どうしてわたしは、生まれてきたんだろう。
母は愛されるためと言う。
父は笑うためと言う。
だけどわたしは知っている。
わたしは、アルコバレーノ。
いつかそれを受け継いだ時、母はいないのだ。
だから、
「オレの炎も使ってくんねーか?」
ああ、そうだ、それがあなたね、父さん。
「あんたを一人にはさせない」
そう、いつも、母さんを守って、母さんはボスで、アルコバレーノの一人で、父さんの大切な人だから。
ねえ。
それなら、わたしは何のために生まれてきたの?
<little princess>
物心ついた時にはもう、周りは幼馴染がたくさんだった。
ジッリネッロの人たち、ボンゴレの人たち、皆一番小さい私を抱き上げてあやして、構ってくれた。
みつばおねえちゃんも、陽菜おねえちゃんも、葵おねえちゃんも、ルッスおばさんも。
他の男共はともかくとして、スクアーロは嫌いじゃないけれど。
みつばおねえちゃんは、リボーンと結婚するって言っている。
家継は十一代目になるの。
葵おねえちゃんは家継の守護者として、強くあるんだって言っている。
雪加はもう十代目の信頼を受けて、一人で全部やっているって。
夜鷹だってたくさん仕事をしているわ。
悠斗は家継の右腕だから、剣の腕を磨くって。
陽菜おねえちゃんは毎日勉強しているの。家継のためにって。
陽一も勉強している、ヴァリアーに入るには語学がいるって。
わたしは、
ジッリョネロの次期ボス。
まだ小さいから勉強はほとんどしていないのだけど、雷の守護者を頼まれて、本当は断わろうと思ったの。
だって、わたしはドンナになるのだから、家継の守護者なんて、と。
なのに母さんが、その話を受けろといった。
父さんもそれに同意して、わたしはわけがわからなかった。
『つなさんにはお世話になったから』
『やめたきゃいつでもやめていいって家継は言ってるしな』
そんなの、わたしが決めたことじゃないのに。
でも、わたしは守護者になることにした。
忙しい母さんはいつも仕事で、父さんはその護衛だからあまり三人でそろっては過ごさない。
たまに一緒になったら、母さんも父さんもわたしを撫でてばっかりで。
もう子供じゃないと言っても聞いてくれない。
わたしがほしいのは、そんな甘ったるい言葉じゃないの。
甘ったるい言葉と、甘ったるい態度。
そればっかりを向けられて、疎ましいくらい。
二人ともわたしの前では辛い顔一つ見せないけれど、知っているの。
母さんが時折泣いていること、それを父さんが慰めていること。
ジッリネッロもマフィアだもの、やらなくてはいけないことがあって、見過ごしてはいけないことがある。
そんな事に一々泣いている母さんは――どうなんだろう、大空として。
それを慰めているだけの父さんも、どうなんだろう、補佐として。
悲しむことが何になるのだろうか、母さんが処罰した人たちは、どうせ、そんなことわからないのだから。
わたしは、母さんみたいに揺るがない。
わたしは、エマ。
ルーチェ、アリア、ユニと連なってきた大空の系譜の端。
わたしの力はとても弱くて、未来なんてちっとも見えなくて。
稀に夢で見る未来は全部怖くて、辛くて、誰にも話せないことばかり。
けれどわたしには力があって。
今、呪いを「解かれた」アルコバレーノは自由だ。
けれどまた、いつか「アルコバレーノ」が必要となる。
その時はそれほど遠くはなくて、それに他の色と大空は違っていて。
わたしは、アルコバレーノになる者。
母さんはもう違う。
けれどいつかわたしがおしゃぶりを受け取る時、わたしはアルコバレーノになるのだろう。
瞬いて消える、虹。
あのキレイな儚いものとわたしはあまりに違うけど。
いつかその日がきたら、ちゃんと受け取ると決めた。
そう決めたのは誰のためでもなくて、わたしのため。
だからわたしは、力がほしかった。
だからわたしは、守護者になった。
強くあるために、力がほしかった。
違う世界で、戦った。
本当に命をかけたのは初めてで、刃を向けるのが怖かった。
死にたくないと、思ったの。
血がぼたぼた流れる皆を見て、死にたくないと思った。
わたしは、アルコバレーノの大空なのに。
