<託されたもの>
「沢田綱吉」
背後からかけられた声に、一息気合を入れて振り返る。
「なあに、XANXUS」
「…………」
XANXUSは口を開きかけて、目を眇める。
その容姿はとても怖いものにも、哀しいものにも見えた。
「珍しいね。本邸に来てるなんて」
「……テメェが、」
「そうだ、来てくれたついでに書類持っていってくれる? 嫌なら後で武に持っていってもらうんだけど」
「沢田」
はぐらかそうとしたのに、それを許さない言葉に、綱吉は口をつぐんだ。
ただ真っ直ぐ相手を見上げると、ふわりと頬に手が当てられる。
「ザ、XANXUS?」
奇妙な彼の行動に目を丸くしていると、上半身をかがめて顔を近づけたXANXUSが耳元で言う。
「ボンゴレは俺がもらってもいんだな?」
その一言で彼が理解していることを察し、綱吉は困ったように微笑んだ。
「XANXUS、時間があるなら俺の部屋においでよ」
「……」
無言だが踵を返さないXANXUSに了解の意思を見、綱吉は彼を誘ってどんどん奥へと進んでいく。
「はい、どうぞ」
二人は綱吉の寝室へと入る。
執務室よりずっとプライベートな空間であるそこには、誰もいない。
「さて、と」
窓の近くに歩いて行き、そこにも何もないことを確かめて、綱吉は振り返った。
「答えはYesだ。XANXUS」
「ハッ、ボンゴレのために死ぬか」
「それがボスの役割だろう? 大丈夫、ちゃんと救うから」
扉から動かないXANXUSに椅子を勧めても無視され、綱吉は肩をすくめてベッドの上に腰をおろす。
「一番可能性のある俺が来る、きっと白蘭を倒して、世界を救ってくれる」
「テメェが死んでもか」
「いいだろ、「過去の俺」の未来は確かに変わるんだから」
「この世界はどうなる」
さあね、と答えて綱吉は上着を放り投げるとベッドの上にひっくり返った。
ネクタイも適当に緩めてある。
「たぶんそのまま続いていくんだろう。白蘭の脅威は取り除かれて」
「テメェは」
「俺はいないよ? 過去から来た俺は自分の世界へ帰るんだから」
扉の前に立ったままのXANXUSへ手を伸ばし、ちょいちょいと手招きをする。
渋い顔で数歩歩み寄ってきた彼に微笑んで、もうちょっと、と手招きを続ける。
「……なんだ、カス」
「いーからこっち来い。……ちょっと、長い話になるからさ」
意味深に微笑んでそう告げると、XANXUSは眉を顰めてからベッドに腰をおろす。
「ってーか、よくわかったな。隼人にも武にも言ってないんだぞ」
守護者では雲雀にしか話していない作戦だ。
まあ、嵐と雨は物凄く反対しそうだったからというのもあるのだが。
「テメェが何もしないわけがねぇ。なのに作戦が動いてない。だから――言えねぇことだろうと踏んだだけだ」
「ははっ、相変わらず鋭いな」
薄く笑った綱吉を見下ろして、XANXUSはまた無言になった。
「明日ここを立つ。で、」
「戻ってこねぇ、ってか。……カスが」
変に感情の篭ったXANXUSの呟きは気になったが、あえて何も言わずにふわりと笑う。
「XANXUS」
甘ったるい声である自覚はあったけど、今くらいはいいだろう。
上半身を起こした綱吉は、XANXUSの方へにじり寄る。
手が触れる距離にきてから、ふっと睫を伏せた。
「……なんだ」
苛々した口調で尋ねられて、ゆっくりと視線をあげる。
「なあ、XANXUS」
ゆっくりと、ゆっくりと綱吉は喋る。
明日、ここを去る。
だから、今言うしかない。
「俺がさ、抱いてほしいって言ったら抱いてくれる?」
「………………は?」
たっぷり十秒は置いて、XANXUSはマヌケな声を出す。
見下ろしてくる赤い目は揺れていた。
「嫌なら、いいんだけどさ。お前にバレたのもいい機会かも、とか」
「……テメェ……何考えてやがんだ」
綱吉の意図がわからないのだろう、思いっきり怪訝な顔をしたXANXUSの前で、綱吉はぷうっと頬を膨らませた。
「もういい」
もういいもん、と繰り返して、膝立ちになるとXANXUSとの間にあった距離をばっと縮める。
「よく考えたら最後だし! 俺がボスだし、俺の好きにする」
「はあっ!?」
背中に抱きつかれたXANXUSは思わず大きな声をだしたが、綱吉は手を離したりはしなかった。
代わりにちゅうと音を立てて首筋に吸い付く。
「俺、XANXUSのこと好きだったんだよ。知らなかったでしょ」
くすくす笑いながら、唇は首から肩へと移っていく。
「最初は怖かったけど。XANXUSはデカくて、傲慢で、我侭で、強くて。俺の逆で」
でもさ、と後ろからXANXUSのシャツのボタンを外しながら綱吉は笑う。
「独りで、俺とおんなじだって思ったんだ」
小さくて、臆病で、卑怯で、弱くて。
そんな自分と彼がなぜか重なって。
怖くてたまらなかった男は、本当は自分に近しい人なのだと。
いつの間にか好きになっていた。
「俺達は大空だから」
「……俺は違う」
「ううん、XANXUSは大空だ。広くて、大きくて。そうだな、俺と違うトコは、強いところ」
無言のXANXUSがそれを否定していたら悲しかったので、綱吉は慌てて言葉を続ける。
「XANXUSは強いよ。その傲慢な強さが、ずっと俺の憧れだった」
半分脱がせたシャツの下から露になった肌をなでる。
うっすらと残っているその傷は、綱吉が刻んだものもあるのだろう。
その痕に唇を寄せる。
謝罪するようなことではない。そんな事はXANXUSも綱吉も望まない。
代わりに、ゆっくりと唇を這わせる。
「……沢田」
静かに呼ばれて、綱吉は唇を放した。
「なに、かな」
「なぜ、俺だ」
「…………きっと、XANXUSは俺のなりたい姿だからだよ」
目を閉じて、背中に額をつける。
仲間のために力を振るう。
その力を誇りに思っている。
自分も守れなかった綱吉は、大切な人を守る力を今もっているのだから。
「あのね、俺だって……自分のために、力を使いたい時があったんだ」
傲慢に力を振るうXANXUSがうらやましかった。
十代目という枷さえなければ、自分だって、あんなふうに振舞えただろうか。
ずっといじめられっこだった綱吉に、「力」はとても魅力的で、そして――
ただ、「守るため」には、この力は、あまりに大きすぎた。
時折自分を襲う絶対感、破壊衝動、優越感。
守らなくてはいけないという良心、使命感、理性。
それに加えて十代目という重責。
綱吉がそれらに押しつぶされていた時だった。
「XANXUSが、うらやましかった。けど、ファミリーのために戦っているXANXUSを見て、気がついた」
彼は本気で戦っていた。
容赦なく、強かった。
本気で怒り、本気で戦っていたXANXUS。
その時、綱吉は悟ったのだ。
「XANXUSの強さは……ファミリーのために、他の人のためにあるんだ、って」
確かに彼は傲慢だ。
それは彼が強いからだし、実績があるからでもあるし、自信があるからでもある。
けれど。
「なんでヴァリアーの皆がXANXUSに従ってるか、考えなかった俺はバカだな」
強いだけじゃない。
九代目の子供だからじゃない。
「XANXUSは、XANXUSの力は、その憤怒の炎は。ファミリーのためにあることを俺は、やっと気がつけて。XANXUSみたいになろうって、頑張ったんだよ」
頑張ったんだ、と言って綱吉は小さく鼻を啜る。
額を押し当てている背中は動かないから、もう少し続ける。
「XANXUSみたいに在りたいと思った。必死で背中を追いかけてたよ」
誇り高くあろう、自身のために。
強くあろう、他者のために。
「沢田」
「うん」
「俺は最強のボンゴレにしか興味ねえ」
「だから」
背中が揺れる。
何もなくなった空間に、綱吉はふらりと倒れかける。
目を開けると、振り向いたXANXUSの両手が肩を支えていた。
「テメェがいないボンゴレになんざ興味はねぇよ沢田綱吉」
「……ざ、んざ、す?」
綱吉の両肩を抑えたXANXUSは、言葉を選んでいるように少し視線を横にそらす。
それからすっと戻して、真っ直ぐ綱吉を見据えた。
赤い目が綺麗だと思っている。
初めて見たときから、深い赤がとても綺麗だと。
「死ぬことなんざ、許さねぇ。戻ってきやがれ」
「俺が戻ってきたら、また、ボンゴレ十代目は俺だよ?」
「ハッ、だからなんだ? テメェに下った覚えはねぇがな」
ぐぐと肩に置かれた手に力がこめられ、綱吉は少し顔をゆがめる。
結構痛いが、やめろと言おうとは思わない。
「沢田」
ほんの少しXANXUSが手を引き寄せただけで、綱吉の体はふわっと前につんのめる。
完全に転がる前に、再び手によって引きとめられる。
その間ずっと綱吉はXANXUSを見上げていたので。
迫ってくる顔をずっと見ていられた。
「続きは?」
ゆっくりとした口付けの後に、口を尖らせて強請ってみる。
するとベッドから立ち上がったXANXUSは、凶悪な笑顔で言ってくれた。
「抱いてほしいなら戻ってきやがれカスが」
「……うっわ〜……うっわーぁー」
無茶な事を言ったXANXUSに綱吉はへにゃりと笑って。
ベッドサイドにおいてあった黒のケースを掴んだ。
「じゃあXANXUS」
「あぁ?」
片手で十分持てるそのケースを、綱吉はXANXUSに差し出した。
「沢田」
彼が残していったそれを撫でて、XANXUSは呟く。
黒いケースに入っているのは、眠り姫を起こす魔法だ。
「俺が起こさねぇってことは考えなかったのか」
ケースが何を答えるわけでもないが、XANXUSは問いのばかばかしさに笑った。
あの日、綱吉はXANXUSにケースを差し出しこう言った。
『仮死状態になった俺を目覚めさせる薬だ。お前に渡す。だから――』
目を細めて、綱吉は艶のある笑みを見せて。
そのケースをXANXUSの手に押し付けて。
『俺の王子様になってくれないか』
なんとまあ、芝居のかかった台詞。
XANXUSに託さなかったら、これを誰に渡すつもりだったのか。
誰にも渡さないつもりだったのか。
『必ず戻ってくるから。お前に会うために、戻ってくるから』
そう言った彼は今頃、仮死状態でコールドスリープ真っ最中。
いい身分だ。
遠くで響いた爆音に、XANXUSはやれやれと首を振る。
グルルと鳴いて鼻をすり寄せてきたベスターの頭を適当になでる。
「とっとと終わらせるぞ」
グルルル、と喉を鳴らす匣兵器に控えているように命じて、XANXUSはケースを椅子のしたにひょいっと置く。
足を組んで、一つ息を吸った。
さて。
早いところ戻ってきてもらおうか。
沢田綱吉、ボンゴレ十代目、我らが――大空。
過去の沢田綱吉がなんであれ、我らの大空は一人だけだ。
***
あれ。
なんか、綱吉が帰ってくるのを心待ちにするXANXUS。
を書きたかっただけなんですけど。
最近書いてないから綱吉がくっつきたがった。
ついでに惚気たがった。