたことだし」
開き直ることに決めたといったら決めた。
家継ももろもろの問題は承知で腹を括ったのだろう。ならこっちも乗ってやらねば男ではあるまい。
「とりあえず……アジトからか。めんど……」
呟きながら歩き出して違和感に気がつく。
引っ掛けてきたスーツのポケットに何か入っている。
「なんか突っ込んだか俺――っ」
開いたそれはメモ。
「あははははは……さっすが」
そうとしか呟けなく、夜鷹はメモを目の高さまで挙げる。
場所はそれほど遠くはない。車を飛ばせば一時間ほどでつくだろう。
ボンゴレの膝元で大した度胸だ。
「……つかバレてんじゃん」
ダメだ俺、と肩をすくめて夜鷹は家の外に出る。
寝室を見上げて、小さく手を振った。
***
あーえーナンデモナイデス。