<家継の受難3>

 


書類の山に家継は沈んでいた。
正直……寝たい。逃げ出したい。だがそれは両方とも死に直結する。
「なに、寝てるの?」
「いえいえいえとんでもないデス!」
しゃかりきとペンを握る。しかし頭を机にくっつけたくなった。
「うう……母さんのばかあああああ」
呪詛のような言葉を呟いた家継に、マッタクだねと恭弥が同意する。
「僕も行きたかったよマフィアランド。のんびりしていいもの食べて、日光浴して買い物したかった」
愚痴った恭弥だったが、家継としても一言言わせてもらう。

それはよくわからないが荒れた雪加が骸とやりあっていたのに、恭弥が便乗して戦闘を始め、屋敷を半壊させたからだ。
さすがに温厚と評判の母もブチ切れ、冷えた目で「書類仕事を命じる。終わったと家継が連絡入れるまで俺は休みに入る」と宣言して、とっとと父と右腕とその旦那と共にマフィアランドへ飛びやがった。

なのになぜ家継が仕事をやっていたのか。
理由は簡単である。
「ほら、はやくやりなよ」
「ううう……」
恭弥に逆らえるわけもなかった。

もちろん彼女も書類仕事はしている。しかし家継も借り出されていた。
「じゃ、僕は息抜きしてくるから……サボったら咬み殺す」
「ギャー!!」
にやりと笑って恭弥が出ていく。純粋に鬼だ。
げんなりして家継は机に突っ伏した。ある意味優しさなのかもしれない。

「……ねむ……」
うとうとと意識が飛んでいく。
それはいきなり扉を開き誰かが駆け込んだ音で途絶えた。
「ん……なに?」
「助けて家継!!」
悲鳴を上げて抱きついてきたのは悠斗だった。
抱きしめてあげる義理はないので無言で身体を動かす。空ぶって床にぶつかった。
「グッジョブ兄さん、そのまま押さえておいて!」

悠斗の後に続いて部屋に入って来たのは葵だった。
彼女の指先には炎が揺らいでいる。たぶん幻影だが。
「な……あにがあった?」
葵と悠斗。どちらも家継にとっては近しいがお互い仲がいい覚えはない。
もちろん悪い覚えもない。
「兄さんには関係ないわ」
「いや、関係があると思うけど……っつーかどうしたよ悠斗」

にじりよってきた葵を拒絶するように悠斗が叫ぶ。
「葵が抱けっつーから!」
「最後までヤれとは言ってないでしょう!?」
「似たようなもんじゃん! それ絶対お袋に怒られるし!!」
「母親がその年で怖いなんてどんだけマザコンよ!」
「物理的にこえーだろうちのお袋は!」

「……二人とも……」
会話の内容が酷すぎる。
しかしアレだけそっち方面のモラルがない悠斗が拒否るとは、はやとに何を言われたのだろうか。
「とりあえず葵……おにーちゃん泣きそうなんだけど、お前、悠斗んこと好きなの?」
好きで迫ったならせめて……せめて悠斗の所業を並べ立てて説得したい。
兄としてささやかな思いだ。
だがそんな家継の意見を葵はぶったぎった。

「まさか。顔もガタイも性格もカケラも好みじゃないわ。あたしはね、傷だらけの男くっさい顔かキレーな顔が好きなの。身体はがっつり筋肉がついてて早撃ちが得意だと痺れるわね」
「……なんか最後ので世界の多数の男を対象外にしたな?」
「だから兄さんは大好きよ☆」
「……まあ、それはおいといて」
妹にウインクをしてもらってもそんなに嬉しくはない。
溜息をついて、背中に回っている悠斗を前に引き出す。

「で、なんでこいつなんだ……っつーか目的ななんだ」
「男の人が喜ぶことは? って聞いたらセック」
「アホだろうお前!!」
叫んで家継は悠斗を床にたたきつけるとついでに思いっきり蹴った。
グエ、とか声をあげた最低の男については考えないでおく。
「なんでそうなるんだ! 葵、早まるな、男がしてほしいことはほかにもある」
「うん、フェラチ」
「悠斗ぉおおおおっ!!」

十代半ばの少女にナニ教えてるんだこの猥褻王。
絶叫して家継は蹴りを入れた。もう三発ほど。
「や、やめろよ家継。お前だってそうだろ」
「三つ目もそっちか!」
「何言ってんだ、三つ目どころか十は軽く」
「いっぺん死ね!! 本気であの世に召されろ!!」
適当に十発は突っ込んでおいて、動かなくなった悠斗を放置し、葵に向き直る。
「葵……思いなおせ。というか……ん? お前喜ばせたい男でもいるのか?」
肩を捕まれた葵はかっくりと頷く。家継は溜息をついた。

確かに葵は常識が限りなく絶滅していたが、実の親のザンザスや家継相手にそんなことをしようとはさすがに思わない。
だからといって先ほどの態度で悠斗になにかしたかったわけでもないらしいが……
「誰を喜ばせたいんだ? 学校の友達か?」
「……あたし、学校に友達なんていないもん」
口を尖らせた葵にまた溜息をつきたくなったが、それを堪えて話の先を促した。
「で? じゃあ誰なんだ? 兄ちゃんも知ってる奴?」
「うん」
「へえ……誰?」

シンプルに一言、葵は言った。
「雪加よ」
「へえ雪加……雪加ぁ!?」
子供達の中では一番年上の兄貴分、ではあったが家継的には兄貴らしきことをしてくれたのは夜鷹の方だ。
雪加はなんというか……みつばとともにフリーダム。
「何で雪加に? お礼ならなんか買って渡すとかすればいいだろ」
「だって、その程度じゃ雪加はあたしの男になってくれないじゃない」
「あ、そうだな。って……ちょいとまったあああああ!」

何度目かの絶叫。許してほしい。
ええと。つまり葵が? 雪加を? 何故?

「な、なんで?」
「決まってるじゃない。好きだから」
「好き……なのか?」
「そうよ。でも告白したって雪加は受けてくれるわけないわ。だから喜ばせてから言うの」
なんか微妙にズれている葵の言葉に、家継はうつむいた。
何でこんなんになってしまったのか。家継はもっとちゃんと育てたはずだ……たぶん。

蹲っていた悠斗がなんとか床に腰をおろす形で復活する。
いつものように緊張感のない声で言った。
「でもさ陽菜。お前が雪加の好みじゃなかったらどうするんだ? 俺も好みじゃない女は抱かねーよ?」
「そういう問題か!?」
突っ込んだ家継は無視され、葵は鼻で笑いながら悠斗に言い放つ。
「あたし、美人よ? スタイルもいいし、頭もいいわ。服だってお化粧だって勉強したし、銃火器の扱いもラル・ミルチに教えてもらって勉強したもの」
「……いや、それがダメって男多いんじゃ……」
思わず突っ込んだが、よく考えれば雪加的に重要なのは最後の方かもしれない。
彼そっくりの母親の恭弥は骸と結婚しているわけで……ええとつまり……霧と雲だしもしかして……
「あの……葵、別に霧と雲がどうこうなる必要はないんだよ?」
「そんなことわかってるわ」
何言ってるの? といわんばかりの目で見られ、家継は溜息をついた。

「あたしはね、雪加が好きなの。だから夫婦になりたいの」
「……飛んでる、飛んでるよ葵……っていうか付き合うとこからはじめたら?」
「だから、受けてくれるわけないわ」
「もしかしてもう言ったのか?」
葵はうつむいてそっぽを向く。
家継は思わず駆け寄って妹を抱きしめた。
「葵……そんなの、間違ってる。確かに男は嬉しいけどね? でも他にももっとあるぜ」
「例えば?」

「料理をつくるとかポイント高いな。あと毎日可愛く挨拶するだけでも違うし」
「なあ、家継それは家事が壊滅してた陽菜へのイヤミ?」
後ろで聞いていた悠斗に突っ込まれ、家継は慌てて振り返る。
「おい陽菜には言うなよ!」
「どーしよーかなー」
「……葵、とりあえず悠斗に頼るな。雪加の喜びそうなことなら夜鷹の方が詳しいだろ」
「言わないかしら」
「いやぁ……言わないと思うぜ。だからそうしろ、な?」

むうという顔をした葵だったが、少し声の調子を落とすとぼそぼそと尋ねた。
「じゃあ男の人は騎乗位とかパイズリとか」
「ぎゃああああっ!! 頼むから女の子がそんなコト言うんじゃねえ! っつーか悠斗! お前は後で教育的指導!!」
慌てて葵を部屋の外に押し出しつつ、家継はへらっとした顔をしている悠斗を振り向いて怒鳴る。
小さい彼女を押し出して扉を閉め、笑いながら部屋の中央に立っている悠斗に詰め寄った。
「お前……なんっつーこと教えてんだ!」
「いや、知りたいって言われたし」
「へらへらいうなよ! ……ったく……まあ気がつかない葵も葵だが……」
「でもさー」
笑顔で肩を叩いて、悠斗は親指を立てる。
「やっぱ一番嬉しいのは」
「お前はもうしゃべるなああっ!」

親友よりずいぶんと奥手な家継は絶叫して悠斗の腹に拳を入れる。
ぐうという微妙な声を出して、悠斗はその場に倒れた。



 

 


***
うっかりギャグになった。
しかし今更だが悠斗はいいキャラしてる。