死ぬことが使命なら、それを受け入れなくてはいけないのに。
それでも、死ぬのが怖くて、怖くて、必死で戦った。
強くなれば逃げ道があるかもしれないと、他の方法があるのではないだろうかと思って。
そして、恨んだ。
生まれなければ、こんな恐怖はなかった。
使命というもので、死ななくてよかったのに。
わたしを産んだ母さんを恨んで、平然としていることが信じられないと呟いたわ。
違う世界で会った母さんには、何の力もなかった。
いいえ、アルコバレーノの力はあったのかもしれないけど。
とても明るく笑うのはそのまま母さんだった。
仲間のことを心配する表情も、自分で切り捨てた癖に痛々しい横顔を見せる所も。
よく似た顔のわたしが、雷の守護者だと知った時、嬉しそうに笑った。
その笑顔は、本当に、母さんだった。
決意が強いことがよくわかる口調も、母さんだった。
大空のアルコバレーノ。
ジッリネッロのボス。
父さんの、みんなの太陽。
心が強い人だけど、力はなんにも持っていない。
いつも守られればっかりの、お姫様。
それは違う世界でも同じだった、家継やみつばや夜鷹が、守って、ボロボロになって、雪加が立てなくなって、葵おねえちゃんが泣いて。
みんなをぼろぼろにした母さんは、それでもそこに立っていた。
一つの運命のために、アルコバレーノの力のために。
けれど最後の最後で、迷いが出た。
「もしかして 死を恐怖しているんじゃないのかい?」
白蘭の言葉に、びくりと震える。
ギリギリの状態で、炎を操っていた家継が、叫ぶ。
「いいんだユニさん!! 何か他の方法を考える!」
できっこなんか、ないくせに。
やっぱり、怖いのだ。
心が強い人だって、怖がるのだ。
アルコバレーノになって死んでいくためなら、やっぱり産まないでほしかった。
こんなに自分が怖がるのに、わたしにもこんなことをさせるのね。
やっぱり、酷い人。
母さんを覆うバリアが一瞬破れる。
その隙間から滑り込んだ人影があった。
「オレの炎も使ってくんねーか?」
ああ、そうだ、それがあなたね、父さん。
「あんたを一人にはさせない」
そう、いつも、ママを守って、ママはボスで、アルコバレーノの一人で、パパの大切な人だから。
父さんの腕に抱かれた母さんは、笑った。
本当に綺麗な、綺麗な、笑顔だった。
そしてその綺麗な笑顔が、わたしに向けられた。
『…………』
何か呟いたその唇から、すうっと色が失われる。
――ああ 消えて しまう
「――っ、待って!!」
思わず叫んで駆け出したのに、それはもう遅かった。
「…………」
カランコロン、とおしゃぶりが転がる。
白蘭も家継も、リボーンも。誰も何も言わない。
二人は、消えた。
その姿を残さず、服だけになって。
わたしは歩く。
わたしだけ、歩く。
「…………」
おしゃぶりを拾い上げた。
それは――綺麗な、橙色。
「…………」
呟いて、おしゃぶりを握り締める。
ゆっくりと、ゆっくりと熱を感じながら、目を閉じる。
頬を伝った涙が、ぽたりと落ちるのがわかった。
「……っく、ひ、どい……ッ」
置いていくくらいなら。
……産まないでほしかったの。
大好き、ママ、パパ。
大好きなの。
「だい、す、き、だったよ……」
握り締めたおしゃぶりの上に、ぼたぼたと涙が落ちる。
震えながらおしゃぶりを握り締めるエマの手に、そっと温かい手が重ねられた。
「それはお前が持っていろ、エマ」
静かにそう言った家継は、ボロボロのはずの体を盾にするようにエマを白蘭の間に立ちふさがる。
ユニの消滅を呆然と見ていた白蘭だったが、その表情はすぐに明るくなった。
「そうか……エマちゃんだっけ、まだ君がいたね♪」
「……白蘭、俺は怒っているんだ」
静かにそう言った家継の怒りに、守護者達が反応する。
立ち上がれなかったはずの悠斗は立ち上がり、陽一がディーノの肩を振り払って立ち上がる。
葵も再び武器を構え、雪加も銃を構え、夜鷹も三叉を手の中に出した。
家継は大きく燃やした武器を手に、白蘭を見据えながら、左目をすがめ右の眉を上げ、皮肉るような笑顔で言い放った。
「エマに手を出してみろ………………カッ消してやる」
***
未来編の一幕。