<Allemande>
がしゃりと扉が押し開けられる。
読んでいた漫画を手にしたまま、夜鷹は扉を見た。
「……家継?」
我等がボスがそこに立っている。
着ているのはスーツだが様子がおかしい。
「家継、どうした」
彼の表情はよく見えなかったので、眉を顰めた夜鷹は漫画を置いてベッドを降りる。
床にぼたぼたと落ちるのは、雨雫か。
「や……たかっ」
数歩部屋に入ってきた家継は、夜鷹の前にまで来ると、髪からぽたぽた雫を落としながら告げる。
張りつく髪の間から見える目は冷え切っていた。
「命令だ」
「……なんだ」
赤茶の目が夜鷹を見下ろす。
身長は――やや相手のほうが高いか。
「ジョサンゼ通り2番地のマンションの304号室の女に接触していた奴らを殺せ」
「……家継」
夜鷹は息を呑む。
家継は母親であるドン・ボンゴレを除けば、マフィア界一の穏健派だ。
その彼が殺害を望んだ。
しかも夜鷹に言うという事は――暗殺を。
「何があった」
無言の家継の濡れた髪をなでる。
大きく育ってはいるが、中身はまだ子供だ。
「暗殺未遂」
「……」
きっとそのマンションには、家継の愛人がいたのだろう。
それが、敵ファミリーだかなんだかに懐柔されて――あるいは脅迫されて。
「三人目だ!」
叫んで家継は拳を握る。
暗殺依頼は「女に接触していた者」つまり女自身は始末をつけてきたのだろう――彼自身で。
「これで三人目だぞ畜生っ!!」
「は? ……な……なんだって!?」
「一人目は事情を聞いた悠斗が斬った。二人目は、陽菜が調べて悠斗が斬った」
もうイヤだ、とか細い声を上げた家継を抱きしめて、夜鷹は溜息をつく。
「んな話聞いてないぞ」
「陽菜が全力で情報操作してるから」
「……厄介な兄妹に惚れられたなお前は」
確かにそれが家継を守るために最善の方法である。
体面的にも、彼のためにも。
ゆっくりと背を撫でると、夜鷹の背中に手を回して、ぎゅうと抱きついてきた。
「……俺がなんかしたかよっ……」
「まさかつなさんに外に愛人がいるわけじゃないしな」
当然ザンザスにもそういう類はいないし、みつばはヒットマン一直線で葵は年齢的にまだ囲ってはいない。
「女」から攻めるのは有効な手だろう。とりわけ彼に対しては。
そう思いはしたがそれ以上何かを言う気にはなれなくて、優しく彼の背中を抱き続ける。
居心地が悪いほど長い時間が立って、漸く家継は手を離した。
「大丈夫か」
「ああ。もう……平気」
歪んだ目を覗き込んで夜鷹は苦笑する。
「平気じゃないだろ。ちょっとそこ座ってろ」
ベッドに座らせてから、棚の中にある酒を取り出す。
グラスに注いで持たせると、微妙な表情で受け取った。
「……」
「飲め。ぐいっといけ」
「う」
喉で唸って、家継は言われたとおりぐいっといく。
飲み込んだのを確認して、夜鷹も自分のグラスに注いだ酒を飲み干した。
「ほい」
空けたグラスにまた注ぐと、家継はこれも一気に行く。
二杯も度数の強いのを飲めばいい加減に平気だろう。
「ほら。寝ろ寝ろ」
グラスを手から取り上げて、肩を押してベッドに倒す。
こてんと横になった家継は、むずがるような声を出したが上から布団をかけると大人しくなった。
「お休み、家継」
ぽんぽんと横になったのを布団の上からなでると、にゅっと伸びてきた腕につかまれる。
「っ!?」
そのまま引っ張られて倒れる。倒れた先には家継の顔があった。
「家継?」
布団の中に潜ったままの家継は、ベッドに引きずり倒した夜鷹の腕を離さない。
寝ぼけている? いやまだそれほど眠った様子はないが。
そもそも酒だって家継にとってみれば回るかどうかという程度のはずだし。
ぐるぐる考えて結局放棄し、夜鷹は家継の濡れた髪をなでる。
「乾かしてやろうか? そしたら大人しく寝ろよ?」
「夜鷹……」
かすれた声で名前を呼ばれる。
それが駄々をこねる時の声に酷似していて、夜鷹は溜息をつくと身体を動かした。
「しょうがないなお前は」
三つ下の弟分の頭を抱き寄せる。ついでに額に口付けた。
胸の辺りで小さく泣いた声がする。
「安心してろ。お前が寝ている間に」
お前を裏切った女も唆した蛇も、キッチリ殺してやる。
そしてその死体も、跡形も泣く消してやろう。
「――だから、泣くな」
「っく……」
「バカだな、お前は――本当に」
泣くぐらいなら最初から。
捨ててしまえばよかったんだ。
***
魔が差して継夜。どう見ても夜継。
ついでにXANXUSが骸にすがっている姿を思えばさらに楽しい。