<いざ日本>
クリスマスは滞りなく終了し(行事が多すぎてめんどくさい)気ままな週末第一日目、部屋で惰眠をむさぼっていた家継は、内線呼び出し音で目を覚ました。
「あ、はい……」
寝ぼけ眼で電話に出ると、わかっているのかくすくすと向こうで笑い声が聞こえる。
それが誰かわかったので、家継はさっさとベッドから降りた。
「おはようございます、母さん」
『おはよ、家継。寝てた? ごめんね』
「母さん戻ってたんだね、おかえり」
先日から一週間ほど出張に行っていた母親が帰ってくるのはてっきり午後だと思っていたので、慌てて手櫛で髪を整えた。
母親の日本人的習慣のおかげで昨日の夜に風呂に入っていて助かった。
親の部屋は渡り廊下を渡ってすぐだが、この時間ならもう他の構成員もいるだろう。
このままは……ちょっとまずいか。
ばさばさと音を立てながらジャージを脱いでいると、電話口から声が聞こえる。
『相談がてら、お昼一緒に食べようか』
「あ、うん」
『久しぶりにザンザスも交えて』
「父さんも戻ってるんだ」
『うん。着替えたら母さんの部屋に来てね』
「はーい」
受話器を元の場所に戻すと、家継はぺぺいと上のTシャツをベッドの上に投げ捨てて、グレーのシャツを羽織り、ジャケットを重ねる。
黒のズボンをはいて、靴の中に足をねじ込んで、ベッドサイドに置いてある万年筆をポケットにさすと、たったと部屋を出て行った。
「お邪魔します」
十代目の部屋の前の護衛が横にどいてくれたので、自分でノックして中に入った。
執務室ではなくて、プライベートの部屋に入ると、リビングのソファーにつなが気だるげに横たわっている。
「母さん、お帰り」
「うん、ただいま」
息子の声に顔を上げて、にこりと微笑んだものの、顔には疲れが残っている。
強行軍だったのだろうか。
「出張、日本だったよな。そんなに疲れた?」
十代目の出身地は日本だ。
慣れ親しんでいる土地のはずなのに、それほど疲れているとすればなにかあったのだろうか。
「ん、へーき。ザンザスー、家継きたよーぅ」
「ああ」
扉の向こう(寝室だ)から声が聞こえてきて、ガチャリとそこが開いて、ザンザスが出てきた。
白髪の混じりだした髪は綺麗に整えられていて、服装もいつものように粋に決まっている。
それに比べるとかなり隙のある自身の格好を反省しつつ、親子三人で廊下を歩いて、外に出る。
そこで三秒くらい待っていると、キッと玄関前に車(家継はぶっちゃけ車にあまり詳しくない)が止められ、よく知っている人が運転席から降りてきた。
「ボス、車はこれでいいな」
「ああ」
頷いたザンザスは助手席をあけるとつなをそこに座らせる。
「スクアーロ、おつかれさま」
両親にくっついて出張していてくれたスクアーロにねぎらいの言葉をかけると、なんだか微妙そうな顔で頭を撫でられた。
「頑張れよぉ」
「え?」
首を捻ったが訳がわからず、早く乗れと父親に言われたのでとっとと車に乗り込んだ。
ザンザス自ら車を運転してついた先のレストランは、少し離れてはいるが両親が贔屓している質素な家庭料理を出す店だった。
もはや守護者まで含めての常連なので、三人は定位置の、少し奥まったところにあるテーブルに通される。
そこはいつでも花が飾ってあって、パリッとしたテーブルクロスはもちろん毎日交換されている。
ここのレストランはいつもこうやって、何時訪れるかわからない十代目の指定席を用意してくれているのだ。
「出張御疲れ様でした、ドンナ、シニョーレザンザス。イエツグ様はおひさしぶりです」
ここのオーナー兼チーフシェフの長女が微笑んでテーブルをセットしてくれる。
出された鮮やかな色のロゼを飲みながら、つなはくるっと目を回した。
「あれ、聞いてたの?」
「先日骸様と恭弥様がいらっしゃいましたので」
「おしゃべりだなあ」
笑ったつなに婿養子のシェフが前菜をさっと出す。
まずは作り置いてある定番の前菜だ。
心得たもので、今更説明はしない。
それからもいつものように、注文せずとも出てくる旬のメニューに舌鼓を打っていると、メインが出てこようとしている時に、ナプキンで口を拭いたつなが切り出した。
「ねえ家継」
「ん?」
なぜか父親がやたら高いワインをあけてくれたので(酒と女と身なりは分相応というのが親の口癖なので、家継は安めの物しか基本飲めない)堪能しながら返事をすると、ちょっと眉を寄せられたので鋭く察してグラスを置いた。
ワインを飲みながら返事をした事につなが怒っているわけではない。
ほれきた超直感。
相変わらず遅くないか。
「日本支部の計画、知ってるよね」
「あれ通ったんだ。日本にはヤクザもチャイニーズ・マフィアも香港マフィアもいるのに」
「だからだよ、近頃新興さんたちが元気だからねぇ。俺をどれだけ出張させれば気が済むの?」
にこりと笑顔で言った母親が怒っていることなんぞ、超直感とかなくてもよくわかった。
「うちだって末端はそりゃぁ元気さ。そこをしっかり教育するのが大人の役割だと思わない? 古今東西そこをキッチリやるのがさぁ、裏も表も関係なくトップの勤めだと思うんだけど。それがなに、最近のお偉いさんはさ、裏でも表でも自分がエエ思いすりゃあいいって思ってるんじゃないの。そんな偉い態度は部下の一人や二人かばって傷負ってからしろよ。それでさぁ、下の教育しようって頑張ってる人は邪険にされるとかおかしくない? おかしいよね? 俺は許しがたいよ」
視界の端にいたウエイトレスが、つなの言葉が切れた瞬間に目の前にメインを滑り込ませる。
お見事。
あとごめんなさい。
「ま、まあうちみたいな古いのは珍しいよ。新興はそれなりに節度を守るようにさ」
「あの国の連中は暴力できりゃいいと思ってるんだよ」
カチャンとつなの手元から音がした。
なにやらかした、日本の誰か。
お前らドンナを怒らせたぞ。
「暴力には鉄拳を。世論がだいぶまずい方向に傾いている今、大掃除が必要だと思わない?」
にこりと花が咲くように笑う、少女のような可憐なドンナ・ボンゴレは、見かけと相反してとっても手段を選ばない御仁である。
彼女が大人しく我慢強く粘り強く穏便に交渉するのは、命を粗末にしていないだけである。
けして腰が低いわけではない。
この様子だと恐らく何度も交渉や警告をしているのだろう。
そして全部無視されたと。
……わぁ、自業自得な気がしてきたな!
「とりあえず無法地帯のあの国を何とかするよ。祖国がぼろくそに言われたら俺の恥だ」
ジジイ共もアルコバレーノ様の意見には反対しなかったよ。
という一言で、ああリボーン様が意見したんだろうなと容易に想像がついた。
あの傲岸不遜な態度で、言い放ったんだろう。
顔が歪む堅物sの顔が思い浮かぶ。
しかし日本支部なんて大胆なものを作ってどうするのだろうか。
ドンナは基本イタリアから動けないし、守護者もしかりだろうに。
「幹部の誰かを送るの? ってか今から始動するなら出来上がるのは」
「建物はもう用意してるし、事務的な仕事をこなせる人とか、交渉役とかはもう準備万端なんだけど」
内緒で進めてたんか。
「建物と人はあるんだけどさ、腕力担当がいないんだよね」
「………………はあ」
腕力担当ってなんだ、追加工事でもするのか。
「ツグ、行って来てね、俺行けないし」
ドンナの命令は絶対だったし、行き先が日本なら家継は特に文句もない。
「はーい……………………え、どれだけ?」
威勢よく返してから、首を傾げてみた。
日本支部が落ち着くまでだとしたら、数ヶ月はみなくてはいけないのだろうか。
夏休み中に片付けばいいのだが。
そう思っていた家継に、つなはさらっと答えた。
「三年間」
もちろん吹いた。
「高校生活全部っすか!?」
「うん」
こくりと頷いてメインを口に運ぶつなに、家継は思わず早口で畳み掛ける。
「腕力担当って?工事手伝ってこいと?」
いっそそうであってくれ、というささやかな願いはすでに超直感に否定され済みだけれども、一抹の期待で聞いてみる。
「ううん、ぶん殴ったりぶった押したりぶっ壊したり担当。始末書書くのはお前だから守護者は制御しておけよ」
その一言で、思いっきり仕事をぶん投げられたことに気付いた。
これか! 超直感できればもうちょっと具体的に教えてくれ!!
「ぶん殴ったりって……誰を」
「反対意見各種。あとお前を狙ってくる暗殺者」
「暗殺者……」
あの死神アルコ発案によるドッキリに見せかけた訓練か何かですか? と聞きたくなってげんなりした家継に、今までずっと黙っていたザンザスが口を開く。
「勘違いすんじゃねぇ、家継」
「え」
「これは大役だ、いうなれば日本を中心に東アジアに十代目代理として赴くわけだからな」
「はあ……じゃあ、俺じゃなくて守護者の誰かとか」
「お前、そのままボンゴレを継ぐ気か?」
鋭い言葉を投げつけられて、家継は手を止めて、呼吸も止めた。
「え……だって、俺」
「勉強不足とか意識が低いって意味じゃねぇ。お前は全然外に認められてねぇんだよ」
「……」
もっともな事実だったので、家継は反論しなかった。
十五歳の家継はまだ親の庇護下にある年齢である。
当然働いてもいないし、十一代目候補筆頭であるゆえに生死のかかるような仕事は任されていない。
公の場に出ても、「十代目の息子」という立ち位置なので、誰も機嫌を損ねようとはしてこない。
これではまだバンビーノだ。
親の立場に胡坐をかいているだけだ。
「日本支部を見事にまわせれば、評価も高まる。なにより、十代目がお前にその重要な仕事を任せたって事実が重要だ」
「この仕事をした俺は、十一代目に相応しいと認められる、と」
「その通り。十一代目になりてぇなら否はねぇ」
家継はくるりとワイングラスを回して、その言葉の意味を考えた。
ボンゴレを継ぐことに関して、不安がないといえば嘘になる。
だが継ぎたくないかと聞かれれば、継ぎたい。
たとえ共倒れになろうとも、それは家継の覚悟の一つだ。
日本支部、三年間。
両親の庇護を離れるのは初めてだし、あの島国は第二の故郷とはいえど、なじめない慣習もたくさんあるだろう。
気候も文化も、食べ物も違う。
こちらでできた友人も――別れることになってしまう。
十八になるまでは、普通の少年のように過ごしたいと思っていた。
しかしもう、遊んでいるだけでは許されないということか。
「ツグ、俺はね、ツグが十一代目になりたいといってくれたことが、嬉しかったよ」
柔らかい声でつなは息子に語りかける。
それはドンナではなくて、母親としての言葉だった。
「全然母親らしいことができなかったのに、こんな俺の背中を見て育ってくれたんだなって。この世界の辛いところもたくさん知っているのに、それでも踏ん張ろうとしてくれるんだなって。でも、でもね」
無理はしなくていいんだよ、とつなは小さく微笑んだ。
「こんなのは永劫に続くものじゃない。自分の代でなくしてしまったって構わない。歴代そう思って、ボンゴレは成り立っていたと思うんだ」
何度もそんな危機はあっただろう。
そのたびに、後継者にはきっと同じ事を伝えたに違いない。
そう、つながあの日、初代に言われたように。
「『栄えるも滅びるも好きにせよ』――ツグの好きでいいんだ。生まれた時からこんな立場を背負わせていた俺が言うことじゃないけど、本当にいいんだ」
「俺もかまわねぇ。お前を産んだのも育てたのも、マフィアのボスにするためじゃねぇ。好きな人生を歩ませるためだ」
両親の言葉に、家継は頷いた。
本当は、自分が生まれた時に周りがどれだけ安堵したかを知っている。
どれだけ(姉がああである故に)自分が十一代目にと嘱望されているかも知っている。
それでも構わないといってくれる両親の心が、愛が嬉しかった。
「謹んでお受けします、ドンナ」
「頑張ってね」
そう言った母親の顔がなんだか少し寂しそうで、本当に叶わないなぁと目尻に浮かんだ涙を見られないように急いで拭い去った。
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なぜシリアスに?
この後アホな話が続くはずなのにww
日本生活はただのギャグです